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彼は背を向けられない  作者: 99万回死んだ猫
12/15

アリアとリーナの戦後

 オーク討伐の次の日。昨晩の晴天から一転曇天へと移り変わっていた。まるで、まだ何も終わっていないことを示唆するように。


 それでも時は進む。

 時は個人の都合を踏みつぶす。


ウィリアムとリーナは二人だけでギルドから宿に戻っていた。ウィリアムたちは殺すだけ殺して処理することを怠ってきたので、それの代行を冒険者に頼むためにギルドに赴き、その手続きが終わっていたので宿に戻っていた。

処理問題に関しては受付兼ギルド長のギルバートに散々絞られたが。


「リーナ。リーナ。さっきからどうした」

「……すみません」


 機械的にそれだけ告げてアリアはまた虚空を眺め始めた。何も見えないその空を。虚空に仇を幻視しているわけでもなく、ただ何もない虚空を眺めていた。

 ウィリアムも心配に思ってはいるが、何が問題なのかがわからなかったので引き下がる。目に心配の色を宿らせながら。


 活気にあふれる街。

 横切る屋台。追い抜かす人。変わらない石畳。


 それらを眺めながらリーナはぽつりとつぶやく。


「町は、都市の中は変わらないんですよね」


 ウィリアムは次の言葉を待っていた。リーナはウィリアムに言葉を投げかけたというより自分に言葉をかけたように感じたから。


「私にとってこれまでの人生ってあのオーク、ゴリアテが人生のすべてだったんですよね」


 15歳の少女にとって、10年にわたるこれまでの人生の指針が消えたことを意味していた。


「私の人生が変わってもこの町は、都市は、世界は変わらないんですよね。思春期の子供みたいな悩みですけど、何のために私は生きているんですかね……」


 羅針盤と地図を失った少女は煙のような言葉を吐く。

 ウィリアムもその問われていない問いに答えることはできなかった。


「……それは自分で決めな。……ただ、人にだけは流されるなよ」

「……後半、やけに重みがありますね」

「見てきたからな。ステレオタイプな幸せにこだわった結果、命を落としてきて来た奴を何度も見た」


 金持ちになる、権力者になる、異性にもてたい、エトセトラ。その夢を掲げていた彼らが死ぬ前にそろってみるのは幸せな時のことだった。


「手に持った幸せを自覚できない奴に幸せは永遠にやってこないよ」

「……そうですか」


 その理屈はリーナにはよくわからない。ただ、人生の目標を達成したはずが幸せになっていないことは確かだ。


「……もう少し考えてみます。たいして頭が回る負けじゃないですけど」


 それだけ告げてリーナはウィリアムから離れていった。

 少し離れたころに町の少年たちがリーナの顔を見て、目をむいた。しかし、その後は前回とは違い驚愕に顔を染めるわけではなかった。

 リーナの雰囲気からちょっかいをかけていいのか判断できず、へっぴり腰でちょっかいをかけていた。ちょっかいという名の子供なりの気遣いを。


 ウィリアムはその様子を見て、きびすを返した。

彼女は町の人にあれだけ愛されているのだから心配することはないだろう。もし何かがあっても誰かが助けてくれる。





 問題はこっちのお嬢様、すなわち幼馴染様だ。

 満身創痍の包帯グルグル人間。それがベッドの上であおむけに寝ていた。


「……ウィル……」


 声には後悔が募っていた。この幼馴染は基本的にダメ人間だし、他人には興味がない。狩れども、自分が懐に入れた人間が傷つくと殊更に後悔する。手が届きすぎる反動なのかもしれない。


「毎回言ってるけど、気にするなよ」

「……気にするわよ」


 小さな声で、けれどもウィリアムの耳にははっきり届く声でしゃべる。

 後悔をにじませながら。


「そもそも危険なところに自分から言ってるのは俺だしな」

「……もう危ないとこに行くのやめにしない?」

 それはアリアが何度もウィリアムにしている提案で、だからウィリアムの答えも決まっていて続く言葉も決まっている。


「アリアは町で待っているか?」

「……それは嫌よ。私の知らないところでウィルが傷ついていることを知ったら、自分が自分を許せないわ」

「アリアには後悔に囚われてほしくないな」

「ええ、私もよ。だから、ウィルを縛っていないでしょ?」


 ウィリアムは笑顔で返されるこの返しには壁壁する。もしアリアの愛の形が双方を尊重して成り立つものでなかったらと考えるとぞっとする。確実に光のない部屋に閉じ込める未来しか思い浮かばないから。

 まあ、今はウィリアムの願いを尊重してくれているから良いのだが。


「いつものはこれまでにしておいて、だ」

「ええ、そうしましょう。いつまでも平行線だもの」


 ウィリアムに傷ついてほしくないアリアと自分のことはどうでもいいから子供を助けたいウィリアム。

 一応、妥協案としてウィリアムが死なない程度で人助けをするということになっている。


「傷は大丈夫か?」

「大丈夫に見えるの?」

「質問に質問で返すな。重症なことくらいはわかっている」

「まあ、ウィルがいてくれるなら大丈夫よ。治療もしてくれたんでしょ?」

「まあ、な」

「なら大丈夫よ」


 アリアは満面の笑みを浮かべながらそう告げる。

 それには2つの理由があった。ひとつは少なくともアリアが傷ついている間は緊急時でもない限り、ウィリアムが危険なことをしないからだ。二つ目はウィリアムと一緒にいる時間が取れたからだ。辺境都市フランセーズにつくまでのひと月とリーナとの今回のクエストとなかなかウィリアムとの時間をとることができなかった。それが負傷のおかげで最低一週間くらいは取れるのだ。


「このタイミングで最悪が降臨しないといいんだがな」


 アリアの機嫌はウィリアムの言葉で著しく下がった。

 先ほどは体から光が出てきそうなほどだったにもかかわらず体から闇のオーラが出てくる程度には下がった。


「それ最悪よ。私、速攻で戦線後退じゃない」

「まあ、な」

「意地でも戦いたいわ……」


 アリアはウィリアムに流し目を遣る。

 交渉断固拒否といわんばかりの態度のウィリアムに。


「目を閉じて、腕を組むなんてポーズをするほど、ね。相変わらずかたくなね……」

「言質をとったら戦場でそれを言い出すだろ」


 アリアは舌を出すだけだして返事をしなかった。


「……まあ、いい」


 ウィリアムもどうしようもないと首を振る。どうせこの話を続けても平行線に終わる。なら話さないに限る。一生この話をし続けることになる。


「結局、アリアはリーナを認めたのか?」

「認めないわけにもいかないでしょ。あれだけの死地で足を前に出す勇気がある人間を」


 アリアは苦虫をかみ殺したかのような顔をした。

アリアは絶対認めることはないだろうと高をくくっていたから『お嬢ちゃん』なんて呼んでいたのだ。


「なら、次にリーナに会う時が楽しみだな」


ククッと笑いながらウィリアムは告げる。

苦々しそうに『リーナ』と呼ぶアリアの姿を想像しながら。


「ええ!そうですね!楽しみでしょうね!」


 アリアもやけっぱちでそう告げるしかなかった。


「そして、アリア。次にリーナと会うのは一週間後だ」

「……は?」

「今回の戦後報告を聞いた後にどんちゃん騒ぎだ。今回は二人じゃなくてリーナもいるけどいいよな?」

「……事後承諾のくせに。ずるいわ……」


今、枕を投げることができる力がアリアにあれば投げているのに。


「じゃあ。リーナにもそう告げておくからな」

「……ええ」


 席を立ったウィリアムはドアを開きながら最後に一言。


「今回も助かった」、と。


 パタンと閉じた音を聞きながらアリアもつぶやく。


「……ずるいわぁ……」


 あれを言われたら満足するしかないじゃないか。例えこれまでの戦闘が激しく、きついものでも、けがを負っても満足できてしまう。だって一番頼ってほしい人に頼られていることの証明なのだから。


 昨日はすみません。少し体調が悪くて投稿ができませんでした。

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