ヤシマジヌミ将軍の武
オオナムチたちは、海から少し内陸に入った平地を、西に向かって歩いていた。
道なき道だ。
時折、田畑を見かけるが、多くは荒れ地か湿地だ。
「走らないんですか?」
ナオヤは隣で歩いているオオナムチに聞いた。
「ゆっくり景色を楽しもう」
オオナムチは、はじめての景色を楽しんでいた。
時折、農作業をしている者や、海に漁に向かう者を見かけるが、ほとんど人には合わない道のりだ。
夏のからっとした風が吹き抜けていく。
微かに海の香りがした。
すでにイナバ国を出てイズモ国の勢力圏内である。
海に近いところと山沿いには点々と集落があるが、このあたりは、イナバ国とイズモ国のどちらかに属する村、どちらにも属さない村があるらしい。
つまり、どこにイズモ国の目があるのかわからない。
見つかると、厄介なことになりかねないとオオナムチは考えていた。
行き交う者も少ないこの場所で急いでいると、あやしまれるおそれがある。
そこで、目立たないように、あえてゆっくりと歩いて来たのだ。
また、時間をずらすことで、待ち伏せを防ぐ狙いもあった。
ちなみに、ムルが走るのを嫌がったという理由もある。
「オオナムチ、今夜はどうする?次の町で宿をとるか?」
「いや、そろそろ山に入りましょう。イズモ国の追手の裏をかきましょう」
オオナムチは、次の港町を前にして、山に入ることを提案した。
カロ港を出たヤシマジヌミ皇子が、次の港から平地を探すだろうと考えたからだ。
ムルは山での野宿を嫌がったが、ヤシマジヌミ皇子とイズモ国兵士と出会うのはもっと嫌なので、渋々ながら山に入ることを了承した。
ここでもオオナムチの読みは当たっていた。
ヤシマジヌミ皇子と兵士たちは平地で待ち伏せをしたのだが、オオナムチたちは現れず、またしても空振りに終わったのだ。
◆
夜になった。
オオナムチたちは焚き火を囲んでスープを飲んでいる。
岩がくぼんでいるところに木で囲いを作って、まわりから見えにくくして火を焚いている。
スープは、オオナムチが万宝袋から道具や材料を出して作ったものだ。
「その袋、食い物も入ってるのかよ!?」
ムルは、ますます万宝袋がほしくなった。
ナオヤは静かにスープを飲んでいる。
すると、オオナムチが立ち上がって、神剣ハバキリを抜いた。
「しまったな。どうやらヤシマジヌミ将軍とやらをなめていたようだ」
次の瞬間、矢が雨のように降り注いだ。
「せいっ」
オオナムチが神剣ハバキリを振り回して、飛んでくる矢を斬り落とした。
万宝袋から大盾を出して、ナオヤに渡す。
ナオヤが大盾を持つと、そこに何本もの矢が当たって弾かれた。
「ふう、間に合った」
オオナムチは次々に降り注ぐ矢を斬り落としている。
「おい!俺の盾は!?」
「ひとつしかないから、ムルさんは自分でなんとかして」
「マジかよ!ちくしょう」
ムルは戦斧を盾にして矢を防ぐと、そのまま回転しながら飛び出した。
「ヘイヘイホー!」
ムルはまわりの木を戦斧で切り倒して、バリケードを築いたのだ。
「やるなムルさん。ナオヤ、退くぞ!」
矢は、正確にこちらを狙って打ち込まれている。
相手からはこちらが見えているが、こちらは相手の人数もわからない状態だ。
オオナムチは、一度退いて、相手を見極めることにした。
「そうはいかぬ!」
ヤシマジヌミ将軍の棍棒が、ムルが作った倒木のバリケードを吹き飛ばした。
飛んできた倒木がナオヤを大盾ごと跳ね飛ばし、ナオヤは三回転して岩に当たって意識を失った。
ヤシマジヌミ将軍の棍棒は、神木を削り出した神話級武器である。
その棍棒は、硬くて粘りがあり、金属の武器では刃が立たないものとされていた。
ヤシマジヌミ将軍の背後には、20名ほどの精兵が控えていたが、それらは弓の構えを解いた。
ヤシマジヌミ将軍の戦いを邪魔しないためにである。
こと戦いにおいて、ヤシマジヌミ将軍に全幅の信頼を置いているのだ。
それは、信仰に近いほどのものだった。
「勝負だオオナムチ!」
丸太のような足を地面に打ち込み、地響きを起こしながらヤシマジヌミ将軍がオオナムチを襲う。
右から五撃、左から三撃の打撃が刹那の間に飛来する。オオナムチは神剣ハバキリを合わせるが、ことごとく打ち負けて下がらされていた。
「いや、厳しいな」
打撃の圧力に口の中を噛んだのか、オオナムチの口から血が流れている。
「どうしたオオナムチ!こんなものではなかろう!?」
ヤシマジヌミ将軍は怖い顔で笑っている。
「次は加減なしだ。生きてみよ!」
さらに二撃、逆に振りかぶっての一撃は、受け流そうとするも、その方向に棍棒を切り替えされて、無防備な腹に直撃を受けてしまった。
オオナムチは大きく吹き飛ばされて、尻餅をついた。
「死んだな」
ヤシマジヌミ将軍は勝利を確信して追撃しなかったが、オオナムチはゆらゆらと立ち上がった。
「強いな!おっさん」
オオナムチは口の中の血を吐き出した。
今度は口の中を噛んだとか、そういうレベルではない。
オオナムチの内蔵は損傷し、立っているのが奇跡のような状態だった。
「貴様こそ我が一撃に立つとはおそるべし」
ヤシマジヌミ将軍は、本当に驚いていた。
この手応えの打撃を受けて、まさか立ち上がってくるとは思わなかった。
棍棒の一撃を受けて絶命しなかったものはいないからだ。
しかし、同時に、やはりここで討ち取るべきだと確信した。
神剣ハバキリを杖のようにして、かろうじて立っているだけの瀕死のオオナムチの目は、まだ闘志を失ってはいない。
この状況でどうなるものでもないと思うのだが、自分の勝利を信じて疑わない男の目だ。
ヤシマジヌミ将軍は、その目を、ほんの一瞬だがおそれてしまった。
ヤシマジヌミ将軍は怒った。
おそれた自分が許せなくて、激昂した。
そして、オオナムチへのとどめの一撃を振りかぶったとき、突然にあたりが爆発した。
なにか巨大なものが遠くから飛んできて爆発したのだ。
「間に合ったか…」
オオナムチは、糸が切れた人形のように座り込んだ。
そのオオナムチの前には、岩のような筋肉に覆われた巨神が立っていた。
「わしの山を騒がすは、アメノコヤネか!?」
巨神は首を鳴らして、ヤシマジヌミ将軍を睨みつけた。
スキンヘッドに濃い眉毛、その下には見る者をすくませる眼光。
への字にむすんだ口と、針山のようなヒゲ。
立っているだけで暴力と呼べる存在。
山の神のジジイである。
オオナムチは、ヤシマジヌミ将軍が追ってきたときの保険として、神域の山で野宿をしていたのだ。
この神域で騒ぎを起こせば、山の神が飛んでくることを、オオナムチは計算していたのだ。
そして、その計算が功を奏した。
「そ、祖神オオヤマツミ様!?」
ヤシマジヌミ将軍は、三歩下がった。
ヤシマジヌミ将軍はスサノオ大王の御子神であるが、母神であるクシナダ姫の親、テナヅチ、アシナヅチはオオヤマツミの子である。
つまり、オオヤマツミは、ヤシマジヌミ将軍の曾祖父に当たるのだ。
「おや?国津神か?クシナダの子か?」
「は、はい」
さしものヤシマジヌミ将軍も冷や汗をかいている。
オオナムチはジジイと呼んでいるが、山の神とは、それほどの大神なのである。
「それと、オオナムチか。なんだ?負けたのか?」
「負けてねーよ!ジジイ!これから逆転するところだっての!」
山の神は、オオナムチのへらず口に笑っている。
「クシナダの子よ。オオナムチはわしが育てた子だ」
「そ、そうなのですか?」
「戦うのも殺すのも構わんが、よそでやれ。今日はわしに免じて退け」
「わ、わかりました。者共、退くぞ」
ヤシマジヌミ将軍は、悔しげな表情を浮かべながらも、兵をまとめて退散した。
「いやあ、死ぬかと思ったわ」
オオナムチは血だらけの顔で笑った。
ムルとナオヤも気絶しているが、オオナムチたちはなんとか生き残ったのだった。




