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彼は背を向けられない  作者: 99万回死んだ猫
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少女リーナ

 リーナとの約束の日。

 あいにく晴れとはならず暗雲が立ち込めていた。ウィリアムは晴れていれば外に出ようと考えていたが曇りだったので所有物の確認をすることにした。根無し草の旅人のウィリアムたちにとってこの作業は必要不可欠なものだった。頼れるものは自分と隣の幼馴染のほかにこの装備しかないのだから。


 だから、整備しようと備品を床に並べていた時、知っている人の足音がした。


「ウィル!!昨日、起こしてって言ったわよね!!」


 アリアは不満をあらわにして怒鳴り込んできた。

 床にあるものを見て、さらに繭を潜める。


「装備の整備をする時間があるなら起こしなさいよ!!朝食を食べ損ねたわよ!!」


 ウィリアム面倒くさそうな顔を隠しもせず、無言で机の上に置いてあるアリアの私物をさした。

 アリアの私物。サファイアの宝石。

 それを見てアリアはウィリアムから顔をそむけた。


「それ、3回も起こそうとしても起きなかったお前の首にかけてあったカギがないと開けられないものな」


 その言葉がとどめになったのかアリアは崩れ落ちた。罪悪感が重石となって。


 ウィリアムはその姿を横目で見ながらこれ以上いちゃもんをつけられたらたまらないと事細かに朝の状況を説明することにした。


「そうだな、確か一回目は——」


 ◇


 ウィリアムとアリアの二人はリーナとの約束の日まで休むことに決めていた。合理的な理由は、討伐あるいは排除を目的としている巨悪との戦いを疲れていて戦えませんでしたでは笑えないからだ。そして、感情的には「疲れた。これ以上働きたくない」だ。

 ちなみに、合理と感情で1:9だ。1か月気の休まる休みがないというのはそれほどまでに厳しかった。


「アリア。今日は約束の日だから部屋から出ろ」


 ウィリアムはアリアの部屋の扉を返事もなしに開ける。それは幼いころからアリアの寝起きに付き合ってきたから待つことの無駄を感じているからだ。

 この意見に紳士の方なら苦言を申すかもしれない。淑女の部屋に入るときに扉の前で待つのはマナーである。淑女の方には準備もありますし、しからば着替えているかもしれないではないか、と。

 そして、そんなことを言われたらウィリアムは紳士を鼻で笑ってこう返事をするだろう。アリアが自分の力で起きるのは不可能。もし起きていたらそれはアリアではない、と。


 だから、今から行われる争いはルーチンワークみたいなものなのだ。


「おい、アリア。布団を剥いだから起きろ」

「……ウィル……」


 アリアはウィリアムに両手を伸ばして抱っこを求める。寝ぼけ眼で髪の毛をぼさぼさにしながら甘える。狙いは背中でそのまま寝てしまうことだが。


 それをわかっているウィリアムのお返事は顔面に投げる濡れタオルだ。


「顔をふけ。それで起きろ」


 アリアはそのタオルをほっぽる。こんなタオルがあったら寝られないじゃないかと言わんばかりな態度で。そして、そのままベッドの上で丸くなる。


「起きないなら先に朝食をとるからな」


 そして、そのまま外に出る。アリアが伸ばした手が服の裾を握ろうとすることを妨害しながら。

 アリアは奇しくもウィリアムの服の裾ではなく剥がれた布団を回収することには成功した。


 しかし、最終的につかめないことを理解したアリアは一言。


「……食事」

「準備しておけと?起きないと飯抜きな」


 ぶっきらぼうに吐き捨てながら今度は本当に外に出る。


 まだ朝の7時だから寝ていてもいいかと頭の片隅で思いながら。

 だからか、ドアはそっと閉じた。


 ◇


「——って感じだったかな」


 崩れ落ちただけだったアリアは話を聞いているうちに四つん這いになり、最後には土下座をしていた。


「——すいませんでした」

「ちょっとそこで反省してろ」


 そっけなくそう告げるとウィリアムは本来行おうと思っていた備品の整備をし始めた。

 敵を倒すための直剣。人間と打ち合う時のソードブレイカー。逃げるとき用の煙幕。万能道具のロープ。最終手段の毒。持ち運びしやすい貴重品の宝石。特定の商会で品物に変えてくれる割符。エトセトラ。エトセトラ。


「あいかわらずウィルはいろんなものを持つのね」

「アリアのように剣1本ですべての敵を倒せないからな」


 そういって肩をすくめる。そこに嫉妬はない。ただないものをないと言っているだけだ。


「まあ、私もウィルのように戦えないから」

「それこそ無駄な思考だな」


 それはアリアもわかっているのか苦笑をするだけ。


「本気のアリアの一撃と同じ威力のものは俺には出せない」

「同じ結果なら出す癖に」

「それこそ今更だ。出せないなら今ここにいないだろ」


 二人は10年間の冒険者としての戦いを思い出す。

 そして、そろって二人で苦笑する。よく生きていたな、と。


「今回も頼むぜ」

「ええ」


 二人は自然と突き出してしまった拳。

 だから、こつんと拳を突き合わせる。




 しかし、突然なるアリアの腹の音。

 アリアは反射的に顔を下に向ける。赤くなった耳を隠すことはできないが。


「ギルド行こうか」

「……うん……」


 ウィリアムはこんな閉まらない関係が俺たちらしいなと思いながら広げた道具をしまう。


 そして、二人は部屋から出る。


 ◇


 ギルドに併設されている酒場。

 冒険者なんて不定期な仕事を相手にするものだから基本的に早朝と深夜にも営業している。難点は時々乱闘が起こることだ。その点さえ気にしなければ便利な酒場で住む。

 つまり、冒険者なんて血と死に愛された職業についている二人には便利な酒場でしかないのだ。


「これ朝食な」


 そういって机の上にさまざまな食事を机の上に置く。


 アリアは素早くパンにかぶりつく。

 アリアは代謝が著しく高いため食事を1回抜くことがかなりの苦痛なのだ。この世界ではよく食べる剣士は優秀な剣士という格言がある。剣士は魔力で体を強化することに加えてアクロバティックに戦う必要がある。そのため代謝はお察しというわけだ。


「あとオークの時助けた嬢ちゃんをさっき見つけたから連れてきた」


 ウィリアムは座りながらそう言った。

 アリアはその言葉を聞いてちらりと少女を見た後、興味をなくして食事に集中しだした。


「あ、あの……」


 ワタワタしながらウィリアムに助けを求めるような視線を投げる。

 ウィリアムはその知らない土地に投げ出された子供みたいな雰囲気に軽く笑いながら手を振る。


「気にしなくていいよ。アリアにとって食事より大事なものがないってだけだから」

「そんなことない。ウィルのほうが重要」

「はいはい」


 ウィリアムはそうアリアの発言を流しながら心の中で首をかしげていた。確かにアリアは食事が好きだけれど、相手が強ければ無視はしない。そして、この目の前にいるリーナという少女は未来視で見えた少女のはずだ。それが弱いのは不自然でしかない。


「あの、この度は助けていただいてありがとうございました」

「はい。感謝は受け取った」

「なにかできることが——」


 ウィリアムが拒絶の手を出す。


「それ以上はやめてくれ。見返りを求めてやったことじゃない」

「で、でも——」

「助けてもらったことに恩義を感じるならお前よりガキを助けてやれ。少なくともガキを助けたことで見返りはいらない」

「……わ、わかりました」


 ウィリアムは自分たちが変な輩であることは自覚していた。それは仁義とは別に報酬を求めるのが冒険者だからだ。

 そして、リーナはそれならなんで私はここに呼ばれているのだろうかと思っていた。うっすい財布だから金銭の報酬を払わないですむことは助かるが。


「まあ、とはいえ、だ。少しの報酬はもらおうか」


 リーナは心の中で言っていることが変わっているじゃないかと毒づいた。


「嬢ちゃんのことを教えてくれ」


 そういわれた時、リーナは口をぽかんと開けた。


「つまり、自己紹介をしてくれ」

「……えっと、名前はリーナです。冒険者としては1年目で信用ランクがDで戦技ランクは基本Cです」


 信用ランクと戦技ランク。言い換えれば信用度と強さだ。信用度はギルドがブラックボックスのもと決め、戦技は監督官を連れて殺した魔物の強さに比例する。補足すれば、シーフや神官は戦技ではなく調査力や回復力ランクになる。


「C、か。役割は?」

「……ソロなので……」


 ウィリアムとアリアは内心不振がっていた。群れの討伐などもある冒険者は死角を消すために最低でも2人で行動することを推奨される。そのため冒険者はソロで活動をすると信用ランクが著しく上がりにくくなる。しかし、この少女は普通3年ほど費やされるDまでの道のりを1年で駆け上がった。戦技ランクCでは不可能な芸当だ。

 そして、記録から導き出される答えはリーナの戦技ランクは更新せず、AあるいはBが正しい戦技ランクになるということになる。


 しかし、ここで二人が違和感をもつところはAあるいはBがソロとはいえオークから命からがら逃げるということになるのかという点だ。

 ただ、おそらくデリケートなところなので確認は後でとアイコンタクトで意見を統一する。


 ここでウィリアムとアリアはこの少女と当分行動を共にすることを決める。


「さて、それなら俺たちも自己紹介をしようか」

「ええ。私の名前はアリア。冒険者歴は10年で戦技ランクはAよ。信用ランクは興味ないから知らないわ」

「え……?Aランクのアリアさんって『守護女神』様……だったり?」

「……確か?そうだったような?ウィル、どうだったかしら?」

「ああ。その異名はアリアのものだ。今でこそ、人類を守る剣って意味で言われているが異名がつけられた時は足手まといの俺を引き連れているって揶揄から生まれた異名だったか」


 そのぶっちゃけられた裏話を気化されてリーナはなんとも言えない顔をした。『守護の剣』といえば今代の英雄の一人である。それこそ、リーナが10歳の頃からの英雄だったのだ。その人たちの情けない話とか聞きたくない。アイドルが実は結婚していましたと言われるようなもんだ。


「そ、それはさておき!ということはウィリアムさんって『不敗』様ですね!?」


 ウィリアムが何かしゃべろうとしたのでリーナは手を出してしゃべらせないようにした。


 聞きたくない。憧れの情けない話。


「そ、それで今代の英雄様がどうして城塞都市に?」

「休暇だ」


 ウィリアムはこの少女が自分たちのことを知っていることにやりにくさを感じていた。仲間として行動しようとしていたが、自分たちの実績を知っているならばスカウトが不自然だ。


 しかし、これまで興味をなさげにしていたアリアが首を振る。


「休暇は終わり。あのオークを狩る」


 ウィリアムはまあそうだろうなと思っていた。

 推定Aランク相当の変異種オーク。つまり、強い。そして、強い相手に目がないアリアがこの敵を見逃すとも思えなかった。


「あ、あの……!荷物持ちでもいいのでそのオーク討伐に連れて行ってくれませんか!」


 その申し出は願ったりかなったりだと思った。


 ただ——


「無理だ。命を懸けた戦いは見世物じゃない」


「ウィル。この子連れていくべきよ。一人ででもあいつの討伐に行くわよ。そういう殺気を感じたわ」


 ウィリアムは驚く。そんな素振りは感じないからだ。素直な少女にしか見えない。

 だが、アリアのほうが近接戦闘の能力では上であることは確か。


「……え、ええ。……よくわかりましたね」

「なぜだ。死ぬぞ」


 リーナは少しの逡巡の後、口を開いて一言。


「仇です」


 その言葉を聞いて察してしまったウィリアムはリーナの同行を認めることにした。

 子供が無駄死にすることを無視はできないから。


 それに最悪の未来の回避のためにリーナと同行することは悪いことではないのだから。


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