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密林

――くおっ! 今までにない腹の痛み。

 フン速は観測史上最大規模!

 このままでは、学校の緑色の廊下を別色に塗り替えてしまう!!


 

 壁に爪を立てて、ゆっくりと体を動かし、いつものトイレに到着。

 扉を開くと愛しき便器はなく、密林が広がっていた。


「ジャングル? よかった、これなら気兼ねなくそこらで」


 もはや、野糞に抵抗感をなくした私は、適当な茂みに尻を添えて闇を落とす。



「きたきたきたきた~!! Hey! カモン、カモン、かっ!? 誰だ!?」



 ひたすらに生み出される闇を、ヤシの木の傍で見つめる誰かがいる。

 そいつは上半身裸で、下半身には(みの)しか纏っていない若い男性だった。


「くっ、そんなにまじまじと見ないでくれないか。この通り、今の私は自身の意志ではどうにもぉぉぉぉぉぉ、た、たまらん!」



 止まらぬ闇。

 しかし、腰蓑の男は目元をたらんと下げて、フイッとその場から離れていった。



 何故だ!? これだけの惨状に興味を抱かないと?

 いや、抱かれても困るが……。



 闇は堕ち、静寂が訪れる。

 純白な天使の贈り物を使い、残った闇を払い落とす。

 

 フッ、世界が闇に満ちることはなかった。



 傍に生えていた葉っぱで堕ちた闇を覆い、その場から立ち去る。

 去ってから思ったが、葉っぱで隠したら地雷の役割になってしまうのでは?

 しかし、隠さず立ち去れば、マナーに反する。

 中々に深い哲学だな。



 人が思考を得て以来、延々と巡る知恵の円環にうんこを乗せて、哲学の真髄を味わう。

 知恵とは、人とは、うんことはいかなる関係なのか?

 思便哲学(しべんてつがく)を旅の道連れとして、先程の男の後を追う。

 

 男の姿を発見。彼は地面に転がっている。


 怪我でもしたのかと慌てて傍に寄るが、男は健やかな寝息を立てていた。

「よくもまぁ、こんな何もない場所で寝れるな――おや?」

 奥の方から複数の声?

 声を頼りに、そこへ近づき、大きく開けた場所に出た。



 そこには、ボロボロになったマンションを思わせる建造物があった。マンションやその周辺には、腰蓑だけを巻いた男女がそこらに転がっている。

 彼らは何をするわけもなく、ただ寝ているだけ。

 何人かは食事を取っていたが、その者たちも食事を終えると、その場に転がり、眠り始めた。


「なんだ、こいつらは? まるで生気を感じない」

「おや、誰かな? お前さんは?」



 背後から、年老いた男性の声が響く。

 声に惹かれ振り返ると、杖を突いた老人が立っていた。

 彼に向かい、怪しい者ではないことを説明する。


「私は、異界から訪れた者だ。敵意はない。明日には立ち去るから気にしないでくれ」

「異界から……ほぉ~」


 老人はくわりと瞼を開き、目玉を剥き出しにして私を見つめる。


「お若いのこっちへ来なされ」

「え? はい……」


 

 老人に連れられ、ボロボロになったマンションの一室へ案内された。

 壁には、たくさんの木の杖が飾ってある。



「この世界は不思議なところだな。このような建造物があるのに、文明らしさを感じない」

「ふぉふぉふぉ、わしらもかつては星々を渡るだけの力を持っていたのじゃがな――そのすべてを失った……」

「失った? 何をだ?」

「思考力をじゃ。わしらはもはや、思考することに疲れたのじゃ。何も考えず、緩慢な死を迎えるだけじゃ」



 腰蓑の若い男が闇を産み出す私を見て何も思わなかったのは、そのせいだったのか。

 ここの連中は、思考を失い、何も感じないようになったようだ。

 てっきり、闇を産む私の姿に恐れおののき、言葉を失ったのかと思っていた。


「しかし、ご老公。あなたは他の人たちと少し違う気がするが?」

「ふぉふぉ、あなたの存在に半世紀ぶりに好奇心が疼きました。じゃが、すぐに冷めてしまうでしょう」

「こういっては何だが、寂しい限りだな」

「なればこそ、寂しい思いをさせぬよう、老いさらばえたワシのお相手をお願いしたい」

「わかった、お相手しましょう」



 私はご老公が興味を抱きそうな話題を口にしていったが、ご老公はすぐに話に飽きてしまい、眠ってしまった。

 私では、彼の好奇心を満たすことができなかったようだ。


 ご老公の部屋を借り、一夜が明ける。

 去り際に、部屋を貸してもらった礼を述べる。


「部屋を貸していただき、ありがとうございます」

「…………」


 ご老公は、ぼーっとして、どこともない場所を見ている。私の声は心まで届いていない。

 私は彼に頭を下げて、出口へ振り返る。

 そこで、壁に飾られていた木の杖たちが目についた。


「そういえば、何故こんなに木の杖を飾っているんだ?」


 質問をして、すぐに首を横に振った。

 私の声は彼には届かない――そう、思ったのだが!?


「これは、知恵の象徴じゃ」

「え?」

「木の杖……木の棒は人が生み出した知恵の証。強く擦りつければ、火を生む。火を燈せば、たいまつとなる。両手でしっかりと握りしめれば、身を守る武器となる。私のような老人の最高の相棒となる」


 と語り、ご老公は強く杖をついた。


「なるほど。木の棒とはアイデア次第で無限の道具となるわけか。面白い話を聞かせていただき、ありがとうございます」

「ふぉふぉ、ワシも久方ぶりに愉快な話ができた。よければ、これを持って行け」


 ご老公は壁から何の変哲もない木の杖を取り外して、私に手渡した。


「ありがたく頂戴します。人の知恵、たしかに受け取りました」



 扉を開き、部屋から出ていく頃には私に興味をなくしたようで、ご老公はぼんやり佇んでいた。



 密林に戻り、トイレの扉を開く。

 元の世界へ戻ってきた私は、杖を手に笑みを浮かべる。

「今までいろんなものを持って帰ってきたが、一番嬉しい戴きものだな」

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