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彼は背を向けられない  作者: 99万回死んだ猫
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最終戦:英雄の意地と冒険の終わり

 アリアとリーナが4匹づつ。ウィリアムが32匹。

 計40匹の討伐。40匹の化け物の討伐。


 本来なら偉業。死に体の体、非才な体、未熟な剣才。それぞれがそれぞれの欠点を抱え持つ。だから、ここで逃げても誰も責めない。


 けれど。


 誰も逃げず、退かず、前に進む。

 愚かと誹られようとも彼らには意地が、目的があるから。



 ◇



 最初に崩れたのはアリアだった。

 純粋に体が言うことを聞かなくなってきた。それは出血量が原因なのか、あるいは疲労が原因なのかは誰もわからない。


 されど、彼女か崩れたことで彼女は飛ばされた。

 先ほどまで指を、手首を、腕をも斬り飛ばしていた女性が軽々と飛ばされた。


「アリア!」


 そして、飛ばされた方向は偶然ウィリアムたちが戦っている方向だった。

 あるいは本能的に回避行動をとっていたのか。


「リーナ!受け止めろ!その間の時間は俺が稼ぐ!!」


 リーナはその指示に従う。アリアの体はこれ以上たたきつけられれば命の危険がある。何より、この戦場で意識がない人間を守る余裕なんてないから。


 ただ、リーナにはウィリアムに二人分、四匹のオークをさばけるとは思えなかった。


「……リーナ……。ウィルは思っているより弱くないわよ」


 ウィリアムは思う。外套の中に道具はもうない。宝石は会っても魔力がないから宝石魔術は使えない。故に、頼るは我が頼りなき剣才のみ。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


 恐怖を声で潰す。


 ただ、それだけの咆哮。

 威嚇も虚勢も不純であると言わんばかりの咆哮。

 咆哮とは己の勇気を引き出すものである、と言外に語る。


「ガァァァァァァァァァァ!!」


 されど、オークは、化け物はその意思を潰しにかかる。

 莫大な声量をもって。

 声量でもって格付けをするかのように。


 同時、愚直なストレートを放つ。

 後方には守るべき二人がいる。避けられない。

 だけど、都合よく力なんて湧いてこない。それは非才な身であるウィリアム・コルベールの配役ではない。


 打ち合いなんて土台成立しなくて。

 拳をそらそうにも肉体には刃がないから滑らせることもできない。


 だから、頼るは信念の力。

 弱きを守り強きを挫く。ただそれだけのことに人生をささげてきた。


 信念の剣がオークの拳と拮抗する。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 吠える信念。


 直進してきた拳を。

 薙ぎ払おうとした脚撃を。

 踏みつぶそうとした足を。


 弾く。

 弾く。

 弾く。


 ただ一本。

 信念という剣を持ち、ウィリアム・コルベールは後背の二人の少女を守る。


 されど、オークも弱くない。


 はじき返せない拳を。


 はじき返せない連撃を。


 暴の巨人は一歩一歩ウィリアムを後退させる。


 されど、後退しても抜かせない。

 一発たりともアリアとリーナの下には届かない。


 アリアの剣界とは違う、無双の剣界がそこにはあった。


「……これがウィリアムさん。英雄ウィリアム・コルベール」


 リーナはウィリアムという人間を弱いと感じたことはなかった。宝石を使った補助と強烈な攻撃。されど、近接戦闘はアリアに任せているのかと思っていた。


 けれど、その思い込みをウィリアムの背中は否定する。


 足を引かせど揺るがない。挫けない。

 10匹のオークの攻撃を受け止め続ける。


 自分も戦いに参戦しなければいけないことを忘れて、そこに立つ。


 あるいは彼の雄姿がリーナに金縛りをかけた。


「……リーナ」


 体のしびれを感じながらアリアは立つ。

 体をふらふらと揺らしながら彼女は地に立つ。

 まだ負けてないと足を地につきつける。


「ウィルに力なんてない。剣才だってない。ただあるのは鋼の信念の身。されどその信念、固き誓いはウィルに守戦という状況においては無双の力を与えるの」


 アリアは金縛りにかけられているリーナに告げる。


「そして」


 万夫不当の勇者が構える。


「彼の剣は切れない。斬れない。伐れない。ただの守りの剣だけど」


 天をさしたその剣はまるで天まで伸びているかのように見えた。


「私の剣は無双の剣だから」


 剣は弧を書く。

 あまたの抵抗を無視して弧を書く。


 空気。

 風。

 そして、肉。


 そのすべてをアリアの剣は斬り飛ばす。


「立ち直るのがおせえ」


 敵が消えたことにウィリアムは笑う。

 後ろを見ずとも誰がやったかなんて一目瞭然だったから。


「……わるい、わね……。…これでも、頑張ったと…、思うのだけど」


 緊張の糸が切れ、アリアは崩れ落ちる。

 ウィリアムも同時に膝をつく。


「……リーナ。お前があいつの首を斬れ」


 ウィリアムが顎で指したのは『オークの王』ゴリアテだった。


 最後まで仲間の雄姿を見届けた。

 ただ君臨する王ではなく、そこには責任と義務をもった一人の王がいた。


 配下が死んだからあきらめるというのは王の在り方ではない。

 王がいるから配下がいるのである。


 だから、右半身が動かず立つことで精いっぱいの体でもゴリアテは立つ。

 有象無象に我が身がやらんと言わんばかりの気迫で。


「貴方が、ゴリアテが、オークにとって王であったかなんて私は知らない」


 リーナはオークの王に告げる。


「私にとってあなたは仇でしかないの。だから、あなたの雄姿を見たところでこの剣は止まらない」


 この冒険の締めを彼女は詠う。

 ウィリアムは無言でそれを聞く。10年あまり仇討ちの冒険に身をやつした少女の締めくくりの唄を聞く。


 ゴリアテという勇猛な武王が敬意を払われず、ただ斬られる。

 舞台の演目であればブーイングの嵐だろう。されぞ、ここは舞台にあらず。

 ここはリーナの冒険である。


 リーナはゴリアテのほうへ歩を進める。

 ゴリアテも逃げる気も、あらがう気もないと言わんばかりで仁王立ちをする。


 リーナが飛び、空中で剣を構えた瞬間。

 リーナの首元から遺品のネックレスが外界にこぼれる。


「……」


 そのネックレスを見て、ゴリアテは目を細める。


 リーナは締めを告げる。


「『魔獣討伐流・首狩り』」



 ◇



 リーナが地につくと同時に、体をよろめかせる。

 ウィリアムは剣を杖に立ち上がる。

 アリアは地面に伏せながら、手だけ親指を立てる。


 ウィリアムはリーナのそばまで行き、肩に腕を回す。


「おつかれ」

「うん。おつかれさま」


 よろめきながらリーナもアリアの肩を持つ。

 アリアはそれだけ聞くと目を閉じる。壮絶な戦いの雰囲気を残して。


「ありがとうございました」


 消化しきれていない感情にふたを閉めリーナはそう告げる。


「なんのことかしらんな」


 ウィリアムはそっけなくそう告げる。

 三人は肩を並べて町へ歩く。


 全員が魔物と会いませんようにと願いながら。


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