美犬さん
「うお~、漏れる~。おぉぅ」
くっ、またしても授業中に手を上げてトイレに立つとは、我が胃腸の情けなさよ!
出口を引き締め、すり足でトイレに到着。
大の便器へこんにちは~。
しかし! 我が相棒の便器はいない!?
あるのはまたもや草原。
だが、以前の絵画のような草原とは違い、生きた感じがする。
まぁ、そんなことはどうでもいいけどなっ!! 用を済ますのが先だ!!
私は草原へ転がり込んだ。
辺りを見回して、誰もいないか確認。
「げぇ、誰かいるっ!?」
私から少し離れた川辺で、誰かが洗濯をしている。
だが、その者は人間ではない。全身毛むくじゃらの犬みたいな人。
可愛らしいエプロン姿から女性だと思う。
真っ白な美しい毛並み。たぶん美人だ。美犬だ。
そんな人の近くで脱糞するわけにはいかない。
だ、だが、我慢が……。
近くの草を毟り、ひょいっと投げる。
「風上はこっちか。よし、風下へまわろう」
出口に最後の願いを込めて、風下の茂みへ身を沿える。
これなら彼女にサプライズ香水のプレゼントを届けなくて済む。
「う、う、うぉ、おおおおおぉ、おおおおおおおおおおお~!! ふぅ~」
フッ、新たに山脈を築いちまうところだったぜ。
用は済んだので、ポケットへ手を突っ込む。
そう、今日の私は一味違う。
なんと、ポケットティッシュを携帯しているのだ! 三つも!!
よし、拭き拭きしよう。
手に慈愛を籠めて、暗黒へと通じる出口を優しくさすり、清廉なものへと浄化していく。と、そのとき、後ろから笑い声が響いた。
慌てて振り向くと、犬姿の人間子どもバージョンが指を差して笑っていた。
「こら、見るな! 見るな! あっち行け!」
お尻丸出しの状態で子ども追い払うが、言うことを聞かない。
それどころか、近くの小石を拾って私に投げてきた。
「や、やめろ、卑怯だぞ!」
デリケートなお尻の柔肌に小石が何度もヒットする。ズボンとパンツを上げようとしているが、焦るばかりで思うよういかない。
このままでは、尻が割れ、穴が増える!
反撃に、産み落とした形伴わぬ食の残骸を掴み投げようかと逡巡していたところで、洗濯をしていた美犬の女性が現れて、子どもの所業を止めてくれた。
彼女の子どもだろうか?
言葉はわからないが、何度も頭を下げる姿から謝っているのはわかる。
私は気にしていないと、身振り手振りで表す。
彼女は非常に賢く、すぐに理解してくれた。
その後、トイレの扉のところに戻ったが、扉はなくなっていた。
途方に暮れ、ため息を吐く私に、美犬さんが家へ誘ってくれた。
彼女の厚意に甘え、一晩宿を借りることに。
美犬さんの家でいたずら小僧と一緒にテーブルにつき、食事をご馳走になる。
夕食の見た目はシチューで、味もシチューだった。つまりシチューだ。
彼女は傍で乾燥した葉っぱや奇妙な液体を使って何かを作っている。
出来上がった物は大量の真っ黒な丸い玉。
それを一粒、私に差し出してお腹をさすっている。
どうやらこれは、お腹の薬ようだ。
なんと心優しい女性だろう。
ありがたく薬を頂戴し、大量の丸薬が詰まった瓶をポケットの中へ。
礼をどう伝えていいのかわからないので、手を伸ばして握手を求める。
彼女は首を捻ったが、すぐに手を差し出してきた。
グッと握手、肉球がぷにぷにで最高だ。
しばし、ぷにぷに感に浸る。
すると突然、怒号が家の中に響いた。
驚き視線を声へ向けると、男の犬人間が!
彼は私を突き飛ばして、彼女へ詰め寄る。子どもは泣いている。
なんてこったいっ! 間男と勘違いされてしまったらしい。
しかし、勘違いとはいえ、狭量な男よ。
話も聞かずにいきなり愛する女性を怒鳴りつけるとは……。
とはいえ、このままでは私の脱糞のせいで二人が別れてしまうかもしれない。
他人のうんこが原因で、夫婦仲が切り裂かれるなんてあってはならない!
誤解を伝えないと!!
私は大きな唸り声を上げた。
男犬は驚いて、牙を剥き出しにする。
男犬の意識がこちらへ向いたところで、お腹を押さえて、もう一度唸り声を上げた。
そして、うんこ座りをして、括約筋に力を入れる。
男犬はいきなりブラックホールを解放しようとしている私を目にして驚いている。
その隙を突いて、テーブルの上にある彼女が作っていた薬道具を指差した。
それを目にした男は合点がいったようで、彼女を抱きしめ、泣いて詫びた。
ふぅ~、何とか誤解は解けたようだ。
ちょっと出そうになったけど……。
場は丸く収まり、夜が明ける。
扉があった位置へ戻る。トイレの扉はちゃんと私を待っていた。
見送りに来た犬家族に手を振って、扉を開ける。
そこは、いつもの学校のトイレの光景。
後ろには、我がワイフ、便器。
戻ってきた。
ポッケの中には彼女から貰ったお腹の薬。
今回も夢ではなかったようだ。
このお腹の薬は非常にありがたい。
しかもこの薬、風邪や頭痛といった他の症状にも効果的な万能薬。
いやいや、本当にありがたいものを戴いた。