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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
80/107

少年になれなかった彼の物語 組合とプロポーズ

「あの女はいつまで村にいるつもりなんだ」

「さっさと出ていけばいいものを」

アデレイドがやってきて数日後、村長と数名の男がガルフォンの自宅に押しかけてきた。


「村の若いものが、あの女が薬草?を摘んでいるところを見ている。足が治ったのは分かっているんだ」

「だが、彼女は赤ん坊を連れている。そんな状態で村の外に放り出すなんて酷なことができるわけないだろ?」

ガルフォンの父は家の前で村長相手に言い放った。アデレイドを連れて行こうとする彼らを入れまいと背を閉じた扉にピッタリくっつけて。


「余所者の、流れ者だ。おまけに薬草を摘む! 悪いことを企んでいる可能性がある」

「その薬草で俺たちを呪うかもしれんぞ!」

「違いない、あの女は魔女だ!」

男たちが声を揃えて叫んでいるのが家の中まで聞こえてくる。ガルフォンは三角座りの膝を抱え、ぎゅっと目を閉じた。

アデレイドを守らないと。分かっているのに手が小刻みに震え顔を上げることもできない。

普段、粗暴でもそれなりに気のいい村人が今は狂ったように家の前で吠えている。怖かった。


不意に、膝に誰かの手が触れた。

「大丈夫よ」

目を開けると、アデレイドが微笑んでいた。叫び声が聞こえているはずなのに、シャルルをあやしたまま微動だにしない。



「はいはい、分かった分かった!」

ガルフォンの父親はパンパン、と手を叩いて村人を黙らせた。

「人を呪う魔女っていつの時代なんだ。彼女はただの善良な人間だよ」

「薬草を売る流れ者など信用できるか!!」

「その薬草だって治療に使うだけさ。あなた方も怪我をしたら彼女のところに来るといいぞ」

ガルフォンの父親は大勢の村人相手に一歩も引かなかった。村人もついには諦めて帰っていった。


「うるさい奴らだったよな、すまない」

「いいえ」

「無事に産んでもらう。安心してろな。もうすでに、何人か知り合いの女性に声をかけてる。女達だけでも協力的になってくれればあなたへの風当たりもいずれ弱くなるさ」

この村に来た時点で彼女は2人目を身ごもっており、一昨日になってやっとそのことを教えてくれた。それなら尚更、彼女を追い出すわけにはいかないとガルフォン父子は決意を固めていたのだ。



村長が押しかけてきてから数ヶ月後、村の女達の協力もあってアデレイドは無事女子を出産した。

とは言えアデレイドが完全に村に受け入れられたわけではなく、学校や市場でガルフォンも少々奇異な目で見られたりした。

しかし、そんな気まずい時間もそう長くは続かなかった。



ある日、父親の作った野菜が商人に大量に買い上げられる出来事が起きた。その商人は都市部と農村を行き来していたらしく、その後も定期的に村にやってきては野菜を買ってくれた。

そのおかげで豪農とまではいかないが、以前に比べてガルフォンの生活は豊かになった。村の市場だけでなく、物価の高い都市部でも買い物ができるようになった。豚肉や卵が少しだが日常的に口に入るようになった。学費もどうにか期日までに払えるようになった。生活水準が、下の下から下の中に上がったのだ。


村の農家がこぞってガルフォンの家に訪れた。売り上げ向上のコツを訊きに来たのだ。ガルフォン父の解答は「野菜の品質」だった。

ガルフォンの家でつくる野菜は見た目も綺麗で味もいい。害虫駆除の酢を適度な濃度で利用し、植物を傷ませない。

村の農家は、虫食いの野菜でも構わず市場に出すことがほとんど。間引きも碌にやらないのか、できる野菜も数は多くてもどれも小さいものばかり。しかも味もイマイチ。


同業者でありライバルである者たちに対し、ガルフォンの父は惜しげもなく農業のアドバイスをした。時にはその人の家の土壌を実際に見たりもした。新しく農業を始める若者が来た時には、一緒に畑の道具を店に見にいって帰りに食事を奢りつつ相手の相談に乗ってやった。



そんなこんなで最終的には村に農業組合ができた。都市部から来た商人に村全体で対応するシステムだ。各農家の農作物だけでなく、村共通の畑を新たに作り村の特産物を都市部に売ったりもした。ガルフォンの父親が、組合のまとめ役たるリーダーである。

と言っても父親は農業以外からっきしだったので、ガルフォンが口を挟まなければならないことが多々あった。


「父さん、1週間後の水曜にダニエルさんとカミーユさん2人と会う約束したの?!」

「ああ、最初はカミーユだけだったんだが、今日になってダニエルが頼んできたもんで断りきれなくてな」

「その日は父さん、組合の会合に行くんじゃなかった?」

「! ああいかん、忘れてた!」

「カミーユさんだけにしなよ。ダニエルさんの方は木曜以降に回した方がいいと思うな。あの人の相談に乗ってたらまた夜になるよ。お酒も飲むんでしょ?」

「ああ…あいつは大酒飲みだ。俺もしこたま飲まされたっけな…」

「とりあえず今覚えてる分の予定を教えて? 画用紙で予定表を作って、父さんが見やすいように壁に貼っておくからさ」


「小麦どれだけ売れた?」

「ああ、これがその売上金だ」

「現物はいいけど、何か紙に額を書いてないの?」

「これだ」

「そんな小さいメモじゃ見にくいしすぐ失くすよ。字もさ、走り書きじゃなくて綺麗に大きく書いた方がいいと思う。これからどれだけ小麦を作ったらいいのか目安になるよ」

「俺はそういうのは感覚で分かるし、売上額は口頭で皆に説明していたんだ」

「でも、紙に書いて貼ったらより意識しやすくなるよ。横に年ごとのグラフとかあってもいいんじゃない? 僕が今から作るからここ数年の売り上げを教えてよ」


「また熱中症の人が出たの?」

「ベルナールだ。隠すつもりだったらしいが、あんなにふらついてちゃバレバレだ。速攻で帰らせたよ。今日のあいつの分は俺がやっといたが、あの様子じゃ当分来られないだろうな」

「ベルナールさん、水筒は持ってきてたの?」

「ああ。だけど持ってても足りなかったんだろうな。なんせこの猛暑だから。みんなも暑さには参ってる。こうなったら東屋を作るしかないな」

「東屋?」

「屋根付きの休憩所。日陰の場所が少ないから日に長いこと当たって疲れるんだ。なら、何箇所かに東屋を建てたほうが良い。明日から当分、農作業がてら東屋作りすっか!」

「父さんも疲れちゃうよ。僕も行く!」

「お前は毎日学校あるだろ」

「あそっか…なら、せめて大人数で手分けしてほしいな。父さんが一人で無理して倒れたらみんな困るよ」

その夜は2人で試行錯誤して設計図を描き、そしてガルフォンが必要なコストを計算した。自分が言い出したことだから費用は持つと父親は笑った。

後日、ガルフォンは父親と共に組合員の家を訪ね、東屋作りの参加の是非と空いている日を訊いて回った。そしてそれを元に彼は東屋作りにかかる時間を計算し当番表を作り上げた。ついでに、これまで父親の頭の中で管理されていた共通の畑の当番も表にした。



9歳になる頃には、彼は組合の実質の事務担当員となっていた。彼自身も都市部の商人と交流するようになり、色々教えてもらってうさぎ罠の免許を取得した。最初の頃はさっぱりだったが、徐々に成果が出てきて畑を荒らすウサギを捕まえることができるようになった。獲物の肉は煮込みスープに入れたり市場で売ったりした。


加えて、体もかなり大きくなっていたので大人達に混じって農作業をするようにもなった。

「最近、絵描いてる?」

「まあちょっとは」

2年も経つと、流石にアデレイドも村人の一員として迎えられていた。彼女はガルフォンと共に2児の世話をしつつ、薬草で薬を作って市場に売りに出していた。


「今度デジレも描いてね」

「ああ、勿論だよ」

絵もいいが、熱中症対策の東屋作りも楽しかった。ガルフォンはたまにしか手伝えず、木材を組み立てる簡単な作業しかできなかったが作っている時のワクワク感は今でも覚えている。絵を描く時と同じような謎の高揚感に包まれていたのだ。

絵も建物も全てをひっくるめて、「ものづくり」が自分にとって一番楽しい。そう実感しつつあった。



そんなある日、アデレイドが都市部に小旅行に行こうとガルフォンの父に持ちかけた。

「昔方々を回ったから知ってるの。面白い建築物とかあるのよ」

建築物。その言葉にガルフォンの胸は踊った。自然豊かな田舎とはまた違う風景が見られると思うとワクワクした。

アデレイドは最後にガルフォンにウインクする。多分、自分のためにこの話を持ちかけてくれたのだろう。ガルフォンは感謝の気持ちでいっぱいだった。



そして数日後、彼らは5人で辻馬車で都市部まで向かった。

都会の景色は田舎とは全然違った。レンガ造の大きな一軒家や大理石の建物を見てガルフォンは大いに興奮した。露店を見て、食べて、全てを感覚的に味わった。


そしてその夜、ガルフォンがシャルルとデジレを抱いて宿の部屋から退出した時。ガルフォンの父はアデレイドにプロポーズをしたのだ。

すでに前日にガルフォンと父親は話し合っていた。ガルフォンも、アデレイドが未だに「居候」のままでいることに違和感があったので一も二もなく同意した。


彼女はこれまで一度もそう言った素振りは見せなかった。形は家族であり陽気に振る舞いつつも、あくまで同居人としてガルフォン達とは一線を引いている気がした。「いずれ出ていくつもりなのか」とこの日までガルフォンは不安だった。



だがその心配は杞憂だった。父親の話を聞くと、プロポーズを受けたアデレイドは、一瞬目を見開いたかと思うとその場でわっと泣き出し、そしてガルフォンの父親の胸に飛び込んだらしい。


「魔女って言われたのはこの村に来てからが初めてじゃないの。ずっとずっと言われ続けてきた。私自身、そう呼ばれるに値するようなことをしてきた。だからなんとも思っていないってそう言い聞かせてきたの」

「でも、あなただけは魔女じゃないって言ってくれた。それが本当に嬉しかった」


5人が家族としてスタートした瞬間だった。

父子家庭が一気に5人家族に!

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