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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
97/107

少年になれなかった彼の物語 未熟と慣熟

大遅刻しました、すみません!

初めて人を殺した。


叫びも、嘔吐もしなかった。

味方が雄叫びを上げながら敵軍になだれ込む中、ガルフォンは死体の前で立ち尽くしたままだった。


うつろな瞳、半開きの口。まだ土気色になっていないその顔からは微かな生気が感じられ、ガルフォンはその兵士から目を離すことができなかった。



どれだけの時間、そうしていただろう。

いつの間にか、喧噪は止み血の匂いも消えていた。

誰かに連れられて椅子に座っているのだろうと、頭の片隅でぼんやりと思った。

人がいるはずなのに、そこは墓地のように静かだった。

音も、匂いも感じない。視界には何も映ってこない。

ガルフォンの精神は未だ右手に囚われていた。


あの瞬間。

ナイフが肉にのめり込む感触。

右手から、離れない。離れない。離れない。



「おい、ロインド」

不意に肩を叩かれ、体がビクンと揺れた。

途端に、視界の光景が正常に映る。閃光ではない優しい光の照明。死体1つないクリーム色の床。

(兵舎・・・)


「おーいったら」

「何回も呼んでるってのにお前はよ・・・」

「おい、あんまり言ってやるな」

野太い声。見知った顔々が視界に映りこんでくる。


「あ゛・・・」

やっとのことで絞り出した声はいつになくかすれていた。

「いつまでここにいるんだよ」

「食堂、もう閉まっちまったぞ」

「ほら、これ持ってさっさと自室に戻れよ」

血ではない何かの匂い。差し出されたプレートにはシチューとパンが乗っていた。


「あ、ありがとうございます」

「皿は明日の朝一番に食堂に返しとけ」

「しんどい気持ちは分かるけど、ちゃんと食っとけよ」

「明日も業務があるんだぜ」

同僚の兵士たちはガルフォンの手にプレートを押し付け、ちらちらと振り返りながら自室に歩いていく。


(消灯時間外に共有部にいたら、小隊長に怒られるな・・・)

ガルフォンもなんとか立ち上がり、のろのろと自室へと向かった。



ーー

(母さんには・・・言えないな)

半分以上中身が残っているプレートを前に、彼は家族たちのことを考えた。


メリテルでの居住権が認められているのは、軍人及び軍関係者とその家族のみ。

例の手紙で応募してすぐ、ガルフォンは兵士となって小隊に配属される通知を受けた。

軍は民間でも都市国家保有でもなく、冥王星を外敵から防衛するためのものだ。農村生まれのガルフォンが知る自衛組織などとは違い、規律も秩序も確立された質の高い防衛軍。


最初は軍の生活に慣れることが難しく、幾度も遅刻し叱責を受け、落ち込んでは家族が恋しくなった。メリテル居住が決まって数週間は仮住まいのマンションに住んでいたが、その後家族は宿舎代わりの戸建て住宅に、ガルフォンは兵舎にと別々の暮らしが始まったのだ。



初めてアデレイドに軍に入ることを告げたのは、シャルルとデジレの容態が安定した頃だった。

彼女は泣いて反対したが、「直接戦場で戦う仕事じゃないから」と説得した。

実際、まだ12歳のガルフォンには一人前の兵士と同じ仕事は与えられず、彼は兵科の勉強と事務処理、演習の見学・手伝いなどに取り組んだ。事務仕事はもともと得意なこともあり、ガルフォンは若手の中でも重宝された。そして13歳以降は、彼の主な仕事は戦場からかけ離れたデスクワークとなった。

そして友達も、面倒を見てくれる存在もいつの間にかたくさんいた。メリテル生まれの粋なエリートや都市部生まれの中流階級が多かったが、誰一人として農村出身のガルフォンを差別したりしなかった。皆で切磋琢磨し仕事に励んでいた。

だから全く苦ではなかったのだ。15歳の、今日までは。


(あの病気・・・)

ここ数年で、「まだらの死」の感染はメリテルまで拡大した。それで軍は人手不足になり、ガルフォンもついに今日、戦場へと駆り出されたのだ。

(人を・・・殺した。初めて、殺したんだ)


覚悟はできているつもりだった。12歳のあの日、最悪このような日がすぐに訪れることを予想していたではないか。

(甘かった・・・。僕は何も分かっていなかった)

どんなに苦しくとも、辛くとも、あの迫害や放浪生活よりはましだとどこかで高をくくっていたのだ。安定した職について、食べていけさえすれば救われるのだと。



(僕は家族のためにこの仕事を選んだ。でも、今日殺した人だってきっと・・・)

殺した相手の最期の顔が、絞り出されたうめき声が頭から離れない。

「母さん」。確かに彼はそう言った。


「命令だから、仕事だから殺した」

でも。

(あんなことがあって・・・これから僕はどうやって生きていけばいいんだ)

朝昼晩美味しい食事を取って、年上の同僚たちとつるんで、週に一度家族と会って。

充実した、暖かな日常。

それを明日からまた繰り返せるのか?

人を殺し続ける中で、毎日を笑顔で過ごすことができるのか?


(どうすれば・・・ああ、母さん・・・)

放浪生活のさなか、三方のぬくもりに救われたことを思い出す。

母に、弟に、妹に会いたい。

会って、またいつも通り遊びに出かけよう。シャルルとデジレが寝たら、泣いて、すべてぶちまけて・・・。

「やめたい」と言えば、アデレイドは受け入れてくれるだろうか。



瞬時に彼は頭を振った。

(僕は・・・一体何を)

そんなことが、許されるのか?

人を殺した罪悪感を、優しい時間で薄める。あの感触を、何も知らない家族と共有する。

「絶対に、駄目だ」

弱りかけていた気を一気に引き締める。


この罪は自分が、自分だけが背負っていかなければならないものだ。

そこに家族を巻き込みはしない。近づかせもしない。


明日は日曜日。

家族と郊外で会う約束だった。

彼は立ち上がり、カレンダーの左端を黒マーカーで塗りつぶした。

(もう、これからは)

日曜日は来ない。


理由は適当に考えよう。あの頃のように嘘をつくだけ。簡単なことだ。


「頑張って稼ぐから」

シャルルとデジレとアデレイドが笑っていてくれればいい。自分がそこにいなくても。


プレート上のスプーンを手に取る。

「僕はこの仕事から逃げない。目も背けない」

家族のためにも、これから殺す人たちのためにも。そして・・・父のためにも。

シチューを飲み、パンを嚙む。

(戦い続けよう)

冥王星の敵と、弱い自分と。



家族を守る。

それが自分の役目なのだから。



ーー

「ゲリラを13名殺害しました。うち2人は指名手配中の凶悪犯です」

「うん、よくやったなロインド」


3年間戦場で戦い続けた。宇宙船も操縦できるようになった。ガルフォンは今や、メリテルでもトップクラスの実力を持つ兵士だった。

「それで小隊長。御用というのは」

「うん、それなんだがな」


小隊長は突然、彼にメリテルからの退去を命じた。


その理由を知ったガルフォンがとるべき行動は、もはや一つしか残っていなかった。

次回、現在軸に戻ります。

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