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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
82/107

少年になれなかった彼の物語 放浪と定住

ガルフォンの行く末は・・・。

翌日、ガルフォンの家に村長と数名の男が押しかけてきた。

「『まだらの死』の一族を村に置いておくわけにはいかん」

「村を出て行け」

「これは話し合いで決めたことだ。逆らうことは許さんぞ」

扉の向こうから男たちは口々に叫び続けていた。


(今は父さんがいない。僕がなんとかしないと)

応対しようとするアデレイドに弟妹を任せ、ガルフォンは自分が扉を開けて男たちに向き合った。

「来月には出て行きます。だからまだここに置いてください」

「感染者の一族は、これ以上村に止まってはならぬ」

村長はガルフォンの訴えにまるで聞く耳を持たなかった。


「殺されたくなきゃ、さっさと出て行け」

「明日にはこの家は燃やすからな」

「村の外で勝手にのたれ死ね」

凄む男たちの中には組合員たちも数名いた。父親がよく面倒を見ていて、ガルフォンも見知った者たちだった。その男たちが今、平然と鼻を摘みながらガルフォンを罵り家に生ゴミを投げつけている。



ある程度距離をとり掴みかかってこないものの、男たちはガルフォンに罵詈雑言を浴びせ家にゴミを投げ続けた。ガルフォンには、男たちをやり込めることも説き伏せることも反論することもできなかった。

「分かりました…。でもせめて、その前に父に会わせてください」

アデレイドから、死体は村で管理していると聞いた。火葬したとは聞いたが遺骨1つ持ち帰ることは許されなかったとか。


「あれはもう燃やして砕いてある」

「じゃあその場所を教えてください!」

「ならん。あれに触れて良いのは穢れを扱うもののみだ」

「そんなのおかしいわ!」

ガルフォンの後ろからアデレイドが声を上げた。扉の隙間から体を出し、ガルフォンの肩に手を添えて男たちに言い放つ。


「私たちが追放されるなら病人の遺骨をどうしようが勝手じゃない!」

「黙れ、魔女が!!」

「さっさと出て行け!」

男の投げた石の1つがアデレイドの顔に当たった。額から血が流れる。

「母さん!!」

ガルフォンは母の前に立ち塞がり男たちを睨みつける。

「分かりました、今日のうちに出て行きます! だからもう、母を傷つけないでください!」


男たちはなおも口汚く罵り続けていたが、村長に促されてガルフォンの家から立ち去った。

遠巻きに見ていた女たちがいたが、ガルフォンと目が合うと皆そそくさとその場を立ち去って行ってしまった。

もうこの村に味方はいない。そのことを実感せざるを得なかった。



ーー

その日の夕方。ガルフォン一家は、4輪の手押し車に荷物を乗せて農村を後にした。しばらく歩いたところでシャルルとデジレは疲れて車の上で寝てしまった。

「いつから…あんな風だったの?」

「父さんが倒れてから…茶色い斑点ができ始めてからよ。皆父さんを、死の使いだって言って迫害した。幾つかの商人からは組合との取引を切られた。当然、うちは組合からも追い出された。市場に行ってもうちの野菜を売らせてくれないし、ものを買うこともできなかった」

「母さん…」

一家の大黒柱と働き手を一度に失って、アデレイドはどんなに心細かったことだろう。


ガルフォンはアデレイドの方に体を向け、彼女に精一杯の笑顔を見せた。

「もう数日で働けるんだ! これからは僕が頑張るから! いっぱい稼いで母さんを養うから!」

「ガルフォン…」

嬉しそうに微笑んでくれたはものの、母の顔にはまだ影があった。ガルフォンでは働き手として不安なのだろうか。

(父さんの代わりにならなきゃ。僕が父さんの代わりに家族を守るんだ…!)

ガルフォンは新たな使命感を抱き、先の見えない暗い夜道を前へ前へと進んで行った。父親の残してくれたものを無駄にはしない。職人として働き家族を助けるのだと。



だがその先で彼を待ち構えていたのは、より過酷な現実だった。

「契約を無かったことにしろ…?」

「すまんな」

それだけ言って親方は工房の奥に入って行ってしまった。


「なんでですか、納得できません!」

後を追おうとしたガルフォンを、親方の徒弟たちががっちり掴んで押し留める。

「離してください! 今日から働く、そういう約束でした!!」

「『まだらの死』の関係者を置いておくわけにはいかねえんだ!」

「感染りたくねえ、帰ってくれ!!」

無慈悲にも、抗う術を知らない10歳の少年は工房から外に放り出された。入会金も返してもらえずに。



放心状態のガルフォンが職を失ったことを告げても、アデレイドはがっかりした様子を見せなかった。

「明日には都市を離れましょう。まだしばらく暮らしていけるお金はあるし、そのうちまた旅路で薬草を売るわ」

アデレイドは都市に入ってすぐ、例の宿のことを聞けたらしい。彼女曰く、あそこに泊まっていた余所者の商人が「まだらの死」に感染していたとか。

「その人たち、父さんの取引相手だったのよ。都市に入る少し前に村に来ていたからそれで感染したんだわ」

その商人達は、ガルフォンが工房で入会手続きをしている時に来て彼が戻ってくる前に感染が発覚したという。

「鉢合わせていたら、僕も感染っていたかもしれない…」

「本当に、ガルフォンが無事でいてくれて良かったわ」

アデレイドはガルフォンを優しく抱き寄せた。その優しい温もりに、ガルフォンは申し訳なさで胸がいっぱいになる。


「母さん、本当にごめん…」

「ガルフォンのせいじゃないわ」

「でも、明日から辛くなるのに」

「私はずっと旅してたのよ。あてのない放浪生活はすっかりお友達よ。舐めないでちょうだいね」

アデレイドはうふふと笑った。


「にいたん、ぼくもついてる」

「あたいも」

弟妹も左右からガルフォンの手を握って励ましてくれる。


そうだ。何もかも失ってしまったと思ったけれど、自分にはまだ愛する家族がいる。

(頑張ろう…また一から職を探すんだ)

3方からの温もりを噛み締め、ガルフォンは己を鼓舞し続けた。



ーー

翌日から、ガルフォン一家の放浪生活が始まった。都市外では道々薬草を売り、都市に入れば僅かな賃金と対価に重労働をこなした。

衣服はほぼ着の身着のまま。食べられるものは安価で僅かなもの。寝る場所は手押し車の上。そんなその日暮らしの毎日だった。


「よっぽど感染者が多いのかしらね」

都市に入っても、ガルフォンらが長居することはなかった。その理由が、「まだらの死」の感染者の噂をしょっちゅう聞くからだった。例の商人の出身都市の人間が感染を拡大したようだった。

村を出て数ヶ月経っても症状が出ないガルフォンらは一応まだ感染ってはいない。だが、これから感染する可能性もあるので、「まだらの死」による死亡者が出た都市からはさっさと離れるしか無かった。


「一度罹ったら治らないらしいの」

「薬はないのかな」

「ないわ。もしあっても、私達には支給されっこない。だから私達は絶対かかっちゃいけないの」

アデレイドは都市の支配者や医療従事者を信頼していないようだった。



ーー

そんな放浪生活も、2年続いた頃には幾分マシになっていた。

明らかに命の危険に関わらない怪我に怯え、「まだらの死」にかかるのではと疑心暗鬼に陥る都市の住人が、こぞってアデレイドのところに薬を買いに来るようになったから。

それにガルフォンも12歳になっており、体格が大人に近づいてきたことで日常的に荷担ぎ等の重労働をこなせるようになったのもある。

それとガルフォンはもちろん、アデレイドも読み書きができたので値段をごまかされることはなかった。

そのおかげか衣と食についてはあまり困らなくなってきた。金銭的余裕が生まれたのだ。


「短期間だけれど、工房で働ける下働きを探しているそうよ」

「でも母さん…その仕事、時間の割に給料があんまり良くないよ。荷担ぎのほうが・・・」

「お金のことばっかり考えて無理しなくっていいの。あんたに合ってる仕事の方が楽しいでしょ」

アデレイドはしょっちゅう、ガルフォンのために職人系の仕事を探してくれた。


職人への道なんて、父親の死と共に敗れ去っていた。その日その日家族を養うために働いて、いつのまにか10歳の夢を忘れてしまったいた。…いや、必死で忘れようとしていたのだ。

アデレイドは、そんなガルフォンの心情を見越して職人仕事を勧めてくれているのだ。


ガルフォンも断りきれず「わかったよ」と答えるしかなかった。朝早くに家を出てそして・・・普段通りに荷担ぎを始めるのだった。

工房を素通りする間は決まって耳も鼻も目もすべて塞いだ。ほうきで床を掃く音が聞こえないように。木くずのにおいを嗅がないように。朝早くに起きる見習いの姿を見ないように。


これでいいんだ。重い荷に歯を食いしばりながら彼は何度も自分に言い聞かせた。


「荷担ぎより楽しかったでしょ?」

「うん」

工房の賃金よりよっぽど多い金額の金を手に、ガルフォンは精一杯の笑顔を母親に向ける。


最初のころは一言の返事だけだったが、次第に心にもない嘘をぺらぺらと口にできるようになってしまった。

「母さん見てて。『まだらの死』が落ち着いたらきっと職人になって落ち着くから」

「待ってるわ」

(でも、僕のすべきことはもう決まっているんだ。母さん・・・)


ごめん、と口にするのは心の中でだけ。

時間があるとき、うまく笑えているだろうか不自然ではないだろうかとガルフォンは水面で何度も練習した。



放浪生活の衛生状態は決して良好ではなく、また都市に来ても大通り以外はゴミや反吐や痰が路上に吐き散らされているので環境は劣悪だった。宿は感染者を警戒して一見さんを泊めてくれず、また家賃や敷地を買う金などあるはずもなく満足に風雨を凌ぐこともできない。

だからシャルルとデジレはしょっちゅう風邪を引いたし、その度にアデレイドやガルフォンは「まだらの死」ではないかと心配した。

大抵の場合は毛布で温め続けて数日で風邪は落ち着いた。だがしかしー。


「シャルル、デジレ! ああ、どうしてしまったの?!」

「母さん、もう寝なきゃ! 後は僕が見るから!」

ある日熱を出して寝込んでしまった弟妹。2週間経っても、2人の体調は回復することはなかった。なけなしの稼ぎを持って医者に行っても、ろくに治療法を教えてくれず2人は苦しみ続けるばかり。


アデレイドは半狂乱になって泣き崩れた。

「父さんも熱が出て、それから『まだらの死』にかかって死んでしまった! ああ、なんてこと!」

「母さん、シャルルとデジレには斑点はないよ!! 信じよう、絶対治る!! ただの熱だから!!」

熱が出て2週間経つのにまだ斑点がないこと。それだけが唯一の頼みの綱だった。

それでも、幼い弟妹が熱にうなされて苦しむ姿を見るのはガルフォンも辛かった。胸が痛んだ。代われるものなら代わってやりたい。


「ガルフォン、あなたは看病しちゃ駄目!」

「どうしてさ?! 母さん疲れてるんだろう?! もう寝ないと!」

「それであなたまで感染して死んでしまったら、私は一体どうすればいいの?!」

泣いて抱き締められての繰り返しだった。いつもの落ち着きを微塵も見せない動揺っぷり。ガルフォンも従わずにはいられなかった。



ーー

もどかしい思いでさらに1週間を過ごした。相変わらずシャルルとデジレは良くならない。斑点は出ないが熱も下がらず、食事を噛めないため衰弱していくばかりだ。母親はしょっちゅう牛乳や栄養のあるスープを買いに走った。


この頃にはすでに、ガルフォンの中にある1つの考えが浮かんでいた。

放浪生活はもう続けられない。定住して定職について、それで…家を持つ。4人で安心して暮らせる場所が絶対に必要だ。

「…」

家族が安定した生活を得るための方法。土地がないので農家はできない。入会金を払えないので職人にも商人にもなれない。芸術家などもってのほかだ。

だがひとつだけ、ひとつだけあった。土地を持たず資格も専門知識もなく、特に訓練も修行も積んでないガルフォンでもそこそこに稼げる職業が。


ガルフォンの成績が特に良かったのは農業とあと一つ。それで「農家、或いはこれでも良いね」と学校の教師にも勧められた職業だ。

だが、その道を選ぶことは12歳の少年にとっては非常に困難なことだった。思いつくのは簡単だが、いざその道に行くとなると手足に震えが走るのだ。自分はどうなってしまうのだろう、という不安が心の中を支配していた。


そんなガルフォンだが、ある決定的な出来事を前にして彼は完全に決意を固めてしまうこととなる。



ある夜。手押し車の下で寝ていたが、ふと寒気を感じて目を覚ました。横を見てアデレイドがいないことに気づく。慌てふためいて辺りを探していると、少し離れた所から誰かに話しかける男の声が聞こえてくるのが分かった。

嫌な予感がして声を辿ると路地裏にたどり着いた。そこを恐る恐る覗いてみると、40くらいの年齢の男とボタンに手をかけたアデレイドが目に入った。


「?! ガルフォン!!」

こちらを見るアデレイドの顔が一気に青ざめていく。一方の男はガルフォンのことなど気にせず、馴れ馴れしくアデレイドの肩を引き寄せようとする。顔が赤らんでいる。酔っているようだ。


思わずカッとなったガルフォンは、路地裏を突っ走り男の体を思い切り突き飛ばした。

「母さんから離れろ!!」

「ああ?! なんだてめえは!!」

男は飛び起きてガルフォンに掴みかかろうとしたが、足元がふらついておぼつかず地面に倒れてしまう。ガルフォンは何度も男の腹を踏みつけた。

「母さんによくも母さんによくも!!」

「ガルフォン! やめて、やめてちょうだい!!」


アデレイドが、ガルフォンの腕を掴んで必死に止める。

「私から頼んだのよ!!」

「なんでだよ、なんでそんなこと?!」

「はっ!」

男は起き上がり、若干酔いの覚めた顔でアデレイドを睨んだ。


「こんな汚ねえ商売女、こっちから願い下げだわ」

「なんだと?!」

「金が欲しいんなら囲ってくれる別の男を探すこった」

男は2人の横を通って路地裏を出て行った。



残されたガルフォンはアデレイドをきっと睨む。

「毎晩あんなことしてたの?!」

「あの人は初めてよ…」

「ーッ! 駄目だよ、あんなことしちゃ!! 母さんが商売女呼ばわりされるなんて絶対やだ!!」

「別に私は慣れてるわ」

母は少し寂しそうに笑った。


「でも、あなた達には知られたくなかった。そういうことが分かる歳になってもね。…シャルルとデジレには言わないでね」

「言うわけないだろ」

「良かった」

「言わないから…もうあんなことしないで」

ガルフォンの目から涙が溢れた。アデレイドの胸に縋って泣いた。


「ごめんね、ごめんね。もうあんなことはしないから」

アデレイドも泣きながらガルフォンの髪を撫でていた。

ガルフォンはぎゅっと母を抱きしめさらに泣いた。



ーー

翌日の朝、ガルフォンは密かに都市外に1通の手紙を出した。

数日してその返事が届いた。それを見るなりガルフォンは手紙を母に見られる前に破って捨てた。


そして家族揃って都市を出、数日かけて大規模な都市に向かった。そこは今までの都市に比べ遥かに先進的であり、水道もガスも電気も当たり前に通っていた。食料問題も衛生問題も争いもない都会。高層ビルが聳え立ち、バスや車が行き交い交通網が発展していた。


放浪生活は終わった。ガルフォンは安定した職を得、家族揃って小さなマンションを借りて住むことができたのである。

弟妹は医療センターで治療を受けて無事体調が回復した。アデレイドは涙を流して喜び、旅の疲れが一気に出たのかそのまま寝込んでしまった。



これはガルフォンが就職してから知った話だが、ガルフォン達の住む世界は冥王星という星だったらしい。

7個の大型自治都市の中に小規模都市や農村が収まっており、それぞれの大型自治都市が独立した国家として立法・司法・行政を司っている。

各国に軍はなく、各国から寄せ集めの共通の軍として冥王星軍が存在する。この軍組織は7つの国家からは一切介入を受けない。


その冥王星軍人が家族ぐるみで定住する基地都市が、ガルフォンの移住した先進都市“メリテル”だったのである。

次回、現在の場面に戻ります。

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