3 初めての船旅
陸地が遠くにかすかに見えるくらいに遠ざかった頃には、甲板に残っている乗客はコウメイら三人だけになっていた。
外洋の荒い波の迫力を楽しんだり、海面で輝く魚の群れを眺め、それを狙う海鳥に声援を送りながら、初めての船出を楽しんでいた。雄大な景色に寒さも忘れていた三人だが、興奮が冷めると真冬の海風がそろそろ辛くなってきた。
「客室に戻らないか?」
マントの前を巻き込むようにして暖を取っていたアキラが、寒さに耐えきれなくなり最初にギブアップした。「確かに寒いよなー」とシュウも腕をさすりながら頷く。
「けど部屋ん中閉じこもってんの、つまんねーな」
大海原は見飽きてきた。甲板を忙しく行き交う船員らを観察するのはおもしろそうだし、船内設備にも興味がある。シュウは船内探検を決め二人を誘った。
「船内見物してくるけど、お前らも行かねーか?」
「俺はまだ荷物整理が終わってないから遠慮しておく」
「コウメイはどーする?」
「……」
「コウメイ?」
喜んで船内探索に付き合うだろうと思っていた友人の反応がない。振り返ってみれば、舷縁を両手で掴んだコウメイは、苦悶の顔つきで必死に何かを堪えていた。
「顔色悪いぜ、風邪ひいたんじゃねーの?」
「いや、もしかして船酔いか?」
蒼白なコウメイは、コクリ、と小さく頷きを返すので精いっぱいだった。
「船内に戻れるか?」
首が横に小さく振れる。
わずかな動きですら辛いと、堪えるコウメイの目が、涙目に見開かれた。
舷縁を強く掴んでいた手が、慌てて口元を覆う。
「げ、こっちに吐くなっ」
「海を向け、海を!」
「――――っ!!」
シュウが素早くコウメイの襟首を掴み、そのまま乱暴に海に向けて押し出した。
アキラが風魔術で海風を遮り、水魔術でコウメイの吐瀉物を包み込んでは遠くへ投げ捨てる。
「あぶねー、危機一髪だったぜ」
「大丈夫か?」
アキラの問いかけに応える余力などなく、胃の中のものを全て吐き出して甲板に崩れ落ちたコウメイは、普段からは考えられないほどの衰弱ぶりだった。
「コウメイがこれだけ弱ってるのって、俺初めて見たわー」
「俺も初めてだ。船に弱かったんだな」
「酒には酔わねーのになぁ」
揺れる馬車でも、砂漠をラカメルで疾走した時も、まったく乗り物酔いをする気配はなかったのに、どうやら外洋船の波の揺れだけには弱かったらしい。
「ほら。部屋戻るぜー」
「……おぅ、っ」
シュウに担ぎ上げられたコウメイは、振動のたびに両手で口を押え呻きながら、客室へと運び込まれたのだった。
+
先回りして客室に戻っていたアキラは、完璧に準備を整えてコウメイを待っていた。座布団とマントを敷いて簡易の寝床を作り、ゲロ用の桶を調達し、冷たい水をたっぷり水筒に補充していた。
「水だ、口を漱げ」
ヒリヒリと痛む喉を漱いだコウメイに、アキラは乾燥薬草を使って乗り物酔いに効果のありそうな薬を作って差し出した。
「酔い止め薬はないが、麻痺系と解毒系を少しアレンジして調合しておいた、飲め」
「きつー、その臭いは拷問だろ」
離れているシュウが鼻をつまんで顔をしかめた。えもいわれぬ異臭を放つ、青汁よりも濃くてどろりとした物体。アキラの薬草に慣れているとはいえ、船酔いで弱ったコウメイには辛すぎる。ずりずりと覆って這い逃げていた。
「うぇ……びどいにをい」
「飲め、すぐに楽になる」
「ぞのばえにじぬだろ」
「酔い止めだぞ、死ぬわけないだろ」
右手に薬の入ったカップを持ったアキラは、左手で抗うコウメイとの攻防を繰り広げながら、じりじりと壁際に追い詰めていった。激しい船酔いと嘔吐した脱力感を堪えて必死に抵抗するコウメイは友人に助けを求めた。
「ジュウ、だずけろ」
「ダメだ、シュウ手伝え」
ドア横の箱に腰を掛けて二人の攻防を見物していたシュウは、心情的にコウメイの味方だった。アキラの手から取りあげようと薬の器に手を伸ばす。
「邪魔する気か?」
「いやー、流石にソレはかわいそうかなーって」
あの異臭のする緑のドロドロは、健常なシュウでもとても飲めそうにない代物だ。それを弱ったコウメイに与えるのは、治療ではなく拷問ではなかろうか。どうせ船酔いなんて慣れれば自然に治るのだから、今苦しむ必要はないだろうと擁護するシュウを、アキラは鼻で笑い飛ばした。
「この部屋でゲロられたら臭いが充満するんだぞ。そんな部屋で寝たいのか?」
「コウメイ、覚悟決めて飲んじまえ」
アキラの鋭い視線と現実的な指摘に、シュウの手が一瞬で引っ込んだ。
「びでぇよ、ジュウ?!」
「わりー」
シュウは助けを求めて伸ばされたコウメイの腕をがっちり拘束し、背後から両肩を固めてアキラの方を向かせた。守る手のなくなったコウメイの口に薬を流しいれるアキラの笑顔がちょっと怖い。緑のドロッとした液体を無理やり飲まされたコウメイの身体は、ぱたりと力を失って崩れ落ちた。顔色は甲板でゲロっていた時よりも青ざめているようだ。
「そんなに不味いか?」
ぐったりとしたコウメイを寝床に横たえながら、アキラがカップに残った緑色の物体を指ですくって口に運んだ。
「……気絶するほどじゃないと思うが」
味見をしても顔色も変えずに首を傾げるアキラを見て、シュウは好奇心のままに自分も緑色の物体を舐めてみた。
「うげぇぇ、何だよこれ、ふつーの薬草汁よりひでー味じゃねーか」
水くれ、水、と水筒に手を伸ばすシュウを、アキラは不思議そうに見た。
「生の薬草の方がもっとエグミも臭さも強いし、流し込めるだけましだと思うんだが」
「アキラは薬草の食いすぎで味覚がおかしくなってるって!」
舌先に残る何ともいえない味を水で押し流したシュウは、睡眠なのか気絶なのかよくわからない状態のコウメイをチラリと見た。
「……悪いことしたなー」
いくら室内でゲロられたくなかったとはいえ、拘束してまで無理やり飲ませたのはやりすぎたかもしれない。
「コウメイがこの調子じゃ飯は作れそーにねーし、この部屋で飲み食いも気を使わせそーだからさ、ちょっと船内探検ついでに食堂の飯を見てくるわ」
「買ってこなくていいぞ。俺はクッキーバーと干し肉でも十分だ」
「りょーかい」
ひらひらと手を振ったシュウは、船酔い患者とその主治医を残し部屋を出た。
+++
客室の扉を閉めたシュウは、甲板への出入り口とは反対方向に足をすすめた。
「四、五……八か」
甲板から階段を降りた最初のフロアには客室扉が八あった。上級客室が二つに、一等客室が六つだ。階段を中心に共同のトイレと洗面用の水場が配置され、船の前後にそれぞれ四室ずつ配されている。シュウたちが割り当てられた部屋は階段を降りて船体後方奥だ。前方への廊下の突き当りにもドアがあったが、ここは船員たちの部屋らしい。
客室の扉はすべて閉められていて、廊下に人の姿はない。乗客らはそれぞれの部屋で過ごしているのだろう。
シュウは下への階段を降りた。
「ここ、食堂かー」
階段を降りた真正面の広いスペースには、止まり木のような背の高いテーブルがいくつも設置されており、その向こうにはカウンターテーブルが見えた。酒樽がいくつも積み上げられており、その奥は厨房のようだが、あまり美味しそうな匂いはしない。
「へー、結構いるんだな」
出港してそれほど時間はたっていないのに、すでにほとんどのテーブルが乗船客で埋まっていた。彼らの多くは冒険者のようだ、塩漬け肉や煮豆を食べながら酒のジョッキを手に盛りあがっている。
シュウは先に船内探索を済ませることにして食堂から出た。この層は後部に二等船室が固められていて、階段の辺りからチラリと見ただけでも出入り口に扉がないのが見て取れた。
「酔っ払いもうろうろするだろーに、不用心だよな」
いったい何人を詰め込んでいるのかはわからないが、この環境では絶対にリラックスできないだろう。じろじろと見るのも悪いので、シュウはすぐに踵を返した。
次の階段を降りると三等客室らしいが、ここは客室とは名ばかりの貨物エリアだ。乗船の時に見ていたが、人夫らによって大量の荷箱に袋、樽が運び込まていた。それらを乗せて余った場所が三等客室だ。
「ボッタクリだよなー」
船賃とは別に二百ダルもの客室料金を支払ったのに、荷物の間に雑魚寝というのは割に合わない。だがその最悪の寝床を我慢してでも乗船しなければならない人たちがいるのだ。シュウは最下層へは下りずに階段を登って甲板へと向かった。
「さぶっ」
太陽が照っているので凍えることはなさそうだが、外洋の風は肌をピリッと刺激する冷たさだった。大陸の東回りは北国へと北上するコースだ。一月の真冬に寒さの厳しい地方を目指す航路は、最短距離とはいえ早まったような気がしていた。
赤い鉢巻を締めている男たちがアメリア号の船員だ。忙しそうに立ち働いている彼らの他にも、日当たりのいい甲板や舷縁に何人かがたむろしていた。シュウは向けられた視線を無視して甲板の上に作られた建物を見あげた。
「えーと、確か特別室と船長室だっけ?」
一メートルほど高く底上げされた土台の上には、まるで木造の大きな長屋のような船長室と特別室があった。
四、五段ほどの階段を登れば、すぐに船長室の扉があり、船員らが出入りしていた。船長室の奥にあるのは、貴族がゆったりと滞在する特別室のようだ。通路には縄が張られ、お仕着せの男が立っていて、下層の乗船客を立ち入らせないようにと見張っていた。
船長室側の甲板は広く、バスケのハーフコートくらいの広いスペースがあった。
「この広いとこ、何に使うんだろーな」
シュウは舷縁をなぞるようにゆっくりと甲板を一周することにした。
「へー、こっち側にはテラスバルコニーなんてのがあるのか」
特別室の客が海を眺めてゆったりと寛ぐスペースには、テーブルと椅子が固定されて置かれている。
「この辺だけは豪華クルージングって感じだよなー」
見張りに睨まれて、シュウは足早にそこを通り過ぎた。
特別室の二室はともに客がいた。つまりこの船には最低でも二組の貴族が乗っているのだ。
「貴族にはあんまりいい記憶ねーんだよな」
自分もだが、コウメイやアキラも貴族に対しては悪感情しかない。王都の爺とワガママ王女に目をつけられた時は、まだこちらの世界に馴染めていない頃で、どう対処していいか手探りで本当に苦労した。結局夜逃げ同然に逃走することになったのだ。
「逃げ場ねーもんな」
海の上ではどこにも逃げられない。ブライアンに忠告されたような心配事もあるのだ、どういう階級のどういう種類の貴族が乗船しているのかはわからないが、近づかないようにしよう。
「コウメイもアキラも目立つし、目をつけられたらめんどーだし」
バルコニー側の甲板は危険、そうコウメイたちにも伝えなければ。
シュウは特別室を避けながら甲板を見物し続けた。船首で迫力ある波を堪能し、巨大な帆柱に昇降する船員たちの動きを観察し、風を受けて大きく膨らむ帆を眺め、ぐるりと一周回ってもとの位置に戻ってきた時には、太陽が水平線に向かって落ちていくところだった。
紫とオレンジ色に染まる空を見たシュウは、再び階段を降りて食堂に戻ってきた。夕食時だからか、食堂は先ほどよりも混雑していた。客の間をすり抜けながら観察してみたが、誰もが同じものを食べている。カウンターに酒の種類は書かれていたが、料理のメニューはない。一つ前の客が「今日の料理と蒸留酒」と注文したので、シュウも真似て「今日の料理とエル酒」を指定し五十ダルを支払った。
「……すくねー」
銅貨と引き換えに出てきたのは、かなり控えめに注がれたエル酒のジョッキと、塩漬け肉と煮豆がそれぞれ二口分ほど乗せられた皿が一枚。これは食事というよりも酒のツマミだ。豆はぼそぼそしていたし、肉は塩辛くて水分が欲しくなる。かといってエル酒は水で薄められているようで、生ぬるく不味い。とても五十ダルの価値はない。
「コウメイの保存食の方がマシだなー」
ぼそりとこぼした声を聞いた向かいの男が、ぎろりとシュウを睨んだ。止まり木のようなテーブルは一つに三人も四人もが使っていてとにかく狭い。飯に文句があるなら出ていけ、という視線に愛想笑いを返し、シュウは早々に食堂から退散した。
+++
「戻ったぜー、開けてくれ」
ノックに続いたシュウの声を確かめた後、静かに内鍵が開けられた。
「ただいまー。飯食ったか?」
「随分ゆっくりしてきたんだな」
木窓が閉められた室内は、アキラの作った光の魔術でほんのりと明るく照らされていた。テーブルが壁際に寄せられ、空いた板の間にコウメイが横たわっている。かけられた毛布がゆったりと上下しているところを見ると、薬が効いて寝ているようだ。
アキラの向かいに腰をおろしたシュウは、差し出された水をゆっくりと飲み干した。
「船内はどんな様子だった?」
寝ているコウメイに配慮してか小さく抑えた声で問われ、シュウも声を潜めて返した。
「下のフロアと、あと甲板の様子とか特別室辺りを偵察してきたぜ。食堂は味が濃くて量が少ないし、エル酒はすげーマズイ」
エル酒は成人したての子供が最初に飲む酒だ。ほとんど酒精の無い甘めのエル酒から飲み始め、次第に濃い酒へと変わってゆく。酒に慣れた者には、エル酒は水と同じようなものだが、それでもストレートをジョッキ一杯も飲めばシュウは泥酔確実な酒だ。
「飲んだのか」
「半分以上も水で薄めてるんだぜ、酔うわけねーよ」
これ以上患者はいらないと眉をしかめるアキラに、シュウはひらひらと手を振った。
「普段食ってる保存食の方が何倍も美味いぜ」
「酒以外は用無しか」
「他の酒も水で薄めてそーな感じだった」
ならばコウメイも自分も食堂に近づくことはないだろうと頷いて、アキラは続きを促した。
「気になったのはやっぱこの上だよなー」
そう言ってシュウは天井を指さした。
「位置的に、俺らの部屋の真上が船長室っぽいぜ。そんでその隣が特別室」
「何か気になることでも?」
アキラが警戒するように眉を寄せた。
「甲板で船員が走り回ってるの観察してたんだけどさー、特別室のバルコニー側を避けてる奴と、遠回りなのにわざわざ通って様子うかがってる奴がいたんだよな」
不自然じゃないかと問うシュウにアキラが頷きを返した。
「船員たちはどんな様子だった?」
「避けてる奴はすげービクビクしてたし、様子見てる奴らは互いに牽制しあってる感じ?」
「牽制ね……見張りは?」
「いたぜ。通路側に一人と、バルコニー側に二人だ」
その見張りらは船員たちの不審な動きに注意を払っていなかったとシュウが説明すると、アキラは難しい顔をして。
「どうやら乗船している貴族はブライアンが心配していた類のようだな」
「あ、やっぱりアキラもそー思う?」
「貴族なんてただでさえ厄介な存在なんだ、近づかないに限る」
ましてや周回船という海上で、下手に関わって何処にも逃げられない事態だけは避けたい。
「船員に教えてもらったんだけどさ、特別室のお貴族様って昼前と夕方に甲板を散歩するけど、それ以外は部屋にこもってるらしーから、時間をずらせて行動すれば大丈夫なんじゃねーか?」
船旅の間中、客室に閉じこもりっきりでは気が滅入る。甲板には広い場所もあるのだ、時間帯を選べば運動くらいはできるんじゃないかとシュウは期待していた。
「あのでっかいマスト、登ってみてーんだよな」
小柄な船員が縄を使ってするすると登っていき、帆をはったり調節したりと動くさまは見ていて飽きることがなかった。
「ぜったい見晴らしいいに決まってるよなー」
「シュウは、高いところが好きなんだな」
「気持ちよさそーじゃん?」
「……そうだな」
アキラは見晴らしの良い帆柱のてっぺんにあこがれるシュウを、微笑ましく見ていたのだった。
+
「あぁ、よく寝た」
コウメイがのっそりと起き上がったのは、ちょうど冷凍魔術で保存していた肉団子を解凍しテーブルに並べた時だった。食堂の飯では食べ足りないというシュウと、話を聞いて保存食で食事を済ませることにしたアキラが、病人のコウメイに遠慮してコソコソと準備をしていたのだ。起こしてしまったかと顔色を確かめたアキラは、コウメイに血の気が戻っているのを確かめほっと息をついた。
「いい匂いがする」
「おー、もう大丈夫なのかよ」
「顔色は良くなっているようだな」
前髪をかきあげたコウメイは、鼻をひくひくと動かして舌なめずりをした。
「すげぇ腹減った」
「そりゃ胃の中全部ゲロったんだから当たり前だろ」
「食えるのかよー?」
「アキの薬がすげぇ効いた。流石にその肉団子はキツイが、プレーンのクッキーバーくらいならいけるぜ」
それと胃にやさしいスープが欲しいと思ったが、シュウに食堂のありさまを聞いて外注はあきらめた。
「今から作るのか?」
「一番簡単ですぐできる奴だから、待ってろよ」
コウメイは荷箱から簡易魔道コンロを取り出して鍋をかけ、乾燥野菜をナイフでみじん切りにして入れ、ブブスル海草の粉末と塩で手早くスープを作りあげた。アキラとシュウもお相伴にあずかり、クッキーバーと肉団子で船旅初日の夕食を終えた。
+
「暇だなー」
客室に閉じこもって朝まで時間をどう潰すかは大問題だった。
夜の海見物も考えたが、昼間船員から聞いた「毎回誰かが夜の海に落ちて行方不明になっている」という話を聞かされていては、夜の散歩も躊躇われる。
「じゃあこれやろうぜ」
コウメイが取り出したのはエル酒のジョッキほどの大きさの円柱箱だった。
「黒ひげモドキじゃんか」
「わざわざ買ったのか?」
「まさか。俺らの荷物、ヒロが全部保管しててくれてたんだよ」
その中から探し出してきたとコウメイは苦笑いだ。
「捨ててくれって言っといたのに、律義だよな」
「……流石に、次に会う頃には処分されているだろうな」
「どーだろーなー。立派な四階建てだったし、置き場所に困らないならそのままかもよ」
ダッタザートに残った三人の気持ちが嬉しく、少し切なかった。
「ところでさ、これってどっちが勝ちだと思う?」
しんみりした空気を振り払うように、コウメイが黒ひげモドキの底のツマミを回し、三人の真ん中に置いた。
「飛ばしたら勝ちだろう」
「えー、負けじゃなかったか?」
「どっちでも良かったはずだぜ」
ぽち、ぽち、ぽち、とテンポよく側面の記号が押されていく。
「最初に決めてからはじめればよかったんじゃないか?」
そう言ってアキラが☆の記号を押すと、魔石のついた蓋が飛んだ。
同時に二つの手が動く。
「勝った!」
「くそっ」
飛び上がった蓋を先に掴み取ったのはシュウだった。
「もう一回だ」
「無理すんなよコウメイ」
病み上がりだろ、と労わりの言葉をかけながらもシュウは優越の笑みである。たとえコウメイが万全の体調であっても負ける気はしないと自信満々だ。
「無理してねぇよ。もう一回」
「一回でいーのか?」
「ムカつくケモ耳め」
「二人とも、黙ってやれ」
アキラは少々乱暴に蓋をはめ直し、再び黒ひげモドキを床に置いた。
ぽち。ポチ。ぽち。
「俺は負けねーよ」
「最後に勝つのは俺だぜ」
「……脳筋どもめ」
どうせやることもなく暇だからと二人の競争に付き合っていたアキラだが、どちらも譲ろうとしないため終わりが見えない。心地よい揺れに誘われて睡魔に抗いきれなくなったアキラは、勝手にやってろと蓋を奪い合う二人を放置し、毛布を持って部屋の隅に寝転がったのだった。




