スタンピードの後遺症
「……野菜が、ない」
「フライドポテトは野菜だろー?」
「俺の食べたい野菜じゃない」
「スープに浮いてるので我慢しろ」
魔猪の背脂で揚げたトンカツにフライドポテト。茹でた薄切りの魔猪肉は、冷水をくぐらせて木の実をすり潰したタレで和えてある。香辛料を多めに使ってピリ辛に仕上げた丸芋と肉の炒め煮と、口直しの豆と乾燥野菜のスープ。金華亭の食料庫から拝借してきたわずかな食材と、シュウの狩ってきた魔猪肉、そして台所に転がっていた丸芋だけで作ったにしては豪華な夕食だろう。
ずらりと並んだ料理を前に、不満顔なのはアキラだけだ。大量の肉料理にシュウはご満悦だし、リンウッドは自ら酒瓶を提供するほどにご機嫌である。
「「「「乾杯!」」」」
シュウのカップは薄すぎる水割り、アキラは濃いめ、コウメイとリンウッドはストレートだ。料理と酒を堪能しながらの、生活環境改善ミーティングがはじまった。
「野菜はともかく、最低限の食材が必要だぜ」
砂糖にブブスル海草に魚醤、ハギ粉に保存の利く根菜類は必須だ。酢と酒も必要だし、風味付けにピナは欲しい。
「注文はしておいたが、届くのがいつなのかは不明だ」
いつになるのかとリンウッドに問うと、いつもなら三日後とのことだった。
「葉物野菜は野草に頼るしかねぇな、明日探しに行くか」
「ついでに薬草も頼む」
錬金薬の材料が足りないと言うアキラに、コウメイは後でリストを寄こせと言いながら、魔猪の冷しゃぶ肉を押しつける。
「コウメイ、森に入る前に義眼の交換にこい」
「スペアのチェックに二日くらいかかるんじゃなかったのかよ」
リンウッドは千切りの丸芋を衣に使ったトンカツが気に入ったようだ。酒と交互に味わっている。
「欠けも割れもなかったからな、表面を磨けばすぐに交換できる。今夜中にやっておく」
「コーメイの右目が復活ってことは、本格的に討伐だな!」
島でゆっくり身体を休めるのではなかったのかと呆れの視線を向けるリンウッドに気づかず、シュウはフライドポテトを頬張りながら討伐が楽しみでならないと目を輝かせている。
「虹魔石持ってる大物を狙いたいが、どうやって探すかだよな」
「コーメイの義眼で探せねーの?」
「魔石は幻影で隠されてるわけじゃねぇからなぁ」
アキラに探知させれば見つけられるが、コウメイは片足の彼を討伐に連れて行く気はなかった。今の彼の攻撃魔法ならナナクシャールの森の魔物に後れを取ることはないが、不測の事態がおきたとき、アキラは自力で逃げられない。
「そういえばアキの義足にはどれくらいの虹魔石が必要なんだ?」
「その鍋に一杯分というところだ」
リンウッドの答えを聞いてスープの入った鍋を振り返った三人は、義足の完成は思っていた以上に難題だと気づいた。
「そんなでっけーサイズの虹魔石なんてあるのかよ」
「虹持ちのミノタウロスを探すしかねぇな」
「クズ石でもかまわんぞ。練り直して形を作る」
どうやらリンウッドにはクズ魔石を一つの塊にする独自技術があるらしい。人の寿命を越えて研究に没頭する魔術師は、いろいろと隠し技を持っていそうだ。
「どっちにしても鍋一杯か。集めるのに時間がかかりそうだな」
「虹ミノなんているのかよー」
「聞いたことねぇが、いるとしたら奈落だろうな」
「あそこは虹持ちも多いが、強さや体格だけでは判別が難しい。なんとかして虹持ちを探す方法を見つけるか、俺が森に入れるようになるしかないな」
義足の素材集めは二人に頼らざるを得ないが、何もかも任せっぱなしというわけにはゆかない。効率を上げるためにも、自分も討伐に加われるようにならなければと、アキラは右脚に視線を落とす。そんな彼をコウメイは険しい表情で見据えた。
「……その足で討伐に行く気か?」
「今は無理だが、いずれは。自分の義足の材料だぞ、自分で集めなくてどうする」
「虹魔石集めは俺らにまかせとけばいいだろ。シュウもやる気満々なんだし」
「俺はアキラを背負って走るくらいは何でもねーけど、そーいうの嫌なんだろ?」
階段の上り下りや長い距離の移動で、コウメイが抱えようとしたりシュウが背負おうとするたびに、アキラはいつも悔しそうに唇を噛みしめているのだ。
「アキラはさ、治療に専念してればいーんだよ」
「ギルドの手伝いもあるんだし、な」
「……確かにこんな状態では足手纏いなのはわかっている。だが俺は冒険者だ。自助自立の冒険者なんだぞ。わかっているのか?」
足を失ったハンデはどうしようもないし、仲間の手を借りなければならない場面は確かにある。だが求めていない手助けは侮辱でしかないのだとアキラが睨むと、二人はますます厳しい顔になった。
「焦るなよ。自立してぇって気持ちはわかるけどなぁ、アキは助けてくれって絶対に言わねぇだろ」
「そんで限界まで意地張って、ぶっ倒れるんだよなー」
「……何もかも上げ膳据え膳じゃ、俺はいつまでたっても役立たずのお荷物のままだ」
無理をすればかえって迷惑をかけるのだとやんわりと指摘され、アキラは悔しさを言葉にして吐き出した。
顔を見合わせたコウメイとシュウは、そろってため息をつくしかない。
「役立たずとか思ってねーって」
「わかったよ。日常生活ではアキの意地を尊重する。けど森は駄目だ。アキが自力で俺らと同じくらいに動けるようになるまでは、虹魔石集めは俺とシュウでやる」
それだけは譲れない。コウメイとシュウの意思は硬かった。
「コウメイと同等に動けるようになればいいんだな?」
「ゴブリンの攻撃を余裕で避けられて、ヘルハウンドから走って逃げられるようになるまでは駄目だ」
具体的な例を出したコウメイの言葉に、アキラは不満げに唇を尖らせたが、無謀を貫けば二人の安全を脅かすとわかりきっているのだ、堪えるしかなかった。
「わかった……日常生活で自立してみせる。討伐はその後で考える」
アキラが走れるようになるのは義足が完成してからだろう。だがそれでは遅いのだ。何とかして動けるようになるにはどうすればよいか、義足以外の方法を考えるしかない。この島で頼れるのはリンウッドだけだと振り返ると、彼は目を細めなんとも言えない目で三人を眺めていた。
「仲が良くて結構だが、見ていて恥ずかしくなるから他所でやってくれ」
三人が言い争っている間にフライドポテトの皿と、丸芋と肉の炒め煮の器は空になっていた。酒瓶も一本目がごろりと横たわり、リンウッドは二本目の栓を抜いている。
「あー、俺のフライドポテトがぁー!!」
「その酒、まだ一杯しか飲んでなかったのに……」
「お前らはじゃれるのに夢中だったじゃねぇか。スープは残ってるだろ、茹でた肉もだ」
シュウはスープよりも肉だとばかりに冷しゃぶの皿を抱え込んだ。アキラはスープをお代わりし、コウメイは肴が足りないともう一度芋を揚げはじめる。
「あ、そうだ。倉庫の木材って、使ってもいいんだよな?」
「何をする気だ?」
「二段ベッドを作るんだよ」
ジャンケンで負けたコウメイは、今夜は床で眠る予定だ。虹魔石を集め終わるまで島に住むのだ、快適な寝床は早めに調達しておきたい。
「大工仕事もできるのか、多才な奴だ」
「見よう見まねだけどな、ベッドくらいなら何とかなるんじゃねぇか?」
長い付き合いだがコウメイが工作をしているところなど見た覚えのないアキラは、半信半疑の顔だ。それがシュウの不安を煽った。
「コーメイ、ちゃんと作れるんだよな? 俺は壊れたベッドから落ちたくねーよ」
リンウッドも仕事を増やすなと顔をしかめている。
「首の骨が折れたら、さすがの俺でも治せんぞ。素人工作はやめておけ。ベッドなら冒険者どもの宿舎から運んでくればいい。あそこの寝台は全室二段ベッドだったはずだ」
島の建築物もその家財も所有は魔法使いギルドだ。今は空き部屋も多く、使っていないベッドを運んでこいとリンウッドが許可を出した。
「ついでに必要な家財があればこっちに運んでくればいい」
リンウッドの寝室も、診察室も書棚やテーブルも、あちらから拝借してきたものらしい。どうやら居住環境は明日中に全て整いそうだ。
+
台所の片づけを終え朝食の下ごしらえを済ませて寝室に上がろうとするコウメイを、リンウッドが呼び止めた。
「診察だ」
そう言ったくせに彼の足は建物の外へ向いている。リンウッドは裏手に並べてある樽の側で足を止め、コウメイを振り返った。
「魔力で水を出してみろ。枯渇するまで使い切るところを見せてくれ」
マナルカト国でも同じようなことをさせられたなと思い出す。
「何のためだ?」
「魔力量を確かめておきたい」
「チェトロ山では樽十個と半分が限界だったぜ。今ならもう少し増えてるかもな」
立て続けに限界を超える魔力を使っていたのだ、増えている可能性は高いだろう。裏庭に並べてある三個の樽では足りないと言ったが、リンウッドは「いいからやれ」と繰り返すだけだ。
「もったいねぇけど、捨てりゃいいか」
三個目の樽を満杯にし、最初の水を捨てて四個目を満たしかけたときだ。
何となく空気が薄いなと思った次の瞬間、身体に力が入らなくなり、コウメイは膝から崩れ落ちていた。
「四個と少々か……一般の魔力持ちにしては多いほうだな」
リンウッドの声が遠く掠れて聞こえる。何故だと問うことすら億劫に感じ目を閉じかけたコウメイの口に、錬金薬の瓶が突っ込まれた。
「とりあえず起きて現状を把握しろ」
「……これは、どういうことだ?」
思考と体温を取り戻し四肢を動かせるようになった彼は、リンウッドにくってかかった。
「俺の魔力量がたった樽四個のわけねぇ」
「義眼の副作用……いや、これは後遺症だろうな」
「後遺症? 幻影を見破る他にもなんかあったのかよ?」
「前から仮説は立ててあったんだが、検証する事例が無かったから説明してなかった」
コウメイは診察室に移動し、小さな灯りを挟んで厳つい主治医と向かい合った。
「俺の作る義眼は装飾義眼ではない。義眼と人体を魔力で繋ぎ、魔石の力で視力を得ている。通常なら流れ込む魔力は微々たるものだ」
「視力として虹魔石の魔力を消費していたのか……もしかして、樽十個の半分以上は、義眼の魔力だったのか?」
自身に問いかけるような呟きに、リンウッドが小さく頷いた。眼帯の上から義眼を押さえたコウメイは、複雑そうに口端を歪ませた。
「急激な流入は人体にどんな影響を与えるか分からんからな、視るときにだけ体内に流れるように調整栓を施してあったんだが、コウメイの戦い方がな……魔力を引き出して利用する戦い方が、調整栓を無理矢理こじ開けたんだ」
一度や二度では義眼からの流入量は増えたりしないと責めるように断言され、心当たりのありすぎるコウメイは黙るしかなかった。
「これまで少しずつ流入量を増やしていたおかげで、今の時点で人体への影響は見られないが、いつ身体にどんな異変が起きるかもわからん。義眼を入れる前の素の状態を把握しておくことは重要だ」
「影響ねぇ。今のところ俺は何も感じてねぇんだが」
冒険者は身体が資本だ、常日頃から体調管理には気をつかっているし、小さな違和感も見過ごさないようにしている。義眼がらみで異変といわれても、魔力の限界量が樽四個未満だったという以外は何の実感もない。
「一時的とはいえ虹魔石の強力で膨大な魔力に染まったんだ、まったく何も起きないと保証はできん。数十年は様子を見る必要があるだろう」
「そんなに長くあんたの患者はやりたくねぇなぁ」
「俺だって主治医の指示を聞かないわがままな患者の面倒は見たくない。装飾義眼に入れ替えるなら経過観察は十年で済むぞ」
人族として寿命をまっとうしたいのならこれが最後の機会だと、リンウッドの赤いどんよりとした目が彼を見据える。
主治医の忠告を、コウメイは何度も同じことを言わせるなと睨み返した。
「飾り物の義眼じゃ意味ねぇんだよ」
「……やはりそうか」
「分かってんなら聞くんじゃねぇ」
「俺は患者に隠さない主義だ。覚悟があるなら教えておくが、樽四個分を越えて魔力を使わないようにしろ。接合時に調整栓を強化しておくつもりだが、流れやすくなった性質はどうにもならない」
「難しい注文だな。命がかかってるときはなりふり構ってられねぇし」
さすがに今回ほど厳しい戦いに遭遇することはないだろうが、冒険者家業は危険と隣り合わせだ。ましてやアキラやシュウと並び立とうと思えば多少の無茶も避けられない。
「まあ、魔力に関してかなりシビアに考える必要があるってのは理解した。無駄遣いしねぇように努力するから安心しろよ」
「忠告はしたぞ。まあ、自分の身体だ、好きにしろ」
リンウッドは片眉をピクリとさせながら諦めの息をついた。
+
朝食後、コウメイは診察台に座り、リンウッドと向かい合っていた。両膝に置いた彼の手は緊張や恐怖で力んでいるように見える。
「なー、コウメイってガクブルするくれー医者嫌いだったっけ?」
「家業の関係で慣れているはずだが?」
「なんか注射の針を見ただけで気絶しそーな感じなんだけど?」
「あれでは医者にならなくて正解だな」
「てめぇら、楽しそうに見物してんじゃねぇ!」
壊れた義眼を取り外されたコウメイは、なんとかして二人を追い払おうとしていた。装着時の激痛は思い出しただけでも身体が強張るほどだ。痛みにもがき呻くみっともない姿を見られたくないのに、リンウッドが仲間に見せておくべきだと譲らなかった。
「特にシュウには義肢の装着がどういうものか見せておいたほうがいい。腕が駄目になっても義手を着ければいいなんて軽く考えてそうだからな」
火竜の口に腕を突っ込み、焼かれると同時に魔術玉を握り潰して凍らせるという捨て身の戦法をとったシュウが腕を失わずに済んだのは、彼が獣人族の強靱な肉体と回復力を持っていたからだ。戦闘狂とも言えるシュウの暴走にブレーキをかけるためにも、義肢装着は簡単ではないと見せておきたい。そう仄めかされては診察室から追い出すこともできない。
コウメイは呼吸を整え、覚悟を決めた。
リンウッドの太くて無骨な指が、見た目とは正反対の繊細な動きでスペアの義眼を眼孔にはめる。
「うがぁ……っ!」
脳の奥を走るあの痛みに、コウメイは声を抑えられなかった。
激痛に跳ねた身体が診察台から滑り落ち、食いしばった歯がギリギリと嫌な音を立て、床板に立てた爪が表面を削る。
「ひいっ」
悶絶するコウメイの姿を見たシュウは尻尾を巻いてアキラの背に隠れた。背中に大きな図体を押しつけられたアキラは、青ざめたままリンウッドにたずねる。
「……麻酔薬は使わないのですか?」
「痛みがなきゃ、神経が繋がったかどうかわからないだろ」
「そう……なんですね」
自分もああなるのかと息を呑んだアキラは、義足装着の痛みを想像し、耐えられるだろうかと脂汗をかいた。コウメイのように悶絶するほどの激痛に耐えるのは無理だと自覚したシュウは、絶対に欠損するような戦い方はしないと強く強く心に誓う。
「あぁ――、酷ぇめにあったぜ」
「神経は魔力に馴染んでいたはずだから、最初よりは楽だったはずだが」
「多少はな。けど痛ぇもんは痛ぇんだよ」
スペアの義眼は正常に働いていた。
「さて、リハビリがてら森に入ってみるか」
「今日は討伐はやめといたほうがいいんじゃねーか?」
「俺を無謀だ無茶だというが、コウメイだって大概だぞ」
「さすがに討伐はしねぇって。薬草採取がてら義眼を馴らすだけだ」
リンウッドの施術を疑うわけではないが、義眼を入れた直後だ、無理はさせられない。アキラはシュウを見張りにつけてコウメイを森に送り出した。
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シュウとともに結界を越えたコウメイは、眼帯で左目を隠し、義眼だけであたりを見ながら森を歩いた。結界からそれほど遠くはない薬草の群生地に着く前に、銀狼の群れと遭遇したが、コウメイの動きに不安はない。義眼はしっかりと銀狼の動きを追っており、彼の剣さばきには余裕があった。
「無茶はしねーんじゃなかったのかよ」
「この程度は何でもねぇよ」
そんな答えを返すくせに、彼は目を細め、あたりを探るように見回している。
「見にくそーだな。違和感あるのか?」
「魔素が少し眩しいが、大丈夫だ」
「へー、魔素ってキラキラしてんのか。けど大丈夫ってワリにはココの縦じわがキツイんだけど?」
シュウは自分の眉間を指先で叩きながら、銀狼の死骸を見据えるコウメイに問いかける。
「何か探してんのか?」
「……魔物の魔石が見えねぇかと思ってな」
何度も解体した銀狼だ、魔石の位置は知っている。コウメイは肉体越しに銀狼の魔石を感じ取れないかと、義眼を試していた。
「え、見えんの?」
「いや、残念ながら」
コウメイのため息は深い。義眼が見破れるのは隠蔽魔術だ。幻影に隠されていないものを見抜くのは無理だとわかっていても、試さずにはいられなかった。
薬草を採取し終えたコウメイは、討伐しがいのある魔物の襲撃を期待して落ち着かないシュウを促した。
「町に戻るぜ。二段ベッドを運ばなきゃならねぇ」
「えー、肉は狩らなくていいのかよ?」
「昨日の魔猪が残ってる」
シュウの威圧で魔物を追い払い、二人は野草を摘みながら森の出口に向かった。




