島の暮らし
リンウッドが拠点にしている元大工兼何でも屋の家は、塗られた腐敗防止の塗料で周囲から黒く沈んで見え、無骨さを主張するような外観をしている。かつて何度か出入りしたことのある倉庫の、その居住部分にコウメイらははじめて足を踏み入れた。
「台所兼食堂は広くていいな。お、魔道オーブンがあるじゃねぇか。何で使わねぇんだよ、もったいない」
広くて使い勝手の良さそうな台所だが、使われているのは片方のかまどと鍋が一つだけのようだ。食料庫にある食材は丸芋の袋が三つ。これは夕食の前にひと狩りしてこなければならないだろう。
「奥がトイレと洗い場だ。このドアの先の倉庫は、診療と研究に使っている」
リンウッドが引き戸を開けたそこは、広くて薄暗い空間だった。軽く指を鳴らすと、壁のランプに火が灯る。引き戸のすぐ左手に二階への階段があり、その向こうには書棚や実験用のテーブル、そして診察台として使っている長椅子があった。壁際にはリロイが保管していたであろう建築木材がそのまま残されている。
「ここで医者もやってるのか?」
「怪我人に押しかけられてな、仕方なくだ」
治療魔術師はその理念からも負傷者を放置できない。ギルドを管理するだけでなく、小規模とはいえ医院を開いて日々治療に明け暮れているリンウッドは、間違いなく働き過ぎている。ギルド管理だけでもアキラが引き受ければずいぶん楽になるだろう。
「階段下は暗室だ。アキラが寄こした薬草を保管している。不用意に入るんじゃないぞ」
固く閉じられた扉が気になって手を伸ばそうとしていたシュウは、リンウッドの声で慌てて手を引っ込めた。例の薬草を光で変色させてしまったコウメイがこっぴどく叱られる一部始終を見ていたから知っている。薬草でアキラを怒らせてはならないと。
二階には部屋が二つ。階段を挟んで左手に小さいほうの寝室がある。こちらはリンウッドが使っていた。右手の大きな部屋にはベッドが二つ。埃を払えばすぐにでも使えるだろう。
「もう一つベッドを入れるには少し狭いか」
「二段ベッドに改造するしかねーよな」
詰めればもう一台置けなくもないが、足の不自由なアキラが歩きにくくなる。下にある木材で早急に二段ベッドを作るとしよう。
「シュウは肉を調達してくれ。魔猪か角ウサギを頼む」
いくらコウメイでも材料が丸芋しかなければまともな料理は作れない。せめて肉があれば茹で芋よりはまともな料理が作れるだろう。
「ついでに野草も採取……は無理か」
「薬草より難易度たけーって」
さすがにアキラも雑草は食べたくないと顔をしかめる。コウメイが森に入れるようになるまでは、豊かな食生活はお預けのようだ。
「アキラ、下で足を診よう」
寝室の掃除をするというコウメイを残し、アキラはシュウに背負われて階下におりた。診察台に座った彼を残し、シュウは一人森へ向かう。
アキラはズボンの裾をめくり、包帯の巻かれた右足をリンウッドに向ける。両手を清めた彼は、丁寧な手つきで包帯を取り除いた。錬金薬で治療された足の断面には、火蜥蜴の歯痕や喰いちぎられた肉の歪な姿が残っていた。
「骨の状態を診たい。麻痺の錬金薬を使うぞ」
小さな小瓶を手渡され、アキラはそれを飲み干した。
手術用の細く鋭い刃物を手にしたリンウッドは、アキラの右足を切りながら麻痺薬を患部に注ぐ。切開面から流れる血の匂いが鼻についた。錬金薬のおかげで痛みは感じないが、肉を切り開く感覚はあまり気持ちの良いものではないとアキラは顔をしかめている。
「骨の破片がいくつも、神経に刺さっている。この痛みに平然としていられるとは、根性があるな」
「顔に出したら気に病む奴がいるので」
「……破片を取り除いて、骨の断面も整えておこう。それで痛みはなくなるはずだ」
筋肉の隙間、神経の束に刺さった砂粒のような小さな骨の破片を糸瓜の水で洗い流し、噛み砕かれて歪な骨の断面を削り整える。最後に錬金治療薬で傷をふさいで処置は終わった。
「義足は必要か?」
「ええ、お願いします」
「アキラはエルフだ。虹魔石でしか作れんぞ」
失われた欠損部分を補うためには、相当な量の虹魔石が必要になる。エルフらの目を盗んでかき集めるにしても、必要量が集まるまでは時間がかかるだろう。
「基本的な質問なのですが、魔石は義足のどの部分につかわれるんですか?」
「品質と性能をどこまで追求するかにもよる。装飾義肢より少しマシなくらいでいいなら、肉体との接合部分と関節と、運動伝達神経だけでいい。生身の身体と遜色ない義足が欲しければ、最低でも骨と関節、神経も魔石。合成肉にも魔石粉を使うが、体温や感覚まで再現しようとすると使用量は多くなるだろう」
どの程度の品質を求めるのだとリンウッドに問われ、アキラは生身と同じ程度にと答えた。短く息をついたリンウッドは、切断面を隠すために包帯を巻く。
「あちらの妨害があるかもしれんぞ?」
エルフらが一度の狩りで集める虹魔石の量の、およそ五分の一ほどがアキラの義足に必要だ。クズ魔石やたまたま入手した虹魔石くらいなら見逃しはしても、それほど大量となるとさすがに何か言ってくる可能性がある。
「そのときは交渉しますよ」
「……手強いぞ」
義足は必要かもしれないが、そこまで無理をして性能にこだわる必要があるのかと、リンウッドが視線で問いかける。アキラは魔術師だ、その戦い方は冒険者とは違う。元通りの足でなくとも、魔術や魔法で充分補えるはずだ。何故生身と寸分変わらない義肢を求めるのか、リンウッドには理解ができなかった。
「俺は別に木の棒の義足でもいいんですが、それで躓いたり走れなければ、落ち込んでうっとうしくなるバカがいるので。仕方ないんです」
困ったように笑うアキラに、リンウッドはそれなら仕方がないと頷き返した。
+
「足の診察は終わったのかよ?」
寝室の掃除を終えたコウメイが階段の上から、診察台に腰をかけたまま考え込んでいるアキラを心配そうに見おろしていた。足早に下りてきた彼に、リンウッドは義眼の予備は何処だと問う。絶対に失えない貴重品だけはいつも肌身離さず持ち歩いている彼は、腰のバッグからガラス容器を取り出して渡した。糸瓜の水に浮かぶ義眼を検分したリンウッドは、目を細め、コウメイを睨んだ。
「乱暴に扱うなと言ってあったはずだが」
「紛失するよりゃマシだろ。使えねぇのか?」
「状態の確認が必要だ。それが終わらねば交換はできん」
「俺はいつでもいいぜ。今のところ困ってねぇし」
普段は眼帯で義眼を隠し片目で生活していたのだ、力を失った義眼のままでもさほど違和感はない。
「まぁ、できれば本格的に討伐はじめる前に交換できれば助かるけどな」
「それほど待たせはせんよ」
二日もあれば十分だそうだ。
それよりも、と、コウメイは診察台から降りミノタウロスの杖を支えに歩こうとするアキラを捕まえた。
「無茶するな。何処に行きたいんだ?」
「ロビンさんに挨拶だ。それと松葉杖のようなものを作ってもらえないかと思って」
「そういや俺の剣も見せとかねぇとマズいだろうなぁ」
沸騰する魔核を相手にかなり無茶な使い方をした自覚のあるコウメイは、また叱られると顔を歪めている。二人は覚悟を決めてロビンの工房へ向かった。
半鉱族のロビンはアキラの右足を見ても大して感情を乱さなかったが、コウメイが溶岩と魔核の熱の中心に突き込んだ剣を差し出すと、一目見るなり滂沱の涙を流した。剣を抱えて無言で睨まれたコウメイは、ムッとするしかない。
「剣は武器だろ。使い方は荒っぽかったかもしれねぇが、仕方がなかったんだよ」
命と剣なら、コウメイは剣を犠牲にする。武器は道具でしかない、それはロビンも理解しているはずだが、それでも精魂込めて作り上げた剣が崩壊寸前にまで酷使されたのを目の当たりにするのは辛いのだろうか。
「……コウメイを責めているんじゃねぇ。使い手の力量を見誤っていた俺のせいで、剣に負担を強いたのが申し訳ないだけだ」
剣はまだ死んでいないので数日あれば元の状態以上に直せるという。剣のメンテナンスとあわせて、松葉杖を作れないかと相談した。目的と形状を説明すると、ロビンは気が進まない様子だ。
「アキラのマツバヅエとかいうものだが、それは金属よりも木材で作るべきだな。あいにく俺は苦手な素材だ。うまく作れるかはわからんが、それでいいか?」
「お願いします」
コウメイの剣がこの状態なら、シュウのほうもメンテナンスが必要だろう、はやく顔を出せとの言伝を預かり、二人はロビンの工房を後にした。
「金華亭に寄ってこうぜ。食器とか調理器具とか、あと調味料が残ってたら借りてぇ」
「廃業しているんだろう?」
「料理人が島から持ち出したとも思えねぇし、使えるものは回収しときてぇんだよ」
コウメイの調理器具や調味料はウナ・パレムに置いてきた。リンウッドの台所は塩と鍋と丸芋しかないのだ。このままではシュウが肉を調達してきても塩味の焼き肉しか作れない。
「食料貯蔵庫に何か残ってりゃいいんだけどなぁ」
リンウッドに借りてきた鍵で裏口から倉庫に入った。酒樽がいくつかあったが、どれも空だ。食材棚に残されていた袋には青豆とミクルルの実が入っていた。どちらも外殻のまま乾燥されていたため使えそうである。勝手口から調理場に入り、残されていた鍋釜やフライパンを見てゆく。ちょうどいいサイズ感のものをいくつかと、食器やカトラリーを拝借した。
「お、香辛料が残ってるぜ」
並べられた円筒容器の中身を確かめたコウメイは、吟味して使えそうな香辛料を全て袋に収めた。
「乾燥野菜もあるし、スープくらいは作れそうだ。なぁアキ、定期船が来ねぇってことは、食料も転送されるのか?」
「たぶん。以前のように細かな注文が出来るかどうかはわからないが、あとで調べてみよう」
金華亭の厨房から使えそうな調理器具や香辛料を拝借してリンウッドの家に帰ると、ちょうどシュウが一頭の魔猪を背負って戻ってきたところだった。
「どーだよ、丸々太ってて美味そーな魔猪だろ!」
「背脂もたっぷりだし、久しぶりに揚げ物食いてぇな。フライドポテトを作るか」
「いいねー、芋!」
油と塩の味を思い出し酒が欲しくなったが、台所や食料庫には酒瓶の姿はない。そういえばと思いついたコウメイは、リンウッドの診察場所に向かった。かつて田舎の一軒家に隠れ住んでいた彼は、診察台の横に酒専用の棚を用意していた。もしかしたらといくつかの戸棚をのぞき込めば、予想通りに酒瓶の並んだ棚がある。
「もっと酒のツマミ系が欲しいな」
辛みの強い香辛料を使ってからめた一品と、千切りにした丸芋と砕いたミクルルの実を衣にして肉を揚げても良さそうだ。アキラ用に薄切り肉を湯通ししてあっさり仕上げた品も必要だろう。口直しの酢漬け野菜が欲しいがさすがに今日は無理だ。
解体はシュウに任せ、コウメイは台所を掃除し、料理に取りかかった。
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「……シュウが解体するのか?」
不安そうに振り返るアキラに、彼は舌を出してみせた。
「売り物にするわけじゃねーんだから、多少皮が破れたって問題ねーだろ」
「それはそうだが、下手な板前の切った刺身は不味いというし」
「魔猪肉だし! 生で食うんじゃねーし!」
血抜きさえしっかりしておけば、包丁捌きが少々危なっかしくても肉の味は変わらないはずだと主張して、シュウは魔猪の解体に並々ならぬ熱意を向けた。
「間違って自分の手を捌くなよ?」
「俺はアキラほど不器用じゃねーよ」
プンスカと鼻息の荒いシュウを残して、アキラはミノタウロスの杖を支えにゆっくりとギルドに向かう。土を踏み固めただけの道には凹みや石も多く、何度か転びそうになり足を止めた。
「松葉杖が完成すればもう少し歩きやすくなるかな」
自分に成り代わる新しい杖がやってくると聞いて、紫魔石が黒い光を点滅させしきりに何かを訴えていたが、歩くことに集中したアキラは杖の動揺に気づかない。
以前の三倍の時間をかけてギルドにたどり着き、静かなカウンターで硬くなった左足を揉みほぐす。強張りが取れてからゆっくりと事務書類を選び出して目を通した。
「冒険者らの食料や物資はダッタザートに発注しているのか」
注文書とともに現金を転送し、後日品物とおつりが転送されてくるらしい。一回の転送料は五百ダル。ハギ粉一袋の値段が三百ダルなのだ、より多くの品をまとめて注文するべきだろう。アキラはコウメイから預かってきたメモを注文書に書き写し、代金と転送料よりも少し多めの金を包んで転移室に入った。
「……俺が転移をするわけじゃないが、転移陣を使用するのだから、発動しそうだな」
転移陣の内側に注文書と代金を置き、床に座ったまま杖をかざす。
「ダッタザート――っ」
魔力を満たした瞬間にアキラの手首に刻まれた契約魔術が発動した。皮膚に刺さる契約魔術の楔から魔力が吸いあげられてゆく。頭の奥が酷く重く感じられ、目眩に似た不快感がアキラを襲った。
「……物質の転送なら、この程度で済む、のか」
くらりと揺らいだ身体を支えようと、アキラは両手を床に突いた。注文書と現金の転送が終わると同時に、契約魔術の懲罰も消える。
ロビーに戻ったアキラは、近年の事務書類に目を通し、ナナクシャール島ギルドの運営パターンを把握した。自分に求められているのは正確な記録と契約魔術への魔力、そして錬金薬の管理だ。
「島にいる冒険者十八名のうち、魔術師はゼロ。錬金薬は毎日夕刻に翌日分を購入して行く。主に回復薬と治療薬、解毒薬は数日おき、麻痺薬は稀に、か」
先ほど冒険者らが買いあさっていったおかげで、錬金薬の在庫はもう品薄だ。だが材料となる薬草のストックも、先ほどの精製で尽きた。冒険者らに薬草採取を頼るのは難しそうだし、自分で採りに行こうにもこの足ではたどり着けないだろう。
「コウメイに頼むしかないが、負担が大きすぎる……どうしたものか」
ナナクシャール島は孤島だ。金華亭が廃業した今、コウメイが自分たちの胃袋を支えている。それだけではない、彼は自由気ままなシュウが暴走しないようにリードを握り、研究に没頭すると時間を忘れるアキラのアラームの役割も果たしている。そして義眼の交換が終われば率先して虹魔石狩りに向かうのは確実で、どう考えてもオーバーワークだ。薬草採取までは頼みにくい。
「シュウに頼んだらコウメイの仕事が増えるだけだし、何とか自分で行けるようになるしかないな」
松葉杖で素早く歩く練習が必要だ。いや、杖を使いこなせるようになったとしても、結界の向こう側でアキラが活動するのは難しい。
「……なんとか方法を考えないと」
書類を睨みながら、アキラは島での生活について思考を巡らせた。
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日暮れ前にやってきたリンウッドとともにカウンター席に着いたアキラは、一日の討伐成果を持ち込む冒険者らの対応に追われた。
「新しい魔術師殿の説明は分りやすくていいね」
「所長さんは言葉が少ないし、愛想がないから読めねぇんだよ」
「あんたみたいに腕の立つ別嬪なら、大陸でいくらでも仕事があるだろうに、なんでこんな孤島で仕事する羽目になったんだ?」
「女で失敗して逃げてきたか?」
「いや女に騙されて流されたんだろ? あんた育ちが良すぎてタチの悪い女に引っかかりそうな顔してるぜ」
土と汗と魔物の血で汚れたむさ苦しい男たちは、アキラの顔から勝手に想像を膨らませ楽しんでいる。討伐に明け暮れる彼らは娯楽に飢えているのだ。
「みなさん楽しそうですね」
「そりゃ、あんたは眺める価値がある別嬪さんだ、楽しくて我を忘れそうだぜ」
「それは困りましたね。契約を忘れられるのは困るのですが……ええと、ハワードさん、クズ石サイズでも魔石は魔石、ちゃんと提出してもらわなくては困りますよ?」
薄く笑みを浮かべたアキラは、ハワードに見せつけるように、自分の衿の後ろをトントンと指で叩いて見せた。途端、彼の褐色の肌が血の気を失う。
「な……なんで」
「おや、これがはじめてじゃないんですね。駄目ですよ、契約はきちんと履行してくださらないと」
笑みを重ねて一押しすると、ハワードは諦めたかのようにシャツの衿を裏返し、隠し持っていたクズ石サイズの虹魔石をアキラに手渡した。どうやら島産の魔石は密輸する価値があるようだ。
「なんで魔石を隠している場所がわかったんだ?」
「秘密です」
チラリと他の冒険者らにも意味深な視線を向けると、彼らは焦りを浮かべながら口々に「うっかりしていた」と言い訳しつつ隠し持っていた魔石を提出した。
「みなさん契約を忘れるほどお疲れなのですね。今夜は早めに休まれてはどうですか」
「……そうしたほうが良さそうだな。酒でも飲んで潰れることにするよ」
彼らは肩を落としてギルドを立ち去った。
「リンウッドさん、ちゃんとチェックしなきゃ駄目じゃないですか」
あの様子ではこれまでも魔石を誤魔化してきたに違いない。アキラは昼行灯の真似をするなとリンウッドを叱りつけた。
「面倒くさいし、島から出るときに取りあげればすむことだ」
生活物資の注文や、物資の転送、人員交代の際にこっそり持ち出そうとした冒険者はいるそうだ。島にいる間は油断させておき、あと少しで逃げおおせるというところで契約を盾に没収してきたらしい。
「中年の筋肉ダルマどもが泣き崩れるさまは醜悪だぞ」
「……最後の最後で落とし穴に蹴り落とすなんて、趣味が良いですね」
「あいつらは自ら掘った穴に勝手に飛び込んでいるだけだ」
今日のアキラの警告で、冒険者らは横領を断念するだろう。数ヶ月に一度の楽しみがないのは残念だとため息をついたリンウッドだ。彼の意外な腹黒さを知ったアキラは、師匠三人とも類友なのかと頭痛を抱えた。




