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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
8章 チェトロ火山の禍

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火蜥蜴の山



 アキラの用意した魔術契約書に署名をしたのは四十二人だ。見張り台の九名と討伐にかかる三十三名。スタンピード攻略に投入する人員としては少なすぎるが、マイルズは厳選した結果だと説明した。


「秘匿したい情報の重要性を考えれば、いくら契約に縛られるとわかっていても誰も彼もを巻き込むわけにはゆかない。ギルド長クラスの世事に長けた者や戦力的に外せない者を選んだ」

「火蜥蜴を相手にできる攻撃魔術師はもとより数が少ない。こんなものだろう」


 魔術師はノエルを含め三名だ。水属性と風属性の攻撃魔術は有効だが、火属性のノエルの攻撃魔術は火蜥蜴を屠れない。


「私は剣士としての参戦だ。それに私は熱には強い。魔術玉も不要だ」


 三十三人と、コウメイとシュウに冷却の魔術玉が配られた。デリックによってすでに効果は検証済みだ。


「これを使えば一定時間……そうですね、およそ半鐘の間は溶岩を固められます。効果の範囲は発動点から半径二十マール(2メートル)前後。ただし盾壁に近い場所での検証結果ですので、噴火口に近づけば近づくほど時間も範囲も狭くなるでしょう」


 各三個が配布された。壁から噴火口までのルートはアキラが冷却するつもりだが、噴火口に集中すれば他が疎かになるのは間違いない。魔術玉は冒険者らの退路を作るためのものだ。


「この六番の壁から攻略を開始する。まずはイルデとエドータで周囲の火蜥蜴を一掃」

「屠れなくていい、追い払って足場を確保だ」


 黒髪のイルデが「私の風で吹き飛ばしてみせます」と力強く頷き、エドータは栗毛の前髪をかきあげながら「蹴散らすだけなんてつまらない」と闘志をみなぎらせる。頼もしい限りだ。


「火蜥蜴を追い払った場所を起点に噴火口までの道を作るのはアキラだ」

「一気に冷やし固めるつもりですが、多少のムラはあるでしょう。足元に注意を払ってください」

「アキラを中心に、二班と三班は火蜥蜴から足場を守れ」


 二つ名を持つ冒険者やたたき上げのギルド長らが不敵に笑う。


「一班の指揮はノエルだ。噴火口に向かい、魔核を破壊せよ」


 スタンピード攻略の総指揮はマイルズだ。彼は実力を知り尽くした昔なじみの冒険者らを魔核攻略の一班に集めた。コウメイとシュウもここだ。


「またコウメイらと戦うとは思わなかったぜ」

「お久しぶりです、ダコタさん」

「あれから何年だ、十七年か? 変わらねぇなオッサン」


 相変わらずの筋肉とつるりとした頭部だ、あのころと寸分の変化もない。


「変わってねぇのはコウメイもだろ。こんなところで再会するとはなぁ。まあ元気そうで何よりだ。アキラは……ずいぶんと変わったか?」

「別人でしょう?」

「驚いたが、まあ別嬪なのは変わってねぇな」


 アキラがエルフだと知っている彼も、契約魔術の意味は察しているようだ。


「これをお渡ししておきます」


 デリックが配った魔術玉とは別の、少し色の濃い氷の魔術玉をアキラは一班の全員に配った。


「魔核攻撃用に威力を高めた魔術玉です。私は溶岩を冷やすだけで精一杯だと思いますから、魔核の力を弱めるために使ってください」


 ゴルフボールほどの大きさのそれを二つずつ握らされたコウメイは、眉をひそめた。


「いつの間に用意した?」

「コウメイがぐーすか寝てるときだ」


 不覚だとコウメイは額をおさえ、気配に敏感なシュウも熟睡しすぎたと落ち込んでいる。


「アキ、ちゃんと休めたのかよ?」

「戦闘中に寝落ちとかすんなよなー」

「俺の疲労は身体ではなく頭だ、寝過ぎは余計に疲れる」


 十分に回復したからこそ、もう一手の準備が整えられたのだ。


「忘れ物はないな?」


 一同を見渡したマイルズが問う。錬金薬も魔術玉も全員が身につけている。武器の手入れも抜かりない、しっかり休んで気力も体力も万全だ。


「では、行こう」


 六番見張り台のある盾壁に、いくつもの梯子がかけられた。


   +++


 盾壁の上に立った彼らは、溶岩を覆い隠すほどの火蜥蜴に圧倒されていた。


「……これを全部、屠らねばならんのか」

「この人数ではとても……」


 先ほどまでの気合いは霧散し、腰が引けている。


「怯むな!」


 大規模冒険者集団を率いた経験のあるマイルズの声には圧倒的な力があった。


「我々の目的は殲滅ではない、魔核の破壊だ!」

「魔核を止めればそれ以上火蜥蜴は発生しない。増えないなら盾壁の内に封じておけばいいからな」


 そしてノエルの高揚した声色はみなを奮い立たせる。

 高揚する冒険者らの脇から、緊張をほぐすかのような軽口の応酬が聞こえた。


「これ、火蜥蜴の背中におりちまえばよくねーか?」

「大国主のウサギやるのかよ」

「オオクニヌシって何だ? ウサギ?」

「……並んでくれるなら楽だが、言葉は通じないと思うぞ」


 押し合いへし合う様子を見ていれば、餌が落ちてきたと群がられるに決まっている。


「食われそうだからパスな」

「えー、できそーだけど?」

「遊ぶなよ。食われても知らないぞ」


 山頂からの風が溶岩の熱を煽り、彼らを襲う。

 肌を流れていた汗が一瞬で乾き、肌がヒリリと引きつった。

 のんびりと眺めている時間はない。


「イルデ、エドータ、やってくれ」


 マイルズに名を呼ばれ、二人の魔術師が杖を掲げた。


「風の刃よ、道を切り開け!」

「灼熱を貫き檻となれ、氷の矢!」


 彼らは全魔力をつぎ込んだ渾身の魔法を撃ち放った。

 イルデの放った巨大な風刃は火蜥蜴を斬り裂き、その勢いのまま吹き飛ばす。赤くどろりとした溶岩が姿を現わした。そこにエドータの放った無数の氷の矢が、足場を守るように溶岩に刺さり、火蜥蜴の侵入を防ぐ。


「冷却!」


 アキラが杖を投げた。

 溶岩に刺さったミノタウロスの杖を中心に、炎の色をしていた表面が黒く変色する。

 最初に盾壁から飛び降りたのはコウメイとシュウだ。溶けかけている氷の矢ごと火蜥蜴を一閃する。二人が火蜥蜴を斬り払い確保した足場に、冒険者らが次々と降り立った。


「魔力は?」

「回復薬、飲みました」

「全回復しています」


 ノエルに「行ける」と返事をした魔術師の二人も溶岩の上に降りる。


「行くぞ!!」


 号令とともに振りあげたマイルズの剣が火蜥蜴を真っ二つに斬り裂く。

 応! と腹の底から沸く声とともに、冒険者らの戦いがはじまった。


 魔術師二人が蹴散らし、打ち漏らした火蜥蜴をコウメイとシュウ、そしてノエルが斬って道を空ける。ノエルは自身に耐熱の魔術をかけているらしく、赤く燃える溶岩に踏み込んでも平然としている。


「あれいいなー。俺らにも耐熱魔術ってのかけてもらえねーのかよ」

「それができるなら手をつないだまま海に潜ったりしない」

「手をつないでたら戦えねぇだろ」


 飛び出したノエルを冒険者らが追う。

 アキラを中心に周りを囲んだ冒険者らは、四方八方から押し寄せる火蜥蜴を屠りながら、じりじりと噴火口に向かっていた。


「くそっ、溶岩の熱が強すぎる」


 振り返った誰かが悪態をついた。最初に降り立った辺りはすでに炎の色を取り戻しはじめている。アキラの魔力の及ぶ範囲が最初の想定より狭く、何人かは火蜥蜴を追って固まり切らない灼熱に足を取られる者がいた。とっさに魔術玉を使ったが、このままでは前にも後にも進めなくなりそうだ。


「どいてください!」


 隊の最前に走り出たアキラは、ピアスを外し、杖を鈍く流れる溶岩に突き入れた。


「……な」

「えぇ?」


 近くで戦っていた冒険者から漏れる奇妙な呻き声を無視し、アキラは噴火口間際まで一気に溶岩を冷やし固めた。


「早く行ってください。永遠に冷やし続けられるわけじゃないんですよ」

「っ、イルデ、吹き飛ばせっ」

「か、風刃!!」


 掠れた短い詠唱。

 高く掲げられた杖。


「三班はアキラを守れ! 一班二班は魔核だ!」


 風刃を追って駆けるコウメイとシュウに、冒険者らが慌てて続く。

 アキラは溶岩に刺した杖を通じ冷却魔法をかけ続ける。

 隣にマイルズが立った。

 彼の剣が周囲の火蜥蜴を斬り、突き、なぎ払う。

 先行した一、二班とアキラの周囲を固める三班が、なだれ込んだ火蜥蜴によって分断される。


「一班を指揮しなくていいのですか?」

「ノエルがいる」

「戦力が」

「コウメイとシュウがそろっている。俺はアキラの護衛だ」


 噴火口にたどり着く前にアキラが耳飾りを外す事態は想定外だ。足場確保用の魔術玉が気休めにしかならなかったことを思えば、魔核攻撃用のそれもどこまで頼りになるか怪しい。


「ここから噴火口を冷やせるか?」

「難しいですね」


 想定よりも溶岩熱が高く抵抗が強い。魔核がマグマの熱で力を得ているのと同じく、溶岩も魔核の影響を受けているのだろう。魔力の及ぶ範囲が伸びないのだ。アキラは前方のコウメイらの動きに合せ魔力を放出した。


「後方は切り捨てます」

「わかった。守りが厳しくなるが何とかしよう」


 魔核を確実にしとめるならば、アキラを噴火口まで送り届けるしかないと決断する。


「移動するぞ、ついてこい」


 マイルズらが前方の火蜥蜴を蹴散らし、アキラがすかさず隙間に駆け込む。他の個体を押しのけての噛みつき攻撃をギリギリでかわし、あるいは熱を持った鋭い尾に肌を引っかかれながら、彼らはジリジリと先行する集団との距離を縮めていった。


「コーメイ、アキラが追いつくぜ」

「開けてくれ」

「りょーかい」


 冷却された溶岩のギリギリに立ち、噴火口から湧き出る火蜥蜴を屠り続けるコウメイには振り返る余裕がない。一歩先のノエルも耐熱の限界にいるのだろう、剣を振るう合間に錬金薬を飲んでいる。


「一気に行くぜー、巻き込まれんなよ!」


 長剣をかまえたシュウの隣にいた冒険者は、ぎょっとして飛び退いた。


「うおりゃーっ」


 まるでホウキで枯れ葉を掃除するかのように、シュウの長剣が火蜥蜴の大群を一気に掃き払った。掃ききれなかった火蜥蜴はマイルズらが斬り捨て、アキラが合流した。

 目の前は沸騰するマグマ溜まりだ。冷やし固められているのは足下だけ。冬のはじまりだというのに真夏を越える暑さの中で、冒険者らは流れる汗を散らしながら溶岩とともに湧き出る火蜥蜴と戦っている。何人もが上着を脱ぎたそうにしているが、火蜥蜴の攻撃があたれば瞬時に火傷を負う、脱ぐに脱げず焼け焦げと疲労感だけが蓄積されてゆく。


「魔核は?」

「まだたどり着けてねぇ」


 追いついたアキラは再び溶岩に杖を突き刺し、噴火口に向け魔力を流す。マグマだまりの端が黒く固まったが、そのほとんどは熱く煮えたぎったままだ。

 錬金薬を飲んだアキラは、袖で額の汗を拭った。


「噴火口が想定より広いな」

「三十二年前はこの半分だった。魔核のぶんだけ押し広げられて、溶岩が広範囲に広がっているようだ」


 大小の円が連なったような形の噴火口から、マグマが吹き上がっている。奥の大きな円のほうに噴孔があるようだ。ノエルは舌打ちしながら火蜥蜴を斬り捨てる。マイルズが「魔核はどこだ?」と叫んだ。


「火蜥蜴の動きをたどって探すしかない」


 ノエルは灼熱に踏み込んで火蜥蜴の動きに目を凝らす。どのスタンピードでも魔物が湧きあがる直下に魔核が存在するものだ。だがここは大小のどちらからもまんべんなく火蜥蜴が湧いているように見えた。

 パリン、パリンと、錬金薬の瓶が落ち砕ける音があちこちで聞こえはじめた。動きの鈍くなった冒険者らが回復薬を飲み、瓶を火蜥蜴に投げつけているのだ。アキラの魔力の都合で退路を捨てた今、死にたくなければ前に進み戦い続けるしかない。

 彼らの心が折れる前に魔核への攻撃をはじめたいが、ノエルは位置を掴めないでいた。


「コウメイ、頼む」


 ノエルの後ろで複数の火蜥蜴を相手にしていたコウメイは、アキラの声を聞いて頷き眼帯を外す。


「何だその目は」

「それ、見えてるのか?」


 不思議な光彩を放つ右目に、ダコタは顔をしかめ、マイルズは目を細める。


「見えるぜ」

「……コウメイ、その魔石は」


 一瞬のよそ見の隙を火蜥蜴の尾が襲う。

 避けそこねたノエルの腿に穴が開いた。

 瞬時に彼の剣が火蜥蜴を屠り、刺さった尾先を抜き捨てた。


「錬金薬は」

「この程度は不要。それよりもだ、コウメイその目は」

「後にしろ、またぶっ刺されるぜ」


 コウメイの剣がノエルに噛みつこうとしていた火蜥蜴の頭を貫く。

 魔術契約はそれもか、というノエルの呟きが聞こえたが無視だ。


「火蜥蜴が邪魔だ。シュウ、右斜め前方」

「任せろっ」


 コウメイの指示でシュウが払いのけ、あらわになったマグマを視て探る。

 シュウが排除しきれなかった火蜥蜴は、冒険者らが屠っては投げ捨て、ダコタの指示で死骸を土嚢のように積み上げている。膝ほどの段差が火蜥蜴を遮り、冒険者らに余裕が生まれた。


「見つけたぞ」

「どこだ?」

「ヒョウタンのくびれだ」


 義眼は炎の色とよく似た魔力の揺らめきをとらえた。コウメイの投げた魔術玉が、大小の円がつながるそこに落ちる。落下地点が一瞬だけ黒く染まり、すぐに炎色に沈んで消えた。

 目標を見たノエルは真っ先に飛び出した。耐熱の魔術もそろそろ限界だろうに、真っ先に魔核を目指し火蜥蜴を狩り進む。

 狙いを定めたアキラは、魔力回復薬を飲んだ。


「手前のマグマだまりを固める。余裕があれば魔核攻撃に加わるが、期待しないでくれ」

「足場さえ確保してくれりゃ、こっちでどうにかする。心配すんな」

「そーそー、火蜥蜴も魔核も俺らに任せとけって」


 火蜥蜴を払ったシュウは、燃え流れる溶岩へと踏み込んだ。

 アキラの魔力が慌ててシュウを追いかけ、その歩幅に合わせて溶岩を冷やし固めてゆく。

 コウメイは着実に火蜥蜴を屠り、その死骸を足がかりにまだ冷えていない溶岩の上を進んだ。

 冒険者らによって守られながら、アキラはジリジリと小さなマグマだまりを冷やし固めてゆく。


「火蜥蜴が、ずいぶん、減ったな」

「そうか? 斬っても斬っても、終わらねぇ、のに」


 不意に耳に届いた冒険者らの声に、アキラは顔をあげた。


「なんか弱くなったような?」

「俺らが慣れたんだろ」

「これだけ斬ればコツも掴めるってもんだぜ」


 引っかかる。

 杖を通じて魔力を送り続けながら、アキラは仲間を探した。コウメイとシュウは冷却の進みを追うように火蜥蜴を屠りながら前進していた。ノエルの耐熱魔術もさすがにマグマ中心の熱には効かないのか、コウメイらと並んで戦っている。マイルズとダコタもだ、ひっきりなしに襲いかかる火蜥蜴を屠るのにいっぱいのようで、異変を感じた様子はない。

 スタンピードの核は上位種を生み出す際に、予兆とも思える変化が現れるのだが。


「……雷蜥蜴の上位種は、たしか」


 迷宮都市で呼び出した雷竜が従えていたのは、雷蜥蜴だった。

 あれがドワーフ族の遊びではなく、魔物の系統だとしたら。


「膨らんだぞ!」

「よ、溶岩がーっ!!」


 マグマがひときわ大きく膨れあがり、弾けた。

 空中にばら撒かれた火塵が降り注ぐ。


「風幕!」

「炎よ、俺に従え!!」

「傘となり盾となれ、水の守り!」

「風よ、炎を吹き飛ばせっ」


 風の幕が炎の石礫を阻む。

 燃える石の炎が一斉に消された。 

 水の壁が頭上に広がり熱風を受け止め、熱風は風の渦に巻きあげられ遠くへ消える。


「揺れてる?」


 足下からの突きあげるような衝撃に、冷やし固められた溶岩が割れた。

 割れ目から見える魔核から鼓動が聞こえる。

 再び膨らんだマグマは、崩れることなく形を作った。


「ひ……火竜だ!!」



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