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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
89/107

少年の代償 クルシェトラの友人

皮剥ぎが死んだ。


何の変哲もない、ある日の夜。ハールドは唐突にこの事実を知らされた。



最初に見たのは火に包まれ燃え上がる工房。仕事帰りだったハールドは、遠目に煙を見るなり荷物を放り捨てて駆け出した。一心不乱にバケツに水を汲み消火しようとしたが、木造の工房が燃える速さに追いつけず瞬く間に工房は炭と化した。

火を消してすぐ中に入って皮剥ぎを探したが、何もかも焼けてしまって死体があるのかも分からない。廃墟の外には、そんな彼を指さして笑ったタルトクがいた。その姿を見るや、ハールドは廃墟から飛び出しそいつの胸ぐらを掴んで皮剥ぎの無事を問うた。


「か、皮剥ぎは死んだのさ」

鬼気迫ったハールドの表情に怯えながらタルトクは話し出した。

「川で溺れてた子供を助けて、結果自分が溺死したんだってさ。馬鹿なやつだよ」

「まあクルシェトラの跡取り息子だっていうから、助けないわけにはいかなかったんだろうがね」

「クルシェトラから、もう皮剥ぎの小屋を残しておく必要はないって言われてな。それで燃やしたのさ」

「一刻も早く死体を処分するよう言われたから、もう埋葬も済ませてある」


ハールドは彼の喉を締め上げながら埋葬場所を聞き出し、息も絶え絶えのタルトクを地面に叩きつけて走り出した。



着いたのは、タルトクや賤業のバウニアのための墓地だった。一番右の墓に駆け寄り素手で土を掘り起こす。

最初に現れたのは、生気を失った皮剥ぎの顔だった。

「おっさん・・・?」

呼びかける。返事はない。

「おっさん、おっさん」

墓地に、ひゅーるると風が唸る音だけが響く。


「なあ、返事してくれよ!!」

「もういいよ、いつまで寝てんだよ!」

「なあ、起きてくれよ・・・」


声はない。まして、瞼が開くことは決してなかった。



顔を上げられない。見たくない。

ハールドは死体を抱え、地面に向かって嗚咽していた。



ーー

どれくらいの時間がたっただろう。気が付くとあたりは明るかった。

膝の上の死体を見、墓に戻して上から土をかける。


顔が涙でべとついている。目もひりひりする。

(顔・・・洗うか)

立ち上がろうとした時、ふと背後から視線を感じて振り返る。



ハシバミ色の瞳。

先日の少年が不安そうにこちらを見つめていた。


無視して立ち去ろうとすると、「待って」と袖をつかんでくる。振りほどこうとした時、少年の口から思いもよらない言葉が出てきた。

「僕の弟の恩人がここに埋まってるって聞いたんだ。あの、皮剥ぎの人」

「恩人?」

「うん、うちのシェル―ドルから聞いた。溺れかけた弟を助けてくれたんでしょ?」


少年はハールドの横をすり抜けて墓の前に向かった。そして目を閉じ、両手を合わせて何やら短い言葉を唱えた。

「僕が知ってる唯一のおまじない。また生まれ変わって幸せになってねっていう意味なんだ」


ハールドが黙っていると、少年は今度は彼に向かって頭を下げてきた。

「本当に、ごめんなさい」



「何が?」

「僕の弟のせいで、君のお父さんが死んじゃった。だから、・・・本当にごめんなさい」

俯いたまま彼は謝罪を繰り返した。声が震えており、足元にぽたぽたと雫が落ちては土にしみこんで消えた。


形式的でない心のこもった謝り方で、本当に申し訳ないと思っているのがひしひしと伝わってくる。ハールドはふいと目をそらし、墓を見たまま答えた。

「あの人は俺の父親じゃない。それに、おっさんが死んだのはあんたのせいじゃないだろ」

「でも・・・」

「もういいって、あんたに謝られようがおっさんが生き返るわけでもない」

ハールドはまだ何か言いたげな少年を残して墓場を立ち去った。



ーー

その日、ハールドはいつも通りに学び舎で働き、夜にはウサギを狩り残飯屋で飯を買って食べた。

「・・・」

味がしなかった。


残飯屋の飯は、ごちゃまぜのよくわからないとりあえず濃い味。のはずなのに、今日はびっくりするほど味がしない。ウサギの肉も、うま味をまったく感じないのだ。

「はは、おっさんがいなくなったらこうも変わるのか」


かっぱらいをしていた頃は一人で食べる飯をとてもうまいと思っていた。皮剥ぎに出会ってから二人で食べる食事はさらにうまかった。

そして今、一人に逆戻りしただけなのにあの時の味をもう取り戻せないでいる。



無味無臭の食事を終え、土の上にごろりと横になる。そしてふと思った。

明日から自分は何をして生きていくのかと。


昼間は仕事をして、夜は狩りをしたり飯を買ったり。それをずっと続けていくのか? ずっと、一人で?


皮剥ぎがいた時はそんなことをいちいち考えなかった。単調な仕事でも皮剥ぎのために汗水たらして働いたし、彼の為に日銭を持って帰ることが喜びだった。


あの日々を一人で送る意味。そんなものがあるのか?



「意味か。意味と言えば」

皮剥ぎが生前言っていた、「生きる意味」、生きがいとかいったか。そんなものもない。やりたいことなど全く思いつかない。


自分には何もない。空っぽなのだ。



(生きる意味がないんなら)

ハールドは瞼を開いた。月明かりのない真っ黒な空を見上げる。

もうやることは一つしかない。


自死などは頭にない。皮剥ぎに拾われた命を無駄にするつもりなんてない。

しかし、空っぽな自分にはどうせ生きる意味なんてない。やりたいことだってきっと見つからない。


ならば、命の使い道を探そう。自分の残りの人生をどう使うか、どうやって終わらせるか、それをこれから見つけよう。



ハールドは目を閉じた。たまに見せてくれた皮剥ぎの笑顔が脳裏によぎる。

もう、涙は出なかった。



ーー

こうして、ハールドの日常はいつもどおりに再開した。ただ一つのことを除いては。


「またかよ」

学び舎を出てすぐ、こちらを見ている少年の姿が目に入った。ハシバミ色の瞳をぱっちりと開き、ハールドに向かって遠慮がちに手を振っている。

あたりに人影はなく、生徒の下校時刻もとっくに過ぎている。ずっと待っていたのだろう。


「俺はタルトクだ。口をきかない方がいいぞ」

目を合わせることなく告げても少年はめげずについてきた。

「今は人がいないし、いいんだ。それに皮剥ぎの人のお参りをしたくて」

「おっさんのことはもういいって言ったろ」


鬱陶しい。そう思ったが今は外が暗い。タルトクのならず者がうろつきやすい時間に、こんな少年を一人で放り出すわけにはいかない。

「ついてこい、離れんなよ」

「うん」

少年は手に下げた花籠を見て微笑んだ。少年の歩みは遅いので、ハールドはかなりゆっくり歩いてやらねばならなかった。



そんな風に、ハールドの仕事終わりに二人で墓参りに向かい、その後少年を安全なところまで送るという習慣ができてしまった。

少年は律義にも、毎回毎回花や砂糖菓子などを墓に備えていた。そして必ず例のまじないをし、それからハールドの横に座って一方的におしゃべりをしていた。


寡黙なハールドがそれに受け答えをするようになったのは、少年が皮剥ぎのことを知りたがったからだった。今は亡き自分の恩人の思い出はハールドにとっても懐かしく、いつしか聞かれたこと以上のことをしゃべるようになっていた。



そしてついに、小腹が空いたからと二人前のウサギ肉を用意するまでになった。


「これがウサギかあ」

少年ーラクープーはハフハフ言いながら焼きたての肉をほおばった。

「うん、おいしいな!!」

「ウサギ、食ったことないのか」

「うん、普段食べるのは鶏と羊と魚くらいかな。ウサギは初めてなんだ」

ラクープは彼の食べたことがある料理を教えてくれたが、それらはどれもハールドの知らないものばかりだった。


それもそのはずで、ラクープは、ラムバムラ家はクルシェトラの身分なのだ。タルトクにすぎないハールドとは食生活が違い過ぎる。味の整えられていないただの焼肉もこの時が初めてだっただろう。



「というか、クルシェトラの坊ちゃんがこんなところでうろついてていいのか?」

疑問に思っていたことを口にする。ハールドはこれまで、生身のクルシェトラを見たことがない。馬車に乗って移動しているか、家にこもっているか、そんなイメージしかないのだ。


ラクープは少し寂しそうに目を伏せた。

「僕、クルシェトラでも母親がシェル―ドルなんだ。だから、みんなに気にされてないんだと思う」

彼の家では、クルシェトラの母親から生まれた異母弟が後継ぎとして大事に育てられているという。ラクープは自分の境遇については語らなかったが、その横顔から彼が疎んじられているであろうことはなんとなく想像できた。


「でもいいんだ、むしろこんな僕を今まで育ててくれたことに感謝しなくちゃ」

「だから学校に行っていっぱい勉強して、それで成長したら父上のお役に立つんだ」

ハールドの曇り顔を払拭するかのようにラクープは明るく言った。


「まあ、あんたがいいんならいいけどさ」

ハールドはもやもやした気持ちを抱えたまま肉を嚙んだ。



ーー

その後もラクープとの交流をしていたある日。

ラクープのカバンからのぞいた本の表紙を何気なく見たハールドは言葉を失った。


「これ・・・」

あの彫刻と同じ絵だった。巨人と5人の女、そして一つ目の炎。ハールドの目はくぎ付けになった。

「なあラクープ、この絵ってどういう意味なんだ?」


ラクープは上目遣いでハールドを見た。

「怒らない?」

「怒らねえよ」

「分かった、じゃあ説明するね」


「この教科書は古代に書かれた神話。この神話で確立された教えは今もなお人々の信条となって生きている」

絵を指さす。

「これは神話に登場する身分制度の図なんだ。例えば」

ラクープは巨人の腕に乗る女を指さす。

「これがクルシェトラ」

「・・・ああ、巨人の頭の方から順番に女の身分が下がっていってるわけだな」

ハールドは目線を下げ、炎に焼かれる女を指さした。

「じゃあこの女がタルトクか。でもなんで焼かれてるんだ?」


ラクープがつらそうに眉を寄せた。

「これは炎じゃない」

「じゃあなんだ?」

「ほんとに怒らない?」

「しつこいって」

「う、分かったよ」



ラクープ曰く、この一つ目の炎もどきは魔物だという。「タルトクには死などの穢れを司る魔物が張り付いており、彼らはその魔物と対話できる特異な人種である」という教えがこの絵に表現されているというのだ。

さらに、タルトクが穢れにまつわる職業にしか就けないのは、その教えが人々の信条に深く根付いているからではないかとラクープは独自の見解を示した。


ハールドは鼻で笑った。

「嘘っぱちだ、俺はこんな魔物なんて見たことないね」

「タルトク以外でも、死ぬときに現れる・・・こともあるみたい」

「適当だな」


思ったよりしょうもない内容の絵だったなというのがハールドの感想だった。何かを感じた、自分の本能がおかしかったのか。いや、単に疲れていただけかもしれない。

ハールドは疑問が晴れたとばかりに目を閉じた。



微睡みかけたハールドの耳に、「でもさ」と、ラクープの声がかすかに聞こえてきた。

「これは僕らのご先祖様の作った神話だけどさ、この世界の外には別の人が作った神話があるかもしれないんだよね」

「そういうの、探しに行きたいなあ」


「この世界の外?」

落ちかけていた意識が急上昇する。実は一回だけ、皮剥ぎともこの会話をしたことがあったのだ。

「うん。“空飛ぶ船”で行けるって言われてる世界の外」

ラクープは得意げに左右の拳を円を描くように回した。

「僕、“空飛ぶ船”を操縦できるんだよ。世界の外との境界を飛んだことはあって、その時に習ったんだ」


「だからいつか飛んで行ってみたい」

「あ、きれいなお嫁さんも見つけたい。できれば一つ年下で」

「珍しいお菓子も食べたいなあ」

「ハールド? 起きてる?」


(やりたいことだらけじゃんか)

最後の方は眠気が勝ったので彼は返事をしなかった。ただ心の中で相槌を打っていた。



そしてこれが、ラクープとの最後の墓参りとなった。

次回、過去編終わり。

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