イケメンは秘かにほくそ笑む
――あー、真太郎、お邪魔してるよ。
真太郎が自宅マンションに戻ると、悪友二人が酒盛りをしていた。
都内の某高級マンション。
起業してとんでもない利益が出たその年に、3人揃って隣同士に引っ越した。
それ以来、仕事でもプライベートでもつるむので、互いに互いの部屋の合いカギは持っている。
…が……
「酒盛りならなんで自分の部屋でやらないんだ」
と、ジャケットをソファに放り出しつつ口を尖らせた真太郎の言う事はおかしくないと思う。
本人がいるならとにかく、今日はデートで不在の旨は伝えておいたはずだ。
何故お前ら家主がいないとわかっている家にいんだよ…と、それでも口で言うほど気にしてもいなければ気を悪くもしていない証拠に、黙って真太郎のワインをグラスに注いで渡す知也の手からそれを受け取ると、真太郎は耕介が作ったつまみをテーブルの上の皿からつまみあげて口に放り込んだ。
「今日は別にいいけどな、来週は勝手に俺の部屋に入るのも、プランターから勝手に野菜もいで行くのも禁止な。」
そう宣言をした後、モグモグと咀嚼しながら、ワインをあける。
まあある意味、普通なら当たり前の事なのだが、普段はそれを互いに許している程度には3人は気の置けない仲だ。
その言葉にいち早く反応したのは、3人の中で一番生真面目な知也だ。
「わりい…。裕也がな、今日初デートで…相手の子、料理が得意で手料理作りたいって言ってるらしくて、俺の部屋貸してやってんだわ。
ここがまずかったら俺、耕介の部屋行くけど…」
と、割合と真剣な顔で謝罪をする。
ちなみに…裕也は知也の3歳下の弟で、ここは非常に兄弟仲が良い。
「あ~知也そうしたければ俺の部屋使ってていいよ。
俺、今日は真太郎のデートについて聞かないとだし?」
と、それとは対照的ににやにやとした表情を浮かべるのは耕介。
「目的はそれかよ」
と、真太郎は耕介には呆れた顔をしてみせ、知也には
「ああ、別に今日はいいんだけどな。家まで送ってわかれてきたところだし。
居たらダメなのは来週な。
部屋に呼ぶことにしたんだ」
と、もういっぱい注ぐようにと、ワイングラスを差し出した。
「ええ?!!うそっ!!
お前部屋呼んじゃうの?!めっずらしいっ!!」
それに食いついたのは耕介だ。
耕介も真太郎も、どちらも甲乙つけがたいほど恋人をとっかえひっかえして遊びまくっているのだが、双方ともすぐ別れる事もあって、自分のプライベートスペースには相手をいれない。
それが今日が初デートで二度目のデートでとは、驚くのももっともだ。
「ん~、手ごわいんだよな。あの子…」
言葉とは裏腹に随分と楽しそうに言う真太郎。
「へ~、お前が半日使って落とせないってこと?」
と、それにさらに興味をそそられたらしい。
耕介は酒のグラスをおいて、ソファの隣に座る真太郎との距離を詰めて顔を覗き込んだ。
それを少し手で押しのけながら、真太郎はクスクスと思い出し笑いをする。
「落とすどころか意識すらしてもらえない。
俺、プリンに負けたの初めてだぜ?」
「プリンにって…どういう状況よ?」
「文字通りだ。お茶してプリンが目の前に来たら、もう俺まじでアウトオブ眼中。
俺の方はあの子がおっきな目キラキラさせて幸せそうにプリン頬張るのずぅっと見てたんだけどな」
そんな二人から少し距離を置いてウィスキーを舐めていた知也は、どうも二人のそんなノリについていけず、ガリガリと頭を掻いた。
「そりゃあ…男だからじゃね?
真太郎、今まで男と付き合った事ねえんだろ?
女と勝手が違って当然だろ」
知也は互いに自慢しあうように恋人を見せあっていた悪友二人からそれぞれ話を聞いてきたが、耕介は男の恋人の時もあったが、真太郎はいつも女だった。
だから単純に経験値の問題だろうと思っていたのだが、耕介の言葉に茫然とする事になる。
「いや、付き合った事ないだけで、真太郎、男落とした事ならいくらでもあるよ?
俺、ナンパでこいつに負けた事あるもん。
短期戦なら相手が男女どちらだとしても最強のナンパ師よ?」
「えええっ?!!!!」
知也は口に含んだウィスキーを吹きだしかけて、慌てて飲み込んで盛大にむせた。
ゲホッゲホッと咳込む知也に
「今度ふうちゃん招くんだから、部屋汚すなよ」
と真太郎が投げつけて来たタオルで口元を拭くと、知也は信じられないモノをみるような目で真太郎を見下ろした。
「マジかよ…付き合いたいわけでもねえのに、男落とすのか?」
知也的にはそもそもが付きあうイコール結婚を前提に真剣交際が当たり前という考え方なので、遊びで寝るというのは論外なのだが、それ以前の問題だ。
好きでもなくても男と寝れるというのが信じられない。
「あ~普段は男は相手にしないぜ?抱くなら女の方が柔らかくて気持ちいいし。
男相手にするのはたいてい、耕介とどっちが先に落とせるかとか、競ってる時だな。」
「まあそう言う事。
でも真太郎が落とせないなんてねぇ。
ね、俺も参戦していい?」
ライバルとしては俄然興味が沸いてきたのか、耕介が目を輝かせる。
「だめだ!」
と、しかし真太郎はそれを即退けた。
――…どうしてもって言うんなら…闇夜に外歩けなくなるぞ?
人懐っこい垂れ目がちの目がすぅっと細くなり、冷たい殺気をはなったところで、耕介は
「了解。俺はお前のお手並みを観察するだけにしとく」
と、慌てて両手をあげる。
一番明るく人懐っこくあっけらかんとして見えるこの男が、実は一番短気で容赦ない性格をしているのは、悪友である自分達が一番よく知ってる。
逆鱗に触れたら本気で殺されるどころか、楽な死にかたをさせてもらえない…。
殺気で脇に嫌な汗をかき、一気に酔いがさめた耕介だが、そうして耕介が完全に戦意を喪失したのをみてとった真太郎は、逆に能天気な表情に戻ってにこやかに言い放った。
「本当に俺が本気だしててもぜんっぜん相手にされないんだぜ?
こんな楽しいのはひっさびさだ。わくわくするわ。
こうなったら絶対に落としたい…ってか、落としてみせるぜ。
そのためには多少の犠牲は払わないとしかたないだろ?
“特別に思ってる”そうアピールするには、自分のテリトリーにいれんのが一番だし?」
(そんな理由で自宅に招かれるなんて絶対に嫌だ…)
と、知也はため息をつきつつ、相手に秘かに同情する。
「あととりあえずな、まずあの子につきまとってる女を追っ払ってやって点数稼がないとだから、ここ数日は俺忙しいから放っておいてやってくれ」
と、そんな悪友の様子に構わず真太郎は上機嫌でそう言うと、手帳を出してスケジュールを確認し始めた。
イケメンだけど怖そう…そうよく言われるが、実は俺が一番優しいんじゃね?と、知也は本気で思う。
本当に本当に本当に…世間の皆の目は節穴だ。
騙されんな、一番人が良さそうに見えるこいつが一番やべえ…
そんな残念なイケメンの心の声は誰の耳にも届く事無く、表面上は平和にハイテンションに、イケメン3人の深夜の酒盛りは続いて行くのだった。