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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
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説得 その1

初めての彼女の視点を書いてみました!

未だ食事中の三名を残し、ガルフォンは一人塔を出て建築物の階段を上がっていた。夜道を歩く脚はいつもより早い。

イチアールはああ言っていたものの、ガルフォンはどうにも二人の様子が気になって仕方がなかった。誰かの様子が気になってしまったら動かずにはいられない。それが自分の性分なのだ。

「夕莉、ハールド、入るよ」

階下の開口部から声をかける。返事はない。


階段を上がってすぐ、カーペットに横たわる夕莉の姿が目に入った。その寝顔を見た瞬間、ガルフォンはその場に凍り付いた。



茶色。斑点。茶色いまだら模様の斑点。


ぐわりと視界が揺れた。その場に崩れ落ちそうになる体をどうにか動かし、静かに彼女の傍らにしゃがみ込む。

「ゆうり・・・?」

唇から漏れた声は、己のものとは思えないほどか細かった。


彼女の顔はすでにかすんで見えない。茶色い斑点だけが鮮明に存在を主張していた。

「夕莉・・・」

どうして。なんで、君まで。


言葉が声にならない。震える手で小さい手のひらにそっと触れる。反応はない。

立ち上がることもかなわず、ガルフォンはただその忌まわしき茶色に捕らわれ続けた。



ーー

◇◇

朝になり、起きてきた夕莉。その顔を見たライオネルは言葉を失った。

「夕莉・・・」

「エイザクさん」

夕莉はライオネルに構わず、エイザクの方に向き直った。


「フリージー軍はあたしたちを迎えに来てくれるの?」

「貴女をって言うか、国賓三名をね。軍備も揃ってますし、あなた方の自力脱出よりかは確実でしょうね」

頷いてから、彼女はくるりとこちらを向いた。そして。

頭を下げた。


「ライオネルさん、お願い。フリージー星に助けを求めてほしい」

「何を・・・」

「ハールドの容態が安定しないの。あのままにしておけない。フリージー軍なら軍医もいるでしょう? すぐにでも連れていきたい」

茶色い斑点を頬に、額に、喉に、蔓延らせて彼女は嘆願する。他でもない、重病人の少年の為に。



小さな体。真剣な瞳。痛々しい茶色の痕。心を揺さぶられる。

大切な仲間が、年少者が、助けを求めているのだ。救ってやりたい。彼女の頼みに応えてやりたい。

・・・だが。


「・・・父上の信頼を裏切ることになる」

「・・・」

「私にはアレスファリタン領の王子としての責任があるのだ。よって、それに背く行為をとることはできない」

発言・行動一つで星の運命を左右しかねない。それが自分だ。

さらに、フリージー星に身柄を預けること。それはすなわち人質にもなりうる。それだけは絶対にダメだ。



「夕莉さん」

階下から上がってきたクリスティナローラ。

「賊になど頼られてはなりません」

「でも」

「私が必ず皆さんをお届けします。ですから船が直るまでお待ちを」


ふっと陰りを帯びた夕莉の瞳。せめてもの思いで彼女に告げる。

「クリスティナローラを信じよ。彼女はきっとグリーン星まで無事に連れて行ってくれる」

木星人の船から回収した部品を使い、イチアールが修理を進めてくれているはずだ。あれが直りさえすれば・・・。



「分かった」

きゅっと口を締め、夕莉はライオネルを見据える。泣き笑いのような、あきらめたような笑みを浮かべていた。

「船が直ったらすぐにね、連れて行ってよね?」

「信じて、くれるか?」

頷き、夕莉は背を向け開口部へ向かった。ゆっくりだったがスムーズな動きで階段を下りていく。


言葉が出なかった。

すまない、と言うこともできなかった。



「あの人のあの様子を見ても、フリージー星には頼らないんですねえ?」

人を嘲るような声。ライオネルの中で蠢くもやもやを突くような不愉快な発言。

思わずかっとなって言い返してしまう。


「お前に非難などされるいわれはない!!」

「非難? 単なる指摘ですよ。あなたは非情な人だっていう」

「ふざけるなっ」

ばたん、と席を立ち、藍色の瞳を睨みつける。


「私とて夕莉やハールドを死なせたくはない!! だからこそ、一刻も早く船を直してここから脱出しようとしているのだ!!!」

そうだ。自分たちで脱出できる。船が直りさえすれば。フリージー星などに頼らずとも・・・。


腹立たしいことに、エイザクはライオネルの気迫に顔色一つ変えない。

「それで、まあなんとか脱出できたとしましょう。でも向かう先はグリーン星でしょ? そうしたら夕莉さんはまた実験体ですよ?」

「実験体などと・・・貴方が勝手に言っているだけでしょう?」

クリスティナローラがライオネルの横に立った。

「そんな卑怯な手には乗りません」

「・・・もし仮にそうだったとしても、私たちが必ず夕莉を守る。決して実験体になどさせない」

それだけは、絶対にだ。


だから、だから決してフリージー星には与しない。決して・・・。

揺れ動きそうになる心を必死に抑え、ライオネルは目の前のフリージー星人を見返した。



◇◇

(意外と粘るね。まあでも、そろそろかなあ)

一筋の汗が、整った形の顎から床に落ちる。この王子様?も動揺を隠せていない。


(この坊ちゃんの正体も気になるところだけど・・・まあそれは軍に帰ってからだな)

エイザクの見るところ、この王子は多分偽者だ。基地での木星人司令官の発言、病気に感染しない体・・・少なくとも天王星人ではあるまい。


斑点の出た木星人、夕莉。この病気を知るガルフォン。この北大陸には多分、太陽系人にだけかかる風土病がある。木星人も夕莉も、何重にもシールドが張られているであろう基地内にいるときはなんでもなかった。だが外気に触れたらああなるのだ、きっと。

もしその仮説が正しいとすれば、天王星人であるはずのライオネルがかからない理由は明らかだ。ガルフォンと違い、ライオネルはこの病気自体知らないようだったし・・・。



(ととと、のめり込みすぎるな)

今はそれを追求する時間じゃない。それは後でもいい。それよりも・・・。


昨日の夜にこの建物にたどり着いてから、エイザクはずっと中央にある塔の二階に監禁されていた。外壁が透明だから、妙な真似をしても丸見えだという理由で。

窮屈? 不自由? 否、それよりも。


目だけで、透き通る外壁越しに見える建物の数々をぐるっと見回す。

(ここはなんなんだ? なんでこんなところにこんなものがあるんだ?)

侵略・私的略奪時代のフリージー星人が建てたものではない。ここに来てから何かと不自然な態度の貴族の女に関係しているのか、までは予想しているが。


(もしかしてあの女、ここに来たくて古いガイドブック探してたのか? でもなんでだ?)

興味は尽きない。思考する時間でいっぱいで、退屈している暇なんてない。食事を運んでくるあの女に些細な質問を繰り返して、誘導尋問してみようか。


(軍には、僕らの位置はとっくに掴めてるんだ。迎えが来るまで遊びながら仕事をしようか)

眼鏡のつるをいじりながらエイザクは思った。



ーー

◇◇

「ご飯はちゃんと食べてくださいね」

身じろぎ一つしない大きな背中に向かって呼びかける。


「うん、心配かけてごめんね」

顔だけ向けて頷くものの、ガルフォンはそこから動こうとしない。これはどうやら、自分が後で食事を持って行ってやらねばならないようだとイチアールは思った。



自分は昨日の夜からずっとこの船で修理を続けている。ライオネルが木星人の小型船から部品を取ってきてくれたおかげで、明日か明後日には無事に飛べるようになるだろう。

そこにガルフォンが突然やってきて、個室の一つにこもり始めたのだ。


修理で忙しくて、ただならぬ様子の人間に構うほど暇じゃない。ただ、こうしている間にも自分には懸念があった。だから気が進まないながらも踏み込んでみる。

「夕莉さんとハールドさんに何かあったんですか」

肩がひくりと動く。図星らしい。


「悪化してたんですか? そんなに心配なら、手っ取り早くフリージー星を頼るのも手ですよ?」

船が直るのを待つより、その方が確実だと思う。放って置いたら取り返しのつかないことになるかもしれない。


しばしの沈黙ののち、ガルフォンはぽつりと言った。

「君は・・・それでいいのか?」

「ん?」

針金を束ねるのに夢中で、とっさに聞かれている意味を理解できなかった。


「だってグリーン星の兵士なのに」

「ああそっか」

確かに、自分の発言は故星を守る兵士としては失格だ。そのことに気づいて、イチアールは思わず笑いそうになった。ガルフォンの弱々しい視線によって辛うじてそれを抑える。



確かに自分はグリーン星の兵士だ。だが、今はその立場に拘ってはいられない。

「確かに自分の星は好きですし、恩を売ろうとするフリージー星は嫌ですよ。でも、夕莉さん達が苦しんでいるのにそのままにしておきたくないです」


修理を承っておいて何だが、自分が直すのを待っている時間のロスがずっと気になっているのだ。

ガルフォンもそうだろう。その懸念があるからこそ、自身の立場と板挟みになって苦しんでいるのだ。



「そっか・・・」

ガルフォンは膝を抱え込んだ。その目は悲しそうに伏せられている。

「でも僕にはフリージー星を頼ることはできないんだ、ごめん」


申し訳なさげな、だがはっきりとした声。

それっきり彼が話しかけてくることはなかった。

説得の行く末は・・・。

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