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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
8章 チェトロ火山の禍

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盾壁改修



 ここではギルド長クラスの冒険者も前戦に立つ。笛の音を聞いたマイルズも剣を手に火蜥蜴討伐へと向かった。残された三人の案内はノエルに任された。


「ずいぶんと広範囲を囲っているんですね」


 テント群からも見える山肌に引かれた線が、溶岩と火蜥蜴を封じ込めた盾壁だ。その手前に等間隔で櫓のようなものが組まれており、壁の向こう側を見張っている。アキラたちが目指すよりも左手の壁付近で冒険者らが戦っていた。


「なんであそこに偏ってんだ?」

「今日はあのあたりに溶岩が流れてきているからだ。火蜥蜴は熱を追って移動するからな」


 盾壁まで辿り着いた溶岩を食い止めても、勢いづいた火蜥蜴は止まらない。頭上から落ちてくる魔物に冒険者らは手こずっているように見えた。

 苦戦する冒険者らを見ていられないのか、それとも暴れたいだけなのか、シュウの身体がうずうずと落ちつきなく揺れている。それに気づいたコウメイとアキラは、ノエルに聞こえないようにシュウを促した。


「火蜥蜴のほう、行きてぇんだろ?」

「いーのか?」

「魔武具の修復を手伝いたいなら無理にとは言わないが」

「あー、火蜥蜴退治は俺にまかせろ!」


 ウナ・パレムで苦手な魔道具のアレコレに付き合わされたのだ、自分の本領を発揮できる現場でまで向かない仕事はしたくない。シュウはアキラの言葉を遮るように返事して身を翻した。


「あ、シュウは呼び出し待機をっ」


 ノエルが止めようとしたが、駆け出したシュウにその声は届かない。


「勝手をしてすみません、あちらを手伝わせたほうが良いと思ったので。ところで呼び出しとは何でしょう?」

「……いや、説明しておかなかったこちらが悪い。火蜥蜴が壁を越えるのはあそこだけではない。等間隔に建てられた見張り台から知らせがあれば、そちらの討伐に向かってもらうつもりだったんだ」


 どうやら討伐計画を邪魔してしまったらしい。


「シュウの代わりに俺がそっちを引き受けてもいいだろ?」

「頼む、死神の腕には期待している」


 その名で呼ぶなとコウメイが顔をしかめた直後に、二つの音が鳴り響いた。

 高く澄んだ音が長く伸び、低く広がるような音が追いかけて届く。

 顔色を変えたノエルが「さっそくだ」とコウメイの肩を叩いた。


「壁沿いに右手に進め。二つ目の見張り台のあたりで火蜥蜴が湧いている。あちらを受け持つのは金髪の大男でバルという。彼の指示に従って討伐を」

「了解」


 アキラから錬金治療薬を受け取ったコウメイは、軽く手を振り走り出す。その背を見送りながら、ノエルはアキラを急かした。


「我々も急ごう。火蜥蜴が越えた盾壁は補強が必要になる」

「つまり次はコウメイとシュウの向かった場所で作業なんですね」


 使い捨てではないはずの魔武具を、それだけ頻繁に修繕する必要があるのなら、魔術師らがかかりきりになるのも納得だ。

 盾壁に近づくにつれて、うっすらと汗がにじみはじめた。溶岩の熱量のせいか、体感温度は真夏と変わらない。


「燃えないのが不思議なくらいだ……」


 目の前にあるのは、切り倒した木材を地中に立て並べ火蜥蜴の皮を貼り付けて作った、急造とは言えあまりにも粗末な壁だった。それに複数の魔術陣が無理矢理刻み込まれている。本来ならばこれを魔武具、あるいは魔道具とは言えないレベルの代物だ。


「強力な助っ人が来たぞ」


 ノエルの声で盾壁に集まった数人の魔術師がいっせいに振り返った。若い男女に中年と初老、その顔はどれも疲れきっている。その中のスキンヘッドの魔術師に見覚えがあった。


「デリックさん?」


 見間違いではないだろうかと思わず彼の頭部を二度見してしまったが、ナナクシャール島にいたデリックに間違いなかった。わずか数年の間に頭部がとてもスッキリしている。


「……アキラ殿。ご無沙汰しております」


 軽く頭を下げた魔武具師は、以前には見られなかった意志の強さというか、開き直りのようなものがうかがえた。

 新たに笛が鳴り、ノエルは「後は任せた」とアキラの肩を押して走り去る。彼は冒険者らとともに討伐に走り回っているらしい。

 デリックはツルリとした頭を撫でた手でアキラを手招く。


「着いた早々で申し訳ないが、ここの補修を頼めるでしょうか」

「さすがにいきなりすぎます……せめて説明がほしいのですが」

「アキラ殿は魔武具・魔道具ともに橙級だそうですね、見ればわかるでしょう?」

「色級はそうですが、本職じゃないんですよ」

「リンウッド殿から再構築と改作が得意だと聞いておりますが……では手本を見せますので一度で覚えてください」


 丁寧な口調は変わらないが、押しが強くなっている。破損した盾壁とその修復で追い詰められているのだろう。

 アキラはデリックが手がける修復作業をのぞき込んだ。


「……冷却と耐圧、防熱、やはりバランスが悪いですね」


 無理な加圧によって魔術式が消えかかっている。修復者の技術力の差だろうか、線や文字の濃淡が目立つ。構成式の均衡が取れていないせいで、魔術の効果にむらが出ているようだ。


「ただの木材に魔術陣を埋め込んで、これだけの効果が出ているのはさすがだと思いますが……」

「素材の不足は深刻なのです。注ぎ込む大量の魔力で強引に機能させている状況ですよ。ここにいる魔術師らは頑張っていますが、このままでは保たないのはわかっています」


 デリックも、周囲で作業する魔術師らも、疲労の色は濃く限界が近い。物資の運搬も困難、人材も不足している。あり合わせで耐えている彼らの努力は称賛に値するが、現状を維持するのに精一杯では魔核を破壊に向かうのはいつになるかわからない。


「少しアレンジしてかまいませんか?」

「何を、どのようにだね?」

「盾壁に魔力を補充する際に、破損した魔術式を補修する魔術を書き加えます」


 魔力が流れるついでに自動的に修復するように改変すれば、魔術師らの仕事は軽減できるだろうし、魔術式の濃淡も均一化できる。アキラが地面に書いて見せた略図を無言で検討したデリックは、深く頷いた。


「ふむ、不可能ではなさそうですね。ただその理論だと消費魔力が増えませんか?」

「増えます。魔力供給の負担は大きくなるかもしれません」

「どのくらいの増加を想定しているのです?」

「実験してみなければ具体的な数値は答えにくいのですが、おそらく数倍くらいか、と」


 魔術的な加工を施されていない木材は、魔術のために供給される魔力を保持できない。ただでさえ魔力効率が悪いところに新しい魔術式が追加されれば、本来の魔術に必要な以上の魔力を注ぎ込まねばならなくなるだろうと聞き、デリックは難色を示した。


「もちろん現状に術式を書き加えても使えません。もっと盾壁の品質をあげればよいのです。できませんか?」

「それができるのならとっくにやっている。素材も、それを加工する職人も足りないんです。木材加工すら冒険者に休息時間を割いてお願いしているんです」

「……木材を使うしかないことはわかりました。ならせめてもう少し手をかけませんか?」


 素材の魔力保持力を高めるのに手っ取り早い方法は、魔力の豊富な水を染みこませることだ。


「例えば錬金薬漬けにするとか」

「止めてください、もったいない」


 魔力の豊富な液体といえば錬金薬が身近だが、冒険者の治療を優先すべきだとデリックが止めた。彼も似たようなことを試そうとはしたらしい。せめて糸瓜の水で木材を染めて魔力の付着を促そうとしたが、丸太壁の数は多く、物資運搬の人足は糸瓜の水よりも他に優先して運ばねばならない物があった。


「それなら代用水を作って丸太壁を染めることにしましょう。少しは魔力効率も良くなると思います」


 飲用の水ですら不足している状況だ、水属性の魔術師も盾壁以外に魔力を割く余裕はないと渋るデリックに、アキラはこちらについては任せてもらうと押し通した。


「デリックさんには補修の魔術式の構築をお願いしたいのです。私がやると時間がかかりすぎるので」


 壁が安定しない限り、討伐隊はスタンピードを終結させられない。なのに魔術師らには溶岩の冷却まで回せる余力はないし、アキラ一人でもおそらく不可能だ。火山活動を制御し魔核を破壊するのはとてつもなく難しいだろうけれど、成し遂げなくてはならないのだ。


「盾壁の安定は急務です。夕方の報告会で提案しましょう」


 デリックは叩き台にする魔術陣の構築に集中し、アキラは魔力効率向上の準備に必要な手配をはじめた。


   +++


 スタンピード討伐の報告会は朝と夕の二度行われる。日中の討伐状況は、各見張り台を担当する冒険者の代表から、そして盾壁の状況はデリックともう一人の橙級魔武具師であるレリアが報告する。

 その日の夕方の報告会にはアキラが加わり、彼が発案しデリックが編纂した自動修復の魔術を盾壁に組み込む案が出された。


「今のような消耗戦は長くは続けられない。現状を打破するには良い案だと思う」


 マイルズをはじめ半数のギルド長らは即座に賛成した。彼らはこのまま疲弊するばかりでは、遠からず溶岩と火蜥蜴に盾壁が破られると危機感を保っている。


「悪い案ではない。だが消費魔力が増えるのは困る。討伐で得られる火蜥蜴の魔石も盾壁で使い切っているのに、それ以上となるとどこから魔力を調達するのだ?」


 オルドもアキラの案に現状打開のきっかけを期待を感じた。しかし責任者の立場では、余裕のない今だからこそ確実性のない案を即決はできない。


「魔力消費が多いのは急造した盾壁の弊害です。壁自体の性能を少し上げられれば、追加魔術だけでなくこれまでの冷却、耐圧、防熱で無駄に消費されていた魔力量も浮きますから、差し引きゼロに近いと試算しました」


 デリックが差し出した板紙は、細かな計算式で埋め尽くされていた。数字と文字に顔をしかめる冒険者らに、代用水による魔力伝導力をあげる方法を口頭で説明すると、彼らは本当にそんな簡単な方法で可能なのかと、余計に不安を感じたようだ。

 冒険者らの問いかけるような視線を受けたノエルは、デリックがケギーテでトップの魔武具師だと前置きした上で「試作品の働きをその目で確かめてくれ」と言った。


「魔術陣は朝までに完成させます。丸太壁の性能も試作だけでしたらすぐにでも可能でしょう」

「……わかった。では試作品の性能を確かめよう。その結果で戦略を組み直す」


 オルドの決断で終わりの見えない討伐がやっと前進をはじめた、集まっていた冒険者らの表情に、わずかに活力と光が差した。


   +


 間違いの許されない魔術陣の構築はデリックが引き受け、アキラは丸太壁の性能向上策に取りかかった。


「コウメイ、水」


 かき集められた大量の空樽を前に、コウメイは冷や汗を掻いている。


「これ全部か?」

「丸太全部に染みこませるんだから、これでも足りないくらいだぞ」

「俺がぶっ倒れるんですけど?」

「正確な魔力限界量を把握しておく必要があるんだ、さっさとしろ」

「アキラのスパルタ、こえー」


 見ているだけのシュウが身震いして後退る。コウメイは首の後ろを掻きながら見学者にチラリと視線を走らせた。魔武具師のレリアをはじめ水属性の魔術師が勢揃いしている。


「手の内、晒したくねぇんだが」


 彼らはこれから自分たちが作らなくてはならない代用水の製法と、冒険者である彼がずらりと並んだ大樽をどこまで満たせるか興味津々だ。


「魔核探しは盾壁の内側だ。火蜥蜴を蹴散らす際に冷却できていない溶岩に脚を突っ込んだら、コウメイはどうする?」

「咄嗟に水をぶちまける……水蒸気で蒸し焼きになるかな?」

「中途半端な水では蒸し死にだな。死にたくなければ、魔力量の把握は必要だろう?」


 ついでに増やせる余地があるなら今のうちに増やしておけとの無言の圧力に、コウメイはみっともなく昏倒する覚悟を決めて、樽に水を満たしていった。


「十と半分も……」

「冒険者の魔力量じゃないぞ」

「俺、六、いや七樽いけるかどうか」


 樽に倒れ込んで意識を手放したコウメイは、シュウによって端に寄せられ、その口に錬金薬の瓶を突っ込まれている。

 魔術師らの視線が満たされた樽と、昏倒して魔力回復薬を飲まされているコウメイとの間を行き交う。不安そうに樽に手をかけた若い魔術師が、恐るおそるにたずねた。


「ま、魔力で作った水じゃないと駄目なんでしょうか?」

「本来ならば糸瓜の水が必要なんです。これから作る代用水は劣化版です。ただの水を使えば、それにも劣る物しかできませんよ?」


 それでは丸太壁の魔力伝導を上げられはしない。

 魔術師が作る水は魔力そのものだ。そしてこれにセタン草やヤーク草を漬けて錬金薬の劣化版を作り丸太壁を染めれば、魔術陣が消費する魔力は激減する。

 怯む彼らの様子を見て、アキラは内心でため息をついていた。魔術師はみな枯渇の苦しさを経験している。ましてやここはスタンピードの最前線だ。魔力が身を守る唯一の力である彼らにとって、魔力不足や枯渇は死活に関わるのだ、彼らが尻込みするのも仕方ないだろう。自分が満たすしかないかと思いはじめていたとき、レリアが魔術師らを一喝した。


「貴様ら、ここで溶岩に焼き殺されたいのか?」


 橙級の魔武具師は不甲斐ない部下らを一瞥する。


「今のままでは丸太の盾壁が保たないと、みなもわかっているはずだ。この戦いに負ければ、西島は魔物に占拠され我々は住む場所を失う。他国からは魔物の支配を許したと嘲笑されるのだぞ!」


 疲労と、いつ終わるともしれない戦いへの不安に捕らわれていた魔術師らは、彼女の渇で奮い立ったようだ。不安を気力で追い払い、冒険者に魔力で負けてなるものかと樽に水を注ぎ入れはじめた。


「アキラ殿……全ての丸太壁を染めるにはまだまだ水が足りないだろう。だが薬魔術師の負担は少し軽くしてもらえるだろうか?」


 魔術師らの変化を目を丸くして見ていたアキラは、レリアに囁かれて笑みを返した。


「もちろんです。錬金薬を切らすわけにはゆきませんからね」

「感謝する。火属性の私は製水では役に立たないが、魔力量に関してはケギーテではノエル殿に次いで多い、いくらでも使ってくれ」


 レリアは西島出身なのだそうだ。故郷を失いたくないとこの戦いに志願していた。


「ではここにいる六人以外で配置と当番を組み直していただけますか? 彼らは丸太壁の魔力伝導改良に借りますので」


 枯渇寸前で朦朧としている魔術師に魔力回復薬を一口ずつ飲ませ、意識がハッキリしたところで代用水作りを教えた。薬魔術師らが基準以下だとして捨てた薬草を細かくちぎって樽に入れ、かき回して薬草成分を溶かせば完成だ。あまりにも簡単なので魔術師らは拍子抜けしている。だがこれを染みこませた丸太壁の消費魔力は、目に見えて激減した。


「こんなに魔力が滑らかに流れるなんて!」

「引っかからないし、止まらないし」

「今までどれほど無駄に散っていたのだろう、もったいない」

「凄いです、これは凄いことですっ」


 試しに染めた丸太の盾壁に魔力を注ぐと、目に見える効果に歓声が上がった。これで魔力不足も解消できるし、デリックの魔術陣が完成すれば、修復整備の頻度も減らせる、と。


「手放しで喜んでいいわけじゃないんですよ。代用水は普通の水よりも保ちますが、せいぜい一晩が限界です。スタンピードが終わるまで代用水を捲き続けなくてはならないんですから」


 アキラの注意を聞いても、彼らの意気が萎むことはなかった。盾壁をメンテナンスする魔術師らの仕事は増えたかもしれないが、打ち手がなくジリジリと敗北が迫るのを感じていた彼らにとって、対策があるのは喜びでしかない。

 翌朝、ミーティング参加者全員が見守る中、自動修復を追加付与した盾壁が試動した。


「……凄い。全ての魔術式が補修されていく」

「冷却が弱かったのに、安定したぞ」

「力も強くなっていませんか?」


 魔術師らの歓喜の声を、ギルド長らは戸惑いぎみに眺めている。目に見えない変化はわかりづらいのだろう。


「それで、魔力の問題は解消できたのかね?」

「ええ、丸太の盾壁の魔力伝導率が上昇したため、修復魔術を追加しても今までより少ない魔力量で維持できています」


 ノエルの解説と魔石消耗を比較して、ようやく冒険者らの表情が明るく変化する。

 これまでの三分の二の魔力で済むのだ、魔石不足に悩むこともなくなるし、魔術師らにも余裕が生まれるのは確実だ。もしも討伐数が少なく魔石が足りなくても、いざとなれば魔術師が直接魔力を供給すればなんとかなるだろう。


「すべての盾壁の改修が終わるまでの時間はどのくらいだ?」

「昼夜問わず作業して、最短は明日の昼でしょうか」

「わかった。力仕事用に冒険者をつける、こき使ってくれ。盾壁の改修が完了次第、隊を再編して火蜥蜴の魔核に向かう!」

「おうっ!!」


 オルドの力強い声が、冒険者らを奮い立たせた。島が魔物に占拠されるかもしれないと恐れる気配はもはや微塵も感じられなかった。



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