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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
1章 ウォルク村の罠

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13 約束


 淡い魔力の輝きに導かれるように、三人は慎重な足取りで森を分け進んでいた。


「ちょっと、ま……っ」


 焦る声に振り返ると、蔦性の雑草に足を取られたコウメイが、木に手を突いてかろうじて身体を支えていた。脇腹を庇いぎこちなく立つ姿は、相当に無理をしているのだろうと知れる。


『アキラ、俺らどこ向かってんだ?』

「薬草畑だ」


 移動が難しいのはコウメイだけではない。アキラも杖の支えでやっと歩いているぐらいだし、シュウだって全身に浅くはない爪傷を負っている。錬金薬がなく、手持ちの薬草もほとんどないこの状態で目指すなら、そこ以外には考えられなかった。


「ここを、左だ」


 記憶を頼りに重い足を引きずって森を進み、ようやくぽかりと開けた薬草畑に戻りついた。アキラは結界魔石をぞんざいに設置すると、薬草の真ん中に崩れ落ちた。


「シュウ、コウメイの荷物から鍋を出してくれ」

『鍋? 飯でも作るのかよー』


 シュウは首を傾げ、取り出した鍋をアキラの前に置いた。小さな灯りを頼りに手早く薬草を摘み取ったアキラは、魔力水を張った鍋の中に次々とちぎり入れてゆく。


『もしかして治療薬作ってんのか?』

「まさか。料理鍋で錬金薬が作れたら薬魔術師たちは苦労しない」


 そう言いながらアキラはミノタウロスの杖で鍋をかき回し始めた。


「……魔女が毒薬作ってるみてぇだ」

「本当に毒薬を作ってもいいんだぞ?」

「この痛みが消えるなら、毒でもなんでも飲みてぇよ」


 薬草畑に座り込んだコウメイは、広範囲の火傷のせいで皮膚がただれ腫れあがり血が滲んでいた。わずかに身じろぎするだけでも相当に痛むはずだが、その口調は軽いし、表情にも見せていない。やせ我慢にも程があるだろうとアキラはため息を吐いた。


「先にこれを食っておけ」

「……これ、すげぇ苦くて酸っぱいやつじゃねぇか」

「トラント草とユーク草だ、麻痺薬と回復薬の材料だから多少は楽になる」

「麻酔が効く前に舌が死にそうだ」


 そう言いながらもコウメイは、差し出された薬草を素直に受け取り、もしゃもしゃと咀嚼して飲み込んだ。アキラ自身も鍋をかき回す合間に何種類かの薬草を口に運んでいる。


「加熱、……冷却、冷却、保温……と」


 一瞬で鍋が沸騰し、次の瞬間に冷めた。それをさらに冷やして、温度を保つようにと魔力を注ぐ。


『で、それどーすんの?』

「まさか飲めとか言わねぇよな?」

「顔をよこせ」


 アキラは這い寄ってきたコウメイの顔の火傷に薬草液を流しかけた。


「冷てぇっ」

「焼きぐあいがレアなら、これでなんとかなるはずだ」


 滲みるとぼやくコウメイの口元に、黙れとばかりに薬草液をかけ流した。凍るほどに冷たいだけでなく、溶かし込んだ薬草の効果か、赤く膨らみ腫れていた瘢痕が、目に見えて萎んでゆく。それを確かめたアキラは、抗議を無視して火傷を冷やし続けた。何度か繰り返し流しているうちに、コウメイの焼け膨れた肌の熱がしずまり、皮膚がうっすらと蘇ってきた。


「あとは自分でやる」


 薬草液の冷たさを気持ちよく感じるようになってきたコウメイは、もういいからとアキラの手を掴んで止めた。その手はまだ傷だらけで、薬草液よりも冷たく凍えていた。


「もういいって」

「良くない。火傷は早期冷却にかかってるんだ」

「もう十分だ。後は自分でもできる」


 それよりもアキラのケガの方が問題だ。


「自分の方をどうにかしろよ。その顔の傷、噛みつかれた腕もだ、すげぇ痛そうだぜ」


 顔をしかめて強引にアキラから鍋を奪い取ったコウメイは、上半身の服を脱いで火傷に薬草水をかけ流し続けた。さっさと自分の傷を癒せと睨みつけてやると、アキラはムッとして視線を逸らせた。

 コウメイの火傷が手を離れたなら、今度はシュウと自分の治療だ。酷い打撲と爪でえぐられた傷口には、刻んだ薬草を布で包んで揉んだものを押し当てていく。錬金薬ほどの即効性はないが、三十分もすれば顔の擦り傷も、紫色に変色していた打撲痕も、流血が止まっていなかった深い切り傷も、一応の落ち着きを見せるようになった。


『薬草ってすげーんだな』


 こんな使い方するなんて知らなかったと感心しているシュウに、二人は転移したばかりの頃を思い出し、顔を見合わせて笑った。


「ところで、シュウ」

『んー?』

「いつになったら元に戻るんだ?」

『元に? 何が?』


 意味がわからないと首を傾げるシュウに、アキラが魔力で作り出した氷の板をそっと差し出した。表面がツルツルに磨かれたそれをのぞき込んだシュウは、息を呑んだのち、絶叫をあげていた。


『な……なんじゃこりゃあぁ――――っ』


 即席の鏡に映っていたのは、黒と銀の毛皮の狼頭だった。


   +


 視界にある両手は自分のものに間違いなかった。

 確かに違和感はあったのだ。妙に指の腹がぷっくらと盛り上がっているなとか、いつの間に伸びたのか爪が長く尖っているから爪切りしたいとか、首回りや袖や関節部分がきつくて息苦しいのは何故だろうとか。だがこれが自分だという確信は揺るがなかったため、深く考えていなかった。


『うわー、マジ毛皮だー』


 氷の鏡に向かってにっこりと笑ってみせると、黒い毛で隈取りされたような狼系の獣頭が、犬歯を見せつけるように口を開けた。笑顔というよりも威嚇しているように見える。


「その隈どりは目つきが悪く見えるな」

「目の上の白い毛の部分、麿眉みたいに見えるぜ」

「M字の額の模様は、富士額っぽいな……この顔つき、どこかで見たことある感じがするんだが」

「ああ、それ俺も思ってた。あれだよ、狼っていうより、ハスキー犬?」

「それだ、コウメイが貸してくれた動物漫画の」

『チョ〇じゃねーっ』


 シュウの手で氷の鏡が砕け散った。


『なんで獣頭になってんだよ、意味わからねーっ』

「気づいてなかったのか……シュウがあの黒い奴を飛び越えて合流した時には、もうその状態だったんだぞ」

「一瞬、また敵が増えたかとびっくりしたんだぜ」


 狼頭から聞きなれた声がしたし、その気配は間違いなく知っていたのですぐにシュウだと気が付いたが、タイミングが悪ければ一刀入れていた可能性もあった。


『……どうやったら戻れるんだ?』

「俺らが知ってるわけねぇだろ」

『ど……どーしよう』


 肉球で耳を覆い隠し、シュウは助けを求めるようにアキラを見た。


「サークレットをつけたら……つけられるか?」

『や、やってみるしかねーよ』


 震える声で腰のベルトに手をやったシュウは、あ、と大口を開けて固まった。


『投げ出して、回収忘れてたーっ』


 獣人たちを相手に交渉をすることになって、いつも以上に神経を使ってしゃべっていたので、額から外したサークレットの扱いは気に留めていなかった。自分たちの荷袋は回収したが、戦闘途中に投げ出した魔武具はどこかに捨てられたままだ。


『拾ってくるっ!』

「あ、待て」

「シュウっ」


 薬草畑から村の広場まではそれほど距離はなく、シュウの足なら数分もかからない。呼び止める二人を無視して、行ってくるぜと結界魔石の範囲から踏み出したシュウは、薬草園の出口の陰に佇む男に気づいた。


『あんた!』


 シュウの鋭い声に、コウメイとアキラが身構える。

 闇影から、獣耳姿の男性が、その手に銀の輪を持って現れた。


   +


 人族の姿に狼の耳。闇に近い濃い黒の髪。太い輪郭にハッキリとした目鼻立ちのパーツの中で、その眉だけが気弱そうに下がっていた。


「忘れ物を届けに来た」


 その声は闇色の彼のものだった。シュウの姿を確かめ、サークレットを持つ手を突き出して薬草園を見回す。


「姿は見えないが、近くにエルフもいるのだろう? 彼の耳飾りもここに持ってきた」

『……届けに来ただけ、なんだな?』

「私は約束したはずだ」


 あたりに他の獣人の気配は感じ取れない。三対一の不利を承知で来たというのなら、信用してもいいかもしれない。そう判断したシュウは、ゆっくりと闇色の獣人に近づいた。

 人の姿にもっとも近い状態の彼は、シュウと同じくらいの背丈に、細いがしっかりとした体躯の、三十代前半ぐらいに見える青年だった。上着で尾を、帽子で耳を隠せば、人族の熟練冒険者にしか見えないだろう。


『あのさー、すげー言いにくいんだけど』


 つい先ほどまで戦っていた相手には頼みにくいが、この件に関しては彼しか頼れる存在がいないのも事実だ。彼らが獣頭の姿や、ヘルハウンドのような完全な獣の姿といった、異なる姿に自在に変身できるのなら、自分のこの状態を何とかする方法も知っているはずだ。

 シュウの困り切った様子で察したのか、闇色はサークレットとピアスを渡すと、力の源を意識するようにと言った。


『力のミナモト?』

「獣化する前に、何か大きな力を感じなかったか?」


 腹の奥の熱の事だろうか。シュウはヘソの上に手を置いて、たしかこの辺りだったと探った。意識してみるとその熱はすぐに感じ取ることができた。心臓がもう一つあるような、力強くて大きな脈動を感じる。


『これ、か?』

「ではそれを鎮めればいい」

『鎮める……』


 どうやればいいだろうかと考えて、シュウは大きく深呼吸をしてみた。目を閉じて集中し、二度、三度と大きく呼吸を繰り返すうちに、腹の底の脈動が力を失い小さくなっていった。感じられなくなるまで深呼吸を繰り返したシュウは、闇色の「もう良かろう」という静かな声を聞いて目を開けた。


 最初に両手を見た。


「おー、戻ってる」


 まるで肉球のようだった指の腹は見慣れた指紋に戻っていたし、爪も短くなっている。毛皮で覆われていた手の甲も、ペタペタと触ってみた顔や頭の感触も、人の肌と自分の髪だった。


「助かったぜ、ありがとう」

「いや……おまえはこれまで変化したことがなかったのか?」


 シュウを見つめる闇色の目は、無知な同族を案じるように細められている。


「ねーな。湧き上がってくる怒りとか熱を攻撃に乗せるのは習ったけど、変身したのは初めてだ」


 そういえば今鎮めた力は、エルズワースに教わった獣人の力とよく似ていた。多分どちらも同じものなんだろう。この感覚を掴み取れば、力に変えることも、姿を変えることも、どちらも不自由なくできるようになるかもしれない。


「きみは……我々とともに生きるつもりはないのだな?」

「ああ、ねーよ。二人を切り捨てる気はねーからな」

「……そうか」


 残念そうに目を伏せ、未練を払うように頭を振った闇色は、シュウに約束を迫った。


「一族とともに生きないのならば、この村の事は忘れてくれ。あそこは我らの領域とこちらをつなぐ唯一の道だ、失うことはできない。あれを失えば、我らは閉ざされた領域で寿命を待たずに滅びるしかなくなる」


 炎色や赤茶色があれほど必死になって人族を排除しようとしたのには、それなりの理由があるのだと闇色は言った。


「それって、ウォルク村の消滅と関係あるのか?」

「マーゲイトとペイトンに記録があるはずだが、人族のことだ、都合の悪い真実など存在しないとされているのだろうな」


 皮肉っぽく笑った闇色の瞳は虚ろだった。


「村に人族が近づけば、我々は同胞のためにも排除せざるを得ない」

「排除……村に来た冒険者が何人も消えたのも、やっぱあんたらなのか?」


 闇色は無言で何も返さなかった。だが彼の唇の端がわずかに動いたのを見れば、シュウの問いを肯定したも同然だろう。


「二度と村には近づくな。人族を近づけないと約束してくれ」


 その代わり、と闇色は一歩シュウに近づいた。


「お前たちのような異界の獣人と出会うことがあれば、気を付けておくと……一族ではなく、私個人が約束することしかできないが、それで許してくれ」

「いーのか?」

「私がこちらに立ち寄った際に出会うことがあればだが……常識の異なる領域で、見慣れぬ者たちに囲まれて暮らす苦労はわからないでもない」


 目の前の闇色の彼は、他の狼獣人たちとはどこかが違うような気がした。


「俺たちは二度とここに近づかねーよ、約束する。けど、他の人たちのことまでは無理だ」


 自分たちは町の代表でも、人族の代表でもない。


「ペイトンに戻って、この辺りはすげー魔物が出るから、死にたくなかったら近づくなって注意することはできるけど」


 それじゃダメかと問うシュウに、闇色は逡巡し、瞳を見つめた後、ゆっくりと頷いた。


「いいか、二度とここに来るな」

「分かった……なあ、あんたの名前、なんていうんだ?」


 何故そんなことをたずねるのだと眉をしかめた闇色に、シュウはニヤッと笑った。


「誰と約束したのかくらい、知っててもいーだろ?」


 俺はシュウだと改めて名乗った彼に、闇色はしばし躊躇い、ゆっくりと口を開いた。


「……ルーヴだ」


 闇色の彼はそう名乗ると、静かに立ち去った。


   +


 シュウが結界魔石の内側へ戻ると、治療を終えた二人が食事を作っているところだった。


「無事に元に戻れたか」

「もったいねぇぜ、狼頭も悪くはなかったのに」

「うるせーよ」


 シュウはサークレットをはめて二人の向かいに座りこむと、アキラにピアスを渡した。


「落とし物だってよ」

「……破れていたのか」


 脇腹にあるポケットに手を入れたアキラは、ポケットの底が大きく破れていることに気づいた。おそらくヘルハウンドの爪に引っかけられた時だろう。アキラは「ありがとう、助かった」と礼を言い、早速ピアスをつけた。


「話し込んでたようだが、収穫はあったのか?」

「あー、少しだけどな」


 シュウは闇色の彼が転移獣人についてシュウの意向を汲んでくれそうだということ、ウォルク村に人族が近づけば今後も排除する、そう言われたと報告した。


「理由を説明せずに禁止するのは難しくねぇか?」

「道もないような山奥の廃村に、好きこのんで踏み込むのが冒険者だからな。禁止をすれば余計に好奇心を刺激しそうな気がするが……大丈夫だろう」


 ペイトンのギルド長がウォルク村への情報を制限していたのは、ヘルハウンドに襲われた経験があり、危険だと知っていたからだし、行方不明者が出る話は記録にも残っているのだ。それらが知れ渡るようにすれば、よほどの無鉄砲でない限り廃村を目指そうとはしないだろう。


「俺らのこのズタボロな状態を見たら、流石にその気にならないんじゃねぇか?」


 コウメイは上着の裾をつまんで皮肉っぽく笑った。血のシミや焼け焦げ、裂け破れた狩猟服は酷い状態だ。このまま冒険者ギルドに顔を出しておけば、危険地域だという注意喚起ぐらいにはなるだろう。危険だと知ってなお近づく場合は冒険者の自己責任だ、知ったこっちゃない。


「あー、腹減ったーっ」


 鍋の前に座り込んで大きく伸びをしたシュウは、はやく食わせろとコウメイを急かした。獣人族との邂逅と戦闘、交渉に変身と立て続けに色々なことが起き過ぎて、疲労も空腹も限界だ。口ではなく腹の虫までが「ぐるるぅ」と何度も鳴るのを聞いて、コウメイが苦笑いしながら器を差し出した。


「ほらよ、まずはスープからだ、ゆっくり飲め」


 夕食は干し肉のスープに、コウメイ作の硬いクッキーバーだ。手渡された椀に口をつけたシュウは、一口飲んだ瞬間、薬草を生で食わされた時のような顔になった。


「すっげー不味いんだけど、このスープ」

「薬草入りだからな、諦めろ」

「飯は楽しむもんだろ、これはねーよ」

「嫌なら薬草サラダにするぞ」

「スープ美味いです、スープ」


 まともなドレッシングもないまま薬草を食わされるよりは、干し肉と調味料で多少は味が緩和された薬草スープの方がまだマシだと、シュウは鼻をつまんでスープを一気飲みした。


「疲労回復と治癒力を上げる薬草を入れてある、もう一杯飲んでおけ」

「うげー」


 錬金薬が無くて治療が完璧じゃないのだから、代用品くらい我慢して飲めと言われては拒絶することもできない。シュウは複雑な苦みと舌先に感じるピリっとした刺激に堪えながら、ほのかに干し肉の出汁を感じるスープを、合計三杯、一気に飲み干した。


「町に戻ったらどうする?」


 ギルドへの報告はもちろんだが、その後の事だとアキラが問うた。


「闇色の彼が言っていただろう、マーゲイトとペイトンに記録があるはずだ、と」

「都合の悪い真実は隠されているか、捏造されているかもってやつか」


 コウメイは当事者に選択を任せることにした。


「シュウはどうしたい? ウォルク村が消滅した時のことを知りたいか?」

「……知りてーけど」


 硬いクッキーバーをガリガリと噛み砕いて水で流し込んだシュウは、深く息をついた。


「けど、俺が好奇心で調べるのは、多分意味ねーよな?」

「そうだな」


 闇に葬られた真実を暴く権利は自分たちにはない。好奇心を満たすために掘り起こすのはリスクが高いし、多分、誰のためにもならない。


「昔何が起きたとか、そーいうのはここの人たちが知らなきゃいけねーことだし」


 だが彼らは村の存在を忘れ、なかったものとしてきた。それで困ることはないのだから、おそらくこれから先も村の真実は隠されたままになるのだろう。自分たちが掘り起こして突きつけても、町の人たちが素直に受け入れるとは思えない。最悪の場合は、もっと上の方にまで話が伝わり、戦力をもって押しかけることになりかねない。


「下手に獣人族の記録とか出てきたら、アイツらに迷惑かけそーだよな?」

「……そうだな」


 彼らは一度裏切られている。シュウは闇色と別れ際にした約束を破りたくはなかった。


「調べるの、ナシで」

「だな」

「それがいいだろうな」


 味はともかく腹が満たされると眠気が襲ってくる。負傷と疲労も相まって身体が睡眠を強く欲していた。

 誰からとなく、ふわぁ、と大欠伸がこぼれた。

 コウメイはチリチリになってしまった前髪を指で弾き、アキラは怠そうに目を伏せている。


「もうこのまま寝よーぜ」


 シュウは薬草畑に仰向けに寝転がった。草の青臭い匂いと、ひんやりとした冷たさ、そして土の柔らかさが心地よかった。

 木々の間から見える夜空は、降ってきそうなほど星が近く感じられる。夜空の色があの獣人の色とよく似ているなと、ふと思い出していた。


「……トマスじーさんの言ってた村人も、ルーヴって名前じゃなかったっけ?」


 アキラとコウメイに意見を聞いてみようと思ったが、だんだんと重くなる瞼に逆らうことができなかった。


「明日でいーか」


 シュウはそのまま目を閉じ、深い眠りに吸い込まれていった。



次回でこの章は終了です。

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