取引
謎解き?回
やあ、こんにちは。普通の人間の女の子。
分かってるだろうけど、もうじき君は死ぬ。
ただ、僕なら助けてあげられるよ。助かりたいかい?
即答は結構。だけど対価は要求するからね。
でも、君は王侯貴族でも戦士でもない。支援も僕の為に戦うこともできないねえ。
他のもので間に合わせるしかない。ノーマルの君が僕に差し出せるものでね。
よし、君からもらうものを決めた。
・・・そう不安そうになるなよ。何も死ぬわけじゃない。むしろこの対価で生きられるんだ、ありがたく思うといいよ。
ただ、生活は幾分か不便になるからね。少しずつ慣れていけるように二、三日かけて対価を払ってもらう。
そして対価を支払い終えた時。
君は歩くことのできない体になる。
迷っているのか。だけど、君を助けてあげられるのは僕だけだ。
ここで死ぬか。対価を払って生き延びるか。
さあ、決めるんだ。
ーー
目を開けた。眩しい。
天井いっぱいの光。
腹部に重みを感じて目をやる。苦悶に歪むハールドの顔が見えた。
「ハールド?」
起きない。お腹に乗せられた頭が重いけどどかすわけにもいかず、あたしはそのままの体勢で肌とシャツの隙間まで視線を向けた。
「ああ・・・」
鎖骨付近に茶色い模様。きっと斑点だ。ここ最近の体調不良はこれが原因だった。あたしは、何かの疫病にかかってしまったんだ。
このままだと死んでいたんだろうな・・・。どこか他人事のように思った。
さっきの夢が、妙に生々しく現実感があったからだろうか。多分、死にはしない。ハールドの名前を呼んだ時に絞り出した声は小さいけれど、我ながら弱々しさはなかった。かすれてもいない。思ったよりクリアな声。なにより、気分が少し良くなってる気がする。まだ頭痛はあるけれどましになったとも思う。
「ゆ・・・うり」
ハールドがもぞもぞと身じろぎし目をぱちりと開ける。体を起こして頭を上げ、あたしと目を合わせる。お腹から重みがなくなり、一気に軽くなった。
「お前・・・大丈夫か」
「・・・ハールドの方こそ、大丈夫なの?」
心配そうに見てくるけれど、あたしにとってはハールドの方が心配だった。ハールドの口の周りにこびりついている茶色い跡。きっと血を吐いたんだ。
心なしか、声も震えているように聞こえる。
だけど、ハールドは聞こえなかったかのように質問を繰り返した。
「お前はどうなんだ」
「大丈夫だよ? ハールドの方が気になるんだけど・・・」
「これくらいどうってことな・・・ッ」
床に飛び散る赤い飛沫。立ち上がりかけていた体もバランスを失い床に叩きつけられる。
「ハールドッ」
起き上がり、血飛沫の中に倒れた体を揺さぶる。返事はない。
「起きて!!! 返事して!!!!」
「ねえ、起きて!!!」
もの言わぬ身体を揺さぶり続ける。声も息遣いも私一人だけ。ずっと、ずっと、ハールドは気を失ったままだ。
怖い、怖い、怖い。このまま・・・ハールドが起きなかったら。
今はまだ夢を見ている、そう思いたい。そうじゃないのは知っている。でもこれを現実だと思いたくない。
大切な仲間を、かけがえのないものを失う。そんなこと・・・そんなこと・・・認められるわけないじゃない・・・。
いつの間にか、泣いていた。自分の体の痛みも忘れ、あたしはハールドに覆いかぶさり嗚咽し続けた。
ーー
どれだけ、時間が過ぎただろう。
立ち上がり、辺りを見回す。
ハールドは、相変わらず返事をしないけれどすうすうと寝息を立てて眠っている。肩をわずかに上下させて静かに眠っている。動かなくなったわけじゃなかったんだ。それが、本当に良かった。
泣き疲れたからか、幾分か気持ちが落ち着いてきた。こうしていても始まらない。まずはここから脱出しないと。
何とかみんなのところに戻って、それでハールドを病院に連れて行ってもらうしかない。・・・現状だとフリージー星人に助けてもらうしかないから、みんなを納得させる言葉を考えないといけないな。
そんなことを考えながら脱出の手立てを探る。
外壁は透明だったのに、今は白い壁になっている。窓がない。よって外の様子は一切見えない。
次に地面を見る。上ってきた階段が見当たらない。床をそろそろと這っていると、微妙に継ぎ目のような感触が指に触れた。塞がれた。
閉じ込められた・・・ってことかな。ここに来てから人に会っていないけど、どこかに潜んでいて不法侵入者のあたしたちを見つけてこの塔を遠隔操作しているのかもしれない。それか自動の仕様か。
そこまで思案していると、ふと頭上から降り注ぐ眩しい光に違和感を覚えた。あたしがここに上がってきた時、照明は点いていなかったはず。寝てる間に点いたんだろうけど、なぜその時に点いた?
しかも照明が照らしているのはあたしたちじゃない。この部屋の中心に位置する大テーブルだ。缶詰が出てきた一階のテーブルと同じくらいの大きさだった。しかも六人掛け。
照明らしき丸い円盤が天井にいくつも取り付けられていて、一番大きいのだけが点いていてテーブルを照らしている。ついでにあたしたちにも光が降り注いでいるっていう。
不法侵入者を照らすっていうのなら分からなくもないけど、誰も座っていないテーブルをなんで照らす必要がある?
(・・・)
天窓に始まり、この塔に入った時のこと、現状を鑑みて再考する。
もしかしてだけれど。
割と簡単に出られるかもしれない。
ーー
◇◇
クリスティナローラは水中の足を止めた。数十メートル離れた場所へと目を凝らす。
そびえたつ白い塔。その周りを取り囲むオレンジ色の屋根。
見つけた。ずっと探し求めていた場所。
◇◇
床ほんのわずかに震えている。継ぎ目のあたりから開口部ができ始め、階下へとつながる階段が姿を現した。
思ったよりも早かった。
「ハールド」
呼びかけるけれど返事はない。仕方ないから床を引きずるようにして連れていく。
重い。いや、あたしが非力なだけかもしれないけど。脇に腕を差し込んでどうにかこうにか移動する。
「う・・・」
ハールドの頭が未だ痛む腹部を圧迫している。苦しい。
痛いけど、足は止めない。急がなきゃ。多分、またすぐ開口部は塞がれる。
案の定、階段を下りている途中で開口部は閉じた。
階段も、そのままの姿勢で下っていく。当然あたしは後ろ向き。万一足を踏み外してもあたしがクッションになるように。
なるべく慎重に動いているけれど、ハールドの足が段に引っかかってがくがく揺れるたびに申し訳ない気持ちになる。
何とか下りて、ハールドを床に寝かせる。あたしは一階の透明な壁を見回した。
モニター、操作盤・・・とにかく部屋の管理をしているであろう機械を探す。見当たらない。見えるのは暗くなった外の様子だけ。
・・・まあ、この透き通った外壁にそんなものがくっついてたら外観が台無しになるだろうし。
六人掛けのテーブルから離れたところの床に蓋があった。持ち上げよう、とした瞬間にゴッと音がして勝手に開く。例の赤くて四角いロボットが顔を出した。やはり銀色のお盆を抱えている。そして背後には階段が。
ロボットはあたしにかまわずテーブルの方へと向かっていった。蓋を持ち上げてみると固定されておらずゴミ箱の蓋のようにあっさりと外れる。あたしは蓋を手にしたまま走って階段を下っていった。
下りたところからは部屋がいくつか見えた。幸い、ドアはないみたいで内装がよく見える。一番近い部屋に白い光を漏らす機械が見えた。
「・・・」
長方形の操作盤。左側には時刻を示したらしい数値が二つずつ縦に並び、それらに対応するように右側にはイラストがある。
イラストは上から、座って討論をしている二人の人間、ナイフとフォーク、ドアが左右に開く様子、風?、などなど。ナイフとフォークには見覚えがある。けど、天窓の脇に人が腰かけてるイラストはなかった。
そしてイラストのうち、ナイフとフォークのイラストだけが白く光っている。
こうやって、自動で部屋の管理をしている。そういうことだ。
数値に触れる。上下にスワイプしてみると数字が変化した。よし。ドアの開閉時間を書き換えれば、あたしたちはとりあえず外に出られるはず。
ナイフとフォークのイラストの横の数字を見る。8時00分~9時00分。12時30分~13時30分。16時20分~17時00分。19時30分~20時30分。今、19時40分くらいか・・・。
出入り口の開く時間を手早く書き換えながら考える。
みんなのもとを離れたのが昼頃。あの缶詰とかを出された時間が16時20分。ここまで来るのにかかった時間は4~5時間。
今日中にみんなのもとに帰るのは無理だ。外は暗いし道も覚えてない。なによりあの水の中を、意識のないハールドを連れて5時間も徒歩で移動するべきじゃない。
体から一気に力が抜ける。床に倒れ込むと同時に忘れかけていた痛みが戻ってきた。
戻れない。うすうす予感はしていたけど、こんな形で突きつけられることになるとは。
「ハールド・・・」
ごめん、戻るのは明日明るくなってからだね。
19時30分~20時30分というのが食事のための時間と仮定すると、それが終わればきっと就寝の時間だろう。ここの使用者は、まあ今はいないんだろうけど、この塔の1階から出てオレンジ色の屋根の建物に入って寝るんだろう。
ということは、20時30分になればさっきの建物の鍵は開くはず。そこに入ってハールドを寝かせて、朝までに操作盤を探せばいい。
それまでは食料漁りでもしようかな。痛む腹部を抱えて立ち上がる。
奥の部屋を見に行こうと部屋をでた瞬間。
目の前に刃があった。
「えうあっ」
動揺のあまり尻もちをついてしまった。次いで暗がりから現れたのは、見慣れた金髪と碧眼の美少女。
「貴女でしたか」
「迎えに来てくれたんだね、ありがとう」
クリスティナローラさんはとりあえず銃剣を引っ込めてくれる。そしてぎょっとしたように目を見張った。
「その斑点は」
うわ、見えるところにも斑点でてるのか。
「ぐ、具合が悪いみたいで」
「・・・急ぎ脱出いたしましょう。3人で船まで帰るのです」
「待って!」
踵を返した彼女を急いで引き留める。目線は、水を吸って重くなった彼女のワンピースだ。
「ここには何で来た?」
「途中まで船で、あとは徒歩です」
「1階にハールドが倒れていたでしょ? 彼を徒歩で移動しながら動かすべきじゃないと思う。獣とかもいるだろうし」
「ではどうしろというのです!!」
苛立ったようにクリスティナローラさんは声を荒げた。
「あなた方は一刻も早く帰るべきではないのですか?!」
「朝まで待とうよ。明るくなってからみんなのところに帰ろう?」
「重度の病気なのでしょう?! 朝まで放って置くなどできるわけがありませんわ!!」
冷静沈着な彼女が珍しく怒っている。・・・この人は、本当にあたしたちのことが心配で追いかけてきてくれたんだな。
ハールドに連れ出されたとはいえ、ここまで無断で来てしまったことに罪悪感を覚える。
「ごめんね、」
「一体、私がどれだけ心配したと・・・」
「ありがとう」
そうだね、心配かけちゃってたね。
「雪が解けてるならイチアールが船を動かして迎えに来てくれるかもしれないからさ、それで帰った方が安全じゃない?」
「・・・貴女はそれで平気ですの?」
「うん」
確かにまだ痛みは残っている。でも間違いなくあたしの体は快方に向かっている。そのことを脳も理解している。だからこんなに落ち着いていられるんだ。この苦しい状態に耐えれば、きっと完治するはず。
不安があるとすれば、完全に回復した後。取引後にあいつが言った通り、私の生活はきっと一変する。その時の自分のライフスタイルについていけるだろうか。
(・・・)
考えちゃだめ、考えちゃだめ、今から不安な気持ちになってどうする。
あたしは部屋を出て奥の部屋に入った。大きな机に積まれている缶詰の山。保存庫らしき木製の箱も見える。
「少し待てばベッドのある部屋に行けるからさ、それまでは薬とか食べ物を探したいんだけど」
「・・・」
クリスティナローラさんは目をぱちぱちと瞬かせた。
「貴女もここをご存じですの?」
も? めちゃくちゃ気になる言い方をするね。
「いや、知らないよ? イチアールの言ってた移住希望者たちの生活跡だと思うんだけど」
「そんなわけがないでしょう!」
強い口調で否定してくる。
「クリスティナローラさんはここが何か知ってるの?」
「・・・」
しまったというように口を閉ざしたっきり、彼女はしゃべらなくなってしまった。もうそれが答えなんだけどな。
「お!」
保存庫を開けてみると、缶詰以外の食べ物があった。真空パックされた肉の塊とドライベジタブル。乾燥豆もある。あとは何か、透明なジッパーに入った肉?のような乾燥したもの。ぱっと見た感じは木片っぽい。
保存庫の脇にも水やら紙パックの加工食品が積まれている。イラストを見ると、スパゲッティやハンバーグ、シチュー。炭水化物も充実してるね。
全部、商品説明が書かれているけど当然あたしには読めない。クリスティナローラさんが分かるんなら読んでもらおうかな。で、栄養の高そうなものは持ち帰ろう。ハールドの食べられそうなものもあったら嬉しいな。
もう何日もまともなものを食べていない。大量の食料を前に、不安な気持ちがほんの少し薄らいでいく。
久しぶりに、本当に久しぶりに、あたしは顔をほころばせた。
クリスティナローラの口調、誰かさんにそっくりですね?




