イナバ国王との謁見
ルウのイナバ国王謁見の手続きはスムーズだった。
町に入るときに取り調べをしてきた文官たちは、イナバ国の重鎮だったのだ。
「ルウ殿、王がお待ちです」
王への謁見が許されたのはルウだけで、オオナムチたちは王城の外の待合小屋で待つことになった。
(やっとここまで来たわ)
ルウは期待と不安が入り混じった気持ちで、先導する兵士の後を歩いていた。
幼い頃に母を亡くしてから、血族と会ったことはない。
いつか母に聞いた『遠く海を超えた東の島に、同族の国がある』という言葉だけを信じて、やっとここまで辿り着いたのだ。
ルウが大陸からの使者だというのは嘘であり、ここから先、王との対話は出たとこ勝負である。さすがのルウも緊張していた。
王がいる広間に入った。
左右に槍を持った兵士が並んで立っている。
その間を歩いていくその先に、玉座があり、イナバ国王が座っている。
兵士たちは、ルウの一挙手一投足を伺っていて、威圧がすごい。
しかし、ルウは威厳を持って、王をしっかりと見ながら歩いていった。
(あやしいのう)
イナバ国王は、ルウのことをあやしんでいた。
イナバ国は豊かな国である。
そして、傾国の美姫であるヤガミ姫の名は大八洲に轟いている。
多くの人がイナバ国王の元を訪れるが、残念ながらそれらのすべてが正しき者ではない。
むしろ、策略や陰謀を持つ来訪者も多いのである。
大陸からの使者が訪れる場合、先触れとして事前に通告があるものだ。
何人来るのか、何を持ってくるのかなどを事前に知らされることで、こちらとしてもきちんとした対応と接待ができるのである。
今回のルウの来訪は、その先触れが無いのだ。このようなことは近年あまり無いことなので、イナバ国王は不審に思ったのだった。
しかし、海人族に裏をとったところ、実際に船が沈んでいて、そこから助けられたのがルウだという。
イナバ国王は判断に迷っていた。
「よくお越しくだされたルウ殿」
イナバ国王は、心の中の疑念をまったく感じさせることのない、屈託のない笑顔でルウに話しかけた。
大陸との関係は重要であり、ルウが本物の使者だった場合、あやしむ素振りを見せて心象を悪くすることはよくないからだ。
イナバ国王は外交の得意な政治家なのだ。
「お目にかかれて光栄です」
ルウは深々とお辞儀をした。
(装束、姿、所作、言葉、たしかに大陸の者なのは間違いないな)
イナバ国王は、ルウを間近で見て、大陸から来た者だということは理解した。
「して、どのような義にて来られたのかな?」
(さて、なんと答える?)
イナバ国王は、ルウをじっと見つめた。
「この度、わたしくは国の勅使として参ったわけではありません」
(国の勅使ではない使者とはなんなのだ?)
イナバ国王はルウの返答に困惑した。
「国の代表として参ったのです」
(奇っ怪なことを言う…)
イナバ国王はさらに混乱した。
国の勅使ではなく国の代表とはなんなのだろうか。
「それは個人的なことでもあるのです」
意味がわからない、多くの者がイナバ国王の元に訪れるが、これほど意味不明なやり取りは無い。
国の勅使ではなく代表であり、そして個人的なことだとは、支離滅裂である。
国は公であり、個人は私である。ルウの言うことは公私混同そのものということなのだろうか?
イナバ国王は理解できずに聞き返した。
「どういう意味ですかな?」
「おそれながらイナバ国王様は、夏王朝の後裔だと聞き及んでおります」
夏王朝とは何千年も前の伝説の古代王朝であり、今は存在していない。
唐突に先祖の話が出たことで、イナバ国王のルウに対する警戒レベルが上がった。
「たしかに王家の伝承では、イナバ国開祖は大陸の夏王朝の末裔だと伝わっておりますが、どこで聞き及んだものですかな?」
「幼き日に亡くした母からです。我が名は流兎。夏王朝始祖、大兎王の末裔です。今は没落し、流浪の身ながら、血族であるイナバ国王に助力を願いたく、この場に参ったのです」
「うむぅ…」
イナバ国王は目を閉じて考え込んだ。
大兎王とは伝説の大王である。
ルウの言うことが本当なら、ルウはイナバ国王朝に対しての本家当主のようなものだ。
しかし、これほどのことを言葉だけで信じるわけにはいかない。
そんなに簡単に人を信用していては、国政を司ることなどできないのだ。
「して、当然ながら大兎王に連なる血統の証はお持ちでしょうな?」
ルウに証拠を見せろということである。
至極、当然の要求なのだが、それを想定していなかったルウは焦った。
こういう大事なところが抜けているのがルウの欠点であり、失敗が多い原因であった。
幼い頃から独りだったルウは、血族に対して過大な期待を抱いていた。
自分が名乗るだけで、あたたかく迎えてもらえるものだと、本気で信じ込んでいたのだ。
だが、その期待は間違いだった。
ルウは慌てて対策を考えた。
「宝剣を従者に持たせてありますので、取って参ります」
ルウは賭けに出た。
オオナムチの神剣を貸してもらえば、あとはなんとかしてみせる自信があった。
「それには及びませぬ。こちらの手の者に取りに行かせますゆえ」
イナバ国王は、ルウの焦りを見抜いていた。
これは逃亡するかもしれないと思ったので、ルウが自分で取りに行くことを止めたのだ。
これがもし嘘だったら、先祖の名を騙ったものだとしたら許せないことだ。
見せしめに処刑する必要があるとイナバ国王は考えた。
「わかりました」
ルウは祈る気持ちで待った。
宝剣の話はしてあったし、それなりの剣を渡してくれるはずだ。
今のルウには信じることしかできないのだ。
剣を取りに行った兵士が戻ってきた。
手ぶらだ、嫌な予感がする。
王に駆け寄り、耳打ちをしている。
「ルウ殿とやら」
イナバ国王の態度が変わった。
「従者は逃げましたぞ?待合小屋はもぬけの空とのこと。どうなされる?」
「え?」
オオナムチたちは、腹が減って昼飯を食べに出かけていた。
本物の従者ではないので、主人を待つという感覚が無かったのだ。
結果として、イナバ国王はルウが偽物であり、その一味が逃げたのだと判断したのだ。
「出かけているのだと思います」
ルウは必死に食い下がった。
事実なのだが、従者とは主人が王と謁見している間、出かけたりはしない。
付き従うから従者なのであり、主人の許しなく自由に出歩ける従者などいない。
「夕刻まで待ちましょう。それまでは拘束させていただく」
王は冷酷に言い放ち、ルウは兵士に別室に連れて行かれた。
窓の無い小部屋の外には、逃げられないように兵士が監視している。
このままオオナムチたちが帰ってこなかったら、証の宝剣が無かったら、ルウは見せしめに処刑されてしまうのだ。
(お願いだから早く帰ってきて)
同族に会えると思ってイナバ国を訪れたルウだったが、思わぬピンチが訪れていた。
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