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彼は背を向けられない  作者: 99万回死んだ猫
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幼馴染の日常

「やっと着いた……。やっと着いたなアリア……」


 林道を抜けてあたりが開ける。

 そして、眼前に見える城壁。魔物との闘争の証。それすなわち辺境都市の誇りの形。


 予言が下ったあの日。この国の都の近くにある草原で夜を越したあの日。その日から準備を始めて、その日に旅立ったというのに……。


「……ええ」


 ウィリアムは道中の悲劇を思い出す。ついでに指で数える。

 1つ、盗賊に追われる少年を助けたこと。

 1つ、ゴブリンの群れに殺されそうな商人を助けたこと。

 1つ、……。


「ウィル。指で数えるのをやめて。思い出すとイライラしてくるから」

「ごめん」

「わかったならいいわよ」


 一歩踏み出すのも億劫であろうに。アリアは何でもないかのように足を進める。

 結局、悲劇を起こさないために奔走した二人。本来徒歩三か月で着くはずだったものが一か月で着いたことは吉報ではあるが、疲労で彼らは死にそうになっていた。


 彼らが悲劇に遭遇しやすい理由はウィリアムの二つの異能に起因する。ひとつは未来視の力。未来と呼称はするものの避けられない運命の意味の未来ではない。

 世界の動きから考えられる未来である。天気予報、合格予報、エトセトラ、エトセトラ。未来は予想しようと思えば確定的な未来を予想することはできる。ただ、計算方法が明らかにされていないだけで。

 その予測を未来視のレベルになったものがウィリアムの異能のひとつである。


 ふと、首筋に虫の知らせが。

 わずかな痛みと引き換えに近くで発生する悲劇の予感を知らせてくる。これがもう一つの異能である。


「アリア。来た」

「クソが!!休ませなさいよ!!こっちは強行軍なのよ!!!!」


 アリアがいらだち紛れの抜剣を行う。

 未来視が下った日。一人の少女が巨悪と相対する未来を潰したいと願い、本来徒歩で3か月は必要な道のりを1か月で踏破したもののアリアの機嫌は最底辺。


「こないわね」

「それ、フラグって————」


 音の炸裂。

 背後で鳴り響く鉄と怒号のオーケストラ。


「背後!」


 炸裂した方向へ先行するはアリア。その両手で持つ剣で彼女は世界の悲劇を戦ってきた。

 彼女が向かう先にはオークから一人の少女が逃げまどう。

 逃げている少女はいかにも初心者の様子で人の数倍の大きさのオークと戦えるというなりではない。それに対して少女を追いかけているオークは幾何の刀傷を身に刻み、歴戦であることを示していた。


「た、助けてください!」


 駆け抜けざまに一言。


「ええ。喜んで」


 次の瞬間。

 剣と拳がぶつかり合う。両雄はじかれ、必然、間合いができる。アリアはしかめっ面。オークは喜色を顔に浮かべる。

 剣と拳の衝撃は逃げていた少女を吹き飛ばし、ウィリアムの足元まで転がした。


「ウィル!」


 アリアの声が届くころには少女を担いで逃げ出していた。

 背を向けるのは信頼の証。最初から二人の目的はオークの討伐ではなく少女の救出。つまり、逃げるが金。戦うは銀。

 そのことがわかってなおアリアがオークに飛び込んだのは飛び込まなければ少女が殺されていたから。


「逃げるぞ!」


 アリアは一切の迷いなく後ろを向ける。拳で戦っているオークに飛び道具はないと踏んでいるから。そして、ウィルが安全圏まで逃げきれていることが確認できたから。


 オークは追わない。これ以上追撃をすれば自分の命が危ういことを理解していたから。それはアリアが命懸けで戦えば、ということももちろんだ。


 しかし


 オークの10メートル前。

 土が吹き飛ぶ。

 土煙が晴れれば、一本の大型のやりが刺さっていることがわかる。城塞都市フランセーズの防衛機構。バリスタ砲。

 かの砲あれば歴戦の魔物は城塞都市に近寄らない。近寄れば命が危ういことを経験で知っているから。


 そして、悲劇は幕を下ろす。

 失敗。途中終了という形で。


 舞台は終了なれど、アリアと歴戦のオークはともに思う。


 “次会ったらぶっ殺す”と




「休ませなさい。これは命令よ」

「命令か。なら我らが英雄は先に宿で休むがよい」

「ぶち殺すぞ。ワレ」

「……なんでだよ。疲れてるんだろ?」

「宿探しをクソオークのせいで疲れている、私にやれ、と?」


 いまにも抜剣しそうな雰囲気を醸し出すアリア。悲劇にまみれた道中で疲れた体と頭は、目の前の奴を切ればいいんじゃないかとサインを出している。

 それでも抜剣をしないのは幼馴染の情けか。


「俺もクソオークのせいで全力疾走をする羽目になったのをお忘れなく。ついでにこのお荷物を背負って」


 そう。オークから逃げてきた少女。あるいは世界が書いた脚本では死ぬかもしれなかった少女。

 彼女はウィリアムの背中で寝息を立てて眠っている。規則正しい寝息を吐き、時折にへらと笑いながら。その顔をみてアリアは、戦ったかいがあったかな、と思った。ささくれた心に少し心の余裕が戻る。


「やめましょ。この不毛な言い争い」

「ああ。すまん。気が立ってるらしい」

「そうね。私もよ。ごめんなさい」


「まあ、道中休む暇なしだったもんな」

「ええ。いつもいつも旅に出れば悲劇の見本市だもの。特に今回の見本市はひどかったわね」

「ああ。連日開催というのがいただけない」

「そうね。それもいただけないわね。でも、もっといただけないのがあったじゃない」

「連日開催以上に嫌なことあったか?」

「あの馬を持ってた盗賊もどきよ」

「あー。あのクソ盗賊かー……」


 この盗賊が徒歩3か月の道のりを1か月に短縮した大体の原因である。馬を持っていたというのはめったにある話ではない。だいたい馬なんか人生で触ったことがないものがなるのが盗賊である。世話ができないんだから利用もできない。しかし、時折馬房で働いていた盗賊がいることがある。

 ただ、それだけなら時折いる厄介な盗賊という話で終わる。


 道中、二人を苦しめた盗賊はいたるところで二人の乗っていた乗合馬車を襲い続けてきたのである。

 なぜなら、この盗賊が人さらいの依頼を受けていたからだ。依頼を達成させるために護衛もいない少年をさらおうと試みた。そんなことが目の前で起こるのは見過ごせないと二人は妨害。


 そして、この因縁が3週間続いた。二人の進路と狙われている少年の進路が合致してしまったことが運の尽き。

 あの手この手で誘拐しようとする盗賊に対抗し、道なき道を歩むことにした三人。本来山脈を大回りして進むにもかかわらず山脈を登って大幅なショートカット。

 しかし、報酬が破格だった盗賊は山脈までついてきて山脈の中でも鬼ごっこが勃発。


 結局、少年が目座いていた町で捕物合戦を繰り広げたのち、盗賊を捕縛という結末に至った。


「なんで山脈の中まで追いかけてくるかね……」

「しかも結局捕まえる羽目になるなら最初からそうしとけばよかったものね」

「言うなよ……。あの捕物が終わった後に同じこと思ったけど黙ってたんだから」


「ていうか、なんでギルドのほうに向かってるのよ」


 ウィリアムは無言で後ろの少女を親指で刺す。察せと言わんばかりの行動を見てアリアも気づく。


「そういえばこの少女の名前すら知らないものね……」

「そういうこと。帯剣しているから冒険者か兵士。でも、城壁の検問で止められなかったから冒険者かなと」

「冒険者ならギルドに連れていくのがいいわね。あそこなら救急用のベッドもあるし」


 ウィリアムはアリアをじっと見つめてから口を動かす。


「それに、だ」


「寝起き知らない人が目の前にいるんだ。人さらい扱いされるかもしれない」


 アリアはことさらにいやそうな顔をした。

 この時、二人の脳裏には三週間ともにした盗賊の顔がよぎっていた。


 その後、ギルドにつくまで疲れ果てている二人は両者無言で歩を進めた。

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