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10 獄犬

やっとアクションがはじまった。


 柱石を中心に発生した魔術陣の外縁から強烈な光の壁が立ちあがった。


「なんだよ、これーっ」

「退避だ! 離れろっ」


 鬼気迫るアキラの声に、シュウは魔術陣の外へと跳び逃げた。

 アキラは指示を出すと同時に走り出している。

 だがコウメイだけは、光の壁に阻まれ魔術陣の内側に取り残されていた。


「コウメイ?」

「痛ってぇぇ」


 全速力で駆けだしたコウメイは、見えない壁に激突した。

 額と肩を強打し、地面に転がり痛みに耐えている。


「何だよこれ、壁?!」


 座ったまま光の壁を蹴ると、強固な力に跳ね返された。


「コウメイ、来いっ」


 光の壁を通り抜けて差し出されたアキラの手を、がっちりと掴みかえした。引かれるままに魔術陣を出ようとして、コウメイは強力な静電気のようなものに弾かれた。


「どうなってんだよ、これっ」


 叩いても蹴っても、光の壁は壊れない。

 決死の表情のアキラが魔術陣の中に踏み込むのを、コウメイが押し返そうとした。


「入ってくんな、アキっ!」

「大丈夫、俺は出入りできるみたいだ。シュウはどうだ?」

「俺も普通に出入りできてるぜー」


 魔術陣の外と内を、ステップを踏むように何度も出たり入ったりする様子を見たコウメイは、唖然として額を押さえた。


「俺だけかよ」

「どーなってんの?」

「この魔術陣が原因なのは間違いないが……」


 魔力を発し光り続ける術式を読み取ろうと、アキラは煉瓦を寄せたり廃材を取り除いたりして調べはじめた。これが調査隊の人たちを消失させた魔術陣なのだろうか。転移ではなさそうだが、と考えこんだ。

 衝突の痛みを耐えるコウメイの代わりに、シュウが剣を抜いて周囲の警戒にあたった。


「コウメイ、義眼でわからなかったのか?」

「ああ、何も見えなかったぜ」


 瞼の上から義眼を拳で軽く叩いて、その存在を確かめたコウメイは、発動した魔術陣をもう一度見直した。肉眼でも見えるようになったそれは、義眼にも映っている。だが発動する前はどちらの目にも映っていなかったのだ。


「どういう仕組みで隠されていたんだ……術式か?」


 眼帯をつけなおしたコウメイは、焦りと不安でみるみるうちに色を失っていくアキラに近づいた。


「顔色悪ぃぜ、アキ。この魔術陣、かなりやべぇものなのか?」

「やばいというか、一部解読できないところがある」

「はぁ?」

「術式に使われている文字が読めないんだ。これじゃ解術ができない」


 突如あらわれた魔術陣は、煉瓦造りの廃屋の敷地いっぱいに広がっている。読み取れる範囲では感知による起動の術式と、範囲指定や封じの術式があることはわかった。コウメイだけが出られないことから、封じる対象は人族だろう。ほかにもいくつか見慣れない文字列があるのだが、それらはアキラには判読できなかった。


「コレ、ぶっ壊せねーのかな?」


 地面に描かれたものなら掘ってしまえばと考えたシュウが剣で地面を打った。煉瓦が砕け土が深くえぐれたが、魔術陣が消えることはなかった。物理的な破壊も不可能、解術も無理となると、魔術陣を止める方法はあと一つ。


「……いったい魔力はどこから供給されてるんだ?」


 魔術陣を出たり入ったりしながら、アキラは術式に触れたり、地面を掘ったりと試行錯誤をはじめた。


「コウメイ、身体に変調は? 力が抜けるとか、魔力を奪われているという感覚は?」

「異常はねぇぜ。魔力も吸われてねぇ」

「そんな……」


 コウメイの返事にアキラの焦りが濃くなった。魔術陣は魔力を流さなければ発動しない。光の壁の発動にも維持にも、相当の魔力が消費されているはずだ。なのにアキラはその供給源を見つけられないでいた。貯蓄庫らしきものがないのなら、捕らえたコウメイから魔力を奪っているのかと思い問うてみたが、それも違うという。


「どうやって壊せばいいんだ……」


 魔力切れによる魔術陣の停止も期待できないし、供給元を探し出して断つこともできないとなると、アキラにできるのは魔力の過剰供給による破壊だけだ。


「アキ、落ち着け。今のところは出られねぇだけなんだ、焦らずゆっくりやってくれ。いいか、魔力押しで無茶すんなよ?」

「わかっている」


 コウメイには止められたが、他の手段を見つけられなければ、ありったけの魔力を注ぎ込もうとアキラは決意していた。


「分かってねぇだろ……ったく」


 アキラの表情を見てガシガシと頭をかいたコウメイは、紫色に染まった空を見上げてため息をついた。


「シュウ、向こうに置きっぱなしの荷物とってきてくれ。そろそろ日が暮れそうだし、一晩ここで様子見するしかねぇ」

「りょーかい」

「アキも、いいな?」

「……わかった」


 奥歯をかみしめ魔術陣を睨みつけるアキラの側に寄り、強張った肩を宥めるように叩いた。ふぅ、という吐息とともに肩の力が抜けたのを確かめると、コウメイは廃墟の周囲を見まわした。辺りに転がる煉瓦を見て、コウメイはにんまりと笑う。これを使ってカマドと小さな台を作ろう、椅子も作れば少しは居心地が良くなるだろう。


「何をやってるんだ?」

「椅子作ってんだよ。ほら、アキも座ってちょっと休め」

「暢気なものだな。閉じ込められたっていうのに」

「そりゃ俺が焦ってもどうもならねぇだろ。それにアキとシュウは出入り自由なんだ、飢え死にする心配もねぇしな」


 煉瓦を積み重ねただけの椅子だが、地面にじかに座るよりはずっといいだろう。そう言ってアキラにも座れと促した。難しい魔術だからこそ焦りは禁物だぞ、そう声をかけようとした時だった。


「コウメイっ! アキラっ!」


 荷袋を放り投げたシュウが、剣を抜き必死の形相で叫んでいた。


「ヘルハウンドだ!!」


 瞬間、背後に殺意が湧いた。

 振り向きざま抜いた剣ごと、コウメイの身体は光の壁まで吹き飛ばされていた。

 叩きつけられ、崩壊した煉瓦に埋もれたアキラに、ヘルハウンドが喰いかかる。


「させるかっ」


 光の壁に叩きつけられたその勢いを反動に変え、コウメイはヘルハウンドへと跳んだ。

 赤茶色の毛皮のヘルハウンドはコウメイの剣を爪で弾き返した。その力は予想以上に強く、踏ん張ってなんとか体勢を保つ。


「アキっ!!」


 コウメイの呼びかけに反応し、アキラが煉瓦クズの中から身体を持ち上げた。すぐに起き上がれそうにない様子に、コウメイは庇う位置に立ち赤茶色と対峙する。


「くそ、こいつでけぇぞ」


 それに強い。

 ナナクシャール島のヘルハウンドよりも一回り大きく、速い。

 片手剣ではヘルハウンドに届かない、噛みつきと前足の攻撃を防ぐので精一杯だ。


「氷壁!」


 アキラの声でコウメイの眼前に氷の膜ができるのと、ヘルハウンドの口から炎が吹き出されたのは同時だった。

 炎と氷が衝突しはじける。

 コウメイはヘルハウンドの腹に滑り込むと、両手で固定した剣を喉に向けて突き上げた。


「逃げられたか」


 剣先が毛皮に届く寸前に、ヘルハウンドは高々と跳躍し、光の壁を飛び超え外に逃れた。


「おらぁーっ」


 着地点で待ち構えていたシュウがヘルハウンドの尾に斬りかかった。

 切れた赤茶色の毛が宙を舞う。

 ヘルハウンドはコウメイとアキラを無視して、シュウを魔術陣へと追い立てるように動いた。


「氷矢っ」


 シュウの動きを援護するようにアキラが魔術を放つ。

 コウメイは頭部から血を流すアキラに錬金薬を使いながら問うた。


「あのヘルハウンド、何処から現れた?」

「森からじゃないことは確かだ」

「魔術陣の中に、突然、だよな?」

「……転移の魔力は感じなかった」


 だがこれは未知の魔術陣だ、何が起きても不思議ではない。

 コウメイはアキラの背後を守りながら、魔術陣の中央を警戒した。


「風刃! 氷矢! 風刃っ」


 アキラの連続魔法をうけたヘルハウンドが咆哮をあげた。

 何処からか、咆哮に応える遠吠えが聞こえてくる。


「コウメイ!」

「やっぱり来たか」


 魔術陣の中央から、魔力の光を覆い隠すような黒影が広がる。

 ウオォ――ォぉッ

 アオォ――ゥ

 ウゥァ――オゥっ

 陰から複数の咆哮が続いて聞こえ、巨大な狼が出現した。

 一頭は赤黒い炎の色をまとい、また一頭は黒銀に氷の色を、三頭目にあらわれたヘルハウンドは闇の霧をまとっていた。


「くそっ、逃げ場がねぇ!」


 狭い魔術陣の中にはどこにも身を隠す場所がない。

 コウメイは氷色の突進をバックステップで回避し、脇腹をえぐっていく闇色の爪を叩き切った。

 踏ん張ろうとした足が煉瓦を踏み、バランスを崩したそこへ、炎色が頭から食いつこうと飛びかる。

 コウメイに牙が届く寸前に、アキラの放った氷の矢が炎色の鼻先に刺さった。

 地面についた手を軸に身体を転がし逃れたコウメイは、邪魔な煉瓦を拾ってはヘルハウンドに投げつけた。


「コウメイ、援護を頼む」


 アキラがミノタウロスの杖を剣のように構えて言った。

 鼻先から血を流す炎色のヘルハウンドに、アキラが正面から向かっていく。コウメイは闇色の爪がアキラをえぐろうとする前に煉瓦を投げて牽制し、走り寄る氷色のヘルハウンドを剣と威圧で押し離した。

 煉瓦の土台を踏み台にして、アキラが炎色の正面に跳んだ。

 大きく開いた口に、杖を突き入れる。

 飛び込んできたアキラの腕を噛みちぎらんと、上顎が落ちてきた。


「氷剣」


 杖から生じた氷の剣が、腕が噛みちぎられる寸前にヘルハウンドの喉を貫いた。

 吠えることもなく炎色がもんどり打って倒れる。

 ヘルハウンドらは喉から血を流す仲間を庇うように囲み、氷色が首後ろを噛み掴んで魔術陣の外へと逃げた。

 コウメイとアキラを牽制するように闇色が唸っている。


「ケガは?」

「問題ない」


 骨に達しなかったため千切れていないというだけで、アキラの右手はヘルハウンドの牙に抉られ血に染まっていた。


「んなわけねぇだろ、錬金薬使っとけ」

「コウメイこそ脇腹に使え」

「俺はかすり傷だ。血もほとんど出てねぇ」


 狩猟服の裂け目からのぞく脇腹に血痕は見えない。アキラの腕の方がよっぽど重傷だ。だがアキラは首を振った。


「今使ったら、足りなくなる」


 ナナクシャール島のヘルハウンドなら、今の一撃で屠れていたはずだ。しかし炎色のヘルハウンドはまだ生きている……重傷を負わせたが、死にそうにない。普段なら躊躇いなく錬金薬を使う傷だが、この状況では無駄に使えないとアキラは主張した。


「じゃあせめて止血くらいしとけ」

「手が空いたらな」


 ボタボタと流れ落ちる血を止める間もなく、アキラが杖を高くかかげた。


「風刃!」


 高い位置から放たれた複数の巨大カマイタチがヘルハウンドたちを襲う。闇色は頭を狙ってきた風刃を避け、横から襲う風刃を爪で打ち返す。魔術師を封じようと方向を変え前足を踏ん張った闇色の前に、血みどろのヘルハウンドの前足が飛んできた。


「シュウ!」

「わりー、遅くなった」


 最初に出没したヘルハウンドの左前脚を切り落としたシュウが、その足を闇色とコウメイたちの間へ投げ入れたのだ。

 闇色は即座に攻撃態勢をとき、仲間の腕を咥えて魔術陣の外へと走った。前足を失って蹲る赤茶のヘルハウンドへと駆け寄っていく。入れ替わるようにシュウが魔術陣の内へ戻った。


「襲ってこねぇな」

「俺が魔術陣に入った途端、アイツらから力が抜けた感じがしたぜー」


 ヘルハウンドたちは魔術陣の外から三人を見張っていた。怒りや敵意、憎悪は感じる。だが逃すまいという気迫がない。


「仲間を介抱しているのか?」


 氷色は喉の傷をなめ、闇色は取り戻した前足を蹲るヘルハウンドの前に置く。


「ヘルハウンドがあんな風に仲間を治療するのを見るのは初めてだ……」

「アキ、今のうちに止血だ」

「これ使えよ」


 ヘルハウンドたちを警戒したままのシュウが、鉢巻をほどいて後ろに投げ渡した。受け取ったコウメイが傷に巻き付けてゆく。アキラは右手を差し出した状態で視線はヘルハウンドたちから離さない。


「魔物というには、少し変じゃないか?」


 ヘルハウンドたちの様子が気になると漏らしたアキラに、コウメイも違和感を感じると言った。


「確かに、デカいし強いのは間違いねぇが、死に物狂いって感じがしねぇ」

「そーいえば」


 魔物は手負いの獲物を逃がそうとはしないものだ。仲間が負傷し不利と分かれば、狩りを諦め逃げてゆくものだが、このヘルハウンドたちはこの場から去ろうともしない。攻撃もせず、撤退もせず、仲間の治療を見守りながら警戒を続ける様子は、コウメイたちの知るヘルハウンドとは毛色が違うような気がする。


「こちらを観察しているように見えないか?」

「見えるな。ついでに言うと、警戒が切れてるぜ」


 アキラの魔術攻撃は警戒してはいるようだが、物理的な攻撃に対する身構えといったものが感じられない。


「……まさか、な」


 止血の終わった手で握る杖に目を落としたアキラは、少し考えたのち、二人に指示を出した。


「シュウ、俺が魔術を放ったら、魔術陣を出てヘルハウンドを攻撃してくれ。そうだな、手前にいる氷色を頼む。コウメイは魔術陣の中心部分を警戒しててくれ、増援が湧いたら困る」

「りょーかい」

「何する気だ?」

「少し試してみようと思う」


 炎色の傍らにいる氷色のヘルハウンドを真正面に視る位置に移動したシュウは、いつでも走り出せる姿勢をとった。剣を構え、殺気を放ったが、氷色のヘルハウンドはシュウを鼻で笑うように見て、身構えもしなかった。


「突風」


 アキラが巨大な風の塊を撃った。

 殺傷力は持たせなかった。

 それがわかるのか、ヘルハウンドたちは避けようともせず真正面から風を受け止める。


「今だ!」

「うおぉらぁ――っ」


 駆け出したシュウが魔術陣の外へと飛び出し、無防備な氷色に斬りかかった。

 行くぞと身構え、殺気まであからさまにしていたにもかかわらず、ヘルハウンドの動きは鈍かった。迫る剣刃に夕日が反射して初めて焦りを見せ、回避行動に移ったが、シュウの一刀が速かった。


「シュウ、殺すな! 戻れ!」


 氷色の脇腹を斬り、その流れで脚を斬り落とそうとしたシュウをアキラが止めた。何か作戦があるのだろうと魔術陣へと戻ったシュウだが、せっかくのチャンスを無駄にしたという気持ちが顔に出ていた。


「何で止めたんだよ、せっかくのチャンスだったんだぜー」

「あそこでとどめ刺していたら、シュウの望みは叶わなくなるところだったぞ」

「どーいう意味だよ?」

「彼らは、ヘルハウンドじゃない」

「はぁー?」


 アキラの視線の先にいる闇色のヘルハウンドが、負傷した仲間を置いてゆっくりと近づいてくる。剣を構えるシュウの正面の、魔術陣まであと一歩という距離で闇色は足を止めた。


『お前たちは、何なんだ?』


 深く低い、警戒の強い声だった。


『お前は何故、その檻から出られるのだ?』


「喋ったーっ!?」

「檻って、やっぱコレの事だよな」


 コウメイが光の壁に向けて手を伸ばす。拳は光を通り抜けることなく止められた。それを見た闇色の眉間の毛が逆立った。


『その檻は人族を捕らえ、この世から消し去るものだ』


 闇色はシュウを見据えて問うた。


『なのに何故、檻が発動しないのだ? どうしてお前はそこから出られるのだ?』


 光の壁を自由に出入りできるお前は何者なのだ、と。


「何って」


 返答に困ったシュウの後ろで、アキラが声を潜めて囁いた。


「彼らはおそらく狼獣人族だ」

「は?」


 振り返りそうになったシュウの肩を押し返し、アキラは闇色の視線から隠れるように囁いた。


「負傷した彼らのために錬金薬を提供できる、かわりに魔術陣から仲間を出すように交渉してくれ」

「そんな難しーこと、俺がやんのかよ」

「狼獣人のシュウが適任だ」


 人族を光の檻に捕え、憎悪もあらわに問答無用で襲い掛かる。そんな彼らに対してコウメイやアキラでは憎悪の炎に油を注ぐだけだ。交渉が可能なのは同じ獣人のシュウだけだ。


「コウメイがここから出られないままじゃマズいんだ。それに転移獣人のための頼み事もある、頑張ってこい」


 そう励まして、アキラはシュウを魔術陣の外へと押し出したのだった。



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