エピローグ
「パンイチで何やってんだよ、コーメイ」
夕暮れの下、彼らに与えられたテントの側で、コウメイは下着一枚で狩猟服を洗濯していた。染みついた汗や泥、火蜥蜴の血や火山ガスは水で洗い流した程度ではどうにもならなかったのだ。
そっちこそ、とコウメイは半獣状態のシュウを呆れ顔で見あげた。
「ナナクシャール島まで一日で往復したのか。まさか四本足で走ったんじゃねぇだろうな?」
「おっさん振り落としちゃマズイからな、ちゃんと二本足で頑張ったぜ」
「顔が狼だぞ」
「あ、やべっ」
シュウは慌てて半獣化から元の姿に戻った。
「背中のリンウッドさんが死にそうだぜ、大丈夫なのか?」
「あー、死ぬなよオッサン!」
シュウに背負われたリンウッドの腕はだらりと力なく垂れている。背負われた状態でシュウの全力疾走を体験させられ気絶したのだろう。
「どうすんだよ、使いものにならねぇじゃねぇか」
「急いでたんだから仕方ねーだろ。で、コウメイがここにいるってことは、アキラの足、見つかったのか?」
「……」
ぶすっと無言で洗濯物を搾るコウメイを見て、駄目だったのかと息を吐く。
「だから言ったじゃねーか。無理だって」
「うるせぇ」
パンっと洗濯物を広げてシワを取ると、コウメイはテントの入り口を開けた。
「アキ、乾かしてくれ」
「お、起きてんのか。具合どーだよ」
洗濯物を渡そうとするコウメイを押しのけてのぞき込んだシュウは、リンウッドを背負ったまま中に入った。
「医者連れてきたんだけど、気絶してんだよなー。どーする?」
「何処に行ったのかと思ったら……」
ナナクシャール島からの移動がどれほどの強行軍だったのか簡単に想像できたアキラは、頭痛を散らすように額をもみほぐした。荷物のように運ばれたリンウッドは生きた心地がしなかっただろう。アキラは場所を空けて治療と義肢のスペシャリストを寝かすように指示した。
自分の足の治療のためにわざわざ連れてきてくれたその気持ちはありがたいが、医者に危害を加えてどうするのか。
シュウを叱ってから、アキラは萌芽の杖で回復魔術を使った。
目覚めたリンウッドはアキラを見て眉をひそめ、のっそりと起きあがって身体の強張りをほぐすように首や肩を動かす。酷い旅だったとこぼした後、医者の目で三人の身体を順番に確かめた。
「足が、ないのか」
「シュウに聞いてませんか?」
「突然転移してきたと思ったら、何の説明もなしに拉致された」
「シュウ、ノエルさんはどうした?」
確かマイルズはノエルを連れて行ったと言っていたはずだが。
「転移終わったらいらねーから捨ててきた。さすがに二人背負って走れねーし」
「捨て、って」
「……飼い犬の躾はきちんとしておけ」
「飼っていません、野良犬です」
「放し飼いだよな」
「俺は犬じゃねーよ。狼獣人だってーの」
狭いテントに男が四人、しかも長身のムキムキとマッチョが暑苦しい。リンウッドは二人を追いだしてアキラの診察をはじめた。
「切断面が荒いな。どういう状況だ?」
「火蜥蜴に噛みちぎられてしまいました」
「傷口を整えればもう少し生活しやすくなるだろう。義足をあつらえることもできる。道具も何もないここでは処置ができんがな」
「義足、ですか」
リンウッドの義手は生身の手としか思えないほど精巧だ。アキラの足に触れる動きは自然で、しっかりと体温まで感じる。どちらの腕が義肢なのか見分けがつかないほどだ。
「俺を連れてきたのは、そのつもりがあるからだろう?」
違うのかと問われ、アキラは控えめに目を伏せた。
「私は意識がありませんでしたから知らなかったのですが、火蜥蜴の腹から肉片をかき集めて、足の再生をしてほしかったらしいです」
「……無理難題を」
錬金薬では無理でも、上級の治療魔術なら可能ではないかとの思いがコウメイとシュウにあったらしいが、やはり肉片のジグソーパズルはリンウッドでも不可能だったようだ。切断面を保護し、圧迫しないように手当てして処置を終えた。
「コウメイも診ていただけませんか」
思い詰めたようなアキラにそう請われ、リンウッドはパンツ一枚でテントを出て行ったコウメイの肉体を思い出す。古傷はいくつかあったが、治療の必要な負傷は見うけられなかった。
「手足に欠けはなかったようだが?」
「義眼です。色が消えて、ひび割れが入っているんです」
「そういえば眼帯で隠していたな……割れたのか」
無茶をやらかしたのはアキラだけではないようだ。コウメイだけでなく、念のためシュウの診察もしたほうが良さそうだと彼はテントを出た。
テントの脇ではコウメイとシュウは火を囲んでいた。火蜥蜴の肉が焼ける匂いが空腹を思い出させる。テントを這い出たアキラが下着一枚のコウメイに嫌味を放つ。
「さすが裸族だ、この寒空でもパンツ一枚で平気なのか」
「平気じゃねぇよ。見ろよ、鳥肌たってんだぜ。さっさと服を乾かしてくれよ」
冬のはじまりに噴火したチェトロ山周辺は、地中のマグマの影響で薄着でも十分なほどに暖かかった。だがスタンピードの終結とともに季節は逆戻りだ。日の当たる日中はまだ良いが、日が暮れると途端に初冬の寒さに包まれる。いくら焚き火で暖をとったとしても、パンツ一枚で耐えきれるものではない。
やっと乾燥した狩猟服に身を包んだコウメイは、手早くスープを作ってみなに配った。椀から立ちのぼる湯気が心地よい。火蜥蜴肉の串焼きで簡単に食事を済ませた後、リンウッドはコウメイとシュウも診察した。
「身体に問題はなさそうだ。だが人族の姿を長く保ちたければ、獣化の頻度は落としたほうが良いだろうな」
「あー、やっぱりそうか」
額のサークレットを外して、シュウは複雑そうに笑う。
「どういうことだ?」
「ここんとこ連続して獣化してただろ? 時間も長かったし、野生に引っ張られるっつーか、そんな感覚が強くてさー」
ウナ・パレムからの移動も火竜との戦いも、獣人の力に頼りきっていた。
「見てみろ、指が変化している」
幻影の魔武具を身につけていない狼獣人の姿は、ケモ耳と尻尾の他は人族と同じはずだ。だがリンウッドが指し示したシュウの爪は、人のものとも獣のものともつかない形状に変化していたし、指の腹はまるで獣の肉球のようにぷっくりと膨らんでいる。
「普段の姿も獣化が進んでいるのか?」
「……治るのか?」
「しばらくは獣化を控えて大人しくしていろ。そのうち元に戻るだろう」
「しばらくってどのくらいだよ?」
「最低でも一年は控えることだな」
三人は「どうする?」と顔を見合わせた。何事もなければすすんで獣化することはないのだが、やむにやまれずな状況が立て続けに起これば、選択肢として避けられないこともある。
「どこかに引きこもって大人しくしてるしかねぇな」
「ミシェルさんがほっといてくれりゃいーんだけどなー」
「俺の足を理由にすれば数年は休ませてもらえると思うが」
表舞台から消えるつもりのミシェルはアキラをこき使いたいかもしれないが、片足では移動もままならないのだ、さすがに義足が完成するまでは遠慮してくれるだろう。
「コウメイの義眼だが、これはもう使えんな」
眼帯を外したコウメイの義眼を一目見るなり、リンウッドは断言した。
「魔石の魔力が空だ。何に使った?」
「使ったって意識はねぇが、たぶん、魔核?」
自分の魔力量をはるかに越えた大量の魔力が、魔剣を通じて魔核に注ぎ込まれていた。意識が朦朧としかけたときに右目の奥に激痛が走って、それから押さえておけないほどの魔力が流れ出したのだ。あれは義眼の魔力だったのだろう。
「義眼だけで物は見えるか?」
「いや、何にも見えねぇな」
左目を手で隠すと辺りは闇になる。魔力を失い割れた義眼は、ただの石でしかなかった。
「こんなに早くスペアを使うことになるとはなぁ」
義眼ひとつで三百年の延命を計算していたのにとコウメイは悔しそうだ。
「交換はまたにしてくれ。コウメイの義眼にしてもアキラの義足にしても、素手ではどうにもならん」
事情を説明されていれば必要な道具を持ってきたのにと、リンウッドはシュウを軽く睨んだ。
三人でも窮屈なテントにリンウッドの寝床まで確保するのはさすがに無理だった。シュウに連れられて魔術師らのテントに寝床を借りに行くと、デリックが顎を外さんばかりに驚いた。
「な、なぜリンウッドさんがここに!?」
「駄犬に連れて来られた。すまんが今晩の寝床を借りたい」
「……それはかまいませんが、いったいどうやって」
ノエルを連れてシュウが下山してから二日と経っていないのにとデリックは首を捻っている。
リンウッドの名を聞いた魔術師らは、彼が改良魔術玉の設計者かと目を輝かせた。なんとかその技術や秘訣を聞き出そうと取り囲み、既存魔道具や魔武具の改良について質問攻めだ。
「おい、シュウ。俺は明日の朝一番で島に帰る、送って行けよ」
「りょーかい」
他人の設計した魔武具の改良は禁止されているわけではないが、心情的に進んでやりたいものではないし、魔術玉の改造は話を広められても困る。人付き合いが苦手なこともあり、リンウッドは早々に立ち去ると決め、魔術師らを牽制するようにシュウに声をかけ、彼らをがっかりさせた。
手を振って魔術師らのテントを離れたシュウは、戻って二人にリンウッドの希望を伝えた。
「じゃ、リンウッドさんを送りがてら、俺らもナナクシャール島に帰るか」
アレ・テタルは療養に向く場所ではないし、アキラの脚ではウナ・パレムも難しいだろう。コウメイの義眼もあるのだから、主治医のいる場所に落ちつくべきだ。
「ここに長居しても邪魔なだけだしな」
「視線がなー、ちょっとうっとーしいし」
盾壁の内側での出来事を知る者は、三人を見かけるたびに挙動が怪しくなる。エルフと獣人という人族の禁忌を見せつけられたのだ、平常心を保つのも難しいのだろう。せめて秘密を知る者同士で気持ちを分かち合いたくとも、契約魔術で縛られていてはそれもできない。鬱憤を蓄積させるよりは、早々に姿を消したほうが彼らのためにも良いだろう。
「久しぶりの島かー。のんびりできそうだなー」
「島の冬は過ごしやすいし、海の幸三昧だ、腕が鳴るぜ」
「リンウッドさんに預けた薬草、どうなっているか楽しみだな」
冷え込む冬山の夜、身を寄せ合って眠った三人は、翌朝の空が明るくなる前に旅支度をすませた。
+
「これを持っていけ」
デリックから話が伝わっていたのだろう、リンウッドを迎えに行った先にマイルズが待ち構えていて、コウメイに羊皮紙を差し出した。
「また妙な契約書じゃねぇだろうな」
「支払約束証書だ。スタンピードへの協力の代金だ。遠慮なく受け取れ」
「いや受け取れつったって、金額が書かれてねぇだろ」
まさか好きな金額を書けというのではないだろうなと、コウメイは頬を引きつらせている。
「金額はそのうち書きに行く。それまで預かっていてくれ」
「意味がわからねぇ」
だが紙切れ一枚なら荷物にはならない。コウメイは受け取ったそれを懐にしまい込んだ。
マイルズとデリックに見送られて討伐隊を離れた四人は、遠回りの下山道を選んだ。アキラを背負ったシュウは、リンウッドの速度に合わせのんびりと山道を下りる。街にたどり着いたのは七の鐘が鳴るころだった。急いで内海側の港に向かっても出航には間に合わないので、その日はヨドールの宿で休んだ。
スタンピードの終結は伝わっているのだろう。街の雰囲気は明るく、閉められていた店や宿も営業を再開している。街で衣類や日用雑貨を調達し、翌朝一番の馬車で港町を目指した。
「東島と西島ってけっこー距離あるのに、ここの船ってすげー速いよな」
「風を捕まえる船頭の腕が良いからだろ」
「それもあるが、船底に魔術が付与されている。この手の魔術は費用がかさむものだが、先端から半ばまでに範囲を限定することで安くあげている。面白いものだ」
「へぇ、そうなんですか」
「見てみろ、ここからだ」
船に乗った彼らは自由だ。
「お客さんっ、危ないからじっとしててくださいよ」
「身を乗り出すな、アキ」
「オッサン、落っこちても知らねーぞ」
コウメイはアキラの肩を掴んで引き戻し、シュウはリンウッドの上着を引っ張って止める。舳先に四人が集まっているせいで船の重心が安定しない。船頭は半泣きになりながら帆と舵を操っていた。
落ち着きのない乗客のせいでスピードに乗れなかった船は、予定より半鐘ほど遅れてケギーテの桟橋に着いた。
「よくも堂々と顔を出せたものだな」
魔法使いギルドでは怒髪天を衝いたノエルが彼らを迎え入れた。
「……シュウ、どれだけ乱暴に扱ったんだよ?」
「えー、ふつーだぜ?」
「背から振り落として、木々をなぎ倒し、壁に穴を開けるような行為がかね?!」
「……残念ながら、それが標準です」
方向転換のたびにノエルを振り落とし、拾いに戻るのが面倒になったシュウは、木々を蹴り倒して突っ切り、勢い余ってどこかの壁を跳び越えるときに後ろ足を引っかけたらしい。
アキラはシュウの頭を押さえつけて謝罪させ、なんとかノエルをなだめて転移室へ通してもらった。
「美しい転移室ですね」
黒と深青の世界に差し込む魔術陣のほのかな光に見とれ、アキラはため息をついた。アレ・テタルは品格のある一室、ダッタザートは物置部屋、リウ・リマウトは天空、マーゲイトは岩戸だった。そしてケギーテが深海。アキラたちがまだ訪れたことのないヘル・ヘルタントとトレ・マテルの転移室はどのような設えなのだろう。興味はわいたが、今のところ訪問する予定はない。
昇降機から降りた四人は、魔術陣へと踏み出す。
「言いたいことは山ほどあるが……助かった、ありがとう」
「いえ、こちらもいろいろと試すようなことをして申し訳ありません」
「まあ……あれは、な。必要だったと思うから、文句はいわん」
それは良かったと微笑むアキラに、ノエルは苦笑いを返す。
「しばらくナナクシャールで療養するんだったな。もし移動できるようなら、早めにアレ・テタルに顔を出したほうがいいだろう」
「ミシェルさんですか?」
「ああ、我々の見舞いは断られているが、弟子のアキラなら会えるかもしれん」
新しいギルド長に席を譲った彼女は、自宅に引きこもっているらしい。容態が思わしくないとの噂が聞こえていると、ノエルは沈痛の面持ちだ。
応とも否とも答えず、アキラは静かに目を伏せる。
「いいかね?」
杖を突いて魔術陣を起動させたリンウッドは、深海に吸い込まれそうな低い声で唱えた。
『ナナクシャール』
あとがき
やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~
第八章はこれにて終了です。
ずっと書きたいと思っていたアキラの右足が火蜥蜴に喰われてしまうエピソードです。ご長寿を書きはじめた目的の一つはこのエピソードを書くことでした。私はとても満足していますが……いかがでしたでしょうか?
ご長寿は長い人生を三人がダラダラと漫遊(?)する話なので、終わり処が難しいというか、区切りを付けにくい物語かなと思います。いくつか予定しているエピソードはありますが、消化したはずなのに気がつけば増えていたりするので、今後ものんびりマイペースに書いていきたいと思います。
次のナナクシャール島から深魔の森へのエピソードは、幕間なのか第九章なのかはっきりしない感じです。話の雰囲気は幕間っぽいかな。南の島での療養生活+αという感じになりそうです。
連載開始は1月中には何とか……と思っています。
2月になったらごめんなさい。
目途が立ちましたらTwitterか活動報告でお知らせいたします。
(紙の本6巻と7巻のお知らせもありますし、フォローいただけると嬉しいです)
少しお待たせしますが、再開後もよろしくお願いします。
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