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ウイルス

 おなかが痛い……トイレへ向かう間、何度も足を止めて、おなかをさする。

 ガスと実がパンパンに詰まった腹。

 せめて、ガス抜きをしたい。しかし、それは罠。

 ガスと思ったのは、実。十分にあり得る事態。

 だから、私は、ただひたすらに、前を歩くっ!!



 愛用のトイレに到着。扉を開けると、いつも通り見知らぬ世界。

 一歩足を踏み入れ、周囲を観察する。

 大きな岩がごろごろと転がる、荒れ果てた大地。

 空はどこまでも青く、空気は僅かに湿気を帯びている。


 人影は見当たらないため、ベルトを緩め岩陰に腰を下ろし、ガスと実を同時に開け放った!


「グアオッ、バスガスバクハツ! ヒョウ~ッ、ジツダンえんしゅっぅうぅううぅううう!!」



 フッ、大地に豊かな実りを捧げてしまったぜ。



 門に残る実りを、天使の包み紙でそっとさすり落とし、ズボンを履く。

 人心地を得て、ふっとため息を入れたのも束の間、岩陰から奇妙な集団が現れた。

 そいつらは皆、全身をすっぽりと覆う真っ白な防護服を纏っている。


「な、なんだお前らはっ!?」


 私の声に聞く耳を貸さず、数人が飛び掛かってきた。

 もちろん、抵抗は試みたが、多勢に無勢。瞬く間に、地面組み伏せられてしまった。


「貴様ら、放せ! 何のつもりだっ!?」


 必死に拘束から逃れようとしている私を尻目に、一人の防護服の者が機械仕掛けのパッドのようなものを取り出して、大地への捧げものを調べ始めた。



「やめろ、何をする。それは役目を終え、大地に還ったのだ。彼らを、うんこを辱めるな!! 痛っ…………」


 首筋にちくりとした痛みが走った。

 急激に眠気が襲ってくる。抗えない眠気……寝るか。





「む……ここは?」

 眠りから覚め、半身を起こして寝ぼけ眼を相棒に周りを見渡す。

 

 白い壁に囲まれた部屋。

 左端の壁際には、全身を写せる巨大な鏡。出口は右端にある。

 部屋に漂う薬品の匂いに、医療器具のような道具たち。

 私が横たわっているベッドは診療台のように見える。


 ここは病室または医務室、実験室といったところか。


 部屋には私一人だけで、誰もいない。

 逃げ出すなら今のうちだろう。



 診療台から降りようと足を台から投げ出したところで、服が奇妙なことに気づいた。

 服装自体は元から私が着ていた学生服。しかし、どういうわけか、ダボついている。

 手を前に伸ばすと、丈が長いため、手一つ分の布がてろんっと垂れた。

 となると、ズボンの方も。


 視線を下へ向けるが、何かが邪魔をして足が見えない。

 何かに触れてみる……柔らかい。

 揉んでみる。むにゅっとした感覚が胸と手の平から同時に伝わってくる。


「ふむ、これは私の胸か。ということは……」


 診療台から降りて、壁際にあった鏡に私を映した。

「やはり、そうか。私は女になってしまったようだな……うん、美人だ。胸がちょっとでかすぎるが、いい女だ」


 自分の身に起こった状況を確認しつつ、鏡の中の絶世の美女に心を奪われる。そこに、出口の扉が開く音が響いた。

 すぐさま、音の発生源に体を向ける。

 

 白衣を着た男とも女とも見えない相手と目がかち合った。

 そいつの肌の色は黄褐色で、頭には鬼を思わせる二本の突起物がある。

 首元は火傷でも負ったのか、ケロイド状になっていた。

 

 

 白衣の者は声を震わせる。

「え? どうして、もう起きてるの? 薬の効果は半日は効くはずなのに」

「薬? 首元に刺した睡眠薬か。効果の方はどうでもいいが、どうしてそんな真似をした? そして、どうしてこんな真似をした?」


 両手で胸をグッと上げて、肉体の変化と防護服の連中の暴挙を非難する。


「ごめんなさい。性変化はあなたをウイルスから守るため。防護服の人たちはあなたから健康な遺伝データを得るために……暴力的な行為に出たことは謝罪するわ」

「つまり、ここでは何かの病気が流行っており、そのために私からデータを取り、また病気から身を守るために女に変えたと?」


「ええ、そうよ」

「データの取り方は乱暴だが、理解はできる。しかし、なぜ病気から守るために女にする必要がある?」


「私たちは現在、致死率100%のウイルスと戦っている。だけど、どうしても薬を開発できない。それでも、研究を進めていくうちに、ウイルスは遺伝情報と一体化することがわかったの。そこで、性を変化させることで、遺伝情報を一新させ、ウイルスを除去することに成功した」


「男を女に変え、女を男に変えることにより、ウイルスを消しているのか。だが、それだと、再感染するのでは?」

「その通りです。だから、何度も性変化をすることでウイルスから(のが)れている。だけど、ウイルスはずっと背中を追ってくる。絶対に(にげ)れられない」



 白衣の者は、私の自慢の大きな胸を見つめ、悲しげな瞳を浮かべる。

 そして、そこから静かに視線を逸らし、首を横に振って、自身の胸を両手で覆った。

 隠された場所には、真っ平らな胸板がある。


「君の性別は、女なのか?」

「ええ、女だった。だけど今は、男でも女でもない。薬を使い過ぎたせいで、性の境界があいまいになってしまったの」

「性の境界があいまいに? 待て、それではもう、性変化での一新は?」


「……ええ、遺伝情報が入り交じり、性変化を起こしてもウイルスを除去できなくなっている。私の首元が爛れているでしょう。ウイルスによって、細胞が破壊されているのよ。それに……」

「なんだ?」

「性があいまいであるため、生殖活動が行えなくなっているの。このままではウイルスとは無関係に、私たちは……」



 彼女は、私に笑顔を向ける。

 とても寂しく、やるせない笑顔。

 そこにあるのは諦めの感情……。


 だけど、まだ彼女たちはもがいている。


「私からとったデータとやらは役に立ちそうか?」

「ええ、とても。汚染されていない遺伝データはとても貴重だから」

「そうか。しかし、どうしてうんこまで調べる必要がある。緊急とはいえ、あのような辱めはたまらなかったぞ」


「ふふ、健康な便の採取は貴重だからね。ごめんなさい」

「健康か? 下痢だぞ」

「だけど、恐ろしいウイルスはいない」


 彼女の瞳には私が映る。

 諦念と嫉妬の混じる瞳。

 嫉妬があるのならば、諦念は余計だ!


「私は明日の朝には帰らなければならない。だからそれまで、私から好きなだけデータを採取するといい」

「えっ?」

「だから、諦めるな! 君たちはまだもがいているのだろう。必死に抗っているのだろう」

「……ええ。私たちは生き残るためにもがいている、抗っている。諦めている暇なんてないわね!」


 彼女の瞳に光が宿る。

 だがそれは、とてもとても小さな光。薄雲が現れれば、とたんに隠れてしまう光。

 事情を深く知らぬ私には、これ以上の言葉はかけられない。




 その後、彼女たちのデータ取りに全面協力して、朝を迎えた。

 彼女を伴い、もと来た場所へ向かう。

 そこには、当たり前のようにトイレの扉が。


「うむ、いつもどおりだな」

「目にしても信じられないわね。別の世界につながる扉なんて」

「興味があるのか?」

「もちろん。でも、私たちでは、この扉を越えられない」

「どうしてだ?」


「次元移動は特殊な因子を持つもの以外行えないの。あなたはお腹にそれを宿している」

「私の腹に、そんな力が?」


「まぁ、そのせいで胃腸が弱いんだろうけど」

「生まれつき胃腸が弱いのは、因子とやらのせいだったのか」

「ええ、そうよ。では、帰る前に渡しておくわね。女のままというわけにいかないし」


 彼女は数本のガラスの筒を私に手渡す。

 筒の先端には突起物があり、逆の先端にはボタンがついている。


「性変化の薬か……」

「筒の突起物を首に刺して、ボタンを押すと性が反転するから。あなたから陽性の反応は出てないけど、念のために人と接触する前に使用してね。一応、何かのために多めに出しておくから」

「ああ、わかった」


 彼女に軽く会釈をして、トイレの扉をくぐった。





 いつもの場所――トイレ

 だけど、扉を開ける前に性を元に戻さなければならない。

 しかし、それだけではちょっと不安だ。

 ズボンのポケットからスマホを取り出して、家へ電話をかける。

 電話を受けたのは、聡明草。

 聡明草は送話口を叩いてモールス信号を発する。


「ああ、お前か。ちょうどよかった、机の引き出しに、ああ、そうだ。学校まで持ってきてくれないか」


 十五分ほどトイレで待っていると、聡明草が蔦を伸ばしながら、トイレに入ってきた。

 聡明草の蔦には、美犬さんからもらった万能薬が収まっている。

 薬を口に放り込みながら、世界の繋がりを考える。


「白衣の彼女に必要なのは、この薬なのか……?」

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