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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
79/107

少年になれなかった彼の物語 薬草売りと赤ん坊

ある日の農村。

学校でのガルフォンは、広く浅くたくさんの相手と繋がりを持っていた。初めて会話する相手でも彼は愛想がよく、なんなら自分から話しかけることもあった。知らない相手でも助けを求められれば喜んで駆けつけたし、急に喧嘩をふっかけられても上手いことかわして大ごとにならないようにした。

彼は特定の友達は持たなかった。学校は午前中で終わるので昼は仕事に打ち込んだ。まっすぐ家に帰って父親の手伝いをするなり食事の買い物をするなりで忙しかったため同い年の子達と遊ぶ暇などなかった。入学当初は誘ってくれる子もいたが、彼が誘いに乗らないのを見て早々に他を当たるようになった。

クラスでのガルフォンの印象は「いい奴だけど真面目すぎるし忙しそう」だ。学校での彼は、誰とも無難な関係を築いていたと言えよう。


ガルフォンが濃密に関わった相手は市場で出会う女性たちだ。買い物がてら、ガルフォンは主婦や学校に行けない少女たちとよく喋った。腰痛に悩む年寄りの荷物を担いで運んだり、文字の読めない女相手だからと値を吊り上げる悪どい男を牽制したりもした。

そのお礼に、主婦らは彼に手作りのジャムをくれたり簡単な料理の作り方を教えてくれたりした。


「お、これジャガイモのポタージュか」

「父さんごめんね。初めてだから下手だけど…」

「いいや。美味い、美味いよ」

6歳にして、ガルフォンの作れる料理の幅は大きく広がった。彼女たちとの交流がガルフォン父子の生活を豊かにしたのだ。



月日が経つにつれて、料理の上達に加え洗濯も掃除も少しづつ手際良くなってきた。

そんなある日の学校帰り、ガルフォンは市場の片隅に人だかりを見つけた。怒鳴り声も聞こえる。騒ぎのようだ。


「放っておおきよ」

「そういうわけには…」

止めようとする主婦を振り切り、ガルフォンは人だかりに近づいた。大人の男が大勢で何かを取り囲んでいるようだ。大きな体の隙間隙間を通り抜け、そこで彼が見たものは胸に布の塊を抱えて蹲る一人の女性だった。


「お願いします、足を怪我してしまってもう動けません。この子のためにもどうか一夜の宿を…」

「邪魔だっつってんだろ」

おぎゃあ。おぎゃあ。

「うるせえな、クソガキ!」

「お願いします、どなたか…」

「余所者は出て行け!」


女性は30代に見えた。彼女の抱えている布に赤ん坊が包まれているのが分かった。

彼女の服装はガルフォンから見ても粗末で、所々擦り切れていて埃っぽかった。木靴から見える足は靴下を履いておらず、おまけに少し腫れているようだった。赤ん坊を抱えて遠くから歩いてきたのだろう。きっと、帰る場所もあてもない旅をたった一人で。


村の男たちはそんな彼女の腕を掴んで荒々しく引きずり、村から外に追い出そうとしているようだった。

ガルフォンはいてもたってもいられず、男たちを押しのけて女性の前に飛び出した。


「やめてください!」

「ああ? てめえはロインドのとこのガキか?」

「邪魔すんな。こいつは余所者だ。追い出さなきゃなんねえ」

「放浪女なんて縁起の悪いもの、この村に置いてけっかよ」

「しかも市場で座り込むとかありえねえ! こいつがいるだけで野菜が腐る!」

「お前もそれくらい分かるだろ、なあ?」

「…おい、いい加減にどけよ。おい! おい!」

「分かんねえのか、このクソガキ」

大の大人の矛先が一気に自分に向くのを感じる。罵声を浴びつつもガルフォンは退かなかった。


「この人は僕の家に連れて行きます」

「あ?」

「この人が市場から出ればいいんでしょう? 僕が引き受けますからどうかもう追い詰めないであげてください」

「ふざけんな、こいつは余所者で…!」

胸ぐらを掴まれる。


7歳の子供が身長180センチの男に胸ぐらを掴まれる、なんてことがあったらその子は恐怖のあまり泣き出してしまうだろう。

だがガルフォンは怯みすらしなかった。目の前の女性を助けたいという思いが何より優先された。そして、7歳にしては頑丈で大柄な体格であることも彼に自信を持たせていた。



「あんた」

不意に男たちの後ろから声がした。全員が振り向くと、そこに数人の主婦が立っていた。みんな、ガルフォンと懇意にしている人ばかりだ。

「引っ込んでろ」

「その人が余所者でも、赤んぼがいるなら追い出すべきじゃないわ」

「そうよ。赤ん坊っていうならうちのアメリーと同い年なのに」

「せめて足が治るまでは村に居させてやったらいいじゃないの」


主婦たちは口々に夫を責め立てる。その間にも赤ん坊の泣き声は大きくなり、ついにうんざりしたのか、男は舌打ちしてガルフォンから手を離した。他の男たちも次々と市場に散って行く。

「さっさと市場から出てけや」

「けっ」



ガルフォンは主婦たちに頭を下げた。

「皆さん、すいません」

「あんたこそ大変でしょ」

「今日の足しにしてちょうだい」

主婦たちはめいめい、ガルフォンにジャガイモやら玉ねぎやらを渡して去っていった。


ガルフォンは彼女たちに深く頭を下げ、それから女性に向き直った。

「さ、行きましょうか」

「え…ええ」

女性は呆然としている様子だった。ガルフォンは首を傾げる。

「あの…大丈夫ですか?」

「ああいえ…すみません、助けていただいたんですよね…?」

「良いんですよ」

未だに状況をよく飲み込めていないらしい女性の手を取って立たせる。周りから視線を感じる。とにかくすぐにここから離れなくてはならない。



流石におんぶや抱っこで連れて帰ることはできないので、一輪の手押し車に彼女を乗せて家に向かった。学校帰りにすぐに買い物に行く日は、いつもこの手押し車を使っている。

「ふうっふうっ」

今日は食材だけでなく、大人の女性一人と赤ん坊を乗せて押しているのでいつもよりずっと歩みが遅い。ガルフォンの額には汗が浮かんでいた。

「あの、やっぱり降りて…」

「怪我してるんなら無理しちゃダメです。大丈夫ですよ、僕は強いので!」

申し訳なさそうな女性に精一杯の笑顔を向ける。助けると決めた以上、彼女に気を使わせたくなかった。


家に着くと心配そうな顔の父親が待っていた。ガルフォンは手押し車を一旦畑に止め、遅くなったわけを手短に話す。父親はすぐに外に出、女性を抱えて家に入れた。

「辛かっただろ、もうすぐ昼食ができるから座っててくれよな」

「すみません、すみません」

女性は眠っている赤ん坊を抱えて何度も何度も頭を下げた。


「ガルフォン、そこのジャガイモとってくれ」

「え、僕がやるし良いよ」

「今日はいつもより分量が多いだろ、手分けした方が早い」

そんなこんなで昼食が出来上がった。牛乳の入っていないポタージュと固い黒パンを女性は美味しそうに食べてくれた。



足は1週間ほどで回復し女性は歩けるようになった。彼女は出て行こうとしたが、乳飲み子を抱えた状態で村の外に出るのは危険だとガルフォンの父親が諭した。そんなわけで女性はずっとガルフォンの家に泊まっていた。

ガルフォンの家は部屋が一つしかない。一つの部屋で、煮炊きも食事も就寝も全て行う。人数が増えたことで一人当たりの面積が狭くなったがガルフォンも父親も不満は感じなかった。食費も増えたが、大人数の分の野菜を買って帰るという事実にガルフォンはむしろワクワクしていた。


「赤ん坊の世話があるので畑と買い物はできませんが、家の洗濯と掃除くらいはさせてください」

アデレイドという名前の女性は自ら家事の一端を担った。お陰でガルフォンの負担もだいぶ減った。彼女が赤ん坊にかかりきりになっている時以外は彼の仕事は買い物と炊事だけで済んだ。



買い物だけ済ませたある日、ガルフォンは久しぶりにスケッチブックと色鉛筆を持って丘に上がった。夕暮れの色に染まった村の全景にうっとりしながら色鉛筆を動かす。

出来上がった絵を見て彼は苦笑する。初めて描いた時から全く上達していない。まあたまにしか描いていないからだろうが同年代にはもっと上手い子がいる。

「センスの問題なのかな」

ため息をついた時、後ろから足音が聞こえてガルフォンは振り返った。


「アデレイドさん」

「ごきげんよう」

数メートル下にアデレイドがいた。頭に頭巾を被り、エプロンをつけた腰に籠のポーチを下げている。すっかり良くなった足で彼女はガルフォンの横まで上がってきた。

「早いですね」

「おかげさまでね」

彼女のポーチからは草の束が覗いていた。


「薬草ですか?」

「ええ、ロインドさんがシャルルを見てくださるって言うからその間だけ摘みに来たのよ」

彼女はあまり自分のことを話したがらなかったが、薬草を用いた治療を生業にしていたことだけは教えてくれていた。

「僕は薬草なんて全く知らないんですよ。アデレイドさんは本当に物知りなんですね。すごいです」

「ふふっ、あなたのお父さんも同じこと言ってらしたわ」

変わってるね2人とも、と呟いてからアデレイドはガルフォンの横に座った。


「絵、描いてたの? 見て良い?」

「ええ、全然上手くないんですけど…」

彼女はスケッチブックを手に取り、じっくりと眺めてから彼に返した。

「絵を描いてて楽しい?」

「ええ」

「じゃあ芸術の道を行くの?」

「いえ」

ガルフォンはスケッチブックをパタンと閉じた。


「これはあくまで趣味です。将来は父の跡を継いで農家をやります」

「それが自分のやりたい事なの?」

「…はい」

父親の仕事を助けたい。安定した収入も必要だ。だから…。


「そっかあ」

アデレイドは立ち上がり、うーんと背伸びをした。

「でも、楽しいなら絵を描くのはやめちゃダメだよ」

「…」

「また絵見せてね」

そう言って、彼女は丘から駆け降りていった。



ガルフォンはその場に座り込んだまま、手元のスケッチブックを見つめた。彼女に言った通り、絵を描くことはとても楽しい。

「もっと描きたいな…」

幸い自由な時間は昔より多い。風景も、なんなら人物画も描きたい。

「アデレイドさんとかシャルルをモデルにしてみようかな」

スケッチブックを抱きしめ寝っ転がりながら彼はふっとそんなことを思った。

次回、転機が…。

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