少年の代償 空虚な契約者
お待たせいたしました、今週からまた隔週で頑張ります!
翌日から、ラクープは墓参りに来なくなった。
多分、気が済んだのだろうとそれくらいにしか思っていなかった。
そんなある日。
ハールドは死骸の後始末を依頼され、一人手押し車を引いて高級邸宅街の中を歩いていた。
家々の高い塀の中からのぞくのは、果実がたわわに実る樹やそれを手入れして回る少なくない数のシェル―ドルたち。高貴なクルシェトラらならではの特権だ。
(・・・)
皮剥ぎの仕事に敬意を払わないことも、彼の死に対するクルシェトラの姿勢もハールドにとっては嫌悪の対象だった。特に後者を思い返すとはらわたが煮えくり返る。本来なら、こんな仕事は絶対に受けたくない。
だが、今の自分には臨時の高額収入が必要だった。食費だけなら清掃作業で事足りるが、燃えてしまった皮剥ぎの道具を買いなおそうと思ったらそうもいかないのだ。
はあ、とため息が出てきた。なるべく早く作業を終えよう。それで、余った金でなるべくいい飯を買って全部忘れよう。
彼は重い足取りで手押し車を引き続けた。
ある邸宅の近くを通った時。ハールドの耳に聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
まさかと思いつつ塀をよじ登り木の陰からこっそりのぞく。庭園の真ん中に寝台が置いてあり、その上で少年が体を起こしている。
間違いなくラクープだった。だがどうも様子がおかしい。
遠目で見てもその顔色は悪い。そして、着飾った長髪の女がわきに立ちラクープに何か話しかけている。女はかなり年配だった。
女がしつこいくらいに前のめりになってしゃべり続け、ラクープは無理をしているかのような笑みで何か答えている。時々女はラクープの手を取り、いやむしろあれは掴んで、何度も何度も接吻している。ラクープは・・・ただでさえ悪い顔色が余計にひどくなっていた。
(母親か? クルシェトラの家じゃ、ああいうことをするのかね)
このまま去ろうかと思ったが、どこか苦しそうなラクープの様子を見るとどうしても立ち去れなかった。
女が離れたすきに、ハールドは垣根を飛び越えラクープのそばに降り立った。
「ハールド・・・」
「お前、大丈夫かよ」
笑みが弱弱しい。
「ごめん、挨拶できなくて」
「なんの?」
「別れの」
もうすぐ僕、死ぬからとラクープは続けた。急な告白に、ハールドは言葉が出なかった。
ラクープは少しずつ話し始めた。
「君と話した日の翌日、倒れちゃったんだ。もともと病弱だったんだけど、お医者さんに診てもらったら病気で」
不治の病、と言われたという。いつ死ぬのかは不明だが、もう一年はもたないだろうと宣告を受けた。
そこから先の話は、ただでさえ機嫌の悪かったハールドをさらに胸糞悪くさせるものだった。
嫡子ではないゆえに、ラクープの余命宣告は比較的軽く受け止められた。だが、他に子がいないため政略の駒は有効に使わなくてはならない。
そこで、ラクープの父は息子の使い道を早いうちに決めた。まだ生きているうちにと、さっさと金持ちのバウニアの女と結婚させることにしたのだ。そしてラクープの残りの人生を、形だけの婿としてバウニアの屋敷で過ごすよう命じたという。
「はあ? あの女、お前の嫁候補なわけ?!」
「うん、向こうも行き遅れでちょうどいいって。僕のことも気に入ってくれたみたいだしいいかなって・・・」
「いや、お前、明らかに嫌がってたじゃねえか!!」
「う、でも家の為になるなら・・・」
ハールドはばん、とベッドの角に手を置いた。ラクープが、びくん、と体を慄かせる。
「空飛んで神話を探して、一つ年下の女と結婚したいんじゃなかったのかよ!!」
「だって、だって」
ラクープはもう半泣きだった。
「僕は父上に逆らいたくないよ!!」
「そんなクソみたいな父親の為に人生棒に振るのかよ!!」
「半分引いた高貴な血を生かさなきゃダメなんだ!! それがクルシェトラの家に生まれた僕の役目だから・・・」
絶句したハールドをよそに、ラクープはしゃくりあげ肩を震わせていた。ハシバミ色の目からはとめどなく涙が流れる。
ハールドは言葉も出なかった。冒険がしたいならそうすればいいのに、なぜ家の為に全部諦めようとするのか。理解ができない。
(なんだよ、クルシェトラって・・・)
その時、足音が聞こえてきたのでハールドは走ってラクープのそばから離れた。俄かに振り返り、塀から身を乗り出しつつ叫ぶ。
「もうすぐ死ぬってんなら、その前にその願いを叶えてやる!! 絶対に俺がお前を逃がしてやるから! だから、婚姻を引き延ばしとけ! いいな!」
□□
「この世界の外?」
洗った皿を机の上に重ね、ハールドは聞き返した。
「そう、お前がタルトクとして扱われない世界だ」
「なにそれ、おっさんはそこに行ったことがあんのかよ」
「ないな」
「じゃあなんでそんな場所があるって知ってるのさ」
「読んだんだよ」
カードゲーム同様にクルシェトラの家のゴミから拾った本に書いてあったという。
「書いてあることが本当だとは限らないだろ。何で信じるわけ?」
「俺たちの世界のことを客観的に記してる。あの本そのものが外の世界で描かれたものに違いない」
「外の世界があるかなんて、実際に自分の目で見てみなきゃ断定できないだろ」
「じゃあ行ってみればいい。本に行き方が書いてあるぞ、読んでみるか?」
収納箱に手を伸ばした皮剥ぎをハールドはやんわりと制止した。
「いいって、興味ない。俺はあんたとここで仕事をしてりゃいい」
「読むだけ読んでみればいい」
「いらないよ。大体、俺がそんな所に行って何になるわけ?」
正直、この単調な生活が続くことになんの不満もなかった。それに、日常が変化するのも面倒だった。
皮剥ぎは短く息を吐いて手を引っ込め、緑の目でハールドをまっすぐに見た。
「生きる意味、だ。昨日言ったろ。それがこの世界の外でなら見つかるかもしれない」
「またそれかよ」
昨日の今日でまだ言うか。自分にはその気がないのに。
「生きる意味とかそんなの俺には関係ねえよ」
ーー
「銀貨が一枚、二枚、三枚、四枚」
これが自分の得た報酬だった。
足りない。これではまともな船は手に入れられない。
「くそっ、どうすりゃいい・・・」
ハールドは生まれて初めて頭を抱えて唸った。
仕事を終えるや否や、ハールドは速攻でラクープ邸にとんぼ返りした。渋るラクープから無理やり世界の外との境界の場所を聞き出し、昼夜を問わず歩いてそこへ向かった。
そこは、草木一つない更地に大量の岩石が積まれた謎の建築物だった。そこから人が出たり入ったりしており、建物の中から上空へと謎の飛行物体が飛んでいく様を確認できた。
物陰から出てその建物に入ろう、とした時点で彼は足を止めた。
建物の門番が腰に下げている何か、が気になったのだ。それは見た感じは金属の塊だった。だがあれは危険だと本能が告げている。
それに、門番は二人だ。どちらも屈強な体つきをしている。格闘の素人の荒くれタルトクを相手にするのとはわけが違うとハールドにも何となくわかっていた。
不本意ながら物陰で待ち、シェル―ドルらしい肌の浅黒い男が出てきたところを捕まえた。
見よう見まねで、皮剥ぎの情報収集の手段を再現する。脅すと嘘をつかれる可能性があるので、まず金を見せてクルシェトラの使いで船を手に入れに来たと説明した。すると男はすんなりとハールドの望む情報を教えてくれた。
「空飛ぶ船」に乗りたければ、金を払って船を借りるか買うかするしかない。買うとなれば、使い捨ての安い船で銀貨3枚。頑丈で高級な船なら金貨10枚は必要。ただ、一般的にクルシェトラが買うのは金貨6枚以上する船だ。
(足りない)
誰もいない物陰でハールドは一人銀貨とにらめっこをしていた。
安い船なんて冒険向きではないだろう。そもそも、病床のラクープが乗るならそこそこ快適でしっかりしたつくりの船でなくてはならない。
(金貨か・・・)
清掃に比べはるかに高報酬な死骸処理。だが毎回渡されるのは大量の銅貨か銀貨数枚だ。未だに金貨だけはお目にかかったことがない。
金貨は銀貨100枚分に相当するという。では、金貨6枚。それだけの金額、何度依頼を受ければ稼げるのだろうか。
稼げたとしても数年はかかる。そのころにはラクープはとうに死んでいるだろう。
一か八か乗り込んで船を強奪することも考えた。だがラクープに教わらねば船は動かせない。建物の中には門番と同等かそれ以上のやつがいるだろう。病気のラクープを抱えて潜り抜けられる相手だとは到底思えない。
(どうするよ・・・)
悶々とした気持ちを抱いたまま、ハールドはいつの間にか眠っていた。
ーー
その日、ハールドは夢を見た。
燃え盛る平地に一人ぽつんと立っている。自分の周りは大きめの火の円で囲まれており、脱出することが叶わない状況だった。
右往左往していると、不意に正面の炎が二つに割れ、そこから一人の長身の男が入ってきた。
白い服の上から黒いローブを羽織り、手には奇妙な金属を付けた武器?を持っている。男がフードをとると、なんと髭一つない長髪の青年だった。目は赤く、爛々とハールドを凝視している。
驚いたことに、ハールドにはその間何もできなかった。男が自分の名を呼ぶまでただその場に立ち尽くしていたのである。
「ハールド、こんにちは」
「・・・」
その目に似合わぬ男の笑顔が薄気味悪く、さっさと逃げようと炎の切れ目を探す。・・・ない。
男はずいずいとハールドの前までやってきた。慌てて後ずさる。
「無視しなくてもいいじゃんか」
「・・・誰だよ。なんで俺の名前を知ってんだよ」
「誰って、酷いね」
本当に見覚えがない。それにハールドとしては、男そのものよりも彼が持つ武器の方が危険だった。
棒の先に付いている金属。見たことのない三日月形。あれはきっと刃物だ。それの動向を、ハールドは視界から消すことができなかった。
(あれで首を掻き切られたら・・・)
「そうびびらなくてもいいよ。これは今の君には使わない」
男は笑みを浮かべたまま武器を持った手を左右に振った。
「そんなことより話をしようよ、そのために呼んだんだし」
「・・・得体のしれない奴と話すことなんてない」
「またまた」
「すでに一回会ってるじゃないか」
「はあ? あんたなんか知らねえよ」
「・・・ああなるほど」
男は笑みを引っ込め、何か思案するそぶりを見せた。
「確かにな。この星じゃ、この姿は通じないんだな」
「ならば」
「君的にはこっちの方がしっくりくるのか?」
男の姿が消え、その場に赤い炎が燃え上がる。中央に光るのは、見覚えのある一つ目。目の下の空洞が言葉を紡ぐ。
「これで信じてくれた?」
「・・・」
絶句していた。そんなこと、ありうるのか? あれは神話の作り話ではなかったのか?
(いや・・・)
目の前に存在するものなら信じるしかない。
「分かったって。で、俺に何の用?」
「話が早くて助かるよ。で、君は力が欲しくないか?」
「力? 別に鍛えてるしいらない」
「そうじゃなくってさ」
「確かに君は強そうだ。だがこの世界の外を知らない。例えば“銃”とか。君が走るより早く君の息の根を瞬時に止められる道具だ」
あの門番も持ってたよね、と炎は続ける。
「引き金を引けば中から弾が出る。その弾でたやすく人の命を奪えるんだ。とてもじゃないが君が刃物一本で立ち向かえる相手じゃない」
そんなことは何となく直感していた。そしてこの男がわざわざそれを説明する意味も。
「で、俺に何を買わせたいわけ?」
「念力と呼ばれる力だ。防御にも攻撃にも使える力」
「なんそれ」
「簡単に言うと、念を送ってものを持ち上げたり自由に動かしたりできる力さ。勿論、普通の人間には使えない」
「使いようによっては立派な武器になると思うんだけど、どうだい?」
「・・・」
(ものを持ち上げたり・・・か)
自分では持ち上げられない岩とかを相手にぶつけられたら、と何度か思ったことがある。悪くはないと思う。
ハールドは顔を上げ、表情がほぼ分からなくなった炎を見据えた。
「対価は?」
「一度使うごとに君の寿命を少しずつもらっていく。その影響は主に内臓に現れるだろう」
寿命。とあらば慎重にならなければいけない。
「先に念力を使わせてみろ」
「うんいいよ」
即答し、炎は膨張し始めた。顔に体に熱気が襲い掛かってくる。
「もういいよ、使ってみな」
「・・・」
とりあえず、炎の円の一部に向かって意識を送ってみる。そこの炎は二つに割れた。
「どう、嘘じゃなかったろ?」
「まだだ。この円、あんたが作ったんだろ。あんたの持ち物じゃ信用できない」
自分自身を浮かせてみたり、ケープを飛ばしてみたりしてやっと、ハールドは納得できた。
そして決意も固まった。
自分には生きる意味もやりたいこともない。だがラクープはそれを持っている。そして叶えられないのが現状だ。
彼の望みを叶えるためにはこの力が必要なのだ。そしてそのためなら寿命など惜しくもない。
「くれてやるよ。俺の寿命。だから念力を俺にくれ」
「了解。契約成立だな」
「寿命はこっちで勝手にもらっていく。君は安心して冒険でもなんにでも行けばいい」
「一度に使える回数には制限があるからね。使い過ぎに注意しなよね」
ーー
夢から覚めても不思議とあれが現実だという実感があった。
念のため、物陰から石を飛ばしてみる。石は不規則な軌道を描いて門番に向かった。
頬を赤くした門番が見当違いの方向を睨んでいるのをしり目に、ハールドはその場を立ち去りラクープを迎えに行った。
「・・・というわけで、これでうちゅう、とやらに飛んで旅ができる」
「ハールド・・・」
「俺の命の使い道を探していた、だからこれでいいんだ」
「でもそんなの」
「俺の命のことは俺が決める」
頑として言い張ると、ラクープはわっと泣いた。
「ごめん、ごめんねハールド、僕の為に。・・・僕、せめて操縦は頑張るから」
「いいけど、いつでも代われるように俺にも教えてくれよな」
それからハールドはラクープを手押し車に乗せて建物に舞い戻った。
ハールドの格闘技・念力をもってして、門番並びに中の人間を叩きのめし大きめの船を強奪した。ラクープが申し訳なさそうな顔をするので、もう必要ないからと二人の手持ちの硬貨をばら撒いて飛び去った。
この建物こそ、その星の唯一の宇宙港だった。ラクープとハールドはそこから、広大な銀河へと飛び出したのである。
次回、現在軸へ。




