求婚前の試験
オオナムチたちは食事をしていたが、求婚の義の時間が来たので王城の受付に行った。
ムルはすでにルウのことは忘れていた。
自分の利益と欲望にのみ忠実なムルは、ある意味、とても純粋だといえよう。
純粋なゲスだけど…。
「求婚の義は広場で行われる」
王城の前の広場の奥に櫓が組んであり、広場のまわりを観客が取り囲んでいる。
あまりににぎやかなので、ムルは驚いた。
もっとこう静かな雰囲気での求婚を想像していたからだ。
ヤガミ姫への求婚の義は、一般公開されている。
ある意味、祭りである。大八洲に轟く美姫に、男たちが求婚するというこの儀式は、イナバ国でもっとも人気のあるエンターテイメントショーなのだ。
ちなみに今まで6万人もの男たちが求婚したが、全員が玉砕している。
「おいおい、屋台まで出てるじゃねーか!まるっきり見世物かよ!」
「ムルさん、がんばってね!」
「おまえもしっかり従者をしろよ!俺の足を引っ張るんじゃねーぞ!」
「わかった」
オオナムチは、真面目である。
仲間に頼まれたことは、全力で答えたいと思っている。
しっかりと従者役をこなして、ムルの求婚を成功させたいと思った。
ムルと荷物持ちのオオナムチは、広場の中央に進んだ。
他にも50人くらいの候補者がいて、誰もが神妙な顔をしている。
「貢物を比べよ!」
文官の合図で、それぞれの貢物が候補者の横に並べられた。
ムルの貢物が載った巨大な荷車が、圧倒的に目立っている。
「よし!首位通過だろ!」
財力はヤガミ姫の婿候補として重要なポイントである。
ムルはここに全財産を賭けたのだ。
貢物が多い順に、10名が残された。
ムルは首位で通過した。
全財産を使っても、ヤガミ姫に婿入りすれば勝ちだ。
ムルは文字通りすべてを賭けたのだ。
貢物はすべて国庫に入れられるわけだが、これらの貢物は、イナバ国の大きな収入源となっていた。
ある意味、産業なのである。
ヤガミ姫はそれほどの破格の魅力の持ち主だった。
次に筆記試験である。
ヤガミ姫の婿になるということは、イナバ国皇太子となり、やがてはイナバ国王になるということである。
そのためには高い知力が求められるのだ。
ここで5名が脱落するのだが、ムルはここでも首位で通過した。
普段は悪事にしか使わないので評価が低いのだが、ムルの知能は高いのだ。
「ムルさん、すごいな」
「当たり前だろ。次が求婚権利獲得のための最終試験で、武力試しらしい。ここからヤガミ姫がお目見えするらしいぞ」
今までのところでは、ヤガミ姫は会場に出てきていない。
盛り上がる戦闘の段階になって、やっとお目見えするのだ。
楽隊により、優雅な音楽が奏でられると、会場は静まり返った。
ヤガミ姫の登場だ。
6名の女戦士が先導して、ヤガミ姫が現れた。
歩く姿も美しく、色とりどりの花がこぼれるようなオーラをまとっている。
薄いベールのようなもので顔がよく見えないが、とてつもなく美しいのは間違いない。
誰もが息をのんで、ヤガミ姫が櫓の上の席に座るのを見守っていた。
その美しさは、その場にいる者たちが想像していたものを、はるかに超えていた。
観衆の感情が爆発した。
大歓声で会場が割れそうだ。
興奮のあまり失神して倒れているものもいる。
ヤガミ姫の登場で、会場のボルテージは最高潮に達していた。
続いてイナバ国王も現れて、ヤガミ姫の隣に座った。
「勝ち残った5名の諸君には、チズ族の勇士たちと戦ってもらう。生き残れば、ヤガミ姫への求婚の権利が与えられる」
文官が宣言すると、広場の奥から屈強な男たちが現れた。
候補者の前に並んでいく。
チズ族は山人であり、勇猛果敢な部族である。
歴代のイナバ国大将軍も、チズ族出身の者が多い。
重装鎧に装飾のある戦斧をかつぎ、四角い盾を持っている。
5人ともでかいが、ひときわ異様な気を放つ大男がムルの前に立っていた。
「おい、あれってサジ将軍じゃないか?」
「現役の大将軍が出るのかよ?相手は死んだな」
観客席がざわついているが、ムルの相手は、どうもやばいヤツらしい。
どちらかが降参するか、戦闘不能になったら勝負ありのルールだ。
順番に戦うのだが、ムルは5番目で、つまり最後だった。
一戦目はあっけなくチズ族の勇士が勝った。
二戦目は拮抗したいい勝負だったが、やはちチズ族の勇士が勝った。
三戦目は候補者が勝ったが、四戦目はやはりチズ族の勇士が勝った。
イナバ国の国威を見せる意味もあるのだろう。
チズ族の勇士たちは選りすぐりであり強かった。
最後の勝負がはじまる。
ついに、ムルの出番がやってきた。
サジ大将軍が立ち上がり、戦斧を振り回した。
その風が、まだ離れたところにいるムルの頬に当たる。
痛いほどの風は、その戦斧の計り知れない威力を示している。
盾で地面を突き鳴らすと、地面が大きく揺れた。
「サジ大将軍の相手、あれはイズモ国兵士か?」
「かわいそうにな。よりによって相手が悪い」
「遠くから死にに来たんだな」
観客達は好き放題なことを言っているが、誰もがサジ将軍の勝利を確信している。
(これは無理無理無理)
他ならぬムルも悟っていた。
このチズ族の大将軍には勝てないことを…。
(ジジイに似てるな)
オオナムチは、サジ大将軍を見て、山の神と似てると思った。
どれくらい強いのだろうかと興味が湧いた。
「はじめ!」
審判役の文官の声が響くと、サジ大将軍は、振りかぶった戦斧を振り下ろす勢いで突進してきた。
「グラアアアアアアアアアアオ!」
雄叫びが空気を揺らす。
ムルは瞬時に自分の戦斧をオオナムチに渡し、勢いよく背中を押した。
「逝ってらっしゃい!」
「え?」
サジ大将軍の先攻で、オオナムチ対サジ将軍の戦いがはじまったのだった。