表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
84/107

融解

男はこちらに向かって突進してくる。迫りくる嬉々とした顔。きらりと光る刃物。

ハールドはあえて立ち向かうことなく背を向けて駆けだした。

「待てよ、逃がさねえぞぉ!!!!」

男は今、逃げるハールドしか眼中にない。目の前の獲物に夢中なあまり、危機感や注意力を欠いた粗忽な狩人。


10メートルもいかないうちにハールドは振り返った。ほぼ同時に右手の人差し指で念を送る。

急停止した男の真横の木が振動し、積もっていた雪が男に襲い掛かる。

目くらましはわずかな時間。だがハールドにとっては十分な時間だ。


一気に踏み込み、左手で抜いていたナイフをまっすぐ突き出す。狙うは男の肝臓。


手ごたえはあった。だが脇腹をかすっただけで出血はわずかだ。考える間もなくハールドは動いていた。ヒュンッという音とともに首元で風が突っ切る。

ならばとナイフの握られたその手を掴む。

(投げ飛ばすぞ)


だがそれより早く、男の左手がハールドの肝臓の部分を殴打した。

「!」

痛みよりも血管へのダメージが気になる。血流を整えるため一旦手を離し男から距離を取る。



呼吸を整えながらハールドは心の中で反芻する。

今の打撃はそこまで痛くなかった。正常に戦える。


休みは長かった。長すぎたくらいだ。

おかげでパワーは回復している。決してこの男に引けは取らない。そして俊敏性はこちらの方が上。今なら互角。いやそれ以上だ。

気を付けるべきは念力を使うことによる消耗のみ。


ハールドは慎重に間合いを詰めた。



◇◇

司令官のもとに一報が入った。グリーン星外からだった。それは予想済みの内容であり、待ち望んでいた報告だった。

一通り聞いた後、司令官は一言「許す」と答えた。


攻撃目標に船隊を送り、ミサイルで撃破する。

ミサイルの原力は北大陸の地殻エネルギーだ。



◇◇

男は再びナイフを手に切りかかってくる。ハールドはよけることなく、右手でナイフの握られた手をつかんだ。

振りほどこうとする、させまいの攻防が0.1秒。男は瞬時に胴をハールドから離し、つかまれた手を自分の首の前に構える。ならばとハールドは左肘で男のこめかみを打った。


ひるむ男の手を放し、よろめく体に立ち直る間を与えずハールドは男のナイフを蹴り飛ばした。

「ーッ!!」

ハールドがナイフを突き立てる前に、男は体勢を立て直し走って距離をとった。

「ふ、いいねえ坊主、そうでなくっちゃ」

ハールドを見るその顔は苦痛に歪みつつも歓喜にまみれていた。


「やべえ、まじで楽しい」

「ヤクワリとかニンムとか今の俺達には関係ねえ」

「最高の時間だ、なあそうだろ?」


ハールドは一切返事をしなかった。共感する気さえない。

彼の頭にあるのは、一分一秒でも早く戦いを終わらせることだけだった。脳裏には雪の上で眠る夕莉の小さな体が焼き付いている。



けりをつけるべく、男との間合いを詰めようとする。ふいに、彼の耳が不穏な音を拾った。パチャ。

確かに今、足元でパチャ、と音がした。


目線は男から外さず、ハールドはそろそろと右足を動かす。パチャ。それは液体の音。

雪が降り積もっているはずなのになぜ?


嫌な予感がする。



ーー

◇◇

ずっと、揺れている、と感じている。きっと誰かが船を動かしているのだろう。

揺れへの関心は淡泊なものに終わり、クリスティナローラは再び目の前の不遜なフリージー星人を見据えた。


「あなた方が『頼む』と言った瞬間に、フリージーの部隊がここに来てあなた方を保護してくれます。それともぐずぐずしているうちに木星人に捕まりたいですか?」

「私たちがあなた方に協力することは断じてありません」

「今にそうも言ってられなくなりますよ」

祖星に選ばれた誇り高き戦士が卑劣なスパイに屈する。そんなことがまかり通ってなるものか。


「木星人はいずれ僕らを包囲します。だけどその前にフリージー軍に逃げ込めば安全だ」

「ならばその軍の駐留している場所を教えなさい」

「そんな必要ありませんよ。向こうから誘導してくれるんで」

「この船でフリージー軍を急襲し、戦闘機を奪うつもりですの」

「…」

船同士の戦闘になっても、自分の腕なら勝ち目しか見えない。



クリスティナローラはエイザクから目を離し、寝落ちしている2人の国賓仲間にそっと目をやった。そして一言一言噛み締めるように決意の言葉を口にする。

「私が皆様をグリーン星まで安全に送り届けてみせます」

「グリーン星にね。それでまたあの形式ぶった支援活動を再開すると?」

馬鹿にしたような表情に、一瞬でクリスティナローラに火がついた。


「口を慎みなさい。祖国から課せられた神聖な任務です」

「グリーン星に支援することが? 人一人誘拐して人体実験するような星に支援するなんてあなたの名誉に傷がつきますよ」

「誘拐だなんて、あなたが勝手に言っているだけでしょう? 私は信じられませんわ」

夕莉が実験体として誘拐されたなどと嘘に決まっている。第一にそんな話、グリーン星の人々は一言も言っていなかったではないか。


そうだ、この男は自分の負った任務の邪魔をしたいだけなのだ。

と、そこまで考えたところでクリスティナローラはハッと気がついた。


長く喋りすぎた。今日の鍛錬と薪集め、そしてカルメヂの密命を果たさなくてはならない。せっかく北大陸に来ることができたのだ。脱出前に()()を見つけ出さねば。

となれば、このスパイの見張り役は二人に交代していただこう。



◇◇

足元の雪は徐々に融解しつつある。ハールドはじゃぶじゃぶ音を立てながら男との攻防を繰り広げている。水の高さは膝までしかないが、これが自分の身長を超えたらと思うと気が気ではない。なんせ彼は泳ぎはほとんど習得していないからである。


(夕莉は・・・まだ眠っているのか?)

彼女が気がかりでならないのと水により動きがとりにくいせいで戦いに集中できない。それでも視線は常に男に向けている。動きづらいのは男も同じなはずだ。


今の男は、ハールドが発見した機体と死体を背にして立っている。その手が水に浸かったかと思うと、死体の腕を掴みその体を水面上に引き上げた。

「はっこいつ将校だろ、お偉いさんだろ知らねえけど!!」

吐き捨てるように叫び、死体を荒々しく振りかざす。その意図を察したハールドは水に浸からない程度に身をかがめる。


ブォンと音がしたかと思うと足元に影ができた。頭上を死骸が飛んでいく。

「偉くったって、死んじまっちゃあおしまいだあなあ!」

「普通のやつが耐えられるわけねえんだよ!」

「俺をこんな体にしてもお前らは死んじまうのさ!」

ただひたすらに喚き散らす男はハールドを見ていなかった。



◇◇

スパイの見張りのためにガルフォンらを起こそうとしたその時。

揺れていた船が急停止した。流石にクリスティナローラは転びはしなかったが、座ったまま眠っていたガルフォンは倒れて頭を前方にぶつけた。

同時に、操縦室の方から声が響く。

「あーこれはダメだ…本当になんてことに…!」


「何事です?!」

クリスティナローラは個室から飛び出し操縦室のドアを開けた。人間の姿になったイチアールが操縦席に座って窓の外を食い入るように見つめている。

「イチアールさん、一体」

何が起こっているのですが、と続けようとして彼女は固まった。窓の外の光景を見たからだ。



倒れた木々。山の方から崩れてきたと思しき土や岩。下に覗くのは四方八方に亀裂が走る茶色と緑の大地。それらは高さ30センチほどの水面下に見えた。地震や洪水などの災害が起こった後、と呼ぶのがふさわしい風景がそこにはあった。


平地も山地も原型を留めてはいるが行き来が困難な状態である。…常人にとっては。

(この程度なら少々時間がかかっても歩いて行き来できるわ)

何が起きたのか、を考えるよりもまず目的を果たせるかどうかを彼女は見極めていた。自分にとっては造作もないことであると。



そこまで考えた時に、クリスティナローラはその風景に違和感を覚えた。3日前に自分は森の中にこの宇宙船を隠したはずだ。だが今船は森から出て平地の上に位置している。

「イチアールさん、どうして船を動かしたのですか?」

「…説明しますね」

イチアールは青ざめた表情のままクリスティナローラの方に向き直った。



3、4時間ほど前に夕莉とハールドが食料集めに出て行った。その間ずっと修理をしていたが、1時間ほど前にふと外を見てある異変に気づいたのだという。

「地割れですか?」

「いいえ、その時はまだ特に土地に変化はなかったです。ただ、昨日から降り積もっていた雪が溶けていたんです」

同時に彼女は、多方向から不審な音を拾ったらしい。


「地下の方からゴウンゴウンと何かが湧いているような音と、それから空の方からも微かに機械音が…」

「ッ?! 敵ですか?!」

機械音。それはもしや木星人の船ではないか。クリスティナローラは銃剣をより強く握りしめた。


「多分…そうです。あ、もうちょっとなんで最後まで聞いてくださいな」

操縦室から出ようとするとイチアールに呼び止められた。



雪が溶けている状態であの湖のそばにいるのが危険だと感じたイチアールは即座に移動を開始したのだという。

「それに夕莉さんとハールドさんも心配でしたし、船で迎えに行こうと思ったんですよ」

雪の上の足跡はもちろん溶けてなくなっているが、遠くから聞こえる戦闘音を頼りに船を走らせたのだという。だが1時間ほど走った今、目の前に広がる光景を見てこれ以上車輪で進むのを不可能だと悟ったとのことだ。


「戦闘音はあっちの方から聞こえました。今から私が徒歩で2人を迎えに行ってきます。その間にこの船を安全な場所に隠していただけませんか」

「いえ、私が迎えに行きます」

考える間もなくクリスティナローラは即答した。


「船を車輪で移動させる程度のことなら私はもちろん貴女でも務まるでしょう。しかし夕莉さん達が木星人と戦っているのなら私が加勢すべきです」

「でも足場をご覧になりましたか?」

「あの程度の道のりを困難と嘆く者にカルメヂの任務が果たせましょうか」

それだけ言って、クリスティナローラは返事を待たずに床下の扉を開けて梯子を降り始めた。


地面に足がついた途端に彼女のワンピースの裾は雪溶け水を吸って重くなった。一歩踏み出すたびに水が脚にまとわりつく。

苦戦しつつもクリスティナローラはイチアールの指した方向に向かう。



このときの彼女の頭にあるのは、鍛錬でも薪でも密命のことですらもなかった。無論、足元の不愉快な水のことでもない。


(無防備な弱者を食料集めに行かせるなんて…私はなんと愚かだったことか)

ただでさえ戦闘力のない夕莉はずっと具合が悪かった。強靭な自分こそは彼女を保護し守らなければならない立場だったというのに。

あんなフリージー星人など相手にしなければよかった。彼に惑わされずいつも通りにスケジュールを組んで自分が食料集めに行くべきだったのだ。


カルメヂの貴族として恥ずべき行為。なんとしても失敗を取り返さねばならない。もし夕莉らに何かあったら、自分はもう2度と「誇り高きカルメヂの戦士」と胸を張ることはできないだろう。



◇◇

どうしよう。


ちらと目線を下にやる。高さ20メートルはあるだろう。

降りられない。


あたしは屋根の上で座り込んだまま動けなくなっていた。



ずっと、一か八か飛び降りようか迷っては足を引っ込めるということを繰り返している。ずっと気分が悪い。そして頭痛がひどくなってきている。このまま意識を失ったとして、もしも眠っている間に落下すれば、打撲程度じゃすまないことが予想できたから。だったらいっそ受け身をとって飛び降りれば・・・と思うけど怖くて実行できない。

かといって滑った地点に戻ろうにも、ここからじゃ幅があるし高くて背が届かない。


一応、あたしが座っている屋根には天窓らしきガラス窓がある。そこから建物の中に一度入ってしまおうかと思ったけどロックが掛かっていて開かない。破壊しようにも道具がない。

どうしよう。ハールドが来てくれるのを待つしかないのかな。


「~~っ」

頭が痛い。ぼんやりする頭を叩いてなんとか正常に保とうとする。

ふと、気晴らしになるかなと思って周りの景色をぐるりと見まわした。



きれいな滝を見つけた。・・・いや、滝じゃない。私が滑り落ちたところから大量の水が溢れだしているだけだ。雪が解けたのかな?

流れ出る水はオレンジ色に輝いている。背後に熱を感じて振り返ると、白い空の隙間から夕陽が差し込んでいるのが見えた。

「綺麗・・・」


こんな状況でも夕焼けを観賞しているととても心が和む。ついでに頭痛も収まってくれないかな。

・・・ああ、痛い。痛いな。



他にどうすることもできないから、三角座りになって夕陽を見続ける。

ぼうっとしかけていた瞬間、横から聞こえてきた機械音があたしの意識を呼び覚ました。

「やばい、また寝かけた・・・って、は?!」

何気なく左手側を見て、あたしの顔は固まった。


()()()()()()()()

え、さっきまで何をしても開かなかったのになぜ?!


突然の出来事に驚いたが、それもほんの10秒くらいのこと。

窓が開いた、中に入れる! あたしは深く考えずに天窓から体を滑り込ませた。



室内は明るかった。天窓と床を行き来するための階段を降りて周りを見渡すと、そこはこじゃれた空間だった。

フローリングの上にカーペット。シングルベッド。赤い花の生けられた花瓶。小さな丸テーブル、それと椅子。階段の側面は本棚だった。

「へえ、なかなかおしゃれな・・・う」

立っているのがつらいのでいったんカーペットの上にしゃがむ。あ、屋根瓦より座り心地がいい。埃一つなくて気持ちいい。

本を一冊手に取ってみた。絵も写真もない。文字だらけで難しそう。やめた。


見上げると手の届かない場所に小さな開口部があった。採光用かな。そういえばこの部屋、天井高はかなり高いけどそれでも20メートルはない。まだ下に部屋があるのかな?

見回すと、部屋の隅に開口部があった。多分、階段かな。何階まであるのか見てみようか。



ーー

降りてすぐ下の部屋は、机と椅子と作り付けの棚があるだけの質素な部屋だった。机の引き出しと棚には鍵がかかっているから中のものは見えないっぽい。引き出しのほうは、揺らしてみるとカタカタ音がする。書類かな?



特に面白くもないのでまた降りてみるとどうやらそこが一階みたいだった。上の二階とは違ってドアがある。色は珍しいベージュ色。


ここから外に出られるんだろうね。やった!

と思ったけど、でもこのドア、ドアノブに鍵がかかっている。何回ガチャガチャやっても駄目だった。

「うーん・・・」

また気分が悪くなってきたので、すぐそこにあったソファーに腰を下ろす。ふかふかしていて最高の座り心地だ。

でも容態はちっともよくない。頭痛がひどいしさっきよりも体が重い。息苦しさもある。



「ちょっと・・・換気させてもらおう・・・」

立ち上がって窓に向かおうとする。そこで気が付いた。


()()()()。ここだけじゃない。一つ上の階にもなかった。

屋根から見下ろしたときに見た開口部は最上階の採光窓だったと思うけど、それ以外には一切側面の窓を見てない。


「ええ・・・換気できないじゃん・・・」

戸惑いながらも最上階に戻る。ならせめて天窓のそばにいようと思ったのだけど。

()()()()()()()()()


「は? え?」

閉めた覚えないけど、ロックがかかっていて天窓が開かない。施錠装置もない。天窓の脇に人が腰かけてる四角い絵があるだけ。絵の下に文字があるけど読めない。

「自動で閉まっちゃうのか・・・」

ため息をつく。



ーー

そんなこんなで十分間は、なんとなく最高の座り心地のソファーに腰を下ろしていた。

苦しい。しんどい。だるい。体調に悩まされ続けていたその時。


それは起きた。



「え?」

ガチャリという音がしてドアが前方に開いた。

その先では、例の塔と思しき建物の壁の一部が左右に分かれて入り口を作っていた。


まるで・・・「いらっしゃい」と誘っているように。

お気づきだと思いますが、今の夕莉の思考は正常ではないでしょうね・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ