Monologue-BLを語らう
「BL漫画のここがって話なんだけどね」
「………いいよ。一応、聞いてやる」
「ありがとう。あのね、BLと一口に言っても、ピュアとシビアの落差が少女向けの携帯小説並みに激しいからさ、やっぱり無理やり事をなすシーンもあるわけなの。でさ、男が女をするんなら分かるよ。でも、男が男を無理やりするのよ。あいつら、もうちょっと抵抗できてもいいと思うの」
「あんたの言う『あいつら』がどいつらを指すのか分からないからなんとも言えないな。それ、どういう状況?」
「事をなすっていうのは、すなわちレイプのことなんだけど」
「違う、違う違う。そうじゃなくて」
「精神的な意味合いじゃないよ」
「だからそうじゃなくて、ほら、相手が、この場合相手って言うのは、被害者って意味だけど。その被害者が………やられる側が、薬を盛られて動けないでいるとか、手足を縛られているとか」
「そういうことね。場面は色々あるけど、五体満足健康そのものな男が男に犯されるってことよ」
「承知した。続けな」
「うん。因みに、受けと攻め………って分かるかな。馴染みない?馴染みないし不快?分かった。被害者と加害者って言おう。因みにね、被害者と加害者は体格に大きな差もないし、同じ男子高校生・同じビジネスマンだから、ほとんど身長体重は=で結んでもいいくらいかな。詳しいプロフィールなんて知らないけどさ。そりゃあ勿論、運動神経の才能とか、部活動とか、格闘技経験の有無によって腕力はあるだろうね。でも、ボディービルダーと一般人・大人と子供じゃないんだから、そんなによっぽど違いはないと思うの。ねえ、あなたって私のこと組み敷ける?」
「うーん。どうだろう。出来ないこともないだろうけど、本気で抵抗されたら多分無理かも。あたしは運動部でもないし」
「でしょう?私だって、身長も腕力も同じぐらいの女の子相手なら、多少なりとも反抗できる自身はある。男だったら尚更じゃない?男なんだから、喧嘩の経験が皆無ってこともないだろうし」
「それは偏見だと思う」
「偏見かもしれないけど」
「えーっと、あんたの言いたいことは大体分かったよ。確認するけど、それって加害者側が刃物とか持っていないこと前提?」
「前提前提」
「じゃあ、答えは簡単。被害者側に、抵抗する気がなかったんじゃないの」
「嫌も嫌よも好きのうちって?」
「そう」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なって言ってもな。あんたが普段読んでいるBL漫画がどんなものかは知らないけど、BLって基本的に少女漫画なんでしょ。少女漫画だったらよくあることだって。ドS腹黒イケメン王子の悪の所業にキャンキャン吼えながら抵抗するお人よし且つ正義漢の女子。けれど大抵は、先方の言いなりにことが運ぶ………そういうシチュエーションの漫画を見てていつも思うんだけど、主人公の女子って、絶対本気で抵抗する気ないよねって。本気で邪魔で仕方ないなら、心の中からその存在を消して先方と透明人間のように扱えばいいんだし、本気でむかついているなら」
「………むかついているなら?」
「殴り殺せばいい」
「お人よし且つ正義漢って設定、忘れてない?自分で言ったのに」
「あ、忘れてた」
「それにそれじゃあ、話が終わっちゃうよ。少女漫画のジャンルじゃないよ。少女漫画なんだから、現実の憎悪に変換しなくても………」
「うん、でも、あんたがしたかった議論って、そういうことじゃないの」
「どういうこと?」
「現実的に考えて、男が男に襲われそうになっても、男の腕力ならもうちょっと抵抗できるだろって。だってBL漫画は漫画なんだから、現実の物理法則というか、重さの比率というか、見た目と実際のパワーバランスとか、そういうものにすり合わない次元の出来事でしょ。だからきっと、力で捻じ伏せられていても、おかしくないんだって」
「うーん」
「なにか不満?」
「不満というか、違和感」
「どういう違和感?」
「なんだか議論の毛色が私が望んでいたものとは、違うような………」
「ちょっといいかしら」
「やだ、立ち聞きしていたの?」
「あなたたちの声が大きいのよ。それに、興味をそそる話題には、いつもより耳が良くなるのですわ。僭越ながら、わたくしの意見を申し上げてもいいかしら」
「あたしに聞かないで。ホストはあたしじゃない」
「よろしいかしら」
「どうぞ、ご自由に」
「あなたは、男のくせに襲われて抵抗も出来ないなんて、情けないと意見をお持ちのようだけれど」
「情けないとは言ってないわ」
「情けないなんて言ってはだめよ。あなた、包丁を自分に向けられたら恐怖するでしょう?」
「するけど。話聞いていた?包丁は持っていないのよ」
「あなたこそ話を聞きなさい。犯すとか犯されるとか、これまでの話はいったん流してちょうだい。何もかもまっさらな状態で、想像してみて。全然知らない、あなたの知らない少女が包丁をこちらに向けて立っています。これは怖い?」
「怖いわ」
「怖いね。普通に怖い」
「じゃあ、杉崎さんが包丁をこちらに向けて立っています。怖い?」
「………」
「ちょっと怖いかもしれないけど、知らない奴より怖くないかも。調理実習の最中、杉崎の行動が常識を欠いていただけって判断する」
「普通に歩み寄って、その肩を叩くことも出来るでしょう」
「出来る。怖くないね」
「わたくしの意図を察した返しをありがとう、遠野さん。では三問目。杉崎さんが息を切らし、顔を紅潮させながら、包丁をこちらに向けていたとします。これはどう?」
「普通に怖い」
「私、そんなことしないわ」
「例え話よ、杉崎さん」
「さりげなく私を馬鹿にするのは止めて」
「ねえ、そんな杉崎さんには近寄りがたいでしょう?」
「うん、何事かと思う。警戒はする」
「そんな………」
「杉崎さんが始めに言った、BL漫画で無理やり事をなすシチュエーションの加害者と被害者が、知人なのか友達なのか、全くの初対面なのかは与り知らぬところだけれど、知人だろうが友達だろうが、全くの初対面だろうが、常軌を逸した表情で、同性をレイプしようなんて常軌を逸した行動を取っているの。被害者は押し倒されて、あらかた知能があるのなら、想像がつくでしょうね。包丁そのものよりインパクトはないでしょうけど、性欲の発露に選ばれているなんて、包丁を突きつけられた恐怖そのものだわ。=で結べるぐらい」
「凍りつき症候群ってやつかな。聞いたことある」
「遠野さん、その通りよ。痴漢されても声を上げられないは、つまりそういうこと」
「他にも理由はあるでしょう………公共機関の中で、声を上げるのが恥ずかしいとか。痴漢をされたと大勢に知られるのが恥ずかしいとか」
「それもあるでしょうけど、杉崎さん。それは議論の本筋から外れているわ。余計なことを言わないで。今は、男が男に襲われてどうして抵抗出来ないかって話なんだから」
「相手に気を使ったのかもしれない」
「気を使った?遠野さん、続けて」
「加害者と被害者の関係がどのようなものなのか、分からないけど、相手がごく親しい友達だったら激しく拒絶して、相手が傷つくことを恐れたのかもしれない」
「超お人よしな考えね。まるで少女漫画の主人公みたい」
「自我が弱い考えだわ。彼氏に求められるまま、ナマでヤる流され女じゃない」
「結城さん………」
「結城………」
「あら、ごめんなさい。露骨過ぎたわ。でも私、そういう自己管理できない女、嫌いなの。孕んだらどうするのよ」
「いやでも、男なんだから」
「………孕まないわね」
「赤ちゃんできないね」
「そうだ。男なんだから、レイプの末に妊娠するという最悪の結末が最初からあり得ないんだ。だったら、本気で犯しにかかってくる相手に苦労して抵抗して、抵抗したら殺されるかもしれないけど抵抗して、加害者がごく親しい友達だった場合、そのごく親しい友達を失う可能性を考慮して抵抗して………そんな面倒なことするぐらいなら、甘んじて受け止めた方が楽なんじゃないかって判断したのかもしれない」
「そんな理由で抵抗を諦めるの?最後の一つって、そんな、一度でも性欲を向けられた相手と、以降も友達でいるつもりなの?」
「友達の程度の問題だよ」
「相手の嫌なところを見つけてしまっただけで、バイバイもう友達じゃないよって出来る程度の友情ならそうはならないでしょうね」
「友達の定義によるんじゃないか」
「それはまた別の議論だわ」
「だね」
「じゃあ宴もたけなわかしら。切りのいいところで終わりにしない?ほら、さっきからずっと、男子たちが教室に入れないで困っているわ」