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宇宙船

 腹を押さえながら、学校のトイレの扉を開く。

 しかし、便器はなく、あるのは金属でできた奇妙な通路。

 またかと思いながらも、すっかり慣れっこになった私は冷静に周囲を観察する。

 

 壁には、見知らぬ文字や数字を記した電子パネル。

 通路は補修を重ねた様子で、金属板などでツギハギになっている。

 近くにある窓に目を向ける。外には宇宙が広がっていた。


 どうやら、ここは宇宙船のようだ。

 なにゆえ宇宙船なんだという疑問はあとに置いて、トイレを探そう。


 オートメーションな扉を何度も開けるが、トイレらしき場所が見つからない。


「くほぅ!」


 もう、何度も小波は寄せている。大波の準備が整いつつあるわけだ。

 早くしないと!



 祈る思いで次の扉をくぐると、そこにはいくつもの柔らかな管がぶら下がっていた。

 管の先は扇状で何かを覆う形をしており、中心には穴が開いている。

 ここで、我が脳内にて創造の光が瞬く。


 宇宙船ではトイレは吸引式だと聞いたことがある。

 早速、尻を差し出し装着しよう。

 そこに突然、女の声が響いた。



「あ、あなた、何をしているの!?」

「なんだ!?」


 私は便意を邪魔された苛立ちで、何奴とばかりにギンとした視線を声の主にくれてやった。

 視線の先には、赤色の髪と、薄い桃色に銀のラメの混じる肌を持った女性がいた。


 彼女は肌にぴっちりとフィットした青色のスーツを着ている。


 見た目や格好から考えて、彼女はいわゆる宇宙人ってやつだろう。

 だが、宇宙人であろうと関係はない。私は事情を説明するだけだ。


「何をしているって、うんこをしようとしているだけだが?」


「酸素吸入器に何をしてるのよ! そんなものしないで! それよりもあなた何者!?」

「私が何者かよりも先に、トイレを教えてくれ……でないと、うごぉ!」

「わ、わかったわ。とにかく耐えて。案内するから」



 彼女に案内されてトイレへやっていた。

 湧き出でぬように、そっとトイレの中へ入る。

 


「ほほぉ、和式か」


 宇宙船という未来的な造形物には不似合いだが、これはこれでなかなか粋なトイレだ。

 大波が寄せる前に屈んで、解放の準備をする。

 うんこ座りの体勢を取ることにより、自然な形で出口が開いていく。


 では、宇宙でエンジン噴出としゃれ込もう。


「3・2・1、エンゲージ! くぉぉぉぉぉぉっぉおぉぉ。最大船速! ふぉぉぉぉぉ!」


 フッ、光速を超えてしまったぜ。



 アインシュタインを背後に置き、トイレから出る。先程の女性がトイレの前に立ち、銃らしき武器を手にして待っていた。


「ほぉ、いきなり武器を向けるとは物騒な奴め。なんのつもりだ?」

「それは私のセリフ! いきなり船内に侵入し、貴重な酸素を汚染しようとするなんて!」

「あれはただの誤解だ。私は……」


 事情を聞き終えた女性は、すぐに近くの電子パネルを操作し始めた。


「船内に空間のひずみの痕跡。空間の周波数はあなたの周囲にあるものと一致。嘘ではないようね」

「理解してもらえたようだな。騒がせたのはすまない。だが、安心してくれ、明日には扉が現れる」

「明日……一日なら何とか……」


「何か問題でも?」


「私たちの船は物資が少ない。あなたが消費する酸素量でも問題なの」

「補給はできないのか?」

「簡単には無理よ。私たちには羽を休める場所なんてないの。故郷が消えてなくなったから……」


 

 剣呑な話を耳にして、深く事情を尋ねてみる。

 彼らは故郷ではあった星を失い、移住に適した星を目指して船団を組み、宇宙を旅しているそうだ。

 だが、船の速度は遅く、そこまで到達できるかわからないと。



「そうか、私がいるだけで迷惑なのだな。なるべく、酸素を消費しないように息を止めておこう。むぐぐ」

「い、いえ、無理をしてはもっと大変なことになるから、普通にしてて」

「ぷは~、そうか、わかった」


「あなたの部屋を用意するわ。悪いけど、一応治安の面であまり船内をうろついてほしくないから、明日までそこにいてもらえる」

「もちろんだ」

「それと、あとで水と食事を用意して、持ってくるからね」

「……随分と親切にしてくれるのだな。迷惑者だというのに」


「あなたが害意を示す相手ではない以上、当然よ。疑いや敵意は何も生まない」

「私が言うのもなんだが、故郷を失い、物資も少ない中で、よくそこまでの慈悲を示せるな」

「これのおかげよ」


 彼女は懐から一冊の本を取り出した。


「この経典が私たちの支えになっているの。経典には絆と愛と信頼の大切さが説かれている。狭い船内でいがみ合うのは、全滅を意味するからね」

「ほぉ、さぞかし立派な教えが載っているのだろうな」

「見てみる?」



 経典を手渡され、ページを捲ってみる。

 不可思議な文字の横断。

 読むことなんてできないなと思ったが、意外なことに頭の中に文字の意味が飛び込んでくる。


「不思議だ。文字は読めないのに意味がわかる」

「ページの一枚一枚に翻訳フィルターが貼ってあるから、文字がわからなくても読めるの」

「すごい技術だ。そして、経典の内容も素晴らしい」


「そう? よかったら、この経典を差し上げるわ」

「いいのか?」


「ええ。あなたの星に争いがあり、困っているのなら、経典が役立てることを祈っている」

「私は国家間の争いとやらには口を出せる立場ではないが、日常の諍いでも役に立ちそうだ。ありがたくいただこう」



 経典を脇に抱え、案内された部屋へ向かう。


 そして次の日、トイレの扉があった場所に行くと、当然のように扉が存在していた。

 彼女に見送ってもらい、扉を開け、学校のトイレに戻ってくる。


 もちろん、脇には経典がある。夢ではない証拠。

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