14 エピローグ
エピローグという名の蛇足
「きゃ――っ!!」
「どうした?」
「その余所者が何かしたのか?」
「てめぇら、ポリーちゃんに何しやがる!」
町に戻った三人は、宿を取る前にボロボロの姿のままギルドに顔を出した。口で説明するよりも惨状を見せた方が説得力があるだろうという判断だったのだ。しかし、破れ焦げた服と生々しい血痕を見た瞬間に、ポリーは建物の外にまで響く悲鳴をあげた。
「逃げられると思うなよ」
「縛りあげちまえっ」
何事だとギルドにいた冒険者や悲鳴を聞きつけた町人が駆けつけて、冒険者ギルドの看板嬢に不埒な真似をするのは許さないとばかりに、三人はあっという間に取り囲まれた。
「濡れ衣だ」
「ありえねーっ」
「……燃やすか」
「やめてください、誤解ですっ」
慌てて駆けつけた男たちを宥め、三人の傷がすでに癒えていることを確かめて落ち着きを取り戻したポリーは、職務を思い出して三人に何があったのかとたずねたのだった。
「分岐の先はそんな状態なんですか……ギルド長に報告しておきますね」
コウメイたちは警戒を向ける冒険者たちにも聞こえるように、あえて大きめの声で詳細を語った。村への道が失われていてウォルク村へはたどり着けなかった、強い魔物が数多く生息していて危険である、立ち入りは禁止した方が良い、と。三人の話を嘲笑う者もいたが、みすぼらしい状態が報告に説得力を加えたようで、聞き耳を立てていた冒険者たちの中には考え込む者も多かった。
+
「ゆっくり飲んで待ってろ」
その夜、ギルド酒場に顔を出したコウメイたちは、エル酒と角ウサギ肉のチーズ焼きでガルウィンに引き止められた。客がいなくなるまで待たされた後、しつこい追及に負け、ポリーへの報告では誤魔化していた部分を、差しさわりのない範囲で話すことにした。
「村にたどり着けなかったってのは、やっぱり嘘か」
「そうしておいた方がいいと思ったからな」
コウメイは眼帯を外して義眼を見せた。
「この義眼は魔道具なんだよ。隠蔽魔術のかかったものを感知できるんだ」
「お前……酔狂なことしてるな」
「ほっとけよ」
ガルウィンの呆れの視線を受け流し、コウメイはチーズの絡んだ肉を口に運んだ。
「でな、村の入り口でこれを使って調べたら、あったんだよ、罠が」
「罠……それは、冒険者たちが消えたっていうアレのことか」
「ああ、そのたぐいの魔術罠だと思う」
厄介だなと呻いたギルド長は、ぶつぶつと算段をはじめた。
「マーゲイトの連中なら解術できるか? いや依頼する金をどこから出す? ギルドの予算ではとても出せんぞ……」
「あそこの魔術師には不可能ですよ」
静かにエル酒を飲んでいたアキラがギルド長の淡い期待を打ち砕いた。
「トマス魔術師も村で人が消えることは知っていましたが、この三十年間、何も対処できていませんよね」
「トマスさんでも無理なのか」
「もっと高位の魔術師でも不可能でしょうね」
それを言い斬る根拠は何かと凄んだガルウィンに、アキラは魔術師証をチラリと見せた。
「お前、魔術師だったのか」
橙色の紋章を目にしたギルド長は言葉を詰まらせた。ポリーと同じくらいの年齢に見える彼がトマスと同位ということは、これから先にもっと階位を上げるはずだ。もしかしたら将来魔術師たちの頂点に立つ可能性もあるだろう、そう想像したガルウィンはアキラの言葉を否定することはできなかった。
「あれを解術しようとすれば、最上級の魔術師が数人がかりになります。それでも成功するかどうかはわかりません」
さらに言えば、紫級の魔術師への依頼料は町の数年分の税収が吹っ飛ぶほどの金額だ。このギルドにそんな予算はとても組めないはずだ。借金してまで必要な解術かどうかは、考えるまでもないだろう。
「ヘルハウンドは出たのか?」
「ああ、四匹いたぜ」
「倒したのか?」
「まさか。逃げ帰ったんだよ。倒してたら皮を剥いで持ち帰るに決まってるだろ」
ポリーに自分たちのズタボロな姿の報告は受けていないのかと聞くと、ガルウィンはケガをしている様子がないから、彼女が大げさに騒いだだけだと思っていたと。
「んなわけねぇだろ。この前髪見てみろよ」
コウメイが短く切り整えられた前髪を指さした。
「火のブレスでこのありさまだ。火傷でひでぇ目にあったし、アキは腕を食われる寸前だったんだぜ。シュウだって全身切り傷だらけになってたんだ」
「そーそー、錬金薬が足りなくなって、薬草食わされたんだからなー」
「生還できても錬金薬がいくつあっても足りないでしょうね。儲かるどころか赤字は確実です、おすすめできる狩場じゃありませんよ」
三人に畳みかけられてガルウィンは顎髭を乱暴に掻いた。
ウォルク村付近の森は、道程の困難さとヘルハウンドの脅威さえなければ腕利きの冒険者たちにとってはとても良い狩場だ。なんとか村を野営地として使いたいと考えていたガルウィンだが、諦めるしかなさそうだ。いまだにヘルハウンドが出没し、廃墟にも人が消える罠が残っているというなら、ギルド長としては冒険者たちを向かわせることはできない。
「この田舎町の冒険者は貴重なんだ、腕試しで無駄死にさせたくねぇ」
「なら注意喚起するしかねぇよ。それでも行くってやつらは自己責任だろ。村で消えた冒険者を知ってる人はまだいるんだろうし、今まで通りでいいんじゃねぇか?」
そう簡単にはゆかないのだとガルウィンが眉間を揉んだ。
「お前らが派手なことしてくれたから、町の若いのが血気走ってやがるんだよ」
受付のポリーはギルドの看板娘だ。老若問わず冒険者たちに人気があり、安い依頼でも彼女がすすめれば鼻の下を伸ばして引き受ける冒険者も多い。
「ポリーがお前らを気にかけるから、妬っかんでる奴が多くて困る」
「そんなことは知らねぇよ」
深々としたため息とともに愚痴られても、何とも答えようがなかった。
+
コウメイたちは商人向けの宿屋に個室を確保した。狩猟服の修繕が終わるまでペイトンの町に滞在することに決めたのだが。
「これを、修繕するんですか……」
ぼろ布といってもいいような三着を託された針子は、取り繕った笑みで新品を購入した方がいいとすすめた。
「必要な素材があるなら俺らで調達してくるし、欲しい素材があるなら一緒に獲ってくるぜ?」
「できるだけ元の狩猟服に近づけて修復してもらいたいのです」
「なー、頼むよ、これすげー気に入ってる服なんだよ」
やんわりと断られてもコウメイたちは引き下がらなかった。新品が五着は買える金額を提示されても難色を示していた針子だったが、最後はコウメイのとろけるような説得と、アキラのキラキラしい笑顔、そしてシュウの悲しげな視線に敗北した。流石に状態が悪すぎるため「夏の終わりまで」とたっぷり期間をとった条件で修繕を引き受けたのだった。
+
「魔猪退治だってさー」
「農村の依頼か。いいんじゃねぇか」
「じゃあ請けてくるぞ」
町に滞在している間、三人は難ありで残っていた依頼を積極的に引き請けていた。畑を荒らす魔猪の討伐依頼は、その報酬が現金ではなく狩った獲物素材だったせいで、他の冒険者たちから敬遠されて残っていたものだ。
「肉も皮もギルドが買い上げてくれるんだろ?」
「あまり高値はつけられませんよ」
「適価で十分だって」
群れで畑を荒らしていた魔猪を一日で討伐し終えると、農家には感謝とともに収穫物を貰った。野菜と肉をギルドの厨房に持ち込むと、五日分の食事代が浮くことになった。
+
滞在している宿屋の食堂は、町の住人も多く利用している。夜は酒宴で盛り上がることも多く、華やかに着飾った酌婦が媚びと酒を売りつけている。
「コウメイは酌のし甲斐があるわね」
「たくさん呑むから儲かるし、他の野郎どもと違ってタダで触ろうとしないものね」
「飲まない、タダで触る、汚い、そんな連中に比べたら、ホントいいわよね~」
「毎晩ここで飲んでくれたらもっと良いんだけどね」
愛想よく飯と酒を楽しむコウメイは酌婦に人気があった。繰り返しテーブルにやってきては強引に酌を重ねられて、アキラは不機嫌になり、シュウは拗ねて不貞腐れた。花を押し売りしようと部屋に押しかける者もいたが、きっぱりと追い返されているうちに諦めた。
「何でコウメイばっかモテるんだよーっ」
「シュウは彼女たちを儲けさせてやれないからだろ」
「プロのお姉さんに期待すんなよ。町の女の子に格好いいところ見せてやりゃモテモテだぜ?」
酌婦にまとわりつかれることに辟易としたコウメイたちは、宿の食堂には寄り付かなくなり、ギルド酒場の方にばかり通っていた。ここならゆっくり自分のペースで飲み食いできるし、何しろ安くて美味い。
なお、宿に残って酌婦のお誘いを受けようとしたシュウだが、一口で酔いつぶれてからは相手にされなくなり、不貞腐れながらコウメイたちとギルドの酒場で飯を食っている。
+
「あんたたち、もっとシャッキリしなさいよ!」
時々だが、マーゲイトから魔術師が町に下りてくるようになった。マーゲイトで錬金薬を製作し運搬するよりも、町にも魔術師の拠点を作り、そこで魔道具修理を引き受けたり薬を作ったりする方が、コスト的にも良いとミシェルから提案されたのだそうだ。
「せっかくの白級を無駄にしないでよね、ほら、手伝いなさいったら、転送料にはまだ足りてないんだからね」
アキラはシンシアが町に下りてくるたびに錬金薬の製作を手伝わされている。ミシェルへの報告書の転送費用は、現金ではなく労力で支払ってほしいと要求されたからだ。
老体のトマスよりも若いシンシアが頻繁に町に顔を出すようになったことで、冒険者だけでなく年若い町人たちがソワソワしはじめた。この町の生まれだというシンシアには知り合いもいるようだが、相変わらずアキラを追いかけまわしている。だが以前ほどヒステリックでも思いつめた様子でもないので、コウメイとシュウは生ぬるい目で見守っていた。
+
のんびりとした田舎町のギルドだが、たまには難易度の高い討伐依頼が舞い込むこともある。領主の別荘地にある森に、ゴブリンの巣ができてしまっていた。それを一掃するようにという依頼は、いくつかの冒険者グループが挑戦したものの失敗に終わり続けていた。二週間後には領主様が避暑のため到着するという切羽詰まった頃、ギルド長から直々に依頼されて討伐に向かった三人は、わずか五日でゴブリンの巣を三つ潰して戻ってきた。
「巣は一つじゃなかったのか?」
「調査不足だぜ、おっさん」
「南寄りの湖の近くの中程度の巣はホブゴブリンが、館に近い場所の巣はまだそれほど大きくはなかったな。西の奥の巣はかなり大きくなっていた、ホブが二体いた」
「もうちょっとこまめに狩ってりゃ、ここまで巣が大きくなることはなかったんだろうけどなぁ」
合計百十二体分の討伐部位と魔石、そのうち三つは間違いなくホブゴブリンだった。
ギルドのカウンターに置かれた大量の討伐部位を見た町の冒険者たちは、余所者の実力を目の当たりにし、彼らがズタボロになって逃げ帰ってきたウォルク村にはとても近づけないと納得したようだった。またそれ以後、彼らは酒場でアキラに絡むことも、コウメイとシュウを無駄に挑発することもなくなった。
+
「きゃーっ」
ぽたぽたと血の跡を残しながら大蛇を首に巻いて戻ってきたシュウを見て、ポリーが悲鳴をあげた。
「すげぇ絵面だぜ」
「そんなものを首に巻いてよく平気でいられるな」
「これひんやりしてて気持ちいーんだよ」
家畜の鳥を食い荒らす魔物を退治してほしいという依頼を一人で請けたシュウは、鳥を丸のみにする寸前の大蛇と格闘し、無事に討ち取って戻ってきたのだが。
「討伐部位だけ持って帰れよ」
「いや、この鱗、キラキラしてるからさー、売れるんじゃねーかと思って」
どうなんだ、と振り返った受付にポリーの姿はなかった。
「ポリーちゃん、ツルツルでニョロニョロがダメなんだわ」
「こりゃしばらく戻ってこねぇぜ」
顔見知りになった冒険者は苦笑いでギルド長を呼んできた。買取表には載せていないが、大蛇の肉にも鱗にも値がつくというので査定を頼んだ。解体の手伝いを申し出たコウメイは、手伝いの手間賃代わりに鱗が欲しいと頼んだ。
「それは食材じゃないんだろう?」
「コズエちゃんへのお土産に良さそうだろ。キラキラしてるし、アクセサリーとかに使いそうだと思わねぇ?」
なるほどと頷いたアキラは、妹への土産はどうしようかと頭を悩ませはじめた。
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三人で討伐に出ることもあれば、個々で狩猟や採取や討伐に出かけることも頻繁だった。特にシュウは単独で森に出かけては獲物を狩る日々を繰り返していた。
「獣頭に変わる感覚をコントロールしてーんだよ」
ウォルク村から戻った後、シュウはちょっと気合を入れたり、闘志を込めただけですぐに獣頭化するようになっていた。そのつもりがなくても勝手に変化してしまうため、他人の目のあるところでの狩猟が難しかった。
「サークレットつけててもダメなんだもんなー」
意志の力で何とかするしかないと結論付けたシュウは、獣頭化をコントロールするために、ひたすら深い森での狩りに勤しんだ。コウメイとアキラも訓練に協力し、なんとかコントロールできるようになったのは、夏も終わりに近づいたころだった。
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「あんたの師匠からの手紙よ」
十日ぶりに町に下りてきたシンシアが、ミシェルからの手紙を持って現れた。宿に戻り、受取人指定の魔術鍵がつけられた箱を開けると、分厚い紙の束がいくつも出てきた。
「……報告の返事はわかるが」
文箱の底に入っていたのは、白級薬魔術師としての新しいアキラの身分証と、大陸にある魔法使いギルド出張所の所在地、それらに所属する魔術師たちの名簿だった。ざっと目を通したアキラは、頭痛を堪えるように額に手をやった。
「機密情報を送ってくるなんて、何を考えてるんだ……」
コウメイは横から手を伸ばして挟まれている地図を手に取った。大陸地図に記された魔法使いギルドの所在地と、そこまでの旅程のサンプルが添えられている。
「手紙には何て書いてあるんだ?」
アキラは喋るのも億劫だとばかりにミシェルの手紙を押し付けた。
それによれば、今回マーゲイトを訪問したことで、出張所の老朽化と転移魔術陣のメンテナンス不足を知ることができた。他の出張所でも似たような問題が発生しているかもしれないので、そのリストをもとに内偵するように、とあった。
「こき使う気満々だな。仕事というからには、報酬があるんだろ?」
「今回の出張料と情報料の対価だそうだ」
「先払い……アキの師匠たちって、腹黒いよなぁ」
「師匠じゃない」
昇級試験のために呼びつけたのだから師匠だと認めたも同然じゃないかと思ったコウメイだが、賢明にもそれを声にすることはなかった。
「まあ、目的があるわけじゃねぇし、ブラブラしてるよりもする事があった方が面白いと思うぜ」
幸いにもミシェルの手紙に期限は書かれていなかった。ゆっくりやらせてもらおうぜとコウメイはアキラの肩を宥めるように叩いたのだった。
+
十月に入って早々に、ダッタザートまでの旅程を計算したコウメイは、そろそろ町を出ないと間に合わないぞと呟いた。
「狩猟服も直ったし、シュウのコントロールもどうにかなった。武術大会出場を諦めてねぇなら、そろそろダッタザートに戻る準備をはじめる時期だぜ」
「出るに決まってんだろー。コウメイも出ろよ、決勝で勝負しようぜ」
「まあ、エントリーに間に合えば出てもいいかもな」
土産は用意できていたし、今のところ引き請けている依頼もない。ゴブリン退治以降、領主に目をつけられているようなので、面倒な指名依頼が持ち込まれる前に町を出る頃合いだろう。
「ここまで来るときは超特急だったからさー、他の街とか見物できなかっただろ。帰りは寄り道しながらにしねーか?」
「いいのか? 乗合馬車の便を考えたら、のんびりしてる暇はないぞ」
ボダルーダに向かうのは七日に一便だ。一度途中下車したら七日待たなくてはならない。
「前に貸し馬車使ったの覚えてねーか? あれなら急ぐときは飛ばせるぜ」
「確かに、荷物も多いし、乗合馬車より気が楽だな」
三人は冒険者ギルドで幌付きの馬車を借り、コウメイが大量に購入した調味料や食材、ペイトンの冒険者ギルドでは買取してもらえなかった魔物素材を積み込んだ。
「挨拶もなしに出て行ったら、シンシアちゃんが怒りますよ」
馬車の貸し出し手続きをしたポリーがそんなことを言って引き留めたが、アキラは涼しげな微笑で聞かなかったことにした。
秋のはじまりにペイトン町を出発した三人は、寄り道をしながら南下しボダルーダを目指した。
寄り道しすぎたせいで、武術大会の出場受付までにダッタザートに戻れないかもしれないと気付いたのは十月最終日、砂漠の一つ手前のボダルーダ街でだった。
「やべ――って!!」
血相を変えたシュウは、剣とマントを掴んで飛び出した。
「まて、シュウ!」
「財布忘れてるぞ!!」
狼獣人の底力を如何なく発揮した脚力は、コウメイとアキラの制止の声を置き去りにして、夜の砂漠へと突進していったのだった。




