聖剣が運ぶもの2
ここから連載分。これ入れてあと3話でさくっと終わります。
私はふっとため息をついた。
「まあ、落ち着いて。私は篠原。篠原あかりって言うの。あなたは?」
「俺、俺は、大地。剣崎、大地」
彼はゆっくり、名字を思い出すように言った。
「はは、勇者ダイチってしか呼ばれてなかったから。剣崎。そう、俺は剣崎大地」
なんだかふらふらしてる。
「とにかく、座って話をしよう」
見渡すとそこは大きな部屋だった。隅に大きなベッド。低いテーブルを挟んでゆったり座れるソファ。毛足の長い絨毯。落ちついたリゾートの一部屋のようだ。もっとも、締め切ったこもったにおいと、むさい勇者付きだが。
私たちはソファに並んで座った。普通向かいだと思うが、勇者が離れなかったから。私もふらふらしている人を放っておくほど悪人ではない。
「ひとつだけいい?」
「なんでも」
「剣をずっと握ってたら、自分が戻れるかもって思わなかった?」
「思った。ずっと抱えてた。でも、いつの間にか剣だけ消えて、プリンがついたりして戻ってきてるんだ」
「じゃあ、聖剣では帰れないのね……」
勇者ははっとして私を見た。
「俺、そうか、自分のことしか考えてなかったんだな。あかりを俺と同じ目にあわせて、家族から引き離して、すまない!」
勇者はばっとソファから下りると土下座をした。あらあら。肩が震えてるよ。あと名前呼んでいいって言ってないけど。
「うん、まあ家族はいないから、よくはないんだけど、剣崎さん、顔を上げて?」
勇者は恐る恐る顔を上げた。
「ね、剣崎さんは帰れないって言われた。私も帰れない。でも生きていかなくちゃならないでしょ。」
勇者はこくこくとうなずいた。あれ、なんだかかわいいかも。
「だからね、嫁とか非現実的なことはともかく」
「いや、俺にとっては切実で!」
「出会ってすぐ嫁とか無理です!」
「……はい」
「剣崎さんの、その、秘書? あるいは家政婦とかで雇ってもらえないかな?」
「……」
黙りこんだぞ。
「大地と」
「え?」
「大地と呼んでくれないか」
そこ? そこなの?
「ええと、大地さん」
「大地」
「大地、雇ってくれるかな」
「もちろんだ! むしろまるっと夜まで含めて俺の世話全部お願いしても」
「それはない」
ぐいぐい来るな、この人。
「じゃあ、次ね、私が秘書をするとして、大地のお仕事は何なの?」
「え?」
「えって、お仕事。何を手伝えばいいんだろう」
「え、勇者だから、魔王を倒して」
「うん。もう倒したんだよね?」
「そう」
「だから今は? あ、休暇? じゃあ、休暇が終わったら?」
「……」
「何?」
「無職、です」
無職?
「じゃあ、私どこかで仕事探さなきゃ……」
「いやだ! なんで」
「だって無職なら仕事もないし、お給料も払えないでしょ」
「報奨金が! 報奨金が出るはず!」
「でも財産を使いつぶすのはどうなんだろ。そもそも勇者ってお給料どのくらいだったの?」
「知らない」
「え?」
「必要なものは支給されてたし」
「じゃあ、私のお給料はどこから払うの?」
「聞いてみる」
ばんっ!
「よう、ダイチ、飯持って来てやったぞ! 少しは食えよな! え?」
短めのくすんだ金髪を後ろに流したたくましい青年が、食べ物の入っているらしい籠を抱えてドアを開けた。と、私を見た途端籠を投げ出し、剣を抜いた。怖っ。
カーン、と剣のあたる音がする。
「剣を引けディーン」
「侵入者は排除だ」
「彼女は俺の嫁だ」
「え?」
ディーンは力が抜けたところを大地に弾き飛ばされた。一応言っておこう。
「嫁ではありません。秘書です」
「あかり……」
情けなさそうな顔をしてもダメです。まあ、今の一幕で大地の株が右肩上がりなのは認める。
「そもそも俺が侵入者程度でどうこうなるわけがない」
「今のふぬけたお前じゃどうだかな」
「ふん」
友情を再確認ですか。
「ところでその落としたかごは」
「やべ、飯が!」
ちょっと崩れていたが大丈夫そうだった。
「ご相伴にあずかってもいいですかね」
「もちろん!」
ということで、にこにこする大地と共に、ご飯を頂いた。まだ温かいスコーンのようなパンに、冷肉のスライス、ふた付きの入れ物に入ったスープに果物、大きなポットにお茶も入っている。
「おいしいな、あかり」
「うん、こっちのご飯でもなんとかやっていけそうだよ」
ふふっと笑いあう。それをディーンは、あきれたようにほっとしたように眺めていた。
食後、聖剣とゲイザー君に引かれて来たかもしれない話をすればディーンはそれなりに納得してくれた。
「見ろよ聖剣を」
「これ?」
「鞘の宝石が輝いている間は、まだ使命が終わっていないってこと。城の上の者は魔王を倒して浮かれて気にも留めていないが、なぜ輝きが消えないのか軍部では問題になってはいたんだ。勇者の嫁を招いて使命を終わるとは、聖剣も粋なことをする」
「嫁じゃないので」
一応言っておく。大地はご飯を食べて安心したのか眠そうだ。勇者なのに。ふふっ。
「とりあえず、大地のもとで働くことにしました。それで、大地から給料がちゃんと出るのか確認しておきたいんですけど、大地は知らないっていうから。ディーンさん、問い合わせできますかね」
「俺と同じだけ手当が出てても結構な額になるぞ。心配いらないと思うが」
そう言うディーンに、私は静かに言った。
「ディーンは、大地が帰れないって知っていましたか?」
「……知らなかった。召喚できるのだから、帰れるのだろうと。使命が終わったら聖剣の宝石の輝きが消える。その時に何か、儀式があるのだろうと思っていた」
ディーンはつらそうにそう言った。私は重ねてこう聞いた。
「この部屋、勇者専用の部屋ですか?」
「いや、普通の客室だが」
やっぱり。大事な客と思っていたら、せめて続き間くらいは用意するでしょ。無機質な客室、勇者の気配すら感じられない。
「大地、自分の家は?」
「ない。ずっと旅暮らしだったから」
家もない。
「ディーン、あなたの住んでいる国のこと悪く言いたくないけど、私大地が大事にされているような気がまったくしないんです。だからお給料の件も信用できない。大地は報奨金がもらえるって言っていたけれど、それはいくらなの?」
「知らない」
「もう」
仕方ない。召喚された時はおそらく10代だ。とりあえず、秘書兼お世話役として雇われたからには、同郷人のために戦わなくてはならないだろう。
「明日、大地の財政状況のわかる人を呼んでください。できればディーン、その時に大地に味方できる人も集めて。あと、私が今日寝る場所を」
「ここでいい」
「大地、でも」
「ここが一番安全だから。何もしないから」
「そうしたほうがいい。ええと」
「篠原です」
「シノハラ、勇者のそばが一番安全だ。シノハラの地位が確立するまでは」
こうして私は勇者の秘書兼世話役になったのでした。