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彼は背を向けられない  作者: 99万回死んだ猫
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戦準備と英雄の軌跡

 リーナとの初クエストから一日。

空は晴れ、辺境都市フランセーズには良い風が吹き噛んでいた。


フランセーズの大きな時計台の下。

ウィリアムはリーナを待っていた。

鐘の下で立っているだけ、ただそれだけだがウィリアムはこの待ち時間を楽しんでいた。ウィリアムにとって目の前に広がっているこの平凡で代り映えなく、ただありのままな生活が好きだから。子供が追いかけっこをし、主婦と屋台の親父は雑談と値引きを行い、千鳥足で歩きながら家に帰る飲んだくれがいて。簡単に明日が来ることを期待できる生活。

血や臓物が軽々と吹き飛び、命の灯が軽々と消えてしまうことがない世界を経験したものにとってはこのつまらなく、素晴らしい世界は好ましかった。


「すみません。待たせてしまって」

「いい。気にするな」

「そうですか?悲しそうな雰囲気をまとっていたのでてっきり待つことが嫌なのかと」

「そういうのじゃねぇよ」


 ウィリアムは首を振ってその気配とやらを振り払うように試みる。


「というか、アリアさんは一緒じゃないんですね。アリアさんってウィリアムさんのこと凄い気に行ってるから必要がないなら離れないのかと思ってました」

「そんなことねぇ。そりゃ、都市の外に出るなら一緒に出るがな。都市の中くらいならたとえ広くてもお互いの居場所を知らせることくらいはできるからな」


 ウィリアムなら手持ちの宝石で大爆発をさせるなり目立つ方法で。

 アリアなら家でも切るだろう。


「そうなんですか。二人の雰囲気を見れば意外ですがいつまでも息が詰まっちゃいますもんね」

「いや。息は詰まらねぇよ。単純に時間がねぇんだよ」

「時間がない?」

「ああ。言ってなかったが今日は町で買い物だ。宝石が足りねぇ」

「……買い物?案内ですか?」

「ああ。案内を頼みたい。あとついでにこの町の探索だ」

「町を探索?観光じゃなくてですか?変なこと言いますね」


 リーナは冗談を言われたと言わんばかりの雰囲気で話を続けているが、ウィリアムからしたら冗談ではない。この町でオークは出てこないが巨悪は出てくるのだ。そういう未来を見ている。


「ま、探索だろうが観光だろうがどっちでもいい出すけど。明日には発てるんですよね?」


 リーナとしてはそちらが本題だろう。

 なんせ仇討ちの話なのだから。


「……宝石の集まり次第だな」

「なら、さっさと宝石商のところに行きますよ!」





 ウィリアムはフランセーズの宝石商の質に驚いていた。一店舗で十分な数を変えてしまったのだ。最悪、領主と交渉してでも集めようと思っていたのに。


「その顔を見るに十分な量の宝石が買えましたね」

「……ああ」

「そんなに呆然としなくてもいいじゃないですか。買えたならよかったということで」

「……いや、ありえないだろ。この国に俺以外の宝石魔術師がいるなんて話は聞いたことがないし、それならなんでこんなに宝石が辺境にあるんだよ。他の種族に奪われる可能性のあるこの都市に」

「そんなこと一介の冒険者に聞きますか?私がわかるわけないじゃないですか」


 ウィリアムは頭をかくしかなかった。リーナの言がその通りだから。


「……すまん」

「そんな反省しなくてもいいですよ。それよりこの町の探索?に行きましょうよ」


 パタパタと手を振りながらリーナは笑いかける。

 その後、ウィリアムの前を歩き出した。所々で指をさしながら。


「んー。私は詩人じゃないので観光案内なんてしたことないんですけど、でも、フランセーズといえばあれですね」


 そういって先ほど二人が待ち合わせをした大きな時計を指さした。


「大時計フランセーズです。この都市が作られた300年くらい前から動いている大時計で、この時計が定刻に鳴らす鐘の音がこの都市の時間です。生まれたときから死ぬまでフランセーズの民と共にある時計です」


 大時計フランセーズ。ビックベンのような時計台を思い浮かべてほしい。とはいえ、あれはゴシック復興期に作られているため華美だがこの大時計フランセーズは辺境ということもあり武骨な時計台ではあるのだが。


「次はこのメインストリートですかね。南北に貫通しているこのメインストリートは文字通りこの都市の心臓です。土曜日になれば今みたいに屋台が立ち並び、人々がこの道をにぎわせます。伝統の祭なんかもこの道を中心として行われていますね」


 石畳でできたメインストリートを歩きながらリーナは説明を続ける。といっても他のことはウィリアムからしたら細かすぎて聞いている分にはいいが役には立たなそうだった。


 二人の横を走り抜けようとした子供がリーナを見てぎょっとした顔した。そのままつんのめって転んでしまう。

 ウィリアムは手を差し伸べながら、疑問を浮かべる。なぜこの少年は驚いたのか、と。ウィリアムの知覚では驚くようなことは何も見受けられなかったから。


「よう、坊主。立てるか?」

「……う、うん……」


 唇をかんでいる男の子にウィリアムは腰をかがめて笑いかける。


「よく泣かなかったな坊主。偉いぞ」

「と、父ちゃんがね、『男の子なんだから簡単に泣くな。泣くなら俺のところか、人に見られてないところで泣け』って言うんだ」

「父ちゃんとの大事な約束守れたじゃねーか。偉いぞ」

「……うん!!」


 強がりながら少年は笑みを浮かべる。空元気でもウィリアムに心配をかけまいと子供ながらに思いながら。

 その時、男の子の友達が近づいてきた。


「カール何してんだよ。もしかしてこんな何にもないところで転んだの?情けない奴だなー」

「だ、だって……。リーナの姉ちゃんが普通に笑ってたんだもん……」


 子供たちがカールの言っていることにぎょっとする。

 その異様な様子にウィリアムはリーナに目を遣る。この仇討ちの少女の業を考えながら。


「ありえねー!リーナのお姉ちゃんが笑うとか!リーナの姉ちゃんは優しいけど、ぜってぇわらわねぇ!!嘘つくなよ!」

「ほんとだよ!笑ってたんだよ!」

「カールのうそつき!」

「ほんとだもん!」


 異様な喧嘩を見ながらウィリアムは介入するタイミングを考えていた。

 すると、リーナが動く。


「カールくんたち?」


 そのとてもとても柔和な声を聞いた子供たちはきびすを返して逃げた。それはもう一瞬の逡巡もなく逃げた。ゴキブリ並みの逃げっぷりだった。


「逃げるなー!」


 大きな声で叫びながらリーナはウィリアムのほうを向く。少し気まずげなようすで。


「うなー……。もう、あの子たちは……」

「聞いてもいいか?」

「ええ、はい。子供たちが言わんとすることもわかりますし」


 口を濁しながらリーナは言葉を並べ始める。並べる手際はあまりいいとは言えなかったが。


「冒険者になったのは正式には一年目ですけど、オークを仇に思っているのは昔からですから、まあ、今より若い時は目が死んでたと言いますか。ありていに言ってオークをぶっ殺す方法ばっかり考えていまして」


 ウィリアムは、それは今もなんじゃないかと突っ込みたかったが、先ほどのとてもとてもやさしい声が怖かったから口を閉ざした。わざわざ虎の尾を踏みに行く趣味はない。


「私は仇に囚われているわけではないので社会性まで捨てたわけではないんですけど。まあ、雰囲気はこぼれますから」

「仇に囚われていないだけリーナは良いほうだと思うけどな」

「両親は冒険者だったんですよ。だからか自分たちが殺されることも考えてたんすかね。遺書に書いてあったんですよ。『仇を討つのはいい。だが、仇討ちの後も考えろ』って」


 遺産の大半を溶かして討伐に行くことはリーナ的には問題ないのかと遠い目をしながら。


「だから、仇討ちの後も考えて人とはほどほどに仲良くやってきましたけど自然と笑うことはどうにもできなくて」


 悲しみを心のうちに秘めたものの独白がそこにはあった。


「ウィリアムさんたちが手伝ってくれるのがわかった時からですかね、憎しみの心が薄れたわけではないんですけど気が楽になったんですよ。いつ仇討ちができるのかわからない不透明な生活が崩れたからですかね」


 軽い笑みをウィリアムに見せながら、その言葉はどこまでも重かった。

 一人の人生の重さがあった。


 ウィリアムはまた一つ誓いを立てた。

 この少女の本懐をかなえる誓いを。そして、今度はアリアと二人ではなく、リーナも加えて三人そろって酒場で騒ぐことを。


 二人はその後たわいない話をつづけながら町を回った。これまでリーナがどのように生活していたのか。ウィリアムたちの冒険の話。二人が使っている剣の話。ウィリアムが持っている宝石の話。

 一日という時は二人が話を終えるには短すぎた。それでも大時計フランセーズは時の訪れを知らせる。


「じゃあな。明日は朝から森に行くから準備しとけよ」

「わかりました。では、また明日」


 帰路は二つに分かれた。





 日が昇り、城壁が十分な影を作り上げたころ。

 アリアとウィリアムはリーナを待っていた。ウィリアムは首を掻きながら。アリアは柄に手を置きながら。


 殺気立つ二人にリーナは首をかしげながら近づく。


「お二人とも早いですね。それにそんなものものしい雰囲気を出してどうかしましたか?」

「……なんでもねぇ」


 ウィリアムは虫の知らせ、首筋の痛みが教える危機察知について話さずに足を進める。

この少女が仇を想うことはもう限界だろう。だから、リーナが精神的な崩壊を催す前にあの変異種を討ち取らなければいけない。

そうわかっていても痛みが消えることはない。むしろ森に近づくにつれて強くなり続けている。


「行くわよ。今回で殺るわ」


 その言葉が引き金になったのか森から10メートルはあるのに矢が飛んでくる。


「シィ!」


 アリアが鞘に納められた剣で矢を弾く。剣を振りぬきざまに後方に鞘を吹き飛ばす。

 そのまま矢を撃ったと思われる方向に直進。イノシシのように突き進む。


 そのアリアを支援するためにウィリアムは走りながら黒色の宝石を指ではじく。

 続けて朗々と詠む。


「オニキスよ。オニキスよ。魔払いの宝石よ。アリアに加護を。開放せしは肉体。破魔の英雄に万夫不当の加護を授けたまえ」


 ウィリアムの手元からアリアに加護が飛ぶ。

 そして、ただでさえ早かったアリアの動きが迅雷のごときスピードとなり森の射手との距離を一瞬で詰める。

 森の射手。一匹のゴブリンアーチャーは二の矢を放とうとしたが、弓の弦を引く前に頭が落ちていた。腰だめから片手で振りぬかれた一撃の斬撃によって。


 ウィリアムは青の宝石を指ではじく。

 オニキスに続いて連続詠唱。


「アイオライトよ。真贋の宝石よ。我らを悪鬼どもの巣窟へ導き給え」


 アイオライトはウィリアムの手元で爆発し、一本の青い光芒となる。

 そして、それはウィリアムがいる場所からオークのいる場所まで一本の直線となる。


「アリア!リーナ!行くぞ!走れ!」

「ウィルもついてきなさいよ!オーク共の巣窟につくまで私が道を切り開く。ウィルはお守りでもしてなさい!」


 オークたちに気づかれることを承知でアイオライトを使ってウィリアムはアリアに置いて行かれないように、リーナを小脇に抱えながら木の幹を蹴って進む。

 リーナとしてはたまったものではないが。どう考えてもこの世に存在するどの移動方法より怖いのだから。


「ひぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」


 アリアは後背の悲鳴を聞きながら、道中に襲い掛かってくる魔物を切り払う。時に木の幹の上からゴブリンが剣を持ちながら飛び降りてくれば、剣ごとゴブリンを吹き飛ばし。ゴブリンアーチャーが再度出てこようものなら、矢を撃たれる前に切り刻む。


「ウィル!敵が多いわよ!」


 叫びながら眼前の20はいるゴブリンに剣を向ける。

 

戦闘はゴブリンアーチャーの弓撃が開始の合図となる。

初撃の5、6本の矢を切り払いながら、距離を詰めてきたゴブリンナイトの一匹を切りながら後退する。とはいえ、相手も体が小さくてもナイト級。苦し紛れの剣では致命傷には至らない。精々、胸に一筋の跡をつけた程度である。


「こっちはゴブリン討伐に来てるんじゃないのよっ!」


 そう掛け声をあげながら今度はアリアが歩を進める。アーチャーの準備ができる前に殺しきると決意を新たにして。

 

 向かってきたアリアにゴブリンナイトたちも数の優位を利用する戦い方をする。連続攻撃、死角からのアタック、バックアタック、剣の投擲、位置取りの制限、エトセトラ。

それでもアリアは崩れない。連続攻撃には相手より早く動いて一人ですべて打ち返し、死角からの攻撃は周りの動きを把握しながらタイミングを見て蹴りで対応。その他ももろもろを剣の技術と肉体性能で上回っていく。

その孤軍奮闘ぶりはたとえゴブリンが100匹に増えようと、1000匹に増えようと負けない強さを表していた。


そして、一匹。また一匹と躯となっていく。

 

 アリアは最後の一匹を後ろに吹き飛ばす。

 ウィリアムたちがアリアとゴブリンの戦場に到着したのと全滅した時間は等しかった。


「お疲れ、アリア。変わるか?」

「たかだかゴブリンが20匹よ。まだまだ問題ないわ」


 リーナからしたら考えられなかった。何の準備もなし、というかむしろ敵が準備していた戦場に飛び込んだうえでの多対一の完勝。ゴブリンが人間の背丈の半分しかないからと言って、20匹をいればだいぶ手間だ。子供20人と戦うようなものなのだから。

 それを到着するまでの時間差を考えたら30秒もない時間で殺しきる。

 

 これが英雄。


 これが英雄の軌跡。


 魔物を滅ぼしてきた英雄の軌跡。


「行くわよ」


 そして、先ほどと変わりない速度でアリアは走り出す。

 変異種のオークを殺すために。


明日は8時投稿です。投稿時間が点々としてすみません。今、最適な投稿時間を探っている最中なんです。

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