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11 交渉

8/21 かなり手直ししました。かなり印象変わると思いますので、20時前に読まれていた方は、再読いただけると嬉しいです。


 アキラに背を押されて魔術陣の外に出たシュウは、闇色のヘルハウンドの前に立った。剣を握ったまま警戒を解かないのは、シュウが光の壁を通り抜けた瞬間に彼らの殺気が蘇ったからだ。


「あのさー、仲間のケガ、治さねーでいいのか?」


 どう声をかければいいか迷って、無難だろうと選んだシュウの言葉で、ヘルハウンドたちの殺気がさらに膨れ上がった。背後で「そうじゃない脳筋」「初っ端にケンカ売るな」という押し殺した呟きが聞こえたが、言われるまでもなく言葉選びに失敗した自覚はあった。


「えーと、面倒だな」 


 自分がコウメイたちほど説明が上手くない自覚のあるシュウは、早々に諦めて額のサークレットに手をかけた。


「俺はシュウ、獣人だ」

『お前……っ』

「あんたたちはこの村に住んでた獣人なのか?」


 髪よりも少し銀がかった獣の耳と、狩猟服の上着の下からのぞくふさふさとした尻尾。幻影の魔武具を取り外したシュウは、傷を負ったヘルハウンドたちを見渡した。


「斬った俺が言うのもアレだけどさ、俺たちは錬金薬を持ってる。治療の必要はねーのか?」


 錬金薬と聞いてヘルハウンドたちの耳がピクリと動いた。重傷のまま横たわる二匹は、重い頭をあげてシュウを睨んでいる。前足を斬り落とされたヘルハウンドは出血が酷いし、喉を突かれた炎色は呼吸も苦しそうだ。


『……屈辱だ、施しは受けぬ』

「そういうんじゃねーよ。俺も頼みたいことあるから、交換条件でどーだ?」


 深い傷で命も危うい仲間を見過ごせないのは当然だ。歯ぎしりが聞こえてきそうな形相で闇色が唸った。シュウが腰のエプロンバッグから錬金薬の容器を取り出して、間違いなく持っているのだと示すと、闇色はグッと目を閉じて深い呼吸を繰り返した。なんとか怒りと殺気を抑え込むと、感情のこもらない声が問うた。


『……条件を、聞こう』

「あの中にいる仲間を、出してもらいてーんだ」

『解放すれば我々を襲うのだろう、応じるわけにはゆかぬ』

「襲わねーよ。大体最初に襲ってきたのはそっちだろ」


 魔術陣から現れたヘルハウンドが、コウメイとアキラを背後から襲ったのだ。攻撃されたから反撃したし、身を守るために戦った。


『人族が我々の領域を侵そうとしたからだ』

「俺らはその領域ってのを侵すつもりはねーよ」

『……では何故ここに来た』

「すげー昔にウォルク村で獣人を見たって、世話になった人から聞いたからだ。俺もこの輪っかを手に入れるまでは、色々あったし。獣人に会って頼みてーことがあったから」


 その言葉に嘘はないか、謀はないかと探るように、闇色はシュウと魔術陣内の二人を鋭い目つきで探り見た。その視線を受けてアキラが杖を手放し、腰の刀も外して地面に置いた。コウメイも剣を手放し、二人して煉瓦壁の方へと移動する。


『……錬金薬は、いくつある?』

「俺の手持ちは二本だ。仲間も持ってる」


 シュウが振り返ると、アキラは二本、コウメイは一本を取り出して掲げた。


「全部で五本だけど、足りるか?」

『……先に薬を』

「わかった」


 シュウは自分の二本を地面に置き、ゆっくりと退いた。魔術陣の内へ戻って自分の剣も二人の武器の隣に並べて置いて振り返った。


「……ケモ耳だ」


 闇色のヘルハウンドの輪郭が大きく震え、瞬時に姿を変えていた。獣の質を残したまま二本足で立つ彼は、背が高く、細く引き締まった鋼のような身体つきをしている。頭部は狼のままだが、その瞳には知性と感情の色がうかがえた。闇色はシュウの置いた錬金薬を手に取ると、前足を切断された仲間に走り寄る。


「やはり獣人だったか」


 殺さなくて良かったとアキラがため息を吐いた。気づかないまま彼らを殺していたら、交渉は絶望的だったろう。よく気が付いたな、とコウメイはアキラの背を叩いた。


「ヘルハウンドらしくない動きをしていたからな、もしかしてと思ったのが的中した」

「けどシュウとは見た目が全然違うぜ」


 四つ足の獣から変化はしたが、その姿は二本足で歩く狼そのものだ。


「彼らにもいろいろあるんだろう」

「やっぱり裸はマズいからだよな?」

「あれも裸だぞ」

「衣服ごと変身は流石にねぇか」

「俺が必死で交渉してんのに、緊張感ねーよなお前ら」


 獣人たちの動きを警戒して気を張っていたシュウは、気の抜けた二人の会話を聞いて脱力した。


「気が抜けるだろーっ」

「緊張が和んでよかったじゃねぇか」

「それくらいリラックスしてる方がいい……本番はこれからだ」


 アキラの声色は、重く落ちた。闇色の獣人は先に薬を渡せと要求したが、コウメイたちを解放すると確約しなかった。残りの錬金薬で魔術陣から出られるとは限らないのだ。


「あの傷、二本で足りっかなー」

「接合だけなら足りるはずだぜ」


 闇色は切り落とされた切断面を合わせ、錬金薬をふりかけた。接合の様子を見てもう一本を使う。毛皮と闇色の陰に隠れて、淡い金色の光がちらりと見えた。脇腹をさり気なく庇うコウメイは、治癒の光を歯ぎしりしながら見ていた。自分の脇腹は出血こそしていないが肋骨が折れているし、隣に立つアキラの右腕から伝い落ちる血が、地面に小さなシミを作っている。今すぐに錬金薬(あれ)を使いたいのに、できない。


「あ」


 前足を取り戻したヘルハウンドもまた、闇色と同じようにメタモルフォーゼする。赤茶色の毛並みの彼は、つながった手を動かして確かめると、今度は喉から血を流す炎色のもとへと駆け寄った。傷口を舐め癒そうとする氷色の脇にしゃがみ込み、血で汚れた毛皮を撫でながらシュウたちを睨みつけた。


『残りをよこせ』


 魔術陣のすぐ外で、闇色が錬金薬を渡せと手を出していた。

 どうすると視線で問うたシュウに、コウメイもアキラもわずかに首を振った。信用を得るために、先にシュウの錬金薬を渡したのだ、対価を受け取ったのならこちらの要求も呑んでもらわなくてはならない。


「残りは仲間がそっちへ持って行くぜ」


 彼らが薬を使っている間にこっそりと打ち合わせた台詞をシュウが口にすると、闇色は憎々し気にコウメイとアキラを睨みつけた。

 炎色の息が弱くなってきた。

 氷色の脇腹の血も止まっていない。

 赤茶色たちは懇願するように、闇色の判断を待っている。


『……人族め』


 そう吐き捨てて、闇色は胸元から魔石を取り出した。中魔石ほどの大きさだがその色はかなり濃い。深い緑の魔石をおもむろに口に入れた彼は、ガリガリと噛み砕いて吐き捨てた。


「あ……」

「どうした?」

「魔力が弱まった」


 供給元はあの魔石だったのかと、アキラは光を失ってゆく魔術陣を眺めた。

 光の壁がゆっくりと高さを失い、やがて地面に吸い込まれ消えると、地面には黒く焦げたような外縁だけが残されていた。

 顔を見合わせた三人は、よしと頷いてゆっくりと歩き出す。コウメイたちの動きを警戒するように獣人たちの間に緊張が走った。


「俺が先だ」


 アキラでは本当に魔術陣が力を失ったのかを判断できない。コウメイは錬金薬の容器を掲げ、大きく息を吸い、踏み出した。

 その一歩は、光の壁に跳ね返されることもなく、魔術陣の外に出た。

 コウメイは警戒する闇色の数歩手前で立ち止まり、地面に一本の錬金薬を置いた。振り返るとシュウは三人の武器を回収し、アキラも錬金薬を手にこちらへと向かってきていた。


「どうぞ、はやく使ってあげてください」


 アキラも錬金薬を地面に並べて置いた。闇色の目が血で染まった腕を凝視していたが、気づかないふりをしてその場を離れる。三人が十分に離れたのを確かめてから錬金薬を拾った彼は、倒れ伏す仲間へと足早に向かった。


「なんとか監禁は避けられたな」


 魔術陣から離れた場所でアキラがほっと息をつき、横に立つコウメイの表情にも解放の安堵が浮かんでいた。だが二人の意識は獣人たちから逸れることなく、いつでも動き出せる構えをとっていた。


「あちらの警戒は解けてねぇぜ。ここからだが……どうする?」

「穏便に話し合いできればいいが」


 こちらに敵意がなくとも、あちらにはあるのだ。

 コウメイは厳しい表情のまま宣言した。


「シュウには悪いが、話し合いが決裂して戦いになれば、俺は全力で殺りに行くぜ」


 手ぬぐいを裂いていたシュウが、はっとして振り返った。獣人たちを見据えるコウメイの横では、荷袋から取り出した薬草を傷にあてて応急処置をするアキラがいる。止血が甘かったのか、滲み出た血が肌を伝い指先からポトリと足元に落ちた。


「シュウ、手伝ってくれ」

「あ……ああ」


 傷口に貼りついた薬草は赤黒く、直視の辛い状態だ。その上から包帯を巻いていったのだが、生成りの布はすぐに赤く染まった。


「コウメイ、食っておけ」


 そう言ってアキラが何枚かの薬草を渡し、自身も口の中に放り込んでゆっくりと咀嚼する。いつもの痛み止め代わりだろうと流しかけたシュウは、自分には渡されず、コウメイに押し付けられた理由に気づいた。


「……ごめん。ホント、ごめん」

「謝んな。せっかくここまで来たんだ、トコトンやれ。けど、譲れないラインは死守する」


 自分たちは獣人らと敵対するつもりはない。だが人族からの錬金薬を屈辱だと受け止める連中相手に、穏便に話が進むとは思えない。シュウが交渉をするのは自由だし、協力はする。だが、自分たちに危害を加えようとしたり、交渉のために命を対価に迫られた場合は容赦しない。念を押したコウメイに、シュウは吹っ切れたような瞳で見返した。


「あたりめーだろ」


 自分にとって大切なのは自身の命であり、コウメイやアキラの命だ。同郷の獣人を手助けしてほしいが、そのために自分の命を懸ける気も、友人を犠牲にしたり売り渡すつもりはない。


「その時は俺も、容赦しねーよ」


 シュウは二人に武器を返した。アキラは鞘に納め、コウメイは下段に構えて治療を終えた獣人たちの前に立った。

 三人の獣人を従えた闇色が、獣人の脚力ならばひと跳びできるほどの距離をあけて立ち止まった。


『その耳と尾、おまえは狼族なのに、何故人族をここに招き入れた』


 警戒と、憎悪と、恥辱からの激しい怒り。

 獣人たちの感情は人族だけでなく、シュウにも向けられていた。


   +++


 とっぷりと日が暮れた村の廃墟。

 獣人たちは煉瓦の廃墟を背に、コウメイたちは広場を背に立ち、アキラの作った灯りを挟んで睨みあっていた。互いに治りきっていない負傷を抱えていたが、どちらも決して気を緩めようとはしなかった。


『お前は……お前は本物の狼獣人なのか』

「本物のつもりだぜ」


 証明するようにシュウは自分のケモ耳を引っ張ってみせた。尻尾も派手に動かし存在を示す。


『檻にかからないのだから同族に間違いはないだろう。ならば何故、人族を伴ってきたのだ?』

「そりゃー、仲間だからだよ」

『人族が?』

『裏切者めっ』


 赤茶と炎色が闇色の後ろから怒気も露わに吠えた。


『同朋を謀って人族に味方する者など、狼族ではない!!』


 気性は毛色に表れているのだろうか。闇色は思慮と理性が感じられ、氷色の怒りは静かで冷たい、そして炎色と赤茶の二人は感情を燃やす。噴火のように怒りを爆発させている様子を見ていると、逆に冷静になれた。


「何も謀ってなんかねーよ」

『では何故ここに連れ戻ったのだ? 狼の一族は人族とは金輪際かかわらないと掟に定めたことを知らないわけではないだろう』

「……えーと、その掟っての、知らねーんだよ、俺」

『馬鹿なっ』

『ふざけるな』

「ふざけてねーよ。俺は獣人だけど、この世界の獣人じゃねーんだよ」


 ピクリと闇色の耳が動いた。


「俺らは別の世界からこっちに流れてきた。故郷からの友人を切り離せるわけねーよ」

『世界、とは? 領域の事か?』

「似たようなもの、かな?」


 どういう説明をすればいいかと振り返ると、任せろとアキラが小さく頷いた。


「転移魔術陣では渡ることのできない、別の世界……領域が存在します。私たちはそちらに生きていました」

『人族が、世迷言を言うなっ』

『……話を聞こう、それからだ』

『人族の戯言など聞く必要はないっ』

『黙っていなさい。ここの責任者は私だ』


 アキラの声を遮ろうと吠えかけた炎色を闇色が止め、続きを促した。


「不幸な事故があり、多くの人々が故郷の領域からこちらにやってきました。私たちは元の世界に帰ることができなくなりました、二年近く前のことです。同じ境遇の人たちを私たちは『転移者』と呼んでいます」


 聞きなれない言葉に戸惑う闇色に向けて、シュウは両脇に立つ二人を友人だと言った。


「二人は故郷からの仲間なんだよ」


 失えない仲間で、運命共同体で、これからもずっと必要で大切な友人だ。


『人族が仲間だなんて……っ』

『他の領域の獣人が、ここに何をしに来た』


 押し殺したように氷色が呟き、ざわりと獣人たちの毛が逆立つ。闇色は手をあげて獣人たちの動きを制止し、警戒も露わに問うた。


『他領域からの転移とやらは、侵略が目的か? 我々の領域を支配しようとするならば、ここから生きて返すわけにはゆかない』


 シュウは首を振った。


「侵略とか考えたこともねーよ。俺は助けてもらいたかっただけだ」


 予想外の言葉だったらしく、獣人たちは犬歯を見せつけるように笑った。


『助けるとは、何からだ。その人族から逃れたいのなら手を貸すぞ』

「そうじゃねーよ。俺じゃなくて、他の転移者を助けてほしいんだ」


 殺気を膨らませる獣人たちの勘違いを慌てて否定した。


「俺たちのいた世界は、ここみたいに人族と獣人族は対立なんかしてねーんだ。だからこっちに放り出されたときは苦労した。人族だらけの街じゃ泊まれる宿はねーし、飯を売ってもらえなかった事もあったし」

『そのような扱いを受けても人族らを庇うのか?』

「こいつらは違う、仲間だって言っただろ」


 自分なりに考えて言葉を選び、丁寧に説明しているつもりだった。だが獣人たちからは敵意しか引き出せない。シュウは内心で諦めの息を吐いていた。


「こっちに放り込まれて、異なる常識に困ってる獣人に手助けが欲しいんだよ。それを頼めねーかと思って、ウォルク村に獣人族が住んでるって話を聞いてやってきたんだ」

『……我々に何を強制する気だ?』


 シュウの求める「助け」の意味を知り、闇色は困惑しているようだ。聞こうとする姿勢を諾と感じ取った獣人たちが『裏切り者の言葉を信じるのか?』『騙されるな』とヒステリックに吠えている。この反応では自分が転移前は人族だったとバレたら殺されるだろうな。そんなことを思いながらシュウはゆっくりと頭を振った。


「強制なんてできるわけねーだろ」

『村を制圧し、獣人たちを人質にし、我々に強要するのだろう?』

「そんなひでーことするわけねーだろ」

『だがお前は人族を友だと言う。人族の流儀に従うということは、そういう意味だ』


 闇色の冷たい目と静かな声に、シュウは言葉に詰まった。コウメイとアキラも嫌悪感も露わに表情を歪めている。


「村人は獣人たちに何をしたんだよ」

「……予想はできるが、認めたくないな」


 これほどに憎み恨まれるほどの何をしたのか、かつて共存していたはずの彼らに何があったのか。


『我らを捕らえ、利用する。そのためにこの村に来たのだろう?』

「違う……そんなつもりはねーよ」


 シュウがいくら否定しても、人族を連れて村を訪れたという事実が、彼らには侵略としか受け取られないのだとようやく理解できた。話せばわかる、ではない。話し合う以前に、埋められないほどの大きな隔たりがあった。


「あんたたちにとって人族は敵でしかねーんだな」

『……かつては友であった時期もあった。短い夢だったよ』


 目を伏せた闇色は脳裏に浮かんだ懐かしいものを追い払うように頭を振った。


『たとえ異なる領域の獣人であっても、獣の性質を受け継ぐ者が、人族に迫害されるのを見過ごすことは、したくない……』


 闇色は言葉を選ぶように、静かに言った。


『だが、人族と友好関係にある獣人を受け入れることは、とうてい許しがたい』


 シュウとしては絶対に受け入れて欲しいと言うつもりはない。ただ困っている転移獣人を発見した時に、救援を考えてほしいだけだ。


「べつにあんたたちの領域に住まわせろなんていってねーよ。あんたたち、村がなくなった今でも、たまに人族の町とかに出てるんじゃないか? その時に困ってる獣人をみつけたら、ちょっとだけ手を貸してやって欲しいって、それだけなんだよ」

『……手を貸すとは、人族から守れということか?』

「そこまで望んでねーよ」


 本当は望んでいたが、彼らにそれを頼むのは無理なのだとシュウは思い知っていた。同じ獣人族なら受け入れてもらえるという考えは甘かったのだ。


「俺が寝る場所に困ってた時に助けてくれたのも、街の中でも暮らせるように、この魔武具を作ってくれたのも、人族だ。酷い扱いをしたのも、助けてくれたのも、どっちも人族なんだよ」


 獣人族にだって色々なのがいるだろう、と言外に伝えると、思い当たることがあるのだろう、闇色は苦々しそうに顔を歪めため息を吐いた。


『厚かましい要求だ』

「ああ、わかってる。俺、ここまで拗れてるって思ってなかったから……まあ、ちょっとだけ気にかけてもらえたら助かるけど、わざわざ探し出して救出しろとか、絶対に助けろとか、そんなことは言わねーよ」


 できないことを頼むつもりはないのだと、シュウは繰り返していた。


「約束しろなんて迫るつもりねーよ。あんたらを見てたら、そんなこと言えねーって。ただ、俺は困ったときにそーいう助けが欲しかったってことを、知っといてもらえたら、それでいい」

『……お前の話を聞かせてもらった、と。それでいいのだな?』

「ああ、それ以上は無理だろ? こっち生まれじゃない獣人が紛れ込んでるってことだけ知っといてもらえたら、今はそれでいーよ」


 知っていてくれれば、何かの偶然で出会ったときに、選択肢が生まれるだろう。その転移獣人が彼らの判断で助力する価値がないとなれば見捨てられるだろうし、助けるべきだと思えば手を差し伸べてくれるかもしれない。その判断は彼らにゆだねるしかない。自分にできるのは、今の気持ちを伝えることだけだ。


「できれば、他の種族の獣人族にも伝えてもらえると助かるけど」


 とシュウは追加で頼んだ。猫耳にキツネ耳にウサ耳、熊や狸も人気があったし、羽耳やヒレ耳なんかもいるかもしれない。なにせケモ耳マニアの嗜好は千差万別なのだ。


『狼だけでなく他種族も流されているというのか……』

「多分」


 闇色に止められ、堪えてシュウの話を聞いていた獣人たちが、我慢の限界だというように声をあげた。


『ルーブ、奴らの出まかせを信じる気か?』

『我らを騙そうとするなら、もっとまともな嘘をつけ!!』


 特に炎色の怒りは大きく、まっすぐにシュウへと向けられていた。


『人族に操られ我らを騙そうとする者など、狼族とは認めないっ』


 怒りのまま瞬時にヘルハウンドへと変化した炎色は、受けた傷を返すとばかりにアキラの背後へと跳んだ。剣を抜く前に、コウメイが踏み込むよりも先に、前足がアキラの身体を払い飛ばした。


「ぐはっ」


 振り返ったシュウの脇を転がり、アキラの身体が闇色の足元で止まった。

 コウメイの一刀が炎色の腹をかすめる。


「アキっ!!」


 転がったままのアキラが目を開けると、見下ろす闇色と目が合った。


『動かせ、今だっ』


 赤茶がシュウの前に飛びだし叫ぶと、氷色が魔術陣の中央へと走った。

 懐から何かを取り出し、それで煉瓦の散らばる地面に触れる。

 ふわり、と。

 魔力が浮き上がるのを感じ取ったアキラは、炎色を突破してこようとするコウメイを止めた。


「来るなコウメイっ! 魔術陣が発動した!」


 その叫びと同時に、光の壁がコウメイらとの間を隔てていた。

 檻の中のアキラを嘲笑いながら炎色が吠える。


『はははっ、思い知れ!』


 赤茶の爪が伸び、裂いてやるとばかりにシュウに向けた。


『人族に飼われる狼など、我らは決して認めない!』

あと2話か3話でこの章は一区切りの予定です。

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