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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
92/107

カルメヂの英傑

伏線回収回

子供とはいえ、人一人を3階まで運ぶことは簡単ではなかったが2人がかりで何とかやってのけた。

かれこれ1時間もの間ベッドで眠り続ける少年。傍らでずっと心配そうに見ていた夕莉も頭痛がするからとカーペットの上で眠ってしまった。


(本当は赤の他人にこの部屋は使わせるべきではないのだけど)

ぐ、と気持ちをこらえる。この2人は体調が悪いのだ。今度ばかりは仕方ない。



2人に背を向け、クリスティナローラは静かに部屋を出た。2階へと階段を下りる。

空になった机の引き出しを惜しむようになぞる。目的のものは回収した。長いこと外気に触れることなく保管されていた一片の紙。カルメヂの宝。


箱の上からそっと目的のものに触れた。これをカルメヂに仕える貴族である自分が入手し、故星で待ち望んでおられる陛下の元へお届けする。あるべき場所へと納まるのだ。

(これでカルメヂはさらに強くなるでしょう。あなた様の英知、決して失わせはいたしません)

顔も知らぬ先人に思いを馳せる。貴重な草案をこの世に遺した偉大なライヨル当主に。



ヴィルヘルム・ライヨル。クリスティナローラの曽祖父。

数10年前。高名な軍人であり建築家でもあったかの方は、この未開の地に国賓の一人として招かれた。


当時のグリーン星は、理不尽な土地要求をしてくる外星人に悩まされていた。豊かな資源を欲した侵略者たちは、たびたび北大陸に無断着陸し私的略奪行為を行った。そしてついには軍を起こし北大陸を侵攻するそぶりまで見せたという。

だが当時グリーン星と協力関係にあった六星の軍人がその危機に駆け付け、北大陸に蔓延る侵略者を一掃した。ヴィルヘルムは六星の筆頭軍人として巧みな指揮を執ったという。

侵略者の蔓延る北大陸は、カルメヂの将・ヴィルヘルムの活躍によって無事安寧を取り戻したのだ。


この建物は六星の軍人たちが戦後に国賓として滞在した館だ。ヴィルヘルムは建築家として主に軍事用の建築を手掛けており、システマチック化されたこの館を設計したのも他ならぬ彼だったのだ。



今を生きるグリーン星人は知るまい。かつて自分たちの大陸の為に戦ったカルメヂの英雄がいたことを。もう北大陸を必要としなくなった彼らは、記念すべきこの館の存在すらも地図に記してはいないのだ。


それ自体も実に腹立たしい。

だがそれ以上に・・・!


こみ上げてくる怒りに震え、クリスティナローラはぎゅっと拳を握った。自分と同じ国賓に紛れていたあの少年の顔を思いだすたびに抑えようもない憤りを感じるのだ。



グリーン星人と祖先を同じくする移住者。曽祖父の手を煩わせた敵についてはそれしか知らなかった。

奇しくも北大陸に漂着してから知ってしまった。その敵の星の名と、今行われている卑劣な作戦を。よりにもよってその一味の口から。


かつて北大陸で略奪を働いていた外星人は、未だに姑息な手で豊かさを求めんとする。そんなことがまかり通ってなるものか。



先ほどの夕莉の提案も、クリスティナローラの気分を大いに害するものだった。

眠りにつく前、彼女は「フリージー軍に助けを求めてはどうか」と申し出てきた。ハールドを早く安全なところに移したいからと。

無論、クリスティナローラは「否」を突きつけた。不安の色を隠さない夕莉に、「必ず自分がグリーン星まで送り届ける」と言い張り一切の抗議を聞き入れなかった。


ヴィルヘルム・ライヨルに刃向かった敵は、カルメヂでは未だに「身の程を知らない奸邪の賊」として悪名を轟かせている。目撃次第、裁判にもかけずに成敗するようにと貴族に通達されていた。

そんな賊などに助けを求めるなどもってのほかだ。



再び三階へと戻り、さらに天窓に続く階段を上る。

手動で開閉できるようになった天窓を開け、クリスティナローラは乾ききったオレンジ色の屋根の上に立った。バランスを崩すことなく、数メートル先の崖を見据える。崖の先からは雪解け水が溢れ出し、館を覆うシールドに当たっては跳ね返されていた。


崖へと飛び移った瞬間、雨粒が激しく前進に降りかかってきた。知らぬ間に、シールドの外で雨が降っていたらしい。

絶え間なく降り注ぐ雨に耐え、高さが胸まである水の流れに逆らいながらクリスティナローラはひたすらに歩き続けた。

自力での脱出には、あの宇宙船を操縦可能にすることが絶対に必要だ。イチアールは修理に手間取っていたが、エンジンを動かすのに必要な部品だけを取り換えればすぐに飛べるようになるのではないか。



館にたどり着く前、クリスティナローラは木星人二名に遭遇した。彼らの乗ってきた船は木の枝に引っかかって動かせなくなっていたため、クリスティナローラが木星人を引きずり出し始末するのは簡単だった。その船に乗れたらよかったのだが、木の枝で外部の部品や窓ガラスが破損し運転することができないため、やむなく放置し徒歩で2人の捜索を続けたのだ。


とりあえず、今あの船から部品だけ抜き取ってしまおう。そして後に皆で北大陸を脱出する。

絶対に、フリージー星には頼らない。



『木星人はあたしたちがグリーン星に帰れないように防衛線を敷いていると思う』

『だから、奴らにマークされてなさそうなフリージーの軍に助けを求めた方がいいんじゃない? 少なくともみんなの安全は保障されるはずだから』

『軍医とかもいるだろうしさ・・・』


そんなことができるわけないでしょう、とここにいない彼女に呟く。

(私はカルメヂの伯爵令嬢、クリスティナローラ・ライヨルなのですから)

押し寄せる雪解け水に流されそうになりつつも、クリスティナローラはなんとか目的の木に手をかけた。



任務はまだ完了していない。無事に草案を持ち帰り、陛下に献上するところまでが彼女に与えられた使命だ。

(任務が第一、余計なことを考えてはいけない)

水で濡れた靴のせいで木の幹はひどく滑る。構わずに上り続けた。乾いた手で必死に幹にしがみつく。

「任務を果たすこと。それだけ、それだけなのです」

小声で何度も何度も言い聞かせる。

だが。


(・・・)

考えまい、考えまいとしても。

(あの少年は、苦しそうだった)

呼吸の荒いハールドと、苦悶の表情で眠る夕莉のことを思い出さずにはいられない。


もし、もし二人の容態がさらに悪化したら・・・。フェアーナ国に帰るまでに彼らの身に何があったら・・・。



手が震えだす。

同時に、踏ん張っていた足元がつるりと滑った。


気が付いた時には、クリスティナローラは背中から水中に投げ出されていた。水流は止まることなく、彼女は来た方向に戻されていく。

「っ」

脚が地面に届かない。体勢を立て直そうとするも、前方から急に押し寄せた大波に飲み込まれてしまった。大量の水が顔に襲い掛かり、顔面が水面下に叩きつけられる。息ができない。

呼吸を求めてもがき、どうにか水から顔を出す。濡れた髪が目や口にはりつく。水にむせ、彼女は激しくせき込んだ。


息も絶え絶えの状態で前方に目をやる。木からはだいぶ離れされてしまった。水の流れに逆らって泳ごうと試みる。

「はぁっあっ」

ワンピースが水を吸い、足が持ち上がらない。さらにいつぞやの治りかけの傷が水に晒され、あまりの刺激に彼女の腕から力が失われていく。

完全に身動きが取れない。クリスティナローラは仰向けのまま、なすすべなく流されていく。



水に抗う手を止める。もがいても無駄だと悟ると彼女の心は静かに凪いでいった。

(少なくとも・・・怪我は免れないでしょう)

このまま流されていけば、いずれ館の前の崖に至る。あの高い崖から真っ逆さまに落ちれば、命さえも危ういことは想像に難くない。


(私の命など微々たるもの。せめて、せめてこれだけは・・・)

痛みに耐え、ドレスの内ポケットに保護した小箱を服の上から手で包む。この箱が防水仕様であることを彼女は切に願った。


(カルメヂの皆様、申し訳ございません)

そして、いつかこの箱がカルメヂ国王の手に渡ることを心から祈ろう。それが、自分にできる最期の・・・。



「クリスティナローラ!!!」

水流を押し退ける朗々たる声。力強い手にがっしりと腕を掴まれる。

灰色の瞳がクリスティナローラの姿を捉えて離さない。


「殿下・・・」

「探したぞ、クリスティナローラ!!」


片手で頬にはりついた髪を除け、ライオネルは満面の笑みを浮かべる。

「無事で何よりだ」

左手でクリスティナローラの腕を掴んだまま、彼はもう一方の手を難なく彼女の腰へと回す。流されないようにと力を込めているようだ。

逆らうこともできず、クリスティナローラはされるがままになっていた。


「ところで怪我はないか?」

「ええ・・・」

「そうか。よし、じゃあまずそなたを船まで送ろう」

乗るがいい、とライオネルは腕を掴んだまま背を向ける。


突飛な提案に、水流の中だということも忘れてクリスティナローラは戸惑ってしまった。

言われたことは理解している。だからこそ聞き返さなければならない。

「乗れとおっしゃるのですか?」

「どうした? 早く」

「私をおぶってこの水流を逆らって泳ぐなど無謀では」

とそこまで言ってから、クリスティナローラはライオネルが地面に足をついていることに気づいた。だから、彼と彼女は水の流れに流されていないのだ。


「そんなことはない。早く乗れ」

事も無げに言ってのけるライオネルに少々の敗北感を覚える。それを何とか振り払い、彼女はもっと大事なことを伝えるべく口を開いた。

「この先の館に夕莉さんとハールドさんもいます。このまま私の来た道を戻ってはいただけませんか?」

「何?! 二人も近くにいるのか! ならば急がねば」


ライオネルはクリスティナローラの腕をぐいと引っ張る。自由の利かない彼女はつんのめり、彼の背に倒れ込む形になった。

「よし、行くぞ!」

「殿下! 私も泳げます!」

「無茶をするのではない! しっかりと掴まっておれ!」


クリスティナローラの抗議を聞かず、ライオネルは彼女を背に乗せ泳ぎ始めた。

久しぶりのラブ?回でもありました。

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