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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
8章 チェトロ火山の禍

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契約魔術



「契約魔術、だと?」

「ええ。私たちがスタンピード戦に加わるための条件です。この特別な魔術玉も含めた対価ですよ」


 思いも寄らない要求を出され困惑するオルドから、唖然とするマイルズとノエルへ視線を移す。二人はアキラの視線の意味に気づき、覚悟を決めたかのように小さく頷いた。


「どのような内容の契約を求めるつもりだ?」


 オルドの問いに、アキラは高慢な魔術師らしさを滲ませて微笑み答える。


「難しいことではありません。壁の内側で見聞きした事柄を口外しないという契約です」

「全て?」

「はい、全てです」


 何を見て何を知ったのか、書き記すことも声にして伝えることも許されない。簡単でしょう? と微笑む銀髪の魔術師の意図が読めず、オルドは渋面のまま繰り返し何故だと問う。だがアキラは明確な答えを返さず、薄い笑みを浮かべたままオルドの決断を待つだけだ。戸惑いはやがて冷静さを取り戻し、怒りへとたどり着く。


「口頭で伝えるだけでなく、書き記すことも禁止するのだな?」

「もちろんです」

「それでは断るしかないな」


 即答だった。


「我々は次代に今回のスタンピードで得た教訓を伝えねばならない」


 周期的に噴火する火山と連動したスタンピードを防ぐ方策は、彼らの祖先から教えられた英知だ。かつてない未曾有のスタンピードを、子や孫の代に伝えないわけにはゆかない。この難局を乗り越えても、それを次代に残せなければ意味がない。


「アキラ殿の協力はここまでだ。あとは我々だけで何とかする」


 どれほど時間がかかろうとも、犠牲が出ようとも、アキラの要求は受け入れられないとオルドは言い切った。


「我らは長い間チェトロ火山と共存し、数々の噴火とスタンピードに勝利してきた歴史がある。代々伝わる戦法でこのスタンピードにも勝利してみせる」


 彼の決意はヨドール冒険者ら全てに共通する思いだ。希望を見せておいて取りあげるのかと、彼らはアキラに怒りを向ける。東島のギルド長らは迷うような素振りも見せたが、西島の人々の意思を尊重する姿勢だ。

 睨みあう両者の間に、マイルズが割り入った。


「だがアキラの助力が得られなければ、多くの犠牲者が出るだろう。死者は少なければ少ないほど復興がたやすくなる。ここは契約魔術を受け入れるべきだ」


 彼はオルドらのプライドと使命を尊重していたが、アキラたちの協力がなければ伝える次代がいなくなるだろうことも理解している。だからアキラの思惑に乗った。


「アキラ、契約の条件か範囲を変えることはできないか?」

「……では口外禁止の対象を、壁の内側で見聞きした私たち三人の全てとするのではどうでしょう?」


 スタンピード終結の過程は記録してもかまわないが、アキラたち三人について一言も漏らさない、それならば次代への記録も残せるだろう。思案する素振りで目を伏せたアキラは、渋々といった様子で譲歩したように見せかけた。


「オルド殿、この条件ならば受け入れても良いと思うが、どうだろう」

「噴火口の魔核を我々だけで叩くのは不可能、彼らの力や魔術玉はスタンピードの終息には不可欠です」


 マイルズに続いてノエルまでよそ者の味方につくのかとオルドは激昂する。


「アレ・テタルの高名な魔術師がそれほど偉いのか? ノエル殿はケギーテの長だろう。そんな高慢な若造に尻尾を振るなど情けない!」

「私が尻尾を振って彼の協力が得られるのであれば、よろこんで振りますよ。三十二年前の白煙討伐ではスタンピードを事前に防ぎ、一人の犠牲者も出さずチェトロ火山を眠りにつかせることができました。だが今回は、スタンピードはすでに発生しているんだ。これまでに何人もの犠牲者が出ているんだぞ」

「……だ、だが」

「オルド殿は忘れておられるようだが、西島の命運がこの戦いにかかっているのです。つまらない矜持など捨て、高慢な若造だろうが他国の戦力だろうが利用できる力はトコトン利用して、これ以上の犠牲も被害も出さずに終結させることが、ここにいるあなたの使命だ!」


 冷静かつ熱いノエルの一喝に、オルドの主張に賛同していた各地のギルド長らがハッとして顔をあげた。祖先の残した記録の通りなら、火蜥蜴のスタンピードは噴火がおさまれば自然と規模も縮小し、討伐も今ほど困難ではなくなるだろう。だがチェトロ火山は一年近く活動を続け、その間火蜥蜴が湧き続けるのだ。

 ヨドール冒険者ギルド長と親しい何人かが、オルドを囲んだ。マイルズの折衷案は最良だと説得され、オルドは苦渋の決断とはこういうものかという表情と、低く地を這うような声で契約魔術を受け入れた。


「……わかった、契約しよう」


 オルドの気が変わらないうちにと、アキラはその場で魔術の契約書を作成した。書き連ねた契約条件をその場にいる全員に確認させる。

 アキラ側の条件はスタンピード討伐中に見聞きしたコウメイ、アキラ、シュウについてのいっさいの他言の禁止。契約を破った者への罰は呼吸の強奪だ。


「私が何をした、と誰かに話そうとしたり書き記そうとすると、息ができなくなります。ああ、死ぬことはありません。その方が喋ろうとしていた言葉が吐き出されるのと同じ時間だけ息が吸えなくなるだけです」

「……甘くはないか?」

「そうですね、腕を切断されるよりはずっと甘いでしょうね。けれど後々私たちに力を借りたくても、決して呼べないわけですから、場合によってはとても厳しいのかもしれませんよ?」


 にっこりとした微笑みを向けられたマイルズは、今さらながら三日という期日が対価に対して短すぎたと気づき、間に合ってくれたことを感謝した。


「この設計書をもとに作った魔術玉は、溶岩を瞬時に凍らせられるほどの威力をもちます。次代の方々の役に立つでしょう」


 今回のスタンピードでも、発生直後にこれがあれば、死者を出すことも勝ち目のない消耗戦に戦力を投入し続けることもなかったはずだ。


「それと契約ですが、盾壁を越えて討伐に向かう者と、見張り台から戦いを目にする者だけで結構です。見なければ話すこともできませんからね」


 自分たちを縛りつける契約魔術を押しつけられて怒りを燃やしていたはずのオルドは、罰と対価、そして範囲を知らされてほとほと困り果てた。銀髪の美しく高慢な魔術師の真意がつかめない、と。


「アキラ、サインはここでいいのか?」


 翻弄され言葉を紡げないオルドよりも先に、マイルズが魔術契約書に署名した。


「冒険者の選抜はこれからですよね?」

「俺は最初から頭数に入っている。後がつかえる前にさっさと契約を成立させたほうがいいだろう?」


 他の者も踏ん切りがつくだろうと口角を上げ、マイルズは小刀の先で指を切り、膨れあがった血を署名に落とした。

 マイルズの名が光を放ちながら浮かび上がり、細いリボンとなって彼の喉に巻き付き消えた。


「ふむ、違和感はないな」

「あったら困りますよ」


 苦笑いのアキラの前にノエルが進み出て、同じく契約書に署名した。彼は血ではなく魔力を注ぎ、首に光の輪を受け止める。


「契約魔術の見届けは私が代わろう。アキラは魔術玉の製作に専念してくれるか?」


 ノエルから魔武具師を総動員してもかまわないと許可を得たアキラは、唖然とするギルド長らに軽く会釈してテントを出た。


   +


 テントの外はすっかり明るくなっていた。早朝にはじまったミーティングは思っていたよりも長くかかっていたようだ。アキラは己の影を踏み歩きながら深いため息をつく。


「疲れた……」


 半ば脅すような態度で強引に契約を押しつけたが、マイルズとノエルが思惑を察し行動してくれたおかげで丸く収められた。後味は悪いが後悔はしない。


「何としてもマグマを押さえないと」


 耳飾りを外しエルフの魔力のすべてを注いでも、噴火の灼熱に勝つ自信はない。だがやらなければ、ここで戦い続けている人々が無駄死にしてしまう。アキラがしなければならないのは、魔核に専念するための環境を整えることだ。

 アキラは魔術師らの作業用テントに入った。冒険者らが持ち帰った火蜥蜴の魔石や素材があちこちに積み上げられている。その側では薬魔術師らが錬金薬の調合に勤しんでいた。それらの脇を素通りしたアキラは、空いていたテーブルに設計書の写しを広げる。


「……ここにある素材でいくつ作れるかな」


 溶岩を冷却する魔術玉に必要な素材は、火属性以外の魔物素材や魔石が必要だ。しかし在庫は微々たるものだ。コウメイとシュウに調達を頼んだが、さすがにまだ戻っていない。


「手伝いましょう」


 思案にふける彼の向かいに落ちた影はデリックだった。彼は設計書をのぞき込み魔術式に指を走らせる。


「打ち合わせは終わったのですか?」

「いいえ。ですが攻撃魔術を持たない私は壁のこちら側で待機するしかありません。抜けてきました。手伝いが必要でしょう?」

「デリックさんに手伝っていただけるのは心強いです」

「私だけではありません、魔術玉を作った経験のある魔武具師全員に声をかけるつもりです。その前に確かめたいことがあったのですが……リンウッド殿は周到な方ですね」

「ええ、私の依頼通りに抜け穴を全て塞いでくれています」


 リンウッドから届けられた魔術玉の設計書は、制作者の魔力と技術次第で、どこまででも攻撃力を高められるように改良されていた。そして同時に魔術が効果を及ぼす対象を限定してあった。


「城を破壊できるほどの魔術を込めても、凍らせられるのは溶岩だけとは」

「戦争に使われては困りますから」

「ごもっともです」


 改変の可能性を探そうとしていたデリックは、それが不可能だと確かめ感嘆の息を吐く。これなら安心して他の魔武具師らも手伝わせることができると強く頷いた。


「さて、討伐開始までにいくつ作れるか、時間との勝負ですね」


 そう言って設計書を手に取ったデリックは、素材が届くまでの魔武具師らと打ち合わせは引き受けるので休んでこいと、アキラを作業テントから追い出した。


「でも氷魔術を込めなくては」

「顔色が良くありません。アキラ殿にはもっと重大な役目があります。万全の体調で戦ってもらわねばならないのです、魔術玉の準備は戦えない者にまかせてください」


 背を押されて外に出たアキラは、自分たちに与えられたテントに向かう。ウナ・パレムを発ってから九日間、一息つくのがやっとの怒濤の日々が続いた。錬金薬で騙し騙ししてきたが、回復しきれない疲労が全身に重くのしかかっている。


「……疲れた、な」


 だが神経が過敏になっていて眠れそうにもない。横になっているだけでも少しは楽になるだろう。幕をめくり、小さく区切られた空間を見るとホッとする。ブーツを脱ぎたいが討伐中だ、せめて上着を脱ごうと衿の釦を外したときだ。軽やかな二人分の足音が近づいた。


「まだ寝てねぇのかよ」

「うわー、目が赤いぜ」

「おかえり。早かったな」


 コウメイとシュウが狩猟服の埃を払いながらアキラの顔をのぞき込む。


「素材は?」

「デリックさんのとこに置いてきた。ピリピリしてるじゃねぇか」

「契約魔術の話をしたからな。脅しがききすぎて決裂するかと思った」

「あー、あのおっさん妙な方向にプライド高いし、嫌がりそー」

「マイルズさんとノエルさんのおかげで、予定通りに決着したぞ」


 だが悪役を演じるのは疲れる。こぼれた小さなため息に、二人は顔を見合わせると、アキラの背中を労うように撫でた。

 狭いテントに入り背を丸めながら向かい合って座る。三人で使うには狭すぎるのだが、他の冒険者らはこのテントを五、六人で共有している。それを思えば広々としているだろう。


「あんまり気に病むなって。契約魔術はオルドさんらのためなんだろ?」

「ああ、これを外さないと無理そうだからな」


 アキラは耳飾りに触れ、何度目かのため息をつく。スタンピード終結後、彼らがアキラがエルフであると、エルフの手を借りてスタンピードを終わらせたと話せば、アキラだけでなく彼らも望まない争いに巻き込まれる可能性がある。


「利用したがる権力者ってのは何処にでもいるしな」

「エルフ族のじーさんたちにも知られたくねーんだよな?」

「あの方々の人族嫌いは筋金入りだ」


 どんな嫌がらせをされるかわかったものではない。

 ふと、コウメイは思いついた。


「エルフの助っ人に、口止めができれば良いんだよな?」

「……アレの口止めが可能なのか?」

「あー、あのキンキラ?」


 面倒なことになるぞとアキラは気が進まないようだ。逆にシュウは金髪エルフの実力が知りたいとワクテカしている。躊躇いがあるのはコウメイも同じだ。だが自分のせいで二人を激戦に巻き込んだのだ、打てる手は全て打つくらいはしておきたい。


「やってみる価値はある……背に腹は代えられねぇよ」


 何を対価に要求されるかわからないが、今は使えるコネを総動員すべき事態なのは間違いないのだ。


「エイドリアン、手伝いに来い」


 ウナ・パレムと同じように、コウメイはエルフの名を魔力を込めて呼んだ。

 だが待てども金髪のエルフはあらわれない。


「……来ねーなー」

「人族の戦いには不干渉なのか、あるいは管理地以外では制約があるのか」

「ちっ、役に立たねぇ野郎だ」


 キンキラはあてにせず自分たちだけで何とかするしかなさそうだ。


「アキ……シュウもだが、限界がきたら引けよ」


 マイルズらを、スタンピードをそのままに逃げるのは後ろめたいだろう。だが、アキラやシュウが犠牲になる必要はないとコウメイは彼らの手を握る。


「呼ばれたのは俺だ」

「俺の魔法ありきの討伐なのに、今さらだぞ。俺は抜けるつもりも途中で放り出すつもりもないからな」

「けど元は俺とマイルズのおっさんとの間の契約だ。アキとシュウは巻き込まれただけで」

「だったらコウメイも抜けたらどうだ? マイルズさんとの魔術契約からは解放されているんだ、ここを去ってもペナルティはないんだぞ」

「……おっさんたちを見捨てられねぇだろ」


 マイルズもノエルもデリックも、コウメイにとっては浅くはない縁のある人々だ。彼らが死を覚悟して戦うのを見捨てられない。オルドには腹が立つことも多いが、ともに火蜥蜴を討伐した多くの冒険者らを残して立ち去る気にはなれない。


「甘いのはわかってるけどな。でもそれに二人が付き合う必要はねぇんだぜ」

「コウメイが甘いのなら俺は激甘になるぞ」

「そーそー、見捨てらんねーのは俺らも同じだって」


 アキラは力づけるようにコウメイの手を握り返し、シュウは彼の肩を強く叩いて励ました。


「だからさー、俺らは一蓮托生なんだぜ。この借りは後で返してくれりゃいーんだよ!」

「ウナ・パレムからの移動分と、ここでの働き分、あとで請求するから覚悟しておけ」

「豪遊させてもらうぜー」

「……アキもシュウも、ずいぶんな暴利なんだな」


 コウメイはくすぐったそうに笑う。


「きっちり借りを返すためにも、しっかり休むとするか」


 疲労感を誤魔化せなくなっているのはアキラだけではない。夜の間に険しい山道を走り回って魔石と素材を集めた二人にも休息は必要だ。


「本部に顔だしたら、呼ぶまで休んでろってマイルズさん言ってたし」


 魔術玉はデリックが、討伐隊の人選と契約魔術はマイルズとノエルが責任を持つとのことだ。


「食って寝るのが俺らの仕事だ」

「起きたら決戦か」

「でっけー魔核なんだろ、楽しみー」


 配給の焼き火蜥蜴肉を挟んだパンをたいらげた三人は、 テントで横になったとたん深い回復の眠りに落ちた。



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