竜の暴虐
ドラゴンブレスの余波やドラゴンの存在が町を燃やす。災いの象徴たるドラゴンは存在するだけで、地面を溶かし、家を溶かし、都市を炎で覆わせる。
「あ……、ああ…………」
炎に覆われた町でフランセーズの民は絶望に伏す。
ドラゴンを倒せるとは万が一にも思わないが、都市の外に出ても死ぬだけなのだ。だてに辺境都市の名を冠してはいない。王都などの人類領域に建てられている町であれば逃げることもかなっただろう。けれど、フランセーズの外は魔物の領域だ。人外どもが魑魅魍魎と存在する地獄である。
だから、惑う。
行く当てのない逃避行に時間を費やす。
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
都市の中でこの咆哮を聞いたものは一人、また一人と逃げることをやめていく。
絶望が足を縫い付ける。
だから、彼は一歩踏み出す。
まわりが絶望にまとわりつかれているからこそ彼は足を踏み出す。
「フランセーズの民よ!!!!」
ウィリアムは疾走しながらできるだけ大きな声で口上を上げる。
「足を動かせ!!剣を構えろ!!誇りを見せろ!!」
ウィリアムは士気高揚がうまいわけじゃない。弁論術を学んだことはないし、人の上に立ったことなんて一度もない。
それでも、彼は声を張り上げる。
俺がいる。だから、絶望に伏すのはまだ早いと伝えるために。
「俺にアリアのような剣はない」
ドラゴンとの距離を詰めながらウィリアムは紡ぐ。
自己催眠の魔法を。
「あるのはただ不屈の精神のみ」
詠唱を続ける。
「されど、我は英雄なり」
深く、深く、奥深く。
深層から引き出すは我が心象。
自分に誓った/呪った無敗の剣。
「人類すべてを背負うものなり」
駆ける。
最悪をとどめるために。
駆ける。
子供を死なせないために。
駆ける。
未来のために。
あと10歩の部分でドラゴンはウィリアムを見据える。
矮小な害虫を見つめる。
「グルァァァァァァ!!」
威嚇の咆哮。
あるいは暗示の咆哮。
厄災は近づくものに害を与える。
火事であれば火傷を。竜巻であれば裂傷を。津波であれば水害を。
そして、ドラゴンであればその命を。
ウィリアムは咆哮に対して一切の注意を払わず、駆ける。
自分の命?いまさらだ。
命をベットすることが怖くて、英雄なんてやっていられない。
己のエゴのために自分の命を捨てられるのが英雄という社会不適合者だ。
だから駆ける。
されど、ウィリアムが簡単に触れられるほど厄災は、ドラゴンは甘くない。
人類一人で厄災を止められるのならば、厄災なんてものは存在しない。
あと一歩。あと一歩のところでドラゴンの一撃が現界する。
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
ドラゴンハウル。
音の暴力。
漏れた吐息がウィリアムを吹き飛ばす。
「チィ……!」
また戻される10歩の距離。
連続して繰り出される尾の一撃。
石畳や家をもろともせず、薙ぎ払われる。
ウィリアムは薙ぎ払いを難なくかわすが、尻尾によって壊された家の破片や石片がウィリアムを殺す刃となる。
「負けねぇけどな……」
当分は負けない。
けれど、いつまでたっても勝てない。
「グルァァァァァァ!!」
そして、その時間を使って町は壊れる。
ウィリアムを殺すための攻撃が町を崩壊させる。
拳の一撃が石畳を粉々にし。
崩脚が地面を隆起させ。
赤の閃光が地面を溶かす。
「剣の間合いにすら入れねぇ……」
ウィリアムはぼやく。
致死の間合いで踊りながらひょうひょうとつぶやく。
「ハウルで吹き飛ばされるのは理不尽すぎる……」
腕が。足が。閃光が。
致死の嵐で踊り続ける。
応援が来ることを。ただ、待ち続ける。
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
ドラゴンもそれを許すほどやさしくない。
殺意の波動をまき散らす。
「くは……!やってくれる……!」
ヒットアンドアウェイ。
というより、インアンドアウェイ。致死の領域で踊り狂う。
踊る。
踊る。
踊る。
ただ、増援が来ることを待ち続ける。
◇
その頃、リーナはアリアのところに偶然来ていた。
「アリアさん……!?」
リーナは走って駆け寄る。
フランセーズの民より多少余裕があった心は瞬時に掻き消えた。
この事態を解決できそうな人知っていたからの安心だった。
しかし、その片割れが倒れているのだ。
「……リ、リーナ、ね……」
消え入りそうな声でアリアは答える。
全身やけど、力は入らず、頭も大して周りはしない。
それでも矜持が彼女の口を動かさせる。激痛にさいなまれても。
「どうしたんですか……!?」
「ブ…、ブレスを……、斬った、…のよ」
リーナは目の前の人が何を言っているのか分からなかった。
ぶれすってきれるのかー。
わー。
すごーい。
想像もつかない事態が思考を狂わせる。
だって、炎って、光線って斬れないから。
「へー、斬ったんですか……」
だから、棒読みになることは仕方のないことだった。
着実に思考が現在の状況を忘れ始めている。
「ウ、ウィルが、ね。ドラゴンの……、所に…、いるわ」
だが、アリアのその発言が現実を思い出させる。
恩人が死地にいるという発言はリーナに一つの決意を促す。
けれど、アリアは死に絶えのようすで言葉を続ける。
「リ、リーナは……、やめとき、なさい」
その言葉にリーナの思考は凍り付く。
決意を揺るがすような言葉に思考は停止する。
「……恩人を見殺しにしろ、と?それはいくら恩人の言葉でも聞けませんよ」
怒気を滲ませないように平坦な声で答える。
「あなた、は……、足手まとい」
「そりゃ、アリアさんたちと比べれば足手まといでしょうけど……」
「ちが…」
アリアはせき込む。
気道に空気が流れて炎症部分を刺激したから。
咳と共にアリアは意識を失った。そもそも死に体の体でこれまで喋れていることが感嘆に値するのだ。
しかし、後味の悪い終わり方にリーナは口をゆがめる。ゆがめるしかない。
それでも、判断する。
アリアの忠告を聞いてここにいるか、ウィリアムの加勢に行くか。
考えているとき、エドワードが道を走ってくる。
「リーナさん……!」
「エドワードさん。どうしましたか?」
「ドラゴンの討伐隊に入りませんか?」
リーナは無言で話をするように勧める。
これからの判断の材料とするために。あるいは、行こうと傾いていたウィリアムの加勢の戦力を増やすために。
明日から11時に戻します。
何か意見があるのなら作者に届く方法(感想等)で伝えていただければ幸いです。