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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
98/107

説得 その2

2か月近くお待たせして申し訳ありません。多忙が重なり、更新が遅れてしまいました。


溜めにため込んだ伏線回収回です!

暗い船内にぽつりと浮かぶ一つの背中。

いつもは大きいと感じるそれが、今日はどういうわけかとても小さく映った。


「ロインドさん」

「ライヨルさん」

のそのそと背中を回転させ、ガルフォン・ロインドがこちらを向く。昼にライオネルに集められた時に顔を合わせたっきりだった。

あの時は少し疲れをにじませていた少年の顔は今では幾分かやつれている。彼の足元に置かれたプレートを一瞥し、クリスティナローラは立ったまま彼に問いかけた。


「食事をとっておられないのですね」

「・・・食欲がなくて」

「食べなさい。体力をつけておかないと明日無事に脱出することはできません」


途中から小声になってしまった。察したのか、ガルフォンの顔に笑みが浮かんだ。嬉しそうな、でも寂しげな笑顔だ。

脱出。その単語に込められた意味を再確認し、クリスティナローラ自身も苦い気持ちになった。


「ライヨルさんも、フリージー星に頼ることに決めたの」

「・・・」

安易に返事はしない。今のところ、それしかないのではと思っているだけだ。最後の最後まで望みはある。・・・はずだ。


「やっぱり、自力での脱出は難しいのか・・・」

「・・・」

「それで、いいんじゃないかな」

「!」

予想外の返答に驚く。彼女の返事を待たずに彼は続けた。その笑顔のまま、あり得ない言葉を。

「フリージー軍に逃げ込んだらいいと思う。君たちみんなで」

「・・・貴方は」

微かに生じた動揺を抑えつけ、クリスティナローラは問うた。

「貴方は脱出なさらないのですか」

「うん」

「いけません」

即時、否を突きつける。一人で北大陸に残る。そんな無謀な行為は容認できない。


「私達皆が脱出するのなら、当然貴方も一緒です。単独行動は許しません」

「・・・」

「国賓としてグリーン星に来たのです。私たち三人で。いかなる危機に見舞われようとも、いえ、今のような危機だからこそ行動を共にすべきではありませんか」

「放って置いてくれ。そんなことを強制されるいわれはない」

突然言い放たれた確固たる拒絶。笑みは消え、琥珀色の瞳には冷ややかものがよぎった。

だが、そんなガルフォンの変貌に怯むクリスティナローラではない。


「いわれがない? 愚かなことを。ご自身の勝手な判断で動くことは許されていま」

「関係ない」

皆まで聞くことなく、ガルフォンは立ち上がった。クリスティナローラより体格の良い彼は、彼女の目をまっすぐ見つめ居丈高に言い放つ。

「国賓とか関係ない。僕がどうするかは僕が決めることだ」


身勝手で無鉄砲な言い分だ。クリスティナローラはキッとガルフォンを睨み返した。

「敵地で単独行動など貴方には愚の極み」

「・・・やってみなきゃわからないだろ」

「無理です。それに、共にここまで来た国賓仲間です。貴方を残していくなどあり得ません」

冷徹に諭す声がいつの間にか猛っていく。拳がぶるぶると震えている。

「脱出するときは貴方も一緒です。これは絶対です」

「僕は残る」


ここまで言っても聞かないのか、この少年は。

「・・・何を言っても無駄ならば、力づくででもお連れします」

「力づくだって? やれるものならやってみろよ!」

空気がピリピリと震えた。冷徹と憤然。ブルーの瞳と琥珀の瞳は瞬き一つせず威嚇し合う。



数秒後、先に色を鎮めたのは琥珀の方だった。

「ごめん」

目を伏せ、ガルフォンは座り込んだ。クリスティナローラと目を合わせないように頭を抱えてうずくまる。

「でも、放っておいてくれないか。僕の意見は変わらないんだ」

「・・・あなたなしで脱出はできません」

脳裏に浮かぶ、灰色の瞳。

「アレスファリタン殿下も・・・きっとそうおっしゃるでしょう」

「だろうね。ライオネルだものね」

か細い声でつぶやく。



「イチアールも言ってくれたよ、いざとなればフリージーを頼ろうってさ」


「軍に囲われたら、多分事実上の人質としていいように利用される。でも木星人に捕まることを考えたらやむなし、ともね。彼女の言い分は一理あるのかもしれないね」


「多分、粗末に扱われることはない。フリージー星人が木星人と戦うのを静観してればいい。もう自分たちでどうこうできる問題じゃないから・・・か。分かってるよ、分かっているんだ」


「それに甘えちゃいけないんだ」


「僕だけが・・・楽になってしまうじゃないか」

彼の声はだんだん小さくか細くなっていく。傍に立つクリスティナローラの存在を忘れたかのような語り口だった。


彼の言葉に引っ掛かり、クリスティナローラは独白に割り込む。

「僕だけ?」

「・・・戦ってるのは僕だけじゃないんだ」



□□

◇◇

「冥王星代表の使者に志望します」

「却下。お前は冥王星からの退去が決まった身だ」

小隊長は書類から目を上げることなく答えた。


「兵士として実力不足ですか」

「選抜は最終段階に入っている。お前が気にすることじゃない。それよりも早く荷物をまとめてニクスに向かうんだ」

「・・・念のため伺います。ヒドラに向かうことは」

「論外だ。お前も感染したいのか」

小隊長はふうっと息を吐いた。

「ロインド、心配な気持ちは分かる。だが焦っても仕方がない。星のことは我々に、家族のことは医師団に委ねて、お前は自分のするべきことをしろ」

・・・そんなことが、受け入れられるわけがない。小隊長の言葉を、頭でさえも正しいとは思えなくなっていた。



数年前からメリテルを侵食し始めていた「まだらの死」。

ガルフォンの家族もついにその毒牙にかかってしまった。


ガルフォンが小隊長からその知らせを聞いた時にはすでに、三人とも衛星ヒドラに搬送された後だった。

ヒドラでは緊急医療施設が展開され、何百もの冥王星人が病床に臥せっている中で医師団が診療にあたっている。

「まだらの死」がメリテルで問題になってから、医師団は昼夜問わず病気の原因・治療法の究明を急いだ。しかし、医師団をもってしても何一つとして「まだらの死」の全容を明らかにすることができていないのが現状だ。

仮説の一つとして、「まだらの死」の発生源は遺伝かもしれない。よって感染者の家族に対しても、厳重警戒が敷かれた。そしてガルフォン自身も、他の感染者の家族同様に衛星ニクスに移住を余儀なくされたのである。



「ニクスで新しい生活を始めるんだ。しばらく戦場から離れてデスクワークに専念するのも悪くないだろう」

「・・・重病の家族と生き別れになれと?!」

「ワクチンが発見されるまでの間だけだ」

「それでもっ、それでもです!」

家族と完全に離れ、自分の生計のためだけに活きていく。

家族を見舞うことも許されない。

人手不足の医師団が、個人の容態を家族に知らせる暇などあろうはずもない。

否。それ以前に、個人の容態を細かく気配り丁寧に扱ってくれる保証がどこにあるというのか。大人数相手なら診察など事務処理だ。一介の母子家族に真摯に向き合ってくれるわけがない。



「取引先に、僕を使者として行かせてください」

生まれ育った村では迫害され家を失い、都市部では蔑まれ裏路地に身を潜めた。

メリテルに入れば安全だと聞かされていた。差別、貧困、病気・・・ありとあらゆる災厄から守られるのだと。それを信じてきた。・・・その結果がこれだ。

(共同体が個人を守ってくれることなんてない)

メリテル、否、冥王星は信頼できない。他の誰かに家族の命運を託したくない。

それに・・・。


家族のために生きる。それが自分の役目なのだ。


「お願いします、僕をグリーン星に行かせてください」



ーー

現在もなお、感染が拡大する中で施設は空きが残り少なくなっている。

(症状の重度、貢献度、社会的地位で優先順位がつけられるかもしれない)

家族は、病床で闘っているのだ。感染症と、そして人と。


家族が戦っているのなら、自分も安寧に包まれてのうのうと生きてはいけない。

苦難の伴う茨の道で闘い続けるべきなのだ。



◇◇

「冥王星では今、とある病気が流行っていてね」

ガルフォンは下を向いたままぽつりぽつりと話し出した。


「『まだらの死』って言うんだ。見ただろ、木星人と夕莉のあの斑点」

「・・・っ、あれが」

「そう。僕の家族もあれにかかって重体なんだ」

言葉が出なかった。ガルフォンは抑揚のない声で続ける。

「冥王星は医療技術が遅れていてさ。薬で病気の進行を遅らせることはできるんだけど、ワクチンは未だに開発されていないんだ。・・・だから死者は増える一方で」


「もうこの病気は手の施しようがない。そう思っていた時、唐突に銀河連盟の宇宙会議が開かれて冥王星も招集された。議題は、グリーン星危機だった。言っちゃなんだけど、これが冥王星にとっては吉だったんだ」

「ではあなた方の星は・・・」

「そう。支援を約束し、代わりにワクチンの共同開発をグリーン星に承諾させたんだ」


「太陽系外の星とそれまでろくに交流してこなかったけれど、ここで初めて繋がりが生まれてグリーン星とは取引関係になったんだ。で、その代表が僕」

「・・・では貴方がフリージー軍に逃げ込むのは別に問題がないのでは?」

取引関係なら、代わりの国賓を立ててでも支援を続けるだろう。


僅かな期待を寄せて聞いたが、ガルフォンは特に動揺した様子もなく淡々と答える。

「まあね。多分今頃、別の冥王星人がフェアーナにいると思う。・・・使者の役目を他の誰かに任せるのは嫌だったけど、こればっかりは仕方ない」

「ではフリージー軍に」

「それはできない」

ガルフォンはきっぱりと答えた。



「僕は自力で北大陸を脱出する。そして宇宙を旅して独自に特効薬を探すんだ」

「無謀です。あなた一人でできることではありません」

「でもやる」

何という思い上がり。聞き分けのなさ。鎮まっていた烈火のごとき感情が再び勢いを取り戻していく。




「貴方はもう国賓ではないのでしょう!保護されてしかるべきです!!」

「そんなことをしたら、いずれは冥王星に送還されるだろ!! 保護だけは絶対に受け入れない!」

「どうしてそこまで!」

「家族を放ったらかして、事態を静観するなんてありえないんだ!!」


「だって・・・だってそうだろ・・・。母さんが、弟が、妹が、僕の手の届かないところで苦しんでいるなんて・・・」


本当はみんなに笑っていてほしかったのに。



やっとのことで聞き取れた最後の言葉。消え入りそうな声。縋るべきものもなく、弱々しく宙を漂う呟き。

「ご家族のために、そのような決意をなさったのですね」

ガルフォンの家族。病床の家族。彼は、どんな生活をし、どんな思いでグリーン星に来たのだろう。


知らないうちに憐憫の眼差しを向けていたのか、ガルフォンがハッとしたように目をぬぐい手を振った。

「同情なんかしなくていい。ライヨルさんにはライヨルさんの道がある。僕の事情を分かってもらおうとは思わない」

「僕は僕のするべきことをするんだ。それだけなんだよ」


その通りだ。

クリスティナローラ・ライヨルはカルメヂの伯爵令嬢だ。冥王星の知識など皆無、ましてやガルフォン・ロインドという個人の生涯をどうして知りえるだろう。

軽々しく他人のことに踏み込むべきではない。他星人ならなおさらだ。そんなことは分かっている。


(ロインドさんは、いくつもの試練を超えてこられたに違いない・・・。そして今もまた、ご自身に試練を課そうとしていらっしゃる。それがどんなに困難か分かっていても・・・)

彼を突き動かすのはただ、家族へのひたむきな愛なのだろう。胸が押しつぶされそうになりながらも、クリスティナローラは気力を振り絞ってガルフォンのそばに立つ。彼の顔を掴んで上を向かせた。



「貴方の要望を聞き入れるわけにはいきません!! 何よりもまず、ご自身の身の安全を考えなさい!!」

目を見開き、はじかれた様にガルフォンが立ち上がる。だが、反撃の間を与えることなくクリスティナローラは続けた。


「家族が苦しんでいるのを黙って見ていることができないとおっしゃいましたね!! それは貴方だけだとお思いですか?!」

「・・・やめてくれ」

「貴方が見知らぬ土地で敵に追われる生活をして、ご家族が安穏とした気持ちでいられるとでも?!」

「っやめろ、言うな!」

顔を歪め、ガルフォンが掴みかかろうとする。目線は外さぬまま、ひらりとかわした。

「必要のない苦痛などただの自己満足です! 貴方が苦しめば家族が助かるとでも?!」

「聞きたくない、いやだ!」

目を閉じ、耳を塞ぎ、うずくまる。その様はもはや、駄々をこねた幼児のようだった。


語気を弱め、耳元に語り掛ける。

「ご自身の為に道を選択する。それが一番では?」

「自分の道なんて・・・そんなものいらない・・・いらないよ・・・」

うずくまったままガルフォンは何度も何度も首を振った。



もはやここまで来ると嫌悪の領域だった。ガルフォンにではなく、冥王星とかいう星に対してだ。

貴族でも、ましてや星の責任者でもない少年。農家出身の平民。守られるべき人間に、どんな苦難の道を強いてきたのだろう。

・・・そんなところに、普通にガルフォンを送還するというのか? そんな解決法でいいのか?


「ロインドさん」

クリスティナローラはガルフォンに頭を上げるよう促した。



ーー

翌朝。

開口一番、彼女はライオネルに頭を下げた。

「殿下、お願いがございます」

自分でも予想外の2人の絡みでした。


次回で第4章の物語が完結しますが、更新は8月上旬までお待ちください。

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