魔核の在処
丸太壁の改良を扱いに長けた魔術師らに任せたアキラたちは、仮眠を取ったのち火蜥蜴の討伐に加わった。
溶岩とともに移動する火蜥蜴は、盾壁に激突し震わせる。怒濤の如く押し寄せる火蜥蜴は止まらず、仲間を踏み乗り上げる勢いのまま盾壁を越える。
「数の暴力だな」
「屠っても屠っても、キリがねぇ」
「見ろよー、美味そーな感じになったぜー」
五匹の火蜥蜴を串刺しにした長剣を振り回し、次々と火蜥蜴を叩き落とす。豪快で常識外れなシュウの戦い方をはじめて見た冒険者は呆気にとられ動きが鈍った。そこを火蜥蜴の尖った尾が足をすくう。
「氷の矢」
アキラの魔法が火蜥蜴を刺し貫き、腕を喰われかけた冒険者を救う。
盾壁を越えて空から降ってくる火蜥蜴は、アキラの攻撃魔術とシュウの人間離れした豪快な戦い、そしてコウメイの的確な剣が難なく屠ってゆく。冒険者らには死骸の解体に手を付ける余裕があった。
見張り台からの笛の合図で撤収する際、腕を喰われかけた冒険者に礼を言われた。
「助かった。やっぱり水魔術は火蜥蜴に効くんだな」
「やっぱり?」
男の口調には水属性の攻撃魔術をはじめて見た驚きが滲んでいた。ケギーテから多くの攻撃魔術師も討伐に参加しているはずだが、その中に水属性の攻撃魔術師はいないのだろうか。
「他所は知らないが、ケギーテの攻撃魔術師は火属性が多いんだ」
ギルド長であるノエルの影響だろうかと首を傾げるアキラに、最近大陸から移ってきたという冒険者が「性格だと思うぜ」と笑った。
「魔力の属性って、そいつの性格に影響してると思うぜ」
「性格ですか」
「俺が前にいたところには攻撃魔術師も多かったが、ほとんどが火の魔術を使う奴らだったけど、どいつもこいつも喧嘩っぱやくて短気だった」
「ああ、わかる。土とか水は珍しいよな」
「普段は気にしないが、ここじゃアンタみたいに火魔術以外で攻撃してくれる魔術師のほうがありがたいんだ」
火蜥蜴に火属性の魔術は相性が悪い。ノエルくらい突き抜けていれば効果もあるが、中途半端な色級の魔術師では魔物に餌を与えるようなものらしい。
見張り台の下に作られた待機場所に、冒険者らは腰をおろす。負傷を治療をし、水分と携帯食で補給を済ませ、次の戦いに備えて身体を休めるのだ。彼らから少し離れた切り株に座った三人は、冒険者らの会話に耳をそばだてていた。
「ノエルさんは魔術師じゃなくて剣士だろ」
「あの人は溶岩の上も平気で歩くし、剣の腕は一流の冒険者にも劣らねぇ」
「魔術師にしとくのはもったいないよな」
どうやらノエルは攻撃魔術師ではなく剣士として討伐に参加しているらしい。それを聞いたコウメイは苦笑いだ。
「確かに、脳筋魔術師の炎はヤバかった」
「そんなに凄いのか?」
「不意を突いて、俺の魔力全部つぎ込んでやっと勝てた。こっちは枯渇寸前だってのに、あっちは余裕だったな」
ノエルが剣に拘っていなければ、早々に負けていただろう。
「溶岩の上を歩くって、そんなことできるのかよー?」
「火属性だから、高熱への耐性を高めるような魔術をあみだしたか、熱を緩和する術を駆使しているんじゃないかな」
ギルド長クラスの上級魔術師は、複数の魔術職を修めている者も多い。色々組み合わせて自分だけの秘匿魔術を持っている可能性はあるとアキラが声を潜めて言った。
「魔術玉とか、靴や防具に耐熱の魔術を付与しているとか」
「ノエルさんが魔道具作ってるトコなんて想像できねぇよ。暇があったら剣を振り回してそうだし、攻撃魔術以外はねぇと思うぜ」
「あー、また笛だ」
遠くで聞こえる笛の音に、三人は顔をあげた。まだ笛の音の複雑な吹きわけを聞き取れない彼らに、見張り台の上から声がかかる。
「八番の見張りからの笛っす。増援寄こせって」
「りょーかい」
跳ね起きたシュウは大きく肩を回した。助けを求めた八番は彼らの場所からはほぼ対角だ、コウメイとアキラでは間に合わない。
「んじゃ、行ってくるぜー!」
駆け出したシュウはあっという間に彼らの視界から消えた。
「怪力で駿足、すごいな」
「あんたたちが来てくれたおかげで、俺たちも持ちこたえられそうだよ」
休憩中に気の抜けた会話を楽しむ余裕ができたと、彼らは嬉しそうだ。
「ああ、また笛か。何処だ?」
「今度は四番、隣だ」
「がんばれよ」
コウメイとアキラは冒険者らに送り出され、シュウとは反対方向へと向かった。
+++
三人は各見張り台ごとに配置された討伐隊とは別に、救援専門として走り回った。笛の合図で駆けつけ討伐に加わる。足の早いシュウは全見張り台を、コウメイとアキラは本部寄りの四つの見張り台が担当だ。
コウメイらと同じように遊撃としてあちこちの討伐に駆けつけるマイルズやノエルとは、何度か一緒に戦った。攻撃魔術師のはずのノエルだが、その戦い方は冒険者のそれだ。
「魔力の持ち腐れか」
「失礼だなコウメイは。私の本領は壁の向こうでの戦いで発揮されるんだ。見て驚くなよ!」
「おいノエル、よそ見するんじゃねぇ、そっち行ったぞ」
シュウが打ち飛ばした火蜥蜴をひらりとかわしたマイルズが集中の切れた自称弟子を注意する。
「氷の矢」
「あわぁっ、あ、危ないじゃないかアキラ。狙いは正確にしてくれ」
短な詠唱一つで放たれた十の氷の矢は、一つも外すことなく火蜥蜴の頭部を打ち貫いた。ノエルの背後に迫る火蜥蜴を貫く前に彼の頬をかすったのはご愛敬だ。
「それくらい避けてください」
「周りが見えてたら余裕だろ?」
「おっさん、素直に魔術師やってたほうがいいんじゃねーの?」
「クソガキどもめっ」
ノエルの剣が光を帯びた。その途端、火蜥蜴が狙いを変えノエルに向かってゆく。
「なんだ?」
「ノエルさんの剣に反応したみたいだ」
「ったく。火蜥蜴は熱に吸い寄せられる性質があるって知っているくせに」
魔物に群がられたノエルを救出すべく、マイルズが斬りかかる。
壁向こうでの本領とは、彼が囮となって地面を埋め尽くす火蜥蜴を呼び寄せ、魔核を探しやすくする作戦のことらしい。
「火蜥蜴ホイホイか」
「効果抜群だなー」
「おい、何か貶されているように聞こえるが?」
一ヶ所に集められた火蜥蜴を冒険者らで取り囲んで討伐する。囲みの中心ではノエルが一流剣士ばりに火蜥蜴を屠っていた。
壁を越えてくる魔物が途切れると休憩だ。討伐にあたっていた冒険者らは補給と治療に専念し、解体と運搬の係が火蜥蜴を手早く処理してゆく。
「コウメイたちはテントに戻れ。そろそろ仮眠の時間だろう?」
「顔色が良くないぞ、魔力切れの前に体力不足で死ぬんじゃないか? 魔術師も身体が資本だ、もっと鍛えておけ」
割り振られた夜間討伐に備えろと言うマイルズと、肉体的な疲労で足取りも怪しいアキラに訓練方法を指南しようとする脳筋魔術師に後を任せ、三人は夕暮れまで深い眠りで身体を休めた。
白煙を赤く染める夕日を横目に、休息を終えた三人は再び持ち場に向かっていた。あちこちで当番を交代する冒険者らの姿が見えるが、その誰もが幽鬼か何かのようにふらふらと危なっかしい足取りだ。
「おっちゃんたち、顔色良くねーよなー」
「これだけの広範囲で昼夜問わずの討伐が一週間以上も続いてたら疲れて当然だ」
「しかも増援無し、終結の目処もたってなかったんだ、そりゃ絶望するだろうぜ」
ここにいる冒険者らは決して弱くはない。パーティーでは主戦力だろうと思われる実力者ばかりが揃っている。コウメイらが呼ばれるのは、そんな彼らが苦戦したときだ。
「壁の向こう、どーなってんだろーな?」
「火蜥蜴がウジャウジャしてんじゃねぇか?」
「……砂漠の毒サソリを思い出した」
黒く覆われた砂漠での戦いを記憶の奥底から引っ張り出したアキラが顔をしかめている。砂漠ではソリで毒サソリを踏み潰して進めたが、溶岩と火蜥蜴ではそうもゆくまい。
「見張り台に上がらせてもらえないかな?」
「ウジャウジャ、見てーの?」
「火蜥蜴もだが、溶岩の様子を見ておきたい」
マイルズらに溶岩を冷却し、討伐隊の足場を確保するように頼まれているが、それが可能かどうかの返事はまだしていない。明日の昼には盾壁の改修が全て終わる。夜のミーティングで本格的なスタンピード攻略の作戦が練られるだろう。それまでに溶岩の規模や熱量、壁向こうの火蜥蜴の動きを確かめておきたかった。
コウメイはちょうど交代しようとしていた見張り当番と交渉し、上にあがる許可をもらった。伐採した木を組んで作った見張り台は、当番一人が座る場所しかない。アキラはそこに座り、盾壁の内側を見おろした。
「キレーな夜景だなー」
「火蜥蜴がいなきゃ絶景なんだが」
丸太にしがみついたシュウとコウメイは、赤く輝く溶岩の流れに感嘆の声をあげる。火蜥蜴の足の下から漏れる橙の光は、懐かしい街の夜景のようにも見えた。黒く冷えたマグマの表面がそこかしこで蠢き、割れ、溶けた岩が流れ出る。それは禍々しくもあり、同時に目を引きつけて止まない美しさがあった。
「どうだ、アキ?」
「……無理だ」
溶岩の輝きと火蜥蜴の動きを魅入られたかのように見つめていたアキラの表情は、しだいに現実を受け入れ渋く歪む。
「まさかこれだけの規模とは……ちょっと甘く見ていた」
「火蜥蜴は俺らがどうにかする。アキは足場さえ作ってくれりゃいい」
「そーそー」
「簡単に言うが、耳飾りを外しても溶岩を全て冷やしきれるかどうか……」
エルフの魔力でも足りないと言われ、コウメイとシュウは顔を見合わせた。
「討伐隊がいるところだけ冷やせばよくねーか?」
「活動範囲に限定すれば何とかならねぇ?」
「魔物追いかけて飛び出したり、押されて逃げたりする連中の先回りをして冷却する余裕はないぞ」
戦闘はイレギュラーの連続だ。冒険者らの動きを全て把握し、先回りして足場を用意するなど出来るはずがない。特に思いつくまま行動するシュウを先読みするなど不可能だ。
「どうすんだよ、魔核壊しに行けねぇぜ」
「その前に探しに行かねーとな」
「ノエルさんは自分が囮になるみたいなことを言っていたが……」
彼一人しか溶岩に降り立てないのでは意味がないのだ。
明日早朝のミーティングでおそらく自分たちも魔核調査隊に組み込まれるだろう。だが現状では火蜥蜴に喰われるまえに溶岩で焼け死ぬ。
「魔核の位置、か……コウメイ、義眼で見てくれないか」
「どこをだ?」
「……噴火口」
「おい」
見張り台から見下ろせるのは山肌を覆い流れる溶岩と、ひしめき合う火蜥蜴の大群。噴煙をあげる山頂を見あげても、噴火口までは見えるものではない。
「火蜥蜴は強い熱量に集まるというが、俺の目には溶岩とともに押し出されているようにしか見えないんだ」
低く囁かれたアキラの声は、強い懸念を押さえ込もうとしているようだ。
コウメイは眼帯をずらして噴火口に目を向けた。
虹魔石の義眼の視界は、熱量ではなく魔力の輝きに占められていた。火蜥蜴から放たれる魔力が、裸眼で見た溶岩の輝きに重なって見える。
そして山頂に巨大な魔力の塊が、ふつふつと沸くように存在を主張していた。
「……魔核だな」
「やはり、そうか」
「え? ドコドコ?」
キョロキョロと辺りを見まわしていたシュウは、すっと差しのばされたコウメイの指先を追いかけて、マジか、と呻いた。
「噴火口の中だ。あそこに魔核がある」
灼熱のマグマから力を得て、火蜥蜴の魔核はとんでもない大きさに成長していた。いや今も成長中だ。マグマの熱を飲み込んで膨れている。
「早いとこ砕いちまわねぇと、この山そのものが火蜥蜴の魔核になりかねねぇぞ」
「そんなに早いのか?」
「沸騰するみたいにポコポコして、そのたびに輪郭が大きくなってるように見える」
三十二年ぶりに火山が活動を再開した直後に魔核が生じ、わずか三日で火蜥蜴をあふれさせるほど成長したのだ。
「大きさはどのくらいだ?」
「聞くなよ、わかってんだろ」
辿り着いた答えをコウメイの義眼で検証したアキラは、深く重い息を吐く。
「なー、どれくらいでっけーんだよ?」
「……噴火口の三割」
「なんか、持てそうにねーサイズだな」
これまで対処してきた魔核とは比較するのも馬鹿らしいほどに巨大なものが、マグマに育まれている。
「俺の魔法だけでアレを冷ますのは無理だ」
他の手段も考えなければと、アキラは口惜しそうに唇を噛んだ。
+++
早朝のミーティングでアキラが魔核の位置が特定できたと報告すると、オルドらの意気が一気に盛りあがった。だが噴火口の中であると知らされ、アキラが冷却できないと断言したことで消沈した。
「手段がないわけではありません」
アキラは魔武具の設計書をテーブルに差し出した。ノエルとデリックはそれがなにであるかすぐに気づいた。
「氷の魔術玉か」
「はい。私の魔術で溶岩を冷却するのには限度があります。冒険者らの足場を確保しようとすれば噴火口を冷やしきれない。そこで魔核に向かう人たちには魔術玉で己の足場を作ってもらいます」
噴火口とその周辺だけに限定すれば、アキラ一人でも溶岩を冷やし固めることは可能だ。
「ただ、マグマの中心部となるとどこまで冷やしきれるかわかりません。効果を極限まで高めた魔術玉を使ってマグマと魔核の力を削いでもらいたいのです」
デリックは設計書を手に取って素早く目を通した。アレ・テタルで公開されている魔術玉の設計書に、高度な魔術式が書き加えられた美しい図面には見覚えがある。
「これは、リンウッド殿の手か?」
「はい。夜のうちに設計書を頂きました」
事情を書き記した魔紙を飛ばしたのは、見張り台からおりてすぐだった。リンウッドからの返事はミーティングの直前に、魔術玉の設計書付きで届いた。込める魔術の威力は好きに設定できる危険極まりない図面だ。
「オルド殿、これを各自に数個持たせれば盾壁の内側での討伐は有利になります」
「想定より多くの冒険者を投入できそうだな」
素材や製作時間の制限があり、魔術玉の数に限りがあるので全戦力での総攻撃とはならないだろうと前置きしつつ、想定よりも多くの人員を投入できそうだとノエルが保証する。
「大雑把な配置になりますが、魔核に最も近い六か七の見張り台付近から盾壁の内に入り、噴火口へのルートを確保。このあたりの火蜥蜴は冒険者らに任せ、噴火口はアキラに託します」
「……託されても困るのですが」
「何が不満だ? ここまできて手を引くつもりか? 俺たちの弱みにつけ込んで、何を要求するつもりだ?」
消極的なアキラの言葉に、オルドが険しく眉をつり上げた。総指揮官である自分を蚊帳の外に討伐の主導権を握るアキラが気に入らない彼は、嫌みったらしく魔術玉をいくらで買わされるのかと問う。
「ここの状況を見ればわかるだろう、金に換えるべき素材や魔石を投入してようやく火蜥蜴を押しとどめている。集結しても我々にはほとんど残らないだろう。それでも毟り取るというのかね?」
「支払を求めるつもりは……いや、対価は必要ですね」
オルドの言葉で何を思ったのか、アキラは静かに息を吸って目を伏せた。
「アキラ殿?」
「噴火口の魔核を破壊する戦いに参加する者全てに、魔術での契約を要求します」
その言葉とともに銀色の瞳が彼らを見据えた。




