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まつろわぬ神の洞窟

 オオナムチが外に出ると、洞窟の入り口に村人が一人立っていた。

 疲れ切った顔の若い男だ。

 衣服も汚れているし、ところどころ破れている。

 手足のり傷からは、赤い血がにじんでいる。

 過酷な道のりを、なりふり構わず急いで駆けてきた様子だ。


 里にある一番近い村からでも、この洞窟まで徒歩で二日はかかる。

 川沿いを一日歩いて、そこからは道無き道を山に分け入るのだ。

 そして、そこには人が立ち入ることができない神域の結界が張られている。

 人がこの神域に立ち入ることはできないのだから、この洞窟に人が訪ねてくるわけがないのだ。


 なのに、オオナムチの目の前にその男は立っていた。

 どうやって結界を抜けてきたのか。


 村人…ナオヤは、卒倒しそうなくらい緊張していた。

 心臓がバクバクと早鐘はやがねのように脈打みゃくうち、自然と呼吸が激しくなる。

 全力で山道を駆けてきたからではない。

 ナオヤは臆病な性格なのだ。むしろ村一番のビビリだ。

 しかし、村で一番の健脚だ。

 その健脚を買われ、村の危機に村長むらおさの要請で、この神域の森の洞窟の神を降ろしにきたからだ。


 しかし、神降ろしなど、もちろんはじめてだし、どうしていいかわからない。


 山の神のほこらのはるか奥地にある、まつろわぬ神の洞窟。

 ババ様の卜占ぼくせんに従って駆けてきたのだが、本当に辿り着けたのは奇跡だと思う。

 木の根に転び、蛇に驚き、遠くで吠える黒い大きな影を横目に、全力で駆けて辿り着いた。

 ここは人が入ることのない神域…その最奥地なのだ。


 では、どうやってこの神域に入ったのか。それはババ様のしゅである。ババ様は神域を抜けて洞窟にたどり着くというしゅをナオヤにかけていた。

 だから、がむしゃらに走るだけで、この洞窟にたどり着くことができたのだ。


 洞窟の中に目を凝らすが、真っ暗でなにも見えない。

 中に何があるのか、神がいるのか、ビビリのナオヤの心臓は破裂してしまいそうだ。


「ご用ですか?」

 

 ナオヤの心臓が一瞬止まった。

 暗い洞窟の奥から、不意に少年が現れたのだ。

 訪問者のために洞窟から出てきたオオナムチである。


「オップ」


 驚きのあまりえづいて、軽く吐いた。

 二日間なにも食べていないので、苦い胃液のようなものが出た。

 神域で吐瀉としゃ

 慌てたなんてものではない。

 ありえないことをした驚きに、地面に叩きつけられたような勢いで四つん這いになり、地面を手でこすった。


「なにしてるんですか?」


 目の前で突然に人が倒れて吐いた。オオナムチは驚いていたが、ナオヤをこれ以上驚かせないように、なるべく平然と話しかけた。


「あ、あ、あいや」


(まつろわぬ神は少年ですか?)

 ナオヤは少年であるオオナムチを見て、混乱した。

 ババ様は山の神は山のような巨神だと言っていた。

 しかし、目の前にいるのは少年、むしろ美少年だ。

 ナオヤが考えていた山の神のイメージと、あまりにかけ離れているのだ。

 どんどん混乱してきたナオヤのキャパは小さい。

 天地がぐにゃぐにゃとゆがんで回る。

 ナオヤは目をまわして、回転力を失ったコマのようによろよろとくずれた。



 ナオヤが目を覚ますと、岩肌の天井が見えた。

 ここはどこだ?…おもむろに起き上がる。


「起きたんですね」


 隣にいた少年…少年神?にコップを渡された。

 

「こ、これは?」


「水」


 口をつけて一気にグビグビと飲んだ。


「プハァ」


(美味い!美味すぎです!)

 ナオヤはこんな美味い水を飲んだことがなかった。

 これはまさか、神水しんすいとか言うやつだろうか。

 全身の細胞にみずみずしさが行き渡るような感覚。

 疲労が抜けていくのがわかる。

 混乱していた頭も、少しはっきりしたような気がする。


「いや、ただの水。それに俺は神じゃないよ。普通の子供」


「え?」


「まあ、少しくらいなら心は読める」


 いやそれ普通じゃないですから…ナオヤは思ったが口にはしなかった。

 しかし、少年には読まれているのだろう。いぶかしげな顔をしている。

 心を読まれるのだから、偽る意味はない。

 正直であればいいと開き直ると、気持ちが楽になって落ち着いてきた。

 

「あなた様が神なのですね?」


 美しい顔立ちの少年神に、おそるおそる聞いてみる。


「違うよ。俺はオオナムチ」


「えっ?」


 目の前の少年は間髪入れずに即否定してきた。

 少年はオオナムチという名前らしい。


 しかし、ババ様の卜占ぼくせんの洞窟はここに間違いないはずだ。

 火の川を遡り、山入りの儀式をして、山に分け入り、沢をふたつと結界を二度超えた。

 こんなところに住んでいる少年が神ではなくてなんなのだ。


「神というのはあれかなあ」


 オオナムチが指差す先、ナオヤは背後を振り向いた。


 ナオヤが目を凝らすと、暗がりに巨大な岩があった。

 ゴツゴツした巨岩だ。

 まわりの岩肌とは、少し色が違う。

 いや、岩ではない。


(巨人?)

 洞窟をふさぎそうな大きさ。こんな大きな人がいるのか。

 あ、いや神か、神なのか。

 すると、巨神が振り向いた。


「ん?」


 スキンヘッドに濃い眉、おそるべき眼光。

 洞窟で横になっていた巨神オオヤマツミである。


「うーーーん」


 あまりの威圧に、ナオヤはまた気を失ったのだった。

【神話と歴史コラム】

卜占ぼくせん

占卜せんぼくともいう。 予言とは違い、必ずしも未来を当てるものではなく対象を意図する方向へ導く事が目的であるので、単なる予言と混同するのは適切でない。

鹿や猪の肩骨や海亀の甲を火で焼き,町形を見て神意をうかがい,神託を人々につげることを職掌としていたことが知られる。

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