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地球?

 急げ! だが、走るな! 衝撃は最低限に!

 トイレへと導かれん廊下。どうして、こんなにも長いのか。

 歪む空気の中を()う様に泳ぎ、やっとこさトイレの扉を開ける。


「おや?」


 てっきり、また別の世界に繋がってると思いきや、見慣れた便器が女神のように出迎えてくれた。

 

――しかし、何かおかしい?

 

 見慣れたはずの便器だが、便座が背負っている水を収めるタンクに、見たこともない無数の細かな傷が。

 周囲も(すさ)んでいるように見える。


 掃除係りがサボったにしては、荒れ過ぎな感じ。

 とはいえ、このまま便器とにらめっこしていても仕方がない。

 漏れるから……。



 便座に着席して、いざ参らん!


「こぉぉぉぉ、これはぁぁぁぁ! いつもより多く回しておりますぅぅぅ!」


 フッ、ギネスに登録しても恥じぬ勢いだったぜ。


 普段、使い慣れた場所であるため、腸も穴も調子が上がり、信じられない量が生まれ出た。

 この量、誰かに見せてやりたくらいだ!



 では、トイレットペーパーでお手入れしようか。


――コンコン


 む、トイレの扉を叩く音が響く。

「すまない、あと少しで済む。もう少し待ってくれないか?」

 

――コンコン、コンコンコンコン!


「おい、焦るな。気持ちは痛いほどわかるが、待ってくれ。隣は空いていないのか?」


――ゴンゴン、ゴンガンゴンガンゴンガンゴンガン!


 せっぱつまっているのか、扉がしなり、形を変えるほどに激しくノックをしてくる。


「ったく、忙しない。終わったぞ、今出る!」

 タンクについたバーを上げることにより生み出されたトルネード水流は、大量のブツを水泡とともに下水へ旅立たせた。


 鍵を開けて、扉を開き、同胞と交代を試みる。


「ほら、早くしろ。漏らす――な、何!?」

「キシャー!!」


 扉を開けた先には、フランスパンに羽と無数の足をくっつけたような巨大な虫が飛んでいた。

 そいつがいきなり牙を剥いて襲い掛かってきた!


「うお!?」

「キシャ、キシャ、キシャー!」


 顔を噛みつかれる寸での所で、フランスパンを両手で抑え込んだ。

 しかし、空飛ぶフランスパンは鋭く尖った牙で、私をかみ砕こうと何度も試みる。

 じりじりと、牙は顔へ近づいてくる。


 このままでは顔を食べられてしまう! ならば、こちらから行くしかない!


 私は大きく口を開いて、空飛ぶフランスパン虫の顔を牙もろとも噛み千切ってやった。

 口の中に、虫液がじゅわりと広がる。



「この、愚か者め!」

 床に叩きつけ、止めを刺す。

 顔を失った虫はビクビクと痙攣を繰り返し、やがて死に絶えた。


「何なんだ、こいつは? くそ、口の中に虫の味が……ん、意外にうまいな!」

 ココアに似た味が口いっぱいに広がる。

 見た目は気持ち悪いが、中々の美味だ。

 トイレの床に叩きつけたのは、少々もったいなかったと後悔。


 

 未練を残しつつも虫から視線を外し、周囲を見回す。

「う~む。荒れているが、私の学校のトイレに間違いない。どういうことだ?」

「おい、おまえ。ここで何をしている?」


 不意に、トイレの入り口から声が届いた。

 入口に視線を向けると、ライフルを背負った青年。


「いや、トイレをしていて、虫をご馳走に……おや?」

「あ! き、君は!?」

「もしかして、同じクラスのやつか? 一体、何が起こっている?」

「それは俺のセリフだよ。君は死んだはずなのに!?」

「私が死んだ? 詳しく聞かせてもらおうか」



 クラスメイトから話を聞いて、この世界がどのような世界なのか、何となく理解できた。

 ずばり、ここも別世界。

 私の地球とは違う、別次元の地球のようだ。


 

 こちらの地球は、宇宙人の攻撃に晒されて全滅寸前。

 こちらの私は仲間を守るために犠牲になったそうだ。


 トイレから、彼らの住むコロニーへ案内される。

 途中に見える町並みは烈火のごとく破壊し尽くされ、私の住む町とは別物だった。

 

 


――コロニーへ到着

 

 コロニーは地下鉄の駅を改良して作られていた。

 安全な場所に辿り着き、警戒心を緩めた彼は、私の地球について尋ねてきた。


「別次元の地球、か。そちらは安全なんだな?」

「ああ、特に何も起こっていない。私の身の回り以外はな」

「はは、大変だな……しかし、別世界とはいえ、存続している地球が存在するというのは嬉しいものだな」

「何を言う。君たちだって生きている」

「辛うじてな。だが、もはや、全滅も時間の問題だ」


「そうなのか。どうして、こんなことに?」

「最初は誤解だった。地球が打ち上げていた新型衛星が放つパルスが、地球の傍を通りかかった宇宙人の船に損傷を与えたんだ。それを攻撃と勘違いされた」

「それを伝えることは?」


「やろうとした。しかし、言語が違い過ぎてどうしようもなかった。だから、別の形で様々な伝達手段を取ったが、すべて裏目に出てしまった。しばらくして、宇宙人は不気味な虫を地球に放ってきた」


「トイレにいた奴か」


「ああ、虫は次から次へと人々に襲い掛かった。俺たちは虫を駆除をするため、皆で立ち上がった。すると、虫を殺されたことに激高した宇宙人が、地球に総攻撃を仕掛けてきた……それに抵抗したが、地球の科学力では全く歯が立たなかった」


「そうか……」

「ふぅ、辛気臭いこと言ってごめんな。君は明日には自分の地球へ帰られるんだろう?」

「ああ。あのトイレのところまで行く必要があるけどな」

「わかった。明日は俺がそこまで護衛しよう。今日は、ここで休むといい」



 彼はコロニーの奥へと進み、小さな子どもたちがいる部屋へ案内してくれた。


「騒がしいが、ここが一番君の知る地球らしい場所なんだ。我慢してもらえるか?」

「我慢なんて。君の配慮には頭が下がる」

「はは、頭を下げるのは早いと思うよ」

「何? おおっ?」



 気がつくと、部屋にいた子どもたちが私をぐるりと囲んでいた。

 一人の女の子が数枚の画用紙を手に、私の袖口を引っ張る。


「ねぇねぇ、お話を読んでよ!」


 女の子が手にしていたのは、紙芝居。 

 紙芝居を手渡してもらい、絵に注目する……全て手書きだ。

「誰かが作ったのか?」

 と、問うと、クラスメイトが寂しそうに答えた。


「ああ、町は瓦礫の山。何も残っていない。だから、この子の……この子のお姉さんが妹のために作ってあげたんだ」

「なるほど……。紙芝居か。読んだことはないが、この子のために読んでみよう」

 私が腰を屈めるとすぐに、女の子は身体を上下に振って読んで読んでと催促してくる。



 私は女の子のために、紙芝居を読んだ。

 紙芝居は冒険家の男の子が旅をして、宝物を手に入れる話。

 子どもたちにわかりやすく、それでいて冒険心をくすぐる物語であった。

 話を終えると、他の子どもたちが遊んで遊んでとせがんでくる。

 子どもたちの思いに応えて、みんなが遊び疲れるまで一緒に遊んだ。

 最後に、紙芝居の女の子が、もう一度だけ紙芝居を読んでほしいと頼んできたので、女の子が眠りにつくまで読み聞かせてあげた。



 日は昇り、朝が来た。

 帰りのために、コロニーの出口でクラスメイトを待つ。

 子どもたちはまだ眠っていたため、別れの挨拶はしていない。

 寂しい気もするが、この方が良いだろう。


 しばらくすると、彼がやってきた。

「待たせたな」

「いや、そんなことは。では、行こうか」

「待て、その前にこれを」


「これは、あの女の子の紙芝居?」

「お兄ちゃんにプレゼントしたいとさ」

「しかし、これはあの子のお姉さんの……」

「貰ってあげてくれ。ここにあっても、いずれなくなる物だ」

「そうか、わかった。大切にしよう」



 私は紙芝居を両手に抱いて、トイレへ向かう。

 特に問題なくトイレへたどり着き、彼に別れを述べて、自分の地球へと戻った。


 

 トイレの扉を開き、周囲を見回す。

 そこは私の知っているトイレ。ちょっぴり匂うが、荒れ果てた様子はない。

 

 両手には女の子から貰った、大切な紙芝居……ん?


「あれ、最後の一枚が足りない? しかし、もう戻れないし諦めるしかないか」


 後ろを振り返り、トイレの扉と相対する。


「お前の意図が少し見えてきた気がする。あと、どのくらい続ける気だ?」


 トイレは何も答えない。

 ただ静かに、次なる排泄者を待つばかり。

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