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1 消滅

※新しい人生のはじめ方(完結済)、第6部終了後のコウメイたちの話。

時間軸はキング・スコーピオンのスタンピード終結を見届けてから後です。


 サンステン国の領土の約二割を占める西の砂漠、その際にあるボダルーダの街から、乗合馬車で北西に七日。馬車の終着の地であるそこは、険しい山脈を背にした小さな田舎町だ。


「ウォルク村が、存在しない?」

「はい、私が生まれるよりもずっと前に消滅しています。スタンピードに襲われて、村人の半数が亡くなったと聞いていますよ」


 七の鐘が鳴った直後にペイトンの町にたどり着いた三人は、目的の村について問い合わせた冒険者ギルドで、まさかの消滅を知らされ唖然としていた。


「それって、いつの事なんだ?」

「そうですね、三十年くらい前だって話しです」

「そんなに前なのかよ」


 三人の質問に対応している女性ギルド職員は二十そこそこに見えた。彼女自身も直接知っているわけではないらしい。


「どうする?」

「どーしようもねーじゃん」

「いきなり詰んだな」


 田舎の町ではめったに見かけない銀髪の繊細な美形と、凄腕と一目でわかる精悍な隻眼と、人懐っこく表情豊かな鉢巻も凛々しい青年の三人が、顔を見合わせて困り切っている。目の保養対象を引き止めるべく、彼女は「何かお手伝いできることはありますか」と申し出た。その言葉に反応したのは銀髪だった。


「ギルドには資料室がありますよね? そこへの入室と閲覧の許可をいただきたいのですが」


 愁いを帯びた表情の銀髪に請われてうっとりした彼女だが、残念なことにギルドの平職員にはそれに応える権限がない。


「ごめんなさい、資料棚はギルド長室にあって、許可がないと入れないんです」


 ペイトン町の冒険者ギルドはとにかく小ぢんまりとした規模だった。建物自体は大きいのだが、一階にある受付カウンターは酒場と床面積を分け合っている状態だし、ギルドの専任職員はアキラに見惚れている彼女一人だ。素材の買取や依頼の管理などの、受付業務のすべてが一つの窓口で行われていることを考えれば、所属する冒険者の数もそれほど多くはないだろうし、専用の資料庫がないというのも納得だった。


「ギルド長に申請したら、許可がもらえますか?」

「どうでしょう……」


 チラリ、と迷うように視線が泳いだ先は、向い側にある酒場フロアだ。コウメイが視線を追って振り返る前に「ポリー」と野太い声が飛んできた。「はぁい、わかりました!」と大声で返した彼女は、アキラへ笑顔を向けた。


「あちらにいますので、直接許可をもらってください」


 そう言ってポリーが指したのは酒場のカウンターだ。厨房とつながっているそこには、髭もじゃの厳つい中年男が忙しく働いていた。シャツの袖を腕まくりし、胸当て付きのエプロンをつけ、髪を布で覆い隠し、鍋の様子を見ながらフライパンを動かしている。絵にかいたような酒場の親父だ。


「あの人?」

「はい」

「厨房にいる?」

「ギルド長のガルウィンです」

「料理人じゃなくて?」


 二度見するアキラの様子に笑みをこぼし、ポリーはしっかりと言い切った。


「店主兼料理人兼ギルド長です」

「そりゃ忙しそうだなぁ」


 先ほどから鼻こうを刺激する料理の匂いが気になっていたコウメイが、振り返って厨房の様子をうかがった。働いているのは髭もじゃ一人で、他には誰の姿も見えない。


「仕込み中だからタイミング悪いと怒鳴られるかもしれないけど、酒場が忙しくなったら注文以外の言葉は聞いてくれなくなるから、早めに行った方がいいですよ」


 この町の冒険者らは獲物を売った金を手に、そのまま酒場スペースへ流れ込み、飯を食って酒を飲み、その日の収入の大半を落としてゆくのだそうだ。


「あと、何か注文してからの方が話は早いと思います」

「なるほど」

「上手い商売やってんなぁ」


 ポリーに礼を言って三人は酒場スペースへ向かった。


「こーいうの、ワクワクするよなー」


 スキップでもしそうなほど浮かれたシュウは、好奇心に目を輝かせながら酒場を見まわしている。テーブルが四つと背もたれのない椅子が三十ほど、カウンターテーブルにはスツールが四脚。床や壁には酔客が暴れてつけたと思われる傷がいくつも残っていた。壁に貼られた板紙には、酒の種類と値段が書かれている。料理の品書きはないので、その日によってメニューは違うのだろう。


「酒場で情報収集ってRPGの定番だろー」

「そういえば俺らってこういう情報収集はやったことなかったなぁ」


 知りたいことがあればギルドで情報を求め、必要であれば文献を探してきたが、酒場で聞き込みは未経験だ。


「こーいう定番のやつ、俺やってみたかったんだよー」


 足音で三人が近づいたことは察しているだろうに、髭もじゃギルド長は鍋から視線を動かそうともしない。


「あのさー、ちょーっとうげっ」


 初の酒場聞き込みだと張り切るシュウの襟首を、後ろから引っ張ってアキラが止めた。


「何すんだよー」

「ここはコウメイに任せておけ」

「なんでだよー」

「適材適所だ」


 一癖も二癖もありそうな酒場の親父から情報を聞き出すのはそんなに簡単なことではない。人懐っこく当たりは良いが素直すぎるシュウが、こちらの事情を秘匿しつつ必要な情報を引き出せるとは思えなかった。そしてアキラは自身がこういう場での交渉に向いていないという自覚がある。得意な者に任せておけと促され、コウメイは苦笑いでシュウと入れ替わるようにカウンターに近づいた。


「エル酒を三つ」


 壁の酒メニューから定番を選びカウンターに銅貨を三枚置くと、ドンドンドンと空のジョッキが乱暴に置かれた。


「勝手に入れて飲め、一番手前の樽だ」

「大雑把だなぁ」

「仕込みが忙しい」


 手があくまで酒を飲んで待っていろ、と睨みつけられては逆らうわけにもゆかない。

 壁沿いに並んでいる三つの樽は、カウンターに近い側からエル酒、果実酒(ワイン)蒸留酒(ウイスキー)だった。コウメイは樽のコックを引き、木製のジョッキにエル酒を注ぐ。スツールに並んで腰掛けた三人は、ギルド長の仕込みを眺めながらとりあえずと杯を打ち合わせた。


「「「乾杯」」」


 エル酒は甘くぬるかった。香りは良いが、常温の甘さが喉に引っ掛かる。それと酒精は思っていたより低いが、シュウはこれでも泥酔しそうだ。


「シュウは一杯でやめとけよ」

「りょーかい」

「それと……アキ、頼む」


 アキラによってこっそりと冷却の魔術をかけられたエル酒は、するすると気持ちよく喉を通過してゆく。一杯目を飲み干したところで、ガルウィンが手を止めた。火の調節をし、鍋に蓋をしてコウメイを振り返り、しかめっ面が不機嫌に問うた。


「で、何の用だ?」

「ここの資料を見せてもらいてぇんだけど」

「何を知りたい」

「仕込みが忙しいんだろ、閲覧許可もらえたら自分たちで調べるぜ」

「資料は十冊しかねぇし、大したことは書いてない。知りたいことがあるなら聞け」


 ぎょろりとした目が三人を探るように見る。余所者を警戒する目だ。これは閲覧は無理そうだと判断し、コウメイは質問を変えた。


「ギルド長、出身はどこだ、齢は?」

「聞いてどうする」

「ウォルク村について聞きてぇんだけど、あっちの姉ちゃんが三十年くらい前に消滅したって言ってたからな。あんたの年齢によっちゃ情報の信憑性を疑わざるを得ねぇだろ」

「ふん、ここは田舎だ、余所者がギルド長に就けるような都会じゃねぇんだよ」


 冒険者も地元の男たちが大半を占め、ギルドに持ち込まれる依頼も地元や近隣の村での仕事ばかり。地の利もなく町の歴史も知らない者がギルドを背負えるものかと髭もじゃはコウメイを睨んだ。


「じゃあ遠慮なく聞くけど、ウォルク村ってどんな村だったんだ?」

「魔鹿と角ウサギ、どっちだ?」


 質問に食材名が返された。苦笑しながらコウメイとシュウは魔鹿を、アキラは角ウサギを選んだ。それぞれ三十ダルを支払い、魔鹿肉と芋の煮込みの器と、角ウサギ肉の香草焼きの皿がジョッキと同じくカウンターに並んだ。


「フォークは勝手に取ってくれ」

「客を使うなよ」

「一人で回してんだ、給仕する暇はねぇ」


 シュウは目の前にあるカトラリー立てがわりのジョッキから、三本のフォークを抜き出して配った。果実酒で煮込んだ魔鹿は柔らかく、煮崩れる寸前の芋には芯まで味が染みている。角ウサギ肉に使われている香草はピリッとした癖があり、淡白な肉にぴったりだった。


「うめーよ、この鹿肉。芋もホクホクだ」

「柔らかくてとろけそうだぜ。鹿肉の下ごしらえに白芋のすりおろし使ってるな」

「香草のこういう使い方は珍しいな」


 それぞれの正直な料理の感想にガルウィンの表情がわずかに綻んだが、目つきは鋭いままだった。


「ウォルク村に何の用だ?」

「あぁ、人を探してるんだよ」

「村はもうないぞ」

「それはさっき聞いた。村人は町に残ってねぇのか?」

「壊滅して数年は町に何人か住んでいたが、今は誰も居ねぇな」


 わずかに視線をあげたガルウィンの目は遠くを見ていた。


「ウォルク村は、どんな村だったんだ?」

「ごく普通の田舎村だ。森の奥深くにあった」

「規模は? この町とはどういう関係だった?」

「住人は五十人もいなかったんじゃねぇか。村の収穫物や魔獣の皮素材なんかをたまに売りに来ていたぜ」

「ウォルク村を襲ったスタンピードは、何の魔物だったんだ?」


 ギルド長が無言で空になったジョッキを指で弾き、コウメイはもう十ダルを置いた。


「何の魔物が湧いたんだ?」

「逃げてきた村人の証言では、ヘルハウンドだ」


 魔物の名前を聞き、コウメイたちの表情が引き締まった。

 スタンピードは魔核を中心に広がってゆくもので、ヘルハウンドはコウメイたちでも苦戦する魔物だ。自惚れるわけではないが、こんな田舎の冒険者たちが束になったところで、ヘルハウンドのスタンピードを終結させられたとは思えない。隣の村で魔物が湧いたならこの町だって無事にはすまなかったはずだ。


「よくこの町が残ったな」

「……討伐隊を組織して村に向かったが、ヘルハウンドは姿を消していた」

「どういうことだ?」

「村人のうち、半数ほどが逃げ延びてペイトンに助けを求めてきた。近隣から冒険者をかき集めて討伐に向かったが、すでに村は崩壊した後だ。ヘルハウンドの姿も、スタンピード魔核の存在も、どこにも発見できなかった」


 そんな現象が現実に在りうるのかと、コウメイは隣のアキラに問うた。


「スタンピードが自然に消えるなんてことあるのか?」

「聞いたことないな」


 厳しい表情で首を傾げるアキラの向こうでは、スタンピード規模のヘルハウンドの群れを想像したシュウが嫌そうにエル酒をちびりと舐めた。


「役人の調査でもヘルハウンドどころか銀狼も見つけられなかったからな、スタンピードは誤りだったと後に訂正されているぜ」


 討伐隊はそのまま調査隊として現地を調べつくしたが、行方の分からない村人の死体を見つけることも出来なかった。村に残っていたのは銀狼よりも大きな足跡だけで、その跡も森に入ると行方を見失ったらしい。


「森の奥深くには変異した魔物も多い。大きく変異した銀狼の群れに襲われたのを、ヘルハウンドと勘違いしたんだろうぜ」

「勘違いねぇ」


 銀狼とヘルハウンドは狼系の魔物ではあるが、全くの別物だ。森に住む村人がそれを見分けられないはずはないし、討伐慣れした冒険者が間違えるはずがないだろうと、コウメイは疑いの目で髭もじゃを見据えた。情報を隠しているのか、それとも本当に村人の勘違いだったのかは、親父の様子からは読み取れなかった。


「生き残った村人たちは全員が町を出たのか?」


 包丁を握った髭もじゃはコウメイの問いを無視し、レト菜と赤芋を千切りにしはじめた。大量の千切り野菜を大きなボウルに混ぜ入れ、酢と塩で揉む。水分が抜け量が半分ほどになったところで水けを絞り、植物油で和えて仕上げ、三つの小皿に酢締め野菜を乗せカウンターに並べた。


「一皿二十ダル」

「商売上手だな」

「足元見るなよおっさん」

「あ、これ結構いけるぜー」


 情報料の追加を払うと、ガルウィンの口が滑らかになった。


「数人はこの町に住みついたが、ほとんどは親類を頼って町を出ていったな」

「町にいる元村人を紹介してもらえねぇか?」


 元村人から直接話を聞ければ詳細がはっきりすると期待したのだが。


「無理だな。町に残ったのは高齢の三人だけだ。最後の一人が六年前に亡くなった」


 この世界で魔力を持たない人族の寿命は、およそ七十年前後とそれほど長くはない。まして肉体労働を主とする田舎の人間は、身体のあちこちに傷を抱えており長く生きる者は少ない。


「町を出ていった元住人の足取りは掴んでないのか?」

「出ていった人間の所在まで把握する必要はねぇからな」


 町役人とギルドが警戒しなければならないのは、他所から入ってきたコウメイたちのような冒険者だ。こんな田舎に流れてくる人間は、都会から逃げてきた訳ありばかりだ。お前たちはどういう素性なんだと、ガルウィンが探るように見据えた。アキラは肩をすくめ、シュウは人懐っこい笑みを返し、コウメイは唇の端についたソースを舐めとろうと舌を出した。


「ウォルク村の消滅についちゃ、これ以上の情報はねぇぜ」


 目的の村は消滅し、生き残りの村人も存在しない、それ以外には何もない。話すつもりはない、ということだろう。


「じゃあ村がまだあった頃に、一風変わった奴らが出入りしてたとか、人族以外の奴が住んでいたなんて話を聞いたことは?」

「こんな田舎に人族以外の奴らが来るわけないだろ。万が一来たとしても紛れ込めるもんか。顔見知りばかりの田舎で、少しでも不自然な存在は目につくからな」


 あんた達のように、とガルウィンは皮肉っぽく目を細めた。


「私たちは善良な一冒険者ですよ」

「そーそー、ごく普通のなー」

「どこにでもいる放浪冒険者だよな?」


 どこがだ、とガルウィンの渋面が深く濃くなった。町でも評判の美人であるポリーから注がれる熱視線を平然と受け流す銀髪美形に、どうやればこれほど鍛えられるのかと思うような立派な体躯の青年、そして眼帯が妙に馴染んだ底知れない雰囲気の男。こんな三人組がどこにでもいる普通の冒険者なわけがあるか。そんな連中が消滅した村を調べにやってきたのだ。ギルドとしては何も後ろ暗いことはないが、余計な勘繰りで町や近隣の村の人々を引っ掻き回されては面倒だ。


「資料があるなら直接確かめたいのですが、読ませてもらえませんか」


 エル酒の追加の十ダルを払いながらアキラがもう一度頼んだが、ギルド長の返事は素っ気ないものだった。


「読みたきゃ明日の昼間に来な。けど期待外れになるだけだぜ」

「村が消滅したってのに、調書とか元村人の証言とか残ってねぇのかよ」

「生き残った住人から聞き取れたのは、ヘルハウンドに襲われた、それだけだ」


 調査の結果、ヘルハウンドのスタンピードは間違いであったと訂正されている。


「じゃあ町の行政舎の記録は?」

「あっちも似たようなもんだぜ。町長の記録帳にも、村ができた年と消滅した年くれぇしか書かれてねぇだろうな」


 コウメイはジョッキに残っていたエル酒を飲み干して首を振った。


「そんな大雑把で徴税できるのかよ」

「徴税は領主様が直属の徴税官を寄こすんだ、町の役人は接待と道案内くらいしかしてねぇな」


 エル酒を四杯追加し、本日の料理を三人分注文して得られた情報はこれだけだった。

 それ以上を聞き出そうと粘ったのだが、討伐から戻ってきた冒険者たちが酒場になだれ込んできて、ガルウィンにコウメイらの相手をする余裕はなくなった。

 酒と料理を求める客たちが押し寄せるカウンターから離れ、ほろ酔いで機嫌のいい冒険者たちにも聞き込みをしてみたが、ギルド長よりも若い彼らの中に、消滅した村を知る者は誰もいなかった。


   +++


 初めての酒場聞き込みを終えた三人は、ポリーに勧められた宿に向かった。小さな田舎町の宿屋の部屋数はそれほど多くない。コウメイたちは最後の一室に何とか滑り込んだのだった。


「中途半端な情報しかねぇなぁ」

「まさか証言すら残っていないとは思わなかった」

「村が消滅って、けっこー大変な出来事だよな?」


 ボダルーダでスタンピードの後始末に三カ月を要し、ようやくたどり着いたペイトンの町だが、まさか目的の村が無くなっているとは想定外だ。


「まあ、ギルド長の感じだと情報は出し切ってねぇみたいだけどな」

「それで、これからどうするんだ?」


 アキラが奥のベッドに素早く腰を掛け、コウメイは手前のベッドに仰向けに倒れこんだ。シュウが扉を閉めて内鍵をかける。 


「ウォルク村に行きたいって事だけど、どうする? 村はもうねぇんだぜ?」


 それでも行く気かとコウメイが問うと「当たり前だ」と強気な声が返ってきた。コウメイは眼帯を外してサイドテーブルへ放り投げた。寝転がったまま虹色の義眼と黒い瞳がシュウを見上げる。


「廃墟だぞ?」


 コウメイが知る限り、スポーツ馬鹿のシュウには、廃墟巡りのような趣味はなかったはずだ。


「獣人が隠れ住んでそーな感じがするだろ」

「……ウォルク村が獣人族の村だって証拠はねぇんだが」


 ギルドの酒場でそれとなく探ったが、ウォルク村に人族以外の住人がいたという確信は得られなかった。そんな存在がいたら気づかないはずがないと言い切ったギルド長の様子に、不自然さはなかった。もっとも、あちらが狡猾で上手だっただけで、コウメイが読み取れなかっただけかもしれないが。


「白狼亭の親父さんが嘘つくはずねーって」


 シュウはウェルシュタントの王都で世話になったネイトに絶対的な信頼を寄せていた。


「ネイトさんは信用できる人だが、シュウは彼が『ウォルク村が獣人族の村だ』とはっきり言ったのを聞いたのか?」


 アキラは上着を脱いで寛ぎ、ベッドの上に荷物を広げながら問うた。


「獣人族を見かけたのと、獣人族の村を見つけたのとでは、まったく意味合いが違ってくるぞ」

「あれ、えーと、どうだったっけ?」


 シュウはこめかみを押さえながらその時の会話を思い出そうとした。獣人族については何度か話をしたが、ウォルク村の事についてはどうだっただろうか。


「……獣人を知ってる、だったかな? ウォルク村で見かけた、だったかもー?」


 獣人族の村=ウォルク村の図式が固定していたシュウは、自信なさそうに首を傾げている。コウメイは起き上がって前髪をかきあげた。


「それならウォルク村が獣人族の村だったのかどうかを調べるのが先だな」

「見かけたということは、少なくとも村と獣人族に何かしらの交流があったんだろう。そのあたりがはっきりすれば、獣人を探す手掛かりになるかもしれないな」


 アキラは髪を縛っていた紐をほどいた。頭を振ると耳元で虹色の魔石ピアスが揺れる。何度か瞬きをしてシュウを見つめ、ギルドの資料への期待はしない方がいいぞと忠告した。


「ギルド長のあの様子じゃ、日々の日誌すらまともに記録しているのかどうかも怪しいからな」

「でも確かめるんだろ?」

「コウメイの義眼で視れば、何かわかるかもしれないだろう?」


 もしも魔術的な隠匿があればコウメイの虹魔石の義眼が見抜けるはずだ。

 他にも調査の手段はないかと三人は意見を出し合った。ギルド長から聞き出せることはまだ他にあるのだろうか。町の住人で当時を知る人をどうやって探すか。ペイトンには図書館的なものがあるだろうか、町の行政舎で閲覧できるものは何かないだろうか。


「資料の方を済ませてから町を探るか」

「りょーかい。聞き込みかー、面白そー」

「単独行動で下手な事するなよ。俺らは余所者で警戒されてるんだ」

「なら冒険者らしく魔物狩りでもしてカモフラージュするか」

「それもいいな」


 久しぶりの狩りと聞きワクワクしながらも、シュウは部屋の中を予備の寝台を探して回った。クローゼットや寝台の下をのぞきこんでも、折り畳みベッドらしきものは発見できない。


「ところでさー、俺のベッドは?」


 ペイトンの町にある宿屋は二つ。一つは食い詰めた冒険者が集まる雑魚寝部屋の宿で、もう一つは町にやってくる商人らが宿泊する寝台のある宿屋だ。ギルドの女性職員はコウメイたちに商人御用達の宿をすすめたし、もちろん彼らとしても雑魚寝はお断りだった。


「ベッド二つの部屋しか空いてなかったからなぁ」

「毛布は借りたし、暖かい季節だ、床も悪くないだろ?」

「早い者勝ちとか聞いてねーぞ」


 部屋に入った途端にベッドに寝転がって権利を主張したコウメイに、さりげなく腰を下ろした後は荷物を広げてベッドを占領したアキラ。出遅れたシュウは毛布を片手に立ったままだった。


「アキラ、荷物どけて、ベッド半分ちょーだい?」


 かわいらしく首を傾げてお願いするシュウに、アキラは冷笑で隣を指さした。


「コウメイの方へ行け」

「来るなよ、蹴り落とされたくねぇからな俺は」


 シュウの寝相の悪さは二人とも嫌というほど知っている。デカい身体がドタンバタンと豪快に寝返りを打ち、ベッドからはみ出て落ちるのは常習だ。


「俺が一番身体デカいんだからさー、ベッド譲ってくれよ。アキラがコウメイんとこ行けばちょうどいいだろー」


 アキラは背を押すシュウに必死で抗った。


「嫌だ、コウメイの寝相は鬱陶しい」

「おいこら、鬱陶しいとはどういう意味だ」

「暑苦しい」

「てめぇ」


 コウメイもアキラも占領したベッドから離れようとしない。シュウはアキラの荷物をシーツごとめくって寄せ、強引に腰を下ろしてから拳を突き出した。


「ジャンケンで決めよーぜ、ジャンケンで」


 馬車に揺られっぱなしの長旅の疲れを寝台で癒したい三人は、ベッドの占拠権をかけて、三回勝負に出たのだった。



月・水・金の投稿予定。

しばらくよろしくお願いします。


※新しい人生のはじめ方を未読の方へ

コウメイの義眼関係のエピソードは

・生還の代償 前/後(第5部)

・選択する未来/義眼と、狂気の魔武具師(第6部)

・選択する未来/呪いの義眼(第6部)

・選択する未来/黄泉戸喫(第6部)

アキラのピアスに関しては

・魔術都市アレ・テタル 幻影の呪具(第3部)

・限定師弟(第5部)

あたりをお読みいただければ補完できます。

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