神殿跡の邪神
オオナムチたちは、タカヒコの案内で、抜け道から研究所の裏に辿り着くことができた。
「ここから見る景色は最高っすよ!」
タカヒコが下界を指さしながら得意げに言った。
たしかに、テマ山山頂から見下ろす眺めは素晴らしかった。
テマの町はもちろんだが、天気がよいので遠くの海まで見えるのだ。
ミホ岬やヨドの港も見えている。
「そういうことか!」
「なにがだ?」
「壁の違和感だよ」
景色を見ていたオオナムチは、壁の違和感の理由に気づいた。
「テマ山要塞の裏側のこの壁、逆なんだよ」
「逆ってなんですか?」
ナオヤが不思議そうな顔で尋ねる。
「普通は、要塞の壁って、下から攻めてくる敵を防ぐためにあるだろ。だけど、このテマ山要塞の壁は、上から降りてくるのを防ぐようにできてるんだ」
オオナムチの指摘どおり、このテマ山要塞の壁は逆向きに作られていた。
壁に登るための階段が、下側にあるのだ。
逆に山頂側からは壁に登ることができない。
下から攻めてくる敵を防ごうと思ったら、この逆であるはずだ。
これでは、下からの敵が簡単に壁に登ることができてしまう。
「ホントっすね。気づかなかったっす」
この町で生まれ育ったタカヒコですら気づいていなかったようだ。
表側の壁は普通だったので、この裏側の壁がおかしいということになる。
「タカヒコ、この壁は古いのか?」
「表側は新しいけど、こっちはかなり古いっす!研究所ができる前からあるっすよ」
「どういうことだ?昔は山頂からの何かを防いでいたんだろうか?」
「そういえば昔話は聞いたことがあるっす。テマ山には禍々(まがまが)しい赤猪が住んでいて、それを封じ込めていたのが神殿だっていう話っす」
「赤猪?それだ。赤猪計画とも符号する。やはり、研究所の中央にある神殿跡に答えがありそうだ」
「どうやって入る?こっち側には入り口は無いぞ?」
ムルはあたりを見回したが、入り口らしきものはない。
「よじ登ろう。みんな少し離れておいてくれ」
オオナムチは、万宝袋から鉤爪のついたロープを出した。
それを勢いよく振り回して、研究所の壁の上に放り投げた。
鉤爪が壁の裏に引っかかったのを確認して、他のみんなを呼び寄せた。
「俺とムルさんで行ってくる。ナオヤとタカヒコは、そこの影に隠れて待っておいてくれ」
「ええっ!俺もかよ?」
ムルはあきらかにびびりまくっていた。
「俺もいくっす!神殿跡に行ったことがあるのは俺だけっす!」
「そうか、じゃあタカヒコが行ってムルさんは待機しておいてくれ」
「お、おう。待機はまかせとけ!」
ムルはほっとした表情で、ナオヤと一緒に壁の影に隠れた。
「手を滑らせるなよ」
「わかってるっす!」
オオナムチとタカヒコは、ロープを伝いながら壁をよじ登っていく。
石造りの壁は、ざらざらしていて登りやすかったが、崩れそうなので慎重に登っていった。
壁の上に着くと、通路と部屋の大きさに天井があるが、中央は吹き抜けの中庭のようになっていた。
覗いてみると、朽ちた神殿跡がある。
そして、その神殿跡で、黒いローブをまとった女が、あやしげな祝詞を唱えているところだった。
女の前には、赤黒い巨大な炎が燃え盛っている。
「あれが女所長か?とんでもないな…」
オオナムチの目の色が変わった。
女の発する邪悪すぎる気に、オオナムチの顔がこわばった。
女とはまだ距離があるが、見ているだけで気を失いそうだ。
タカヒコは邪気にあてられて泡を吹いて痙攣している。
そして、倒れて大きな音が響いた。
「チッ」
オオナムチは、慌ててタカヒコを引っ張って隠れようとした。
しかし、一瞬遅かった。
女が振り向いたのだ。
「おわっ」
女が振り向いただけで壁が崩れた。
瞳の無い黒い穴のような目がオオナムチを見据えている。
表情はなく、感情は読めない。
黒い髪が風も無いのに、ゆらゆらと宙を舞っている。
ただひたすらに邪悪で、たたひたすらにやばいナニかだ。
邪悪な気はどんどん膨れ上がっている。
「キャアアアアアアアアアア」
女が絶叫した。
壁が壊れてすべて吹き飛んだ。
石塊が津波のように広がり、研究所の外周の半分が吹き飛んだのだ。
「あぶねえ、ってか、ひたすらピンチか!」
オオナムチは前に飛んだので無事だった。
後ろに逃げていたら、石塊でズタボロにされていただろう。
瞬時にそう判断して、女のほうに向けて中庭に飛び降りたのだ。
そして、タカヒコをその場に降ろし、逆側の神殿跡に走る。
神殿の柱を盾にして、女と向き合う形になった。
「こんな柱、意味はないよな」
万宝袋から、真剣ハバキリを抜き放つ。
対処は思いつかないが、できることからやるのだ。
石塊くらいなら真剣ハバキリがあればどうとでもなる。
しかし、目の前の女からは、どうしようない絶望を突きつけられていた。
そう、目の前の女は邪神なのである。
「女所長は邪神かよ。おかしいなんてレベルじゃねーだろジジイ」
『テマ山がおかしい』という山の神ジジイの言葉を思い出したが、これはおかしいなんてレベルではない。
いや、原初の神の一柱である山の神ほどの大神が、おかしいと感じるということは、これほどのことだったのだ。
邪神は宙に浮いたまま、オオナムチに向かってゆっくりと移動してくる。
黒い穴のような目と口は、深い闇への入り口のようだ。
オオナムチは、邪神に押されてジリジリと下がる。
これ以上、研究所に被害を出さないように、崩壊している場所を背にして下がっていった。
「まいったな…」
オオナムチは、折れそうな心を保つのに必死であった。
◆
外で待機していたムルとナオヤは、飛び上がるほど驚いた。
突然に研究所が半分吹き飛んだのだ。
すぐ横の壁も、飛んできた石塊で破壊された。
ムルが何事かと立ち上がると、崩壊した研究所から、剣を構えたオオナムチが、後退りをして出てくるところだった。
そのオオナムチの剣の先には、邪神が宙に浮いていた。
心の底から沸き上がる恐怖。
ムルの隣のナオヤは、白目を剥いてガタガタと震えている。
研究所からは火の手が上がり、研究員たちが続々と逃げ出している。
「どうなるんだよ…!?」
ムルは震える声でつぶやいたのだった。