聖剣が運ぶもの3
広いベッドの端っこと端っこで、緊張が解けてぐっすり寝ている勇者と、疲れ果てた私に何も起こるわけもなく、無事に朝を迎えた。
お風呂に入って身ぎれいにした勇者はとてもさわやかな青年だった。甘い顔立ちではないけれど、ストイックな雰囲気でちょっとドキドキしたのは内緒だ。
私も落ち着いたドレスに着替えさせてもらい、勇者と共に、会議室のようなところに向かった。
魔王が発生し、魔物により荒れ果てたと言う大地は見えなかったが、少なくとも城の中は実に見事に整えられていた。通りすがりに勇者に礼をする人々の衣服も美しく、栄養も十分足りているようだ。
遠くの庭からは訓練する兵の声も聞こえる。本当に魔王がいたのだろうかという雰囲気だった。この平和を大地が守ったんだね。
着いた部屋は、5人ほど座れる丸テーブルがいくつもある、小さめの会議室だ。なんだか大がかりになってきたなあ。
「ダイチ! 心配したぞ!」
「やっと出て来たのか!」
先に来ていた何人かが大地を囲み、背を叩く。大地の顔を見ると緊張していないようだから、これが味方。
窓際のテーブルには、軍人らしい何人か。
そして大地とディーンと私。
ここに軍の給料の管理をしている人が来て、大地の財産を教えてくれることになっている。
と、ドアが開いて、皆が一斉に立ち上がった。あれ、ずいぶん貫禄のある文官だ。
「陛下、なぜここに」
ディーンが驚いて声を上げると、
「なに、勇者ダイチが元気になったと聞いてな、今後のことを少し話しあおうと思ってな」
王と宰相が上座に座り、ようやっと文官が静かに入ってきた。しかしそこで王が話し始めた。
「それで、ダイチよ、魔王討伐の褒美は決めたか」
「は、いや、まだ」
「早くしてくれねば困る。各国の代表を招いての祝賀パーティーの準備もしなければならぬのに」
「は」
「もう、こちらで決めてもいいかの。どうじゃ」
「いえ、それは」
大地はすっかり委縮している。10代でここにきて、大人にこうして威圧されてきたんだね。剣一振りでこの場の全員を倒せるほどの力があるのに。さ、秘書の出番だ。
「ごほん」
「何だそなたは」
「大地の秘書のシノハラにございます」
「秘書だと。聞いておらんぞ」
「大地に個人的に雇われていますので。さて」
私は周りを見渡した。
「今日は大地の財政状況を文官に確認するための集まりです。なぜ招いてもいないのにこんなにたくさんの人がいるのでしょう」
「なんだと!」
「我らは聖剣が使命を終えたと聞いてやってきたのだ」
軍の人たちが次々に言う。私はディーンに目をやる。
「聖剣については報告の義務があった。しかし、今日のことはダイチ個人のこと。私は文官と仲間を呼んだだけだ」
私は文官を見た。
「勇者様のことはどんな些細なことでも報告の義務があります」
王を見た。
「引きこもっておった勇者が元気になったのだ。顔を見に来て何が悪い」
それならば部屋に見舞いに来ればいいものを。
「では、それぞれの用事は後にしてください」
私はぴしゃりとそう言った。何か騒いでいるが、私は文官を見た。
「では大地の財政状況を」
「は、」
と言ったまま、文官は汗をかいている。
「状況を。ありのままに」
「はい。それでは」
文官は息を吸い込んだ。
「勇者ダイチ。一平卒として。10万ギル×3月。兵士長として。25万ギル×2月。小隊長として。50万×5月。大隊長として。100万×10月×10年。合計1億330万ギルです」
部屋が静まり返った。そんな中、大地は、
「1億あるって。当分大丈夫だね」
と私に言った。のんきな。この世界のギルと円はほとんど同じ価値とみてよい。日本のサラリーマンだって、生涯賃金は二億を超える。それなのに、命をかけて10年間でたった1億って。それに最初の3ヶ月、1月10万って言ってなかった?
私は文官を見た。汗を流している。軍部を見た。目が合わない。王を見た。「なんだ」という顔をしている。ディーンは? 首を振っている。
「ちなみに」
私の声は震えていたと思う。
「ディーンの収入は」
ディーンは気まずげに答えた。
「魔王討伐の間は。大隊長扱いではあるが、特別派遣手当としてひと月150万プラス。準備金として500万。帰還時に一時金1000万。報奨金と褒美は勇者が決めるのと同時にもらえることになっている」
「勇者が1億で、仲間が2億5千万」
わなわなとつぶやく私に、王は言った。
「ディーンは貴族だし、大地は平民だろう。平民で大隊長扱いなら十分ではないか」
勇者と言っておきながら、平民だと? 落ち着け、落ち着くんだ。ここは身分制度のある国。先に進もう。
「では、この後、勇者の行く先はどうなさるおつもりですか」
「勇者を迎えたい家は多くてな。今日はそれもあってきたのだ。ほら、見合いの絵姿だぞ」
ホクホク言う王の言葉に、宰相から勇者に冊子を手渡そうとする。勇者はそれを手で拒み、こう言った。
「いえ、それは結構です。俺はあかりと」
「ちょっと黙っててね」
「あかり?」
私は大地を遮り、王をまっすぐに見た。そして言った。
「異議あり」
あと1話です。