発見
自然と目が覚めた。イチアールに聞くとあれからもうすぐ6時間になるという。
「みんな戻ってきた?」
「いいえ〜尋問中ですね」
「そっか…」
尋問にかける時間、長い。長すぎ。
そりゃ、みんな星の事情とかあってピリピリしているんだろう。でもこれ以上尋問し続けるよりかは今後の対応策を話し合ったほうがいいんじゃない?
「止めた方がいいよね…」
「無理ですって。ライオネルさんのあの感じじゃ聞く耳持ちゃしませんよ」
イチアールは部品に針金を巻きつける手を止めずにブンブン首を振った。
「嵐が起これば通り過ぎるまで待つに限ります。危ない場所に自ら出向くべきじゃない」
「まあね…」
確かに、行けばストレスが倍増しそうだな。なんせまだ頭が痛い。腹痛も酷い。症状はちっとも改善してない。
気を紛らわせるべく、個室の方から目を離して外を見る。不意にハールドのことを思い出した。そういえば、4時間で迎えにくるって言ってなかったっけ?
ガタン、いう音がした。床下が開き、穴からこちらを見つける瑠璃色の目。
「来い」
それだけ言って、ハールドはまたすっこんでしまった。
あたしも後を追おうと梯子に手をかける。
「あ、えと。行ってくるね、イチアール!」
「あーい」
イチアールは後ろ姿のままレンチを掲げて返事した。
ーー
「ハールド、遅かったね」
「…」
「こっちとしては寝れたから良かったけど、2時間もオーバーするなんてなんかあったの?」
「…」
「怪我とかしてない? 大丈夫?」
「…」
宇宙船を降りてからずっと話しかけているけど、ハールドは一切返事をしてくれない。それどころか目も合わせてくれない。ただズンズン歩いて宇宙船から遠ざかろうとする。気配を窺っているのかな、と思ってからは何も言わずに黙って着いていくことにした。
気分が悪い。
そんなこんなでさらに1時間。薪を拾うでもなく果物を摘むでもなく獲物を獲るでもなく。ただひたすら歩き続けるだけ。
「あの…どこに行くの?」
流石に違和感を覚えたので、早足でハールドを抜かしてその前に立つ。ハールドは一瞬足を止め、真顔であたしを見つめ返した。
「止まるな」
「え?」
「まだしばらく歩く。黙って俺に着いてこい」
彼が一瞬ちらっと後ろを振り返る。その仕草を見て、あたしの中に溜まっていた違和感が少しずつ形を成し始めた。
「え、もしかしてイチアールの聴力を警戒してたの?」
「…行くぞ」
強い力で腕を掴まれる。ビンゴか。
「あの、なんでそんなこと…」
構わず進み続けようとするハールドに対し、あたしはその場で踏ん張り抵抗する。ハールドは舌打ちして手首を握る指に力を込めた。
「ひ、引っ張らないで!!」
力じゃ敵わない。でもこれ以上、理由も聞かずに宇宙船から遠ざかるのには抵抗があった。
「説明、説明を求む! 私たちは一体どこに行くつもりなの?!」
できる限りの小声でハールドの耳に囁く。これだけ小さい声ならイチアールに聞こえやしない。何より、歩き続けたことで振り返っても宇宙船自体が見えなくなっている。
しばしの沈黙ののち、ハールドはちらと後ろを振り返りそれから私以上に声を潜めて話し始めた。
「決まってるだろうが。お前にしか話せないことだからな。それと、これっきり俺たちはあの船には戻らない」
「はあ?」
・・・まさか、木製人が撤退するまで二人きりで北大陸自給自足生活をするつもり? ハールドはサバイバル能力高そうだけど、そんな長期戦にあたしがついていけるかな?
いや、そんなことより!
「なんでみんなとこれっきりで離れるの?! 獣がうようよいるんだよ?! 二人だけでずっと屋外なんて危険だってば!」
「獣くらい大したことないだろ。俺から見ればあいつらの方がずっと危険だ」
「危険?」
それはどういう、と続けたまさにその時。突然ハールドがずいと顔を近づけてきた。
「俺が信じられるのはお前だけだし、お前が信じていいのは俺だけだ」
いつになく真剣な目。これ以上は言えないけど信じてくれ。そんな感情が瑠璃色の瞳に垣間見えた気がした。・・・なんか、木星人が攻めてきた時もこんな顔されたような。
この顔をされたらどうにもそれ以上の反論ができなくなってしまう。
気分が悪い。
ひるんだ隙にまたハールドが歩き出したので仕方なく後を追う。まだ何キロも何キロも歩くのかなって思っていたけど50メートルくらい進んだ森の中で彼は立ち止った。
「・・・これ何?」
立ち止まったすぐ目の前には、草や葉っぱに覆われところどころ土がこびりついた物体がゴロンと転がっている。葉っぱの隙間から金属らしき表面がちらちら見えているから何かの機械かな。
ハールドが絡みつくツタを切り草や葉っぱを払いのけた時、その機械の全貌があらわになった。
黒光りする円盤状の機体。この形状には覚えがある。木星人の基地の格納庫でこれと同じものをたくさん見た。
「木星人の円盤?!」
なぜこんなものがここに?! 思考するよりも先に、あたしの体はすごい勢いでハールドの方を向いた。
「は?! え?! なんで?! 木星人が来ているの?! ここに?! 大変じゃない?! 知らせなきゃ、みんなに!!」
「落ち着け」
ハールドは機体のそばにしゃがみ、何か白いものをこちらに差し出してきた。ヒトデに似たそれに一瞬戸惑ったけれど、それが何かを認識した瞬間、あたしは腰を抜かして後ろに倒れた。
手。
白骨化した人の手だった。
「そばに落ちてた。操縦してたやつのだろう。骨になってるってことは相当前に獣に食われたんだろうな」
「ひゃっひゃめて・・・そんなもの見せないで・・・」
骨の継ぎ目まで詳細に見える視力が今は恨めしくてしょうがない。手を顔の前で必死に振りながら後ずさる。足腰に力が入らない。倒れた時の痛みを認識する余裕すらない。
ハールドは狼狽するあたしを見てポイと骨を草むらに投げ捨てた。続いて円盤の蓋をこじ開け、上半身を内部に滑り込ませる。
「これに乗ってきたやつは俺たちよりずっと前にここに来たんだろ。機体自体も古いしあちこちに傷がある。このヘルメットもボロボロだしな」
彼が引っ張り出してきたのは風化して塗装がはがれた黒いヘルメットだった。・・・骨よりこっちを見せてほしかったなあ。気分が悪い。
「もしかして、帰ってくるのが遅かったのってこれが原因?」
「これを見つけたのは偶然だけどな。不備があったから、同じものがないか探し回ってた」
落ち着いたので周囲を見回すと草むらの下に光るものが落ちている。他の機体の部品だろう。
「何回か試してたらエンジンがついた。これで北大陸から脱出できるぜ」
「…ハールド」
少し落ち着いてきたので気を鎮めて頭を働かせられた。ハールドがここまであたしをこっそり連れてきた理由。それがやっと見えてきた。
「2人きりで逃げるとか言わないよね」
「・・・」
悪いか、と言いたげな顔。図星だった。
「ダメでしょ、みんなを置いていくなんて」
「あいつらはあいつらでどうにかするだろう」
「そんな勝手な…!」
「俺はあいつらと一緒にフェなんとか国に戻る気はない」
ハールドはあたしの抗議をピシャリと遮った。
「行き先は決めてないが北大陸から脱出してどこかの星まで行くぞ」
「なんでそんなことを」
「…俺はあいつらを信頼してない。一緒にいる気はさらさら無い」
「その点ではエイザクさんも同じじゃないの? でもあの人は一旦あたしたちに協力してた」
「知らん」
ハールドが打ち解けてないのには気づいていたけど、今みたいな危機的状況においては勝手に動いてほしくない。
「こうしてる間にも基地から兵隊を派遣してるかもしれないんだ」
「…」
「だけど、あいつらの狙いは国賓だろ? 俺とお前は無価値だ。脱出しても放置される可能性が高い。わざわざ追ってこないさ」
「…いや、あたしの臓器は木星人にとっては有用だから」
司令官曰く、地球人のあたしと木星人は体質が似ているようで。気分が悪い。
「だ・か・ら」
ハールドが怯んだ隙に一気にたたみかける。
「ハールドはともかくあたしは見逃してもらえない」
「…そうなったら俺の力で」
「陸上だけじゃない。宇宙もきっと包囲されてるよ。飛んで大気圏外に入った瞬間に撃たれるかもしれない」
真空レールの事件を思い出しながら一つ一つ言葉を紡ぎ出す。汗がどっと噴き出てきた。気分が悪い。
「あたしはハールドが例の古い型の船を飛ばしてたところしか見ていないんだけど、」
木星人の黒い船にチラリと目をやる。
「初見のよその星の船を飛ばせるの? 攻撃を交わしながら」
「…」
無言。
気分が悪い。
「だからさ、エンジンとか使える部品だけ持って宇宙船に帰ろう? そいで、クリスティナローラさんに運転してもらって逃げようよ」
「それはッ!」
体に強い衝撃が走る。肩に食い込むその手は、抱きしめるようにも、縋り付くようにも感じられた。
「駄目なんだ、このままじゃあいつらと一緒にフェなんとか国に戻ってしまう」
「それがなんでまずいの、説明してよ!!」
「それは言えない!! だけど俺はお前が無事に逃げられるように全力を尽くす。だからとりあえず俺を信じてついてきてくれ!!」
「なんでそこま…」
で、と続けることができなかった。
気分が…悪い。
足元がふらつく。視界がぼやける。最後に見えたのは、白い空にポツンと浮かぶ黒い点だった。
◇◇
「見つけたぜえ!!」
いきなり耳元で怒鳴られた。ヘルメット越しとはいえそのダメージはきつく、二、三秒意識が吹っ飛んだ。
「あれ、なあ! 見えるだろ!!」
シャンテルの指さす方向に目を向ける。白い平原の中にこんもりと生い茂る白い森林。天に向かって開けた木々の合間。そこには確かに二つの黒い点があった。
「間違いねえ!! やつらだ!!」
「確認を」
「了解」
笑みを浮かべてはしゃぐ野蛮人をしり目に、パイロットは助手席に座る相方に確認させた。相方は操作盤に指を走らせ、ディスプレイに映る黒い点を拡大する。向かい合う二人、ケープをまとった少年と小柄な少女が写った。第三の目には、木星人ともグリーン星人とも違う体のつくりが見える。
「身体合致」
「顔もだ。司令官の写真の通りだ」
パイロットに軽くうなずいて見せ、相方はシャンテルの方に体を向けた。
「奴らに間違いありません」
「さっさと下ろせっての!」
「いえ。見たところ、ここら一帯にはこの二人しかいないようです。やつらが他の五人と合流するのを待ったほうがよろしいかと」
これについては司令官からも指示があった。シャンテルの任務は地上に降りて異邦人を捕獲することだが、同行するパイロットと相方は船に残って司令官に異邦人の根城を報告するようにと。根城の上空に異邦人を捕えて護送するための船を行かせるから、とのことだった。
「まず根城をつきとめてから…」
「知らねーよ」
シャンテルはもうナイフを抜いていた。
「今いるの、例の無双野郎だろ? あいつとはまだけりがついてねえんだよ」
彼はあくまでも司令官の指示に従う気はないようだった。目がぎらついている。このままだと自分たちをも襲いかねない。
パイロットがとるべき行動は明白だった。
◇◇
華奢な体が音もなく頽れてゆく。夕莉を抱きとめ地にしゃがみ片膝をついた。だがその直後、すぐ気配を感じて上空に目をやる。
白い空にポツンと浮かぶ黒い機体。
木星人の船。
見られている。そう感じた。
それ以上思考する間もなかった。ハールドは夕莉を引っ担ぎ、その場を離れて走り出していた。
数十メートルのところで茂みを発見し、雪を払ってからケープを敷きそこに夕莉を横たえる。
「すぐ戻るからな」
返事はなかったが構わず彼は反転した。
夕莉を抱えて宇宙船から逃げ切るなど不可能だ。だから、ここで自分が一人で片を付ける。
(一か八か船を飛ばす。奴らの船に乗り込んで接近戦で倒す!!)
その試みが成功すれば…否、何としても成功させる。そして夕莉に二人の脱出が可能だと納得してもらわねば。
だが、その目論見は森の入り口に佇む影の正体を認識したとたんに消し飛んだ。
「待ってたぜ、坊主」
点一つない真っ白な空を背に、ナイフを持った赤毛の男がにやついた顔でこちらを見ていた。
◇◇
そのまま引き返すわけにもいかず、数日前に小型無線機が発見した例の痕跡群を調査することにした。
「時間を」
「了解」
相方は助手席の前に取り付けられたタイマーを10分に設定した。北大陸の地面から高さ5メートル以内の空間を飛んでいられる時間である。
シャンテルの消えた森林とは別の森林に下降する。
機体を一つの樹木に近づける。痕跡が見えるぎりぎりに。無線機が持ち帰った映像では、この森林一帯の樹木の枝という枝が人為的な切り取られ方をしていたのだ。
「間違いない。この枝には刃物が使われている。それも最近」
「異邦人が残した痕跡である可能性が高いな」
「奴らはこの森林付近を根城としているか、それか過去にここにいたかだな。まあ現に異邦人が二人いたのだから時々立ち寄っている可能性もあるか」
人為的な、というのは何も刃物の跡だけではない。枝があたかも巨人の手で折られたかのような乱雑な痕跡も複数個所存在しているのである。
◇◇
目を開けると目の前が真っ白だった。頬にしびれるような感覚が走る。雪だってすぐに気づいた。
そっか、あたし・・・。また倒れたんだね。
意識は取り戻しつつあるけれど、頭が痛い。体がだるい。気持ち悪い。
・・・でも、でも起きないと・・・。
起き上がった時に、地面にケープが敷かれていることに気づいた。あたりを見回す。
「ハールド?」
返事がない。
・・・倒れる前に円盤を見た、気がする。ハールドは木星人と戦いに行ったのかな。
ハールドのことは心配だけれど、それよりも今は自分の体調で手いっぱいだ。ただでさえ足手まといなのに一緒に戦えるわけがない。少しでもここから遠ざからないと・・・。
足がふらつく。歩けない。
足元に手ごろな枝が落ちていたので杖にして歩いた。足元に雪は積もっているけど幸い吹雪いてない。帰れる・・・はず。
痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、くる・・・。
体中が悲鳴を上げている。早く宇宙船に戻りたい・・・。
ーー
それは突然だった。
しんどくて、どれくらい歩いたかも分からなくて、とりあえず足を動かしたその瞬間。
あたしは滑り落ちた。
妄想としていた意識が衝撃で一気に引き戻される。
「ーッ!!」
腰を打った。痛みにうめきながらも振り返ってその原因を見ようとする。
「!!」
屋根瓦だった。旅行雑誌の表紙で見るようなオレンジの瓦。恐る恐る下をのぞく。
白い壁が見える。開口部も。・・・間違いない。
建築物だ。あたしが今のっかっているもののほかにも数個の建築物が円形に並んでいる。
そしてその中心にはひときわ高い、教会のような崇高な輝きを放つ塔が立っていた。
夕莉の運命は・・・。




