ナオヤの受難
オキ王ゴジムとミナは、嬉々(きき)として殺りあっている。
二人にとっては、戦いこそが対話であり、この戦いは二人にとってよき対話だった。
「まったくよくやるよ」
オオナムチは、つぶやいた。
オキ王ゴジムとミナは、もう一時間以上も休まず戦っているのだ。
最初は興味深く戦いを見守っていたオオナムチだが、戦いが膠着するであろうことを悟ってからは、倒れている兵士たちに薬を塗って介抱していた。
オオナムチの薬は神域でのみ採れる特別な薬草をベースとしたもので、ババ様の特別な調合法で作られている。
オオナムチは気づいていないが、伝説級の回復役なのだ。
その効き目は、驚くほどのもので、かすり傷などは、傷がふさがっていくのが目で見てわかるほどである。
この薬は、効果が定量ではなく、基礎体力の上限値が高いほど比例して効き目が高まるものだ。
具体的には、基礎体力の3〜7割ほどを回復させる効果がある。
たとえば、基礎体力100の者は30回復だが、基礎体力10000の者だと最大で7000も回復してしまうということだ。
近衛兵たちは屈強で基礎体力が高いので薬の効能が高まっていて、よろけてはいるが立ち上がっている者も多かった。
「よーし!メシだゴルァ!タケミナカタぁ!!!!」
「わかった!」
オキ王ゴジムの号令で、広間に料理が運ばれてきた。
巨大な魚の丸焼きや、トゲトゲの植物のサラダ、大きな貝のたっぷり入ったスープ、ワイルドな料理がこれでもかと運ばれてくる。
「おまえらも食えゴラ!」
オキ王ゴジムはその場で胡座をかいて、料理にむしゃぶりついている。
食べ方も豪快だ。
「うまいな」
オオナムチは、はじめて食べるモノが多く、そしてそのどれもが、とても美味しく感じられた。基本的にオオナムチは何を食べても美味いという幸せな舌を持っているのだ。
ミナもムルも、近衛兵たちも夢中で食べている。
近くで見るオキ王ゴジムは、すごい迫力だった。
色黒だと思っていたら、細かい刺青が全身にびっしり入っているのだ。
赤い目も刺青だ。目玉にまで刺青を入れているのだ。
「タケミナカタぁ!こいつらは誰だゴラァア!」
ひとしきり食べて腹が膨れたオキ王ゴジムは、はじめて見る顔のオオナムチとムルについて尋ねた。
「ミナの師匠だよ!」
「なにィゴルアアア!?」
オキ王ゴジムは驚いた。
制御不能の破壊の権化、鬼神タケミナカタの師匠とは、一体どういうことなのか。聡明そうな美少年と、悪い顔をした中年。二人とも海人族ではない。
「師匠が二人かゴルァ!?」
「ン?師匠は一人だよ。そっちのは知らない人。殺していいぞ」
「マテコラ鬼神!結構付き合い長いだろうが!」
ムルは慌てて否定して後ずさったが、その拍子に服やカバンから武器やら道具やらを落としてしまった。これらは瀕死の兵士から盗んでいたもので、近衛兵に現行犯として牢に連れて行かれたのだった。
オオナムチは、ムルが改心して刑期を終えることを期待して見送った。
「オオナムチ?そうかおまえが噂の海神の槍使いかゴラ!猿と鬼を退治したって噂は本当だったんだなゴルアああ!」
「そだよ!ミナは師匠に負けたし猿は師匠から逃げた」
「いやいやいや…」
(こんなところにまで噂が広まっているのか…)
オオナムチは否定も肯定もしないで笑っておいた。
下手に会話を広げるとややこしいことになりそうだからだ。
なにせこの二人は、どんな小さなきっかけからでも争いに持っていくことが可能な戦バカだ。触れただけで爆発する爆弾なのだ。
しかし、噂ってのはおそろしい。海神の槍なんて持ってないけど、いっそ探してみるかなあと、そんなことすら考えてしまうオオナムチだった。
「そうだゴラタケミナカタぁ!ちょうどいいところに来たなゴラ!頼みがあるぞゴルラァアア!!」
まったくもって頼み事をするようなテンションではないオキ王ゴジムだが、それは頼みを断られたことがない暴王のそれである。
実際、この暴王の頼みを断れる者は、海人族の中でも5人もいない。
「いいぉ!」
ミナが上機嫌で答えた。気持ちいい戦闘の後に美味しいものをたっぷり食べて、ミナはしっかりと満たされていたのだ。
「わしの船を盗んで逃げたヤツを、追って殺せごラアああ!」
「いいぉ!」
詳細もわからないのに、引き受けるミナにオオナムチは焦った。
「あの、もう少し詳しいことは…?」
「こいつに聞けゴラァああ!」
オキ王ゴジムはそう言って隣の近衛兵の背中を叩いたが、その勢いで近衛兵は吹っ飛んで気絶してしまった。
仕方ないので他の近衛兵に聞くと、数日前にどこかから、大陸の王族だと名乗る者がやってきた。みすぼらしい格好をした若い女だったが、オキ王ゴジムの許可が出たと嘘をついて港の船団のひとつを騙し、大八洲に向けて出航していったというのだ。
「いつのことですか?」
「あなたがたが来られる少し前です」
「ン?行くぉ!」
ミナはそれを聞いて、すぐに走り出した。
「頼んだぞタケミナカタぁゴルァ!」
オオナムチは衛兵に頼んでムルを牢から出してもらい、ミナの後を追った。
アマの町に戻り、カワイキュンの武器屋の扉を開ける。
「あら、早かったわね」
肌をテカらせて満足そうなカワイキュンが、タバコをふかしていた。
なんだかツヤツヤしている。
「オオナムチ…さん…」
その隣でナオヤが、なにか大事なものを失ったような喪失感を醸し出して佇んでいた。
ムルは、ナオヤの肩を叩き『お疲れさん』と声をかけている。
カワイキュンは、見るからにすさまじい剣を差し出してきた。
「十握の剣の上位版よ。神剣ハバキリ。大事にしなさい」
「ありがとうございます」
オオナムチは神剣ハバキリを万宝袋にしまった。
この神剣ハバキリだが、実はすさまじい剣である。
イザナギ大王が火神カグツチを斬り、引き継いだスサノオ大王がヤマタノオロチ退治に使ったという神剣、天之尾羽張に劣らぬ神話級武器なのだ。
「代金はいいわ。この子からたっぷりいただいたから」
「ナオヤ、がんばったんだな。ありがとう」
「じゃあ、お行きなさい。おねえさんは少し眠るわ」
オオナムチたちが港に戻ると、ミナと家臣団が出航の準備を終えたところだった。
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