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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人追憶
78/107

少年になれなかった彼の物語 スケッチブックと色鉛筆

紐解かれる過去。

幼少期からずっと周りの大人に言われてきた。大きくなったら何をするのか決めなさい、と。

ガルフォンの返答は決まって「家の手伝い」だった。



ガルフォンの家は田舎の村にある農家。父方の祖先が代々継いできた家業だ。

物心ついた時から母親はおらず、父親が一人で家事と仕事を切り盛りしていた。朝早くに起きて畑を耕し、収穫期になると荷車に野菜を積んで市場に出荷する。料理・洗濯・掃除をしてガルフォンの面倒も見てくれた。夜も遅くまで繕い物をしていた。

父親が必死で働いていたが家計は厳しかった。食事は、固いパンと庭で取れた野菜で作ったスープがほとんど。たまに市場で果物や野菜を買い足す。

一回の食事の量は少なくはないが肉が入ることは滅多になかった。町へ出て外食する、なんて洒落たこともできなかった。


「うちのことは気にしなくていい。子どもは外で思いっきり遊んでこい」

幼年のうちに自分の家が他とは違うと気づいたガルフォンは、日頃から家の手伝いを申し出たが父親は笑って彼を外に送り出した。仕方なく外で近所の子達と遊ぶも、父親のことが気になって遊びに集中できないでいた。終いには近所の子にも父親にも申し訳なくなり、いつも遊びを20分ほどで抜けて家に戻ってきてしまった。


「気にしなくていいって言ったろ?」

「みんな帰っちゃったから」

これが2人のお決まりのやり取りである。俯きながら掃除を始めるガルフォンを見て、父親は苦笑しつつ彼の頭を優しく撫でていた。



そんな毎日だったので、次第に友達とも疎遠になり彼は家事に専念するようになった。父親は何度も彼を遊びに行かせようとしてくれたが、ガルフォンが頑なに首を横に振るので終いには諦めたようだった。少し寂しそうに笑い、「ありがとな」という父親を見て、ガルフォンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

5歳から彼は村の小さな学校に通い始めたが、その頃になっても生活は苦しいままだった。学費を滞納していて、数ヶ月を過ぎた頃に父親が何度も平謝りしながら倍の金を払いに行くのも知っていた。

彼は放課後に遊びに行くことなく誰よりも早く帰宅した。流石に農業は見るだけにしろと言われたので、ガルフォンは食事の支度と掃除と洗濯を全般的に受け持った。側から見れば華のない少年期だっただろう。だが彼は幸せだった。自分も一緒に働くことで、父親の負担を少しでも減らせるのだから。


それに、彼にも楽しみはあった。村で一番高い丘に登り、そこから村全体の景色を眺めることだ。

父親に一言声をかけ、洗濯物を取り込む夕暮れ時に彼は家を出る。1キロほど歩いてから丘にたどり着く。それから5分かけて登り切った時に見える景色の壮大さに彼は決まって言葉を失う。

夕日に照らされて真っ赤に染まった家々。緑と赤のコントラストが際立つ森林と田畑。紫色に光る小さな川。豆粒のような人々。ガルフォンから見るそれは一枚の絵画だった。


鑑賞が住むとふと取り込みっぱなしの洗濯物を思い出し我に帰る。この景色をいつまでも見ていたいのにできない。そんなもどかしさに囚われてしまうのだ。


「楽しかったか?」

「うん」

帰宅後に洗濯物を畳みながらガルフォンが答えると、父親はとても嬉しそうに頷いてくれた。常日頃仕事に明け暮れ友達もいない息子が、ささやかではあるが趣味を持ち始めたことを嬉しく思っていたのかもしれない。



違う場所から村の一部を切り取って見ることもあった。また、景色ではなくとも一軒の家を眺めることもあった。だがやはり丘から見る村全景が一番だった。同じ景色を見ているはずなのに感動は尽きなかった。どうにかしてこの気持ちを表現したいと日増しに思いは募っていった。

それを察したのか、6歳の頃に父親がスケッチブックと色鉛筆を買ってくれた。

「お金…大丈夫なの?」

「心配すんな、これはお前へのプレゼントだ」

「父さん…」

ガルフォンは躊躇いつつもスケッチブックを手に取った。初めて見るそれはずっしりと重く、間違いなくそこにあると確かな存在感を感じさせた。


次の日、ガルフォンは朝早くに起きてスケッチブックと色鉛筆片手に家を飛び出した。丘に登り、座って風景描写をする。

数時間かけてできた絵はお世辞にも上手いとは言えなかった。だがガルフォンは楽しかった。家事をするのとはまた違う喜びを見つけたのだ。


夕方になり、家事を何もしていなかったことに気づいた彼は慌てて家に戻った。洗濯物を畳み終えた父親を見てガルフォンは罪悪感でいっぱいになる。

「家事がほったらかしでごめんなさい」

「気にするな。それより楽しかったか?」

こくん、と頷くと父親はそうかそうかと笑ってくれた。



スケッチブックのページが勿体無いので彼が絵を描ける貴重な時間は月にたったの一度だった。月に一度の彼のささやかな趣味。

ガルフォンとしては、ほんの僅かな時間でも絵を描くのはとても楽しい。だが、それはあくまで趣味だと6歳の彼は割り切っていた。


彼の通う学校では、基本的な読み書き計算の他にも農業、商業、職人業、運動、芸術の授業を受ける。5歳から10歳になるまでの5年間で自分の就く職業を決め、卒業時の10歳からは大人に混じって働き始めるのだ。


進路は卒業までの成績を見た教師が判断して決めるが、大抵の場合は特に珍しいことも起きずに実家の家業を継ぐ事が多い。

ガルフォンも、実家が農家なので6歳の時点で農業の学問については他の生徒より抜きん出ていた。だから将来はきっと自分も父親の跡を継ぐのだと信じてやまなかった。

これから数話はガルフォンの過去回です。

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