交わらぬ思惑
今回短め。
「本日、倉庫から、これが見つかった」
司令官は机の上に一つのボタンを置いた。木星人には誰もが必需なその器具を。
「起爆スイッチ、ですか」
研究班所属大尉は戸惑ったような視線を向けてくる。
「ああ。18002のものだ。倉庫に落としていった。これを遠隔操作できるよう接続しろ」
「・・・」
木星人兵士は、戦死しても捕虜になることが無いよう体に爆弾を埋め込んでいる。これがそのスイッチで、通常はこれを押すとその場で体が木っ端みじんに砕け散るのだ。
司令官は、その仕組みを利用して手っ取り早く異邦人たちの位置を特定するつもりだった。
「小型探査機によって範囲はそこそこ絞れたものの、肝心の異邦人は二人しか見つかっていない」
見つけた二人も国賓ではなかった。さらに、偵察もシャンテルも戻ってきてはいない。
「もう小型はあれ以上使い物にならん。こうなったら手っ取り早く起爆だ。煙や爆音、炎ならば位置がごまかせまい」
異邦人たちが18002の遺体を遠くに遺棄する可能性はあまり考えていない。一同の中にはグリーン星の兵士がいる。木星人打倒の手がかりをそうやすやすと手放すとは思えない。
「位置が分かれば、大気圏外待機の部隊はそこへ向けて一直線だ」
「かしこまりました」
「どれほどかかる?」
「明日の朝には」
「よし、急げ」
◇◇
ついかっとなって飛び出してきてしまった。冷たい空気に触れ、多少は冷静になった頭でクリスティナローラは考える。
これまでと何も変わらない。自分の心は決まっている。ライオネルの提案など受け入れられるわけがない。
浅くて緩い水流の中をじゃぶじゃぶと移動し、鍛錬の場所にたどり着く。
「はあっ」
木から木へと飛び移り、俊敏性・持久力を鍛える。北大陸に漂着した次の日から、クリスティナローラはランニングの他にここで鍛錬をするようにしていた。
何度も繰り返していれば頑強な太い木の枝もいずれ折れる。結構乱雑な切り取り方ではあるが、これで薪を大量取得することができた。
薪を拾ってはそれがもともと生えていた箇所を見、巨人の手で折り取られた跡のようだ、と思っていた。
「・・・」
木から飛び降り、地上へと降り立つ。今日はここまでにした方がいいかもしれない。全く集中できていない。
「・・・」
集中できていない。そうなのだ。その原因にも向き合わざるを得なかった。
(夕莉さん。ハールドさん)
2人の安否。
この館は無人だ。医療施設も薬もない。第一、夕莉の病気の方は見たこともない。対処の手段はない。
『夕莉も、ハールドも、あのままにしておけない。すぐにでもフリージー軍を頼りたい』
頭を下げたライオネル。
(貴方にも守るべき星があるでしょうに・・・)
彼がそのことを理解していないはずがない。自分の星が第一という思いがあったからこそ、これまでフリージーのスパイの妄言に屈してこなかったのだから。
それでもライオネルは・・・、年少の仲間の為だとフリージー星に屈することを選んだのだ。
「愚かな・・・とても愚かな決断です・・・」
声が震える。愚かだと言い切ることができるのか? 連日見舞っている夕莉らの容態を見ても? 自身の立場を曲げたライオネルの覚悟を見ても?
『明日の朝には、なんとか船は直りそうなんです。ですがあの船、戦闘にはいまいちなんです。そして直したてでどこまで敵機に対応できるか・・・とにかく囲まれたら勝ち目はほぼありません』
朝一に告げられたウサギ整備士からの忠告。
いかに突破が困難だろうと自分ならできる、木星人など敵ではない。そう訴えてもイチアールの冷静な瞳は揺るがなかった。
彼女は、整備士として客観的な意見を述べているだけなのだ。そこに反論の余地はない。
クリスティナローラにはもう分かっていた。夕莉らの苦しみを無視することも、ライオネルの決断を否定することも、イチアールの警告を無下にすることもできない。
だがそれでも、自分はそのために立場を曲げることができないのだとも。
(私は・・・私は違う・・・! 容易く祖星を裏切ることはできないのです!)
それだけは揺るがない。揺らいではならないのだと、彼女は袖に隠した草案を布の上から抑えた。
木々にくるりと背を向ける。彼女の足は自然と、復旧間近の宇宙船へと向いていた。
ーー
◇◇
分かっているのだ。自分が意地を張る必要はないと。
役目そのものは大事であっても、それを果たす人間などいくらでも替えが利く。農村出身の若輩兵士である必要などないのだ。
今頃、冥王星から別の国賓が派遣されているだろう。
また、自分は冥王星の支配者でも貴族でもない。ライオネルやクリスティナローラとは違う。フリージー星に投降したところで咎めを受ける恐れはない。
そんなことはとうに分かっている。そしてガルフォン自身、愛星家であるつもりもない。たまたまあの場所に生まれついたから今このような立場に置かれているに過ぎない。
さらに、偽エイザクの『実験体』発言も8割ほどはもう信じ始めていた。
戦闘力がほぼない一般人の夕莉がグリーン星に連れてこられた理由としてはいかにもそれらしいではないか。
このままのこのこ帰れば、彼女はきっと実験体として利用されてしまう。
否。それ以前に、彼女がずっと寝付けない生活を送ったら・・・。ハールドがこのまま医療設備のある場所で安静に過ごすことができなければ・・・。
イチアールからの進言も不安要素の一つだった。飛行中に木星軍に撃墜される可能性だってある。夕莉とハールドは勿論、誰一人として無事に故星に帰ることができなくなってしまう。
分かっているのだ。だから、ライオネルの懇願に対してあの返事をした。あれは、ガルフォンなりに仲間の安否を思っての提案だった。
(みんなだけでもフリージー星に受け入れてもらえるだろう。少しでも安全なところに逃げてほしい)
夕莉とハールド、そして国賓の安全が担保される作戦。皆が助かるというなら文句はない。
だが・・・自分には、フリージー星の申し出を受け入れることができない。
「星とか立場とかそういうのじゃないんだ・・・僕は」
分かっている。その理由を理解している。
もう目を背けまい。過去の記憶と現在の悲しみから。




