木の国のオオヤビコ
第四章のスタートです。
テマ山山頂から南に逃れたオオナムチたちは、深い森の中をさまよっていた。
「オオナムチ、ここがどこだかわかるか?」
「わかんないな。まあ、どうにかなるっしょ」
「ええっ、わかんないんですか?」
「まあ楽勝だよ!」
不安がるムルとナオヤをよそに、オオナムチは余裕を持って歩いていた。
ムルは、テマ町の士官学校に通っていたので、このあたりは土地勘があるのだが、なぜかまったく知らない景色なのだ。
テマ山の南は平地に低山が続くはずなのだが、ここは高地の原生林だ。
植生から判断する限り、少なくとも千年はそのままの自然の森なのである。
「平地に出る気配もないし、今夜も野宿かよ?」
「まあ、たしかに家がありそうには思えないですね」
「いや、大丈夫だよ!そのうち家があるって!」
「根拠はあるのかよ?」
「ないけど大丈夫!」
オオナムチは、なおも余裕で上機嫌だ。
そろそろ暗くなるというのに、焦りのかけらもない。
「ほら、あった!」
すると、深い森の中に一軒家が現れた。
夕飯だろうか、竈の煙があがっている。
ムルとナオヤは、絶対に無いと確信していたので、ひたすらに驚いた。
「こんばんは!」
オオナムチは、そのまま躊躇なくドアを叩いた。
中から男が現れた。
前髪の長い細マッチョで、オオナムチたちのことをじっと見ている。
「なんて日だ!!」
「え?」
「この家に一日に二組も客が来るなんて…ありえない」
「あ、ダメでしたか?」
「いや、大歓迎だ。泣けるほどうれしい。さあ、入りたまえ」
そう言って男はオオナムチたちを、あっさりと家に招き入れた。
「ひょっとしてオオヤビコさんですか?」
オオナムチは、出されたお茶を飲みながら聞いてみた。
「そうだよ」
「そうなのかよ!?」
男があっさりと肯定したので、ムルはお茶を吹き出した。
「まあ、射盾の神とも呼ばれるし、イソタケルってのが本名的ななにかだね。たーくんって呼んでくれたまえ」
「いや、それは遠慮させていただいて、タケルさんでいいですか?」
「まあ…いいよ」
イソタケルは不満そうだったが、渋々納得したようだ。
男の独特なペースに、マイペースなオオナムチですら戸惑っている。
「えーと、キミは?」
「あ、ナオヤです」
「ナオビ神だよね?ここ百年くらい見てないと思ったけど、復活したの?」
「え?どういうことですか?」
「あー、記憶無くしてるってやつか。キミも業が深いね」
「タケルさん、ナオヤのこと知ってるんですか?」
「僕らの世代で知らないやつはいないよ。国産みイザナギ、イザナミの子であり、禍津日神を封印した英雄だもの。彼がいなければ今の大八洲の繁栄は無いよ」
「禍津日神ですか?」
「ああ、災厄の神で文字通り厄介者だよ。あれには僕も参ったよね。ただし、その禍津を直すために生まれたのがナオビ神だから、禍津日神に対しては無敵ってわけさ」
「テマ山の神殿跡に邪神がいて、ナオヤが倒したんです。それが禍津日神ってことでしょうか?」
「ナオビ神だけで倒せたのかい?それならば本体ではないね。禍津日神はナオビ神だけでは倒せない。しかし、禍津日神の分体だとしたら、それはまた厄介なことだな。父にも知らせないといけない」
「父…ですか?」
「ああ、神建速建速須佐之男命、つまり僕の父だよ」
イソタケルはスサノオノミコトの御子神であり、スサノオノミコトとともにイズモ国を創り上げた神である。
「女神にタケルさんに助言をもらってスサノオ大王に会えって言われたんです」
「ふむ、ちょっと待って」
イソタケルは、オオナムチをじっと見ている。
「サシクニワカ姫か。彼女がキミたちをここへ差し向けたわけだね。それでキミたちが来たわけだ。テマ山からここまでどれくらいかかった?」
「一時間くらい歩きました」
「はは、まったく彼女の呪はすごいね。ここからテマ山まで徒歩なら四日はかかるよ。むしろ、僕の結界があるから、並の神ではここには来ることはできないはずなんだよね」
オオナムチたちは偶然にオオヤビコであるイソタケルの家に辿り着いたわけではなかった。
サシクニワカ姫がここへ辿り着ける呪をかけていたのだ。
つまり、適当に歩いても、別の場所を目指しても、ここにたどり着くようになっていたのだ。
そして、ナオヤはナオビ神だった。
災厄の神である禍津日神と対になる太古の神らしいのだ。
「ナオヤってそうなんか?」
ムルはそっと聞いてみた。
「わかんないです。たしかに身寄りはないし、拾い子だとか聞きましたけど、よくわからないです」
ナオヤはショックで泣いている。
あの邪神を無慈悲にバラバラにしたナオビと同一人物とは、とても思えないほど弱々しい姿だ。
「まあ、今日は食事をして寝たまえ。その後のことは明日の朝、話をしよう」
オオナムチたちは疲れていたので、イソタケルの言うとおり、食事をとって寝ることにしたのだった。
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