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世界を巡る~夢見る人々・王様と幼女~

 扉を開き、先に広がるは、絶望の現実と幸福の夢という名のまやかしが(いびつ)に交差する世界。

 足を踏み入れ、金属で覆われた薄暗い廊下を歩いていると、男がぼんやりと椅子に座っている姿が見えた。


「久しぶりだな」

「え? あ、あなたは!?」

「ポッドに眠る同胞は?」

「あなたが去ったあと、3人弔ったよ……ふ、ふふ、ふふふ」


 彼は首をがくりと落として、精根尽き果てた色のない笑いを漏らす。



「そんな笑いはよせ。セキュリティのパスワードがわかれば、皆を助けられるんだからな」

「な、に? ま、まさかっ!?」

「こいつを使えば、わかるはずだ。セキュリティを呼び出してくれ」


 私は弱点を見抜くモノクルを取り出し、にやりと笑う。



 制御室に案内され、彼が部屋の一画にある機械の操作を行い、空中に無数の文字を浮かび上げた。

 彼は私に視線を合わせ、簡単な説明と不安を口にする。


「この文字の組み合わせでパスワードは解けるのだが、本当にその眼鏡でわかるのか?」

「待ってろ」

 

 モノクルをはめて、空中に浮かぶモニターを見る。

 モニターに映る文字の一か所が、赤く光っている。

 

 セキュリティの弱点はパスワード――モノクルは最初の一文字目を見抜き、赤く示している。


「思った通りだな。モノクルを君に渡そう。赤く光っている場所が解除コードだ。君が、解除するんだ」

「ああ、わかった」


 彼は恐る恐る指を震わせながら、空中に浮かんだ文字を順番に触れていき……やがて、最後の一文字へ触れた。


 すると、画面は緑色の点滅を繰り返し始める。


「ん、これは? セキュリティは解除されたのか?」

「ふふ、はは、はははは。ありがとうっ!!」



 彼は私を強く抱きしめて、耳そばで何度も何度も礼を口にする。

 そう、耳そばでハァハァと……。


「放せ! 耳に息がかかって気持ち悪い!」

「ははは、すまない。あまりのうれしさに、つい」

「もう、大丈夫なのだな」

「大丈夫だ。あとはシステムを解除すれば、みんなは無事に目覚めることができる。みんなを安全に起こすことができる。もう、みんなを、みんなを、弔わなくて済む!!」


 彼は涙を交え、再び抱き着こうとしてきた。

 そいつをひらりと躱す。

 彼は私の代わりに、固い金属の地面との抱擁に(ひた)る。


「ぐほぉっ!?」

「まったく、男に抱き着かれる趣味はないぞ」

「うぐぐ、ひどいじゃないか……」

「ひどくて結構。さて、私は帰るよ」


「もう、いくのか!? あなたのことをみんなに紹介したいのだが」

「すまないな。他にも君たちの世界のように、困っている世界があってな」

「よくわからないが、あなたは大変な使命を帯びているようだな。いつか、ゆっくりと、礼の言える日がくることを願っているよ」


 彼は希望に満ち溢れる笑顔を浮かべ、私を送り出した。

 

 では、次だ。

 お次は……あそこだな。




 扉を開けると、荘厳な装飾が目立つ広間。

 大理石の床に足をつけた途端に、轟音とともに大きく地面が揺れた。


「なんだ!?」


 広間では、傷を負った大勢の兵士が看護士の手当てを受けている。

 看護士たちの中には、トイレまで案内してくれた妖精のような幼女が混じっていた。


「久しぶりだな、お嬢ちゃん」

「……」

「忙しいところ悪いが、王様を呼んできてもらえるか?」


 幼女はこくりと頷き、謁見室へ続く階段を駆け上がっていった。

 しばらくして、王を伴い戻ってくる。


「おや、これはこれは、異界のお方」

「ひどいことになっているが、何が起こっている?」

「異界の破壊者……滅ぼし屋と呼ばれる者が攻勢を仕掛けてきた。悔しいが、我が城は落ちる寸前よ」


「その滅ぼし屋というのは、世界を滅ぼして、新たな世界に旅立つのであったな?」

「ああ、そうじゃが」

「ならば、コレが役に立つ。王よ、相談したいことがある!」


 私は王たちに、滅ぼし屋とやらの蛮行を止める策を話す。

 策を聞き終えた王は髭をさすり、厳かに頷いた。

 



「うむ、なるほど。ワシらが一時的に滅ぼし屋の動きを止めればいいのじゃな」

「できるか?」

「ふふ、城に残る全魔導師を使い、奴の動きを止めて見せよう!」

「場所はどうする?」


「この広間に誘い出そう。広間に魔術的トラップを仕掛ける。怪我人にはすまぬが、ワシの謁見室を使ってもらうしかないのぉ」

「わかった。では、さっそく――っと、その前に、事が終えたら一つ頼みたいことがある。翻訳機能の付いたネックレスを幾つか貰えないか?」


「構わんが、どうしてじゃ?」

「必要としている人たちがいるからだ。では、作戦開始といこう」




 城外で応戦していた一部の兵を下げると、滅ぼし屋はそこを突いて城内に侵入。

 兵士たちは戦うそぶりを見せながら、広間に誘導する。

 滅ぼし屋が広間の中心に来たところで、トラップが発動。

 城内に残る全魔導師が一斉に魔力を注ぎ込み、滅ぼし屋へ魔法の結界を掛けた。



 バチバチと、電気が爆ぜるような衝撃が広間に広がる。

 滅ばし屋は僅かに体の動き緩めたが、構わず一歩、また一歩と足を踏み出していく。

 二階から様子を見ていた王は、喉の奥から呻くような声を漏らす。


「おのれ~、我らが死力を尽くしても、止められぬか!!」

「いや、十分だ。行くぞ、聡明草!」


 私は二階から飛び降り、右手から聡明草を滅ぼし屋に解き放つ。

 聡明草は、結界で動きが鈍っている滅ぼし屋の胴体に絡みつき、動きを完全に封じた。

 私は両手に、仮想世界に浸れるヘルメットを持ち、一気に振り下ろす!



「でやぁぁあぁぁぁぁぁぁあ! ずっぽしと!」


 二階から飛び降りながらヘルメット被せた勢いで、着地に足が滑る。

 無理やり大理石の床を蹴り上げ、空中できりもみ一回転をこなしつつ、滅ぼし屋の頂点を舞い、指先を伸ばしてヘルメットのつまみを最強にまで回す。

 しかし、まだ足りない。


 つまみを限界まで超えて回さなければ意味がない。

 

 再び、床を蹴り上げようとしたところで、王と幼女が私のそばを横切り、滅ばし屋に近づいていく。

 王は幼女を抱え上げ、つまみを回すように促した。


「ほら、これをまわすんでちゅよ~」


 幼女がつまみを力強く回すと、ガキっという音とともに、つまみは限界を超えた。


 ヘルメットの表面には目に見えるレベルで電流が走り、滅ぼし屋はびくびくと身体を跳ね上げる。

 数十秒ほど間をおいて、滅ぼし屋は大理石の床の上に大の字となって倒れた。


 

 そばへ近づくと、そいつはいまだに身体をビクビクと跳ねさせている。

 私は世界を滅ぼし渡るという存在の姿を、じっくりと観察した。


 真っ黒な外套に包まれ、腰には小さなポシェット。

 顔の半分を覆い隠す機械仕掛けのゴーグル。

 何とも奇妙な存在だ。


 そいつはだらしなく口角を上げて笑っている。

 夢を見て楽しんでいるのだろう、望む夢を……。

 

 やがて、滅ぼし屋は気味の悪い笑みを浮かべつつ、姿を虚ろなものに。

 私は彼に別れの言葉を贈る。


「あばよ、いい夢見ろよ」


 滅ぼし屋は姿を消して、ヘルメットだけが残った。

 私と王は、大理石の冷たさだけが残る場所を見つめ、言葉を交わす。



「ヘルメットのつまみは限界を超えた。滅ぼし屋は夢と現実の境目を失ったはず。あいつはあなた方の世界を滅ぼしたと思い込んで、世界を去った」

「うむ。じゃが、いずれ夢だと知り、戻ってくる。まぁ、今はそれで十分じゃ」

「何か対応策でも?」


「これまでの戦いで、いくつもの対抗手段を思いついておる。しかし、一挙に攻め込まれたため、防衛がやっとじゃった。次、奴が我が世界に訪れた際は、精到にして無双の方略をもって相手しようぞ」

「その様子だと、大丈夫そうだな。勝利を祈っている」


 

 別れの間際に、王から翻訳機能付きネックレスを幾つか貰い受け、広間の中心へ向かって一歩足を前に出すと、トイレの扉が現れた。

 


 扉を開けて、次なる世界へ向かおうとする背中に、幼い声が再会の祈りを響かせる。


「またね、お兄ちゃん」

「ああ、またな」


 

 子供らしい素直な声の響き。

 思えば、初めて幼女の声を聴く。

 幼女は扉が閉じる最後の瞬間まで、私に手を振り続けていた。

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